異色の合同探検隊は魔界の深い深いところへ進んでいく。
そこにはわけのわからない植物が生い茂り、見たことのない昆虫が飛んでいる。時折妙な動物が跋扈しているのも観察できる。魔界をやっと見慣れてきたばかりのガブリエル、ウリエル、ラグエルは驚くばかりだ。いや、ルシファーやアシュタロトにとってさえ予想を超える奇怪な様相なのである。
普通ならこんな探検は心細いし、少なくとも慎重になるだろう。
しかしこの場合は別である。臆病なラグエルやアシュタロトはともかく、他の者は恐れもなく進んで行く。
「先を急がねばならん。こんなに広いとはな…… しかしなぜこれほど広いのじゃ? 魔界とはもっと小さい世界だと思っておったが」
「ガブリエル~ それについて仮説があるわよ~」
「姉様、何じゃその仮説とは」
そしてルシファーの姉様が語ったところによると……
魔界とは要するにゴミ捨て場である。言い方を取り繕おうとなんだろうと、その一言に尽きる。
神がいったん創造したが役に立たないと判断したもの、あるいは後で不要になったものを放り捨てた場所である。
それには全く不要として叩き込まれた場合もあれば、一時的に置かれた場合もある。はたまた自分から神を恐れて逃げ込んできた場合も含まれる。
その中でも、姉様のように個人のレベルということもあれば、種族丸ごと移動してきたということもあるのだ。
とにかくこの魔界という場所はただのガラクタ収容所である。神にとって。
「なるほどそうなんじゃろうな。今通ってきただけでも面妖なものがいくつも見えたわ。これが全て神に捨てられたものとすると哀れにも思える」
魔界が神や天界に対して歯向かうのは理の当然かもしれない。神に対する怨嗟が深いところまで根を張っているからだ。
「ところでアシュタロト、目的地は近いのかや?」
「ガブリエルはん、心配せんでもよろし。どんどん異能者の反応が近うなってきたで。あ、そこや! そこにある……よう分からん壁の向こう側や!」
「壁の向こう側とは何じゃ? ああ、確かに何やら壁のようなものがあるな」
アシュタロトの指示通り一行が進んで行くと、いきなり壁が立ち塞がってきた!
それは半透明で、先の様子は見えない。
多くの板が幾何学的に組み合わされて構成され、全体を大きく見渡すと、ゆるやかにカーブを描いているようだ。つまり、まるでドームのように壁の向こうを覆い隠している。
これを迂回はできない。アシュタロトが壁の向こうに目的があると言う以上、否が応でもドアを探すか壁を壊すか、どちらかをする必要がある。
「何じゃこんなもの。異能発現、
ガブリエルは手っ取り早く壁を壊す方を選び、自信満々で攻撃を仕掛ける。
ところが、そうはならなかった!
壁は崩れるどころか傷一つ付いていないではないか。
「な!? こんなことが…… いったい何なのじゃこの壁は!」
「ガブリエル、次はボクがやってみるよ。曲がって砕けろ! 異能発現、
「ウリエルの
熾天使が二人揃って壁をなんともできないとは、驚くべき事態だ。強力な異能でも歯が立たない頑丈な壁とはどういうことか。なぜそんなものがある。
だが驚いてばかりもいられず、このままでは立ち往生してしまう。
ルシファーