天使たちの戦記 ~歌うように踊るように神を殺す~   作:おゆ

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第二十三話 何者

 

 

 これについて、実のところ天界側でも戸惑いは大きかった。

 総大将アサエルから撤退方針が伝えられると上級天使は皆そろって驚いた。

 

 次には安堵した。

 むろん誇りある天界の軍勢だ。そこに戦いを避けるような柔弱な者はいない。それでも、やはりヨキエルやアサエルの負傷を案じていた。その負傷が決して軽いものでないことを知る以上、無理を重ねて命を失わせてはいけない。

 仲間を死なせたくないのは誰もが一緒だ。

 ここで素直に撤退し、その二人に傷を癒してもらう方が嬉しい。

 

 

 

 ただし全員がそう思ったのではない!

 

 武闘派のハムエルは撤退に納得しなかった! 自分の短慮が原因でアサエルが負傷してしまったからこそ、この戦いを勝利で飾りたい。

 

 いや、アサエルにどうしても勝利を飾ってもらいたいのだ。

 

 

「アサエル、ここで撤退とは何かの冗談か? ちっとも面白くないぞ。魔界まで勝ちに来たんだろう。負傷で指揮が執れないなら、私が代わって全軍の指揮を執ればいいだけだ。そのための副司令だろうが」

「気持ちはよく分かる。アサエル、お前は戦うことで償いたいのだろうな。まったく素直じゃないお前らしい言い方だ。しかしこの場合は無用なんだ。撤退は別に負傷のためではない」

 

 ハムエルはアサエルの気持ちを理解した上でそう言った。では撤退の理由はいったい何か。

 

「実はハムエル、これまで秘匿していたことがある。戦いに出る前、神は撤退の条件についても伝えておられた。『下級天使を半分以上失えば、無条件で帰還する』、こう命じられていた」

「…… 神が、そんなことを? 確かに今は下級天使も三千を切り、大半を失った計算になるが…… しかしここまで苦労して戦ってきたおかげで、魔界の多くの者を倒してきたからには、戦力比で言えばむしろ最初より有利になった。撤退せず戦いを継続すれば勝てる」

「その意見は正しいと思うし、悔しいのは同じだ。それでも神の命令は絶対だ。状況の良し悪しは判断の材料ではない」

「むう…… 」

 

 アサエルは自分の感情を優先せず、愚直に神の命令を守る。

 そこまで言い切られればハムエルも唸りつつ同意するしかない。

 

 

 

 そのアサエルは天界に帰りつくと傷を癒す間もなく神殿に入る。

 

 神に対し、今回の戦いの総大将としてしっかり報告する義務がある。戦役の結果があまりかんばしいものでなくとも義務から逃れることはできないし、むろんアサエルは撤退に至った経緯を正直に報告するつもりだ。

 

「で、ハムエル、何でお前までついてきた。一人で充分だぞ」

「神に釈明するなら二人でやるべきだろう。副司令として当然ではないか」

 

 ハムエルまで一緒に神殿に入ろうとしている。

 せめて目的を達成できなかった責任を共に取るつもりなのだ。ハムエルは自分のためにアサエルが負傷したことを未だにひきずっている。

 そんなハムエルの気持ちを思いながら、アサエルは同行を許可する。

 

 

 

 

 そして神殿の奥深く…… 釈明を言うより早く神の言葉が響いた。

 

 

 _____ ご苦労であった。アサエル、そしてハムエルよ

 

 

「神よ、魔界侵攻の大役を仰せつかり、七千もの大軍を与えて下さったのにもかかわらずこの体たらく、釈明のしようもございません。魔界を制圧するどころかあたら軍勢を損ない、しかも命じられた異能使い討滅も成し得ず、無能なる指揮ぶりを晒しました」

「アサエルが悪いのではありません神よ。このハムエルが命令違反を犯し、そのためにアサエルが負傷し、撤退せざるを得ない契機となったのです。魔界制圧失敗の非は全てこの身にあります」

 

 二人とも言い訳せずにきっぱり言い切る。怒りを受けることは覚悟の上だ。

 ところが神は二人を責めることは一切なかった。

 

 それは寛大さから来たものではない。労りや憐憫でもない。

 

 

 _____ 戦いの目的は充分に達成している。その指揮について何も言うべきことはない

 

「は? 魔界に勝ち切れず、撤退を余儀なくされたのですが…… 目的達成とは神よ、それはいったい」

 

 アサエルはもちろん不思議に思う。凱旋とは程遠い状況で帰ってきたのではないか。

 神の言うことが全く分からない。

 もちろん、それはハムエルも同じだ。

 

 

 _____ 二人に言うが今回の目的は魔界の威力偵察に過ぎない。ある程度の事情を掴めばそれで充分である。制圧する必要などないのだ

 

「これほどの戦いが威力偵察とは! しかも魔界を制圧する必要がなかったとは、どういうわけでしょうか。浅学非才の身にお教え賜りますよう」

 

 

 _____ そのままである。魔界を滅することはいつでもできる。今回は反逆側にいる異能者をあぶり出し、把握するだけでよい

 

 これにはアサエルもハムエルも驚いた!

