私は昔から孤独だった。
あまり人と深く接することができないせいだ。
それもこれも、私が他の人とは違う力を持っているから。
幼い時は誰もがその力を持っていると思いこんでいたものだが、早い時期にそうではないことが分かった。
私が生まれながらにして持っている力を他のどんな人も持っていない。私だけの力なのだ。
その力とは、「流れが見える」ことである。
空を見上げれば、遠くの気流を目で見ることができる。だから雲の動きも予測できるし、雨が降り出すタイミングも分かってしまう。
そういうことだけなら問題はなかった。ただちょっと便利というだけの話で。
しかし問題は「人の気持ちが流れとして」見えてしまうことだ!
もちろん他人が具体的に何を考えているかまで分からず、大まかな感情が見えるに過ぎない。ただし、良い感情か悪い感情か、はたまた無関心なのかぐらいはしっかりと把握できてしまうのだ。
これはとても辛い!
他人がどういう感情状態にあるか知るのは拷問に近い。人は口で何とでも言うが、実は全く違う思いを心に隠し持っている。本当は嫌っていても外側だけは取り繕うのが人間というものであり、幼児の頃はともかく小学校に上がる頃には皆そうなっている。
私は友達とうまく接することができない。いや、友達を作ることができない。
知らない方が良かった、あるいは知らないからこそ築ける関係があるのだ。下手に真実を知ると、もう友達関係は維持できなくなる。
口で友達と言いながら内心悪感情を持っている人は多く、とても傷ついてしまう。かといって戦々恐々と媚びへつらって接するのは疲れてしまって無理だ。
むろん教師に対しても、親に対しても、心からの信頼を持てない。
しかし、この私に一人の救世主が舞い降りた!
それがソータ君だ!
ソータ君がそばにいてくれさえすれば私は流れを読むことができない。
とても不思議なことだが、事実そうなのだし、言葉にできないほど助かる。他人の感情を見ることができない、それだけでどんなに幸せか。
私の家とソータ君の家が近所だったのはたぶん奇跡だ。
だからこそ同じ小学校に通うことになり、四年生の時に出会えたのだ。
それ以来、今の中学二年生に至るまで私はソータ君に救われ続けている。
私は皆から明るい性格になったと言われている。友達もできたし、むしろこの流れを読む能力がプラスに働くこともある。
私は部活で剣道をやっているが、この力は試合でアドバンテージになる。例えばこちらが攻勢に出た時の相手の焦り方で弱点が分かったりするのだ。学校の部活練習ではソータ君のためにあまりそういうことはないが、剣道の大会に赴くと普通に勝ててしまう。本番の大会でやたら強いところからいつの間にか私は不思議のサキと言われ、女子剣道部の新部長になってしまった。もちろん、試合と練習であまり大きな落差があってはいけないという思いから練習も一生懸命やるし、それがいい循環になったのだ。
私はソータ君に対して積極的に押しかけ友達になった。
当然、いつでも近くにいるためだ。
同じ学校の中にいるだけで、おぼろげにしか分からない程度になるのだが、近くにいるほど完全に感情の流れが読めなくなって楽になる。
逆に言えばソータ君が離れてしまうと読めてしまう。
幸運なことにソータ君の方は私を嫌がることはなく、普通に友達として接してくれている。たぶん、単純に近所の幼馴染み程度に思っているのだろう。
私にとって決して手放してはいけない救世主。
私はいつしかソータ君を別の意味でも必要とするようになった。自分の感情を自分で見ることができたら、どう見えるのだろうか。それは言うまでもない。
しかしある日突然、ソータ君が変わった!
見かけは同じなのでクラスの誰も変化に気付かない。
しかし私には分かる! ソータ君がそばにいても私が流れを読むことができるとは、重大な変化があったに違いない。
そしてもちろん、ソータ君の感情の流れも見えてしまう。
一言で言えば妙だった。
その日のソータ君は変なことに強い興味を持ったり、とにかく尋常ではない。例えば給食で物凄く感動していたりするのだ。もはやソータ君かどうかという範疇を超え、普通の生徒とも全くかけ離れているレベルだ。
いや、別に感情の流れを読む必要すらないのかもしれない。
ソータ君はクラスのヲタの人たちに少し距離を置いているのが常だったが、この日はなぜか積極的に交ざっていて、しかも自分から熱弁を振るっているとは!