 

 だがここで二人の驚きには大差がある。忠誠心の厚さによる温度差がそのまま考え方に出てしまうからだ。

 

 忠誠心に溢れるアサエルは純粋に驚き、神の深慮を測りかねてしまう。

 

 しかしながらハムエルは違う。

 戸惑いよりむしろ怒りに似た感情があるのだ。

 なぜなら、言葉を重々しく飾ろうと何だろうと今回の戦役がただの偵察だと言われてしまった。

 だが激しく戦ったからこそアサエルやヨキエルが深手を負ったのだ。アサエルは当面剣を持つことができず、ヨキエルに至っては起き上がることもできない。

 

 何よりもシャティエルが失われてしまったではないか!

 

 それはもう何をどうやっても取り返しがつかない……

 全ての世界からシャティエルという優しい天使は消えてしまった。

 さすがにハムエルも神に直接問いただすのは憚られたが、とはいえ相槌の言葉を言う気にもならず黙り込む。

 

 

 _____ それよりも次に行うべき行動を示す。遅滞なくこれを行え

 

 二人の感情に構うことなく、何と神は新たな命令を与えてきた。

 ここからの言葉もまた二人にとって衝撃だった。

 だがしかし、感情はどうあれ神の命令には従わなくてはならない。

 

 

 

 

 

 一方、魔界ではこれから膨大な手間をかけて復興を行う。

 

 しかしわたしは今、そのことを忘れ、代わってやり切れなさに似た感情に支配されることになった。

 目の前の小男のセリフによって。

 

「いやあ、堪忍したってや。二度手間で済まんがよろしゅう頼むで」

「二度手間…… くそ、確かにそうだ…… よりにもよってまたその場所へ行かねばならんとはな。わざとかアシュタロト」

「んなこと言われても…… 仕方ないでまんねん」

 

 戦役が終わりとりあえず皆は東方城に入った。

 そこにいた魔界公爵アシュタロトが駆けつけて、わたしを含めた皆へ告げてきたことがある。

 

 何とアシュタロトはまた一人の異能者を発見したらしい!

 新たな異能者を発見、それ自体は間違いなく喜ぶべきニュースであり、アシュタロトを大いに褒めてあげるべきなのだろう。

 

 ただし…… その異能者のいる場所を聞いたら褒める気を失くしてしまう。

 

 

 

 その場所はまたしても人間界、しかもピンポイントでよく知っている場所だったからだ。

 

 岡山市立第四中学校!?

 つい数日前にわたしとミカエルが赴いた場所ではないか! そしてソータ君を保護したのはいいけれど、さんざんすったもんだの大騒動になってしまった。わたしも学校の中まで化けて行ったり、一生徒として苦労というか面白い経験というか、とにかく色々あった。

 たぶんマルコキアスなどには垂涎の任務だろうが…… 特殊な意味で…… だがわたしやミカエルはけっこう大変だったのだ。

 

 どうしてまたそこに行く羽目になるのか! 凄く嫌という程ではないが、本当に二度手間だ。

 

 わたしが普段に増して仏頂面になったのでアシュタロトは怖くなったのか、言うだけ言ってそそくさと逃げようとしている。

 その逃げ道を塞いで追加情報を聞き取りにかかろうかとした時、姉様がとりなしの声をかけてきた。

 

「ラファエルちゃん、アシュタロトに悪気はないと分かるでしょ~ 本当に仕方がないわ~」

「姉様、それはもちろん理解できるのだが……」

 

 

 まあ実際理屈は通っているからには仕方がない。

 それは実に簡単なことなのだ。

 つまり、ソータ君が自分の異能である聖天調和(スカイハーモニー)をダダ漏れにしていた結果なのである。

 

 本当はソータ君の近くにもう一人異能者が存在していたが、しかし聖天調和(スカイハーモニー)のおかげで覆い隠されてしまっていた。だからアシュタロトも気付くことはなかったというわけだ。今、ソータ君がこっちに来たから発見できるようになったのだろう。

 

「しかし今回はわたしが行かなくてもいいだろう。道案内にソータ君は必要だろうし、それならミカエルがついていくのが妥当かもしれない。ソータ君はミカエルのファンだからな。しかしもう一人か二人護衛が要るのならウリエルやガブリエルが行ってみてはどうか」

 

 わたしの提案により、今度はウリエルかガブリエルが行くことで話がまとまりそうになった。

 

 しかし話は二転三転、結局またわたしがミカエルと行くことになった!

 その異能者候補の名が明らかになったからなのだが、何の因果かわたしが幾度も会話をしたことのある者だった!

 

 

「え!? 新しい異能者って、まさかサキちゃんのこと! どうして!」

 

 一番驚いたのはソータ君であり、裏返った声を出している。

 

 そう、今度の異能者候補とはあの愛想のいい少女だったのだ。

 

 

 

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