また成績がそんなに悪くないはずなのに、小テストを白紙で出したのを見た時には驚いた。しかもソータ君は白紙でも何も悪びれず、平然としている。
客観的に見てもあまりにおかしい。
疑いが決定的になったのは、ソータ君が剣道部をなぜか熱心に見ていて、とうとう模擬戦になってしまった時だ。
そこでソータ君が勝ってしまった! それも見事な剣さばきを見せての圧勝だった。
絶対に有り得ない。
姿は同じでも別の者だ。私はそういう確信を持つ。へんてこな考えに取りつかれたといえばそうなのだが、それしか考えられないではないか。
とすれば本物のソータ君はどこへ行ったのだろう。
しかしそんなソータ君もどきもまた、二日後に姿を消したのだ。
私はもうどう考えたらいいのかも分からないし、どうしたらいいのかも思いつかない。人に話しても分かってくれるとは思えない。
人間界のその場所へ到着したのは夜半だった。
熾天使であるわたしとミカエルはともかく、ソータ君はさすがに戦役で気を張りつめていたのでクタクタだし、今はとても眠そうである。
とりあえず熾天使として自分の神聖力をソータ君に分け与える。よく天使が癒しの力を持つというアレだ。実際のところ人間の病気を完治させたりする程の力はないが、疲れを取ることくらいは簡単である。
明朝を待って目的の異能者候補を待ち伏せることにする。
「しかしサキちゃんが…… 異能を持ってるだなんて信じられない。だったらどんな異能なんだろう」
「そんなことは予測もつかんで。でもこの街で突拍子もない事件が起きてることがないなら、ソータ君が心配するほどのもんやない。例えばうちの
学校の理科室をその大変なことにしてしまったミカエルが涼しい顔で言っている。まあ、言っていることは本当のことだ。自分の異能をしっかり見据えて、訓練しなければ異能のオンオフはできない。
そして朝日の中、大きな川の土手で目的の少女に話しかける。
時間はソータ君が知っていた。伊達に幼馴染みではなく、少女の登校する時間を知らないはずはないのだ。少女は部活の朝練というか軽い筋トレのためにかなり早い時間に登校する。
もちろん最初はソータ君のみで近付く。
わたしやミカエルがいきなり出て行ったら不審に思われるだろう。
「や、やあ、おはようサキちゃん」
「ソータ君!? どうしたの! というより本物のソータ君?」
「え……」
逆にソータ君の方が面食らって言葉を繋げない。
ちょっとした間が空いてしまったが、その後は慌てて少女の手を取って河川敷へ引っ張っていく。
「サキちゃん、理由はめんどくさいんだけど、ちょっと来て!」
「手を…… あ、そういえばネイナちゃんにもこうしてたね、ソータ君は」
「なんのこと?」
ソータ君が分からなかったのも仕方がない。ソータ君が手を引いたのは不登校のネイナという少女の姿を借りたポンコツ天使の時の話だから。もちろんソータ君にとって女の子の手を引いたという意識はなく、化けているポンコツ天使をバレーコートから慌てて退場させただけと思っている。
「ええと、天界の天使というのが危険で凶暴で、サキちゃんをこのままにしておけなくて、それはサキちゃんが異能を持ってるからで、」
「何言ってるのソータ君? 天界? クラスのあの連中みたいに変な妄想しちゃだめよ。現実を見た方がいいわ。もう中二病に影響されてるの?」
「違うよ! と、とにかくこのままだと襲われるんだ。僕の時みたいに」
説明は難しく、ソータ君も頑張っているがうまく伝わらない。
その様子を見かねてミカエルが助け舟を出そうとしゃしゃり出ていく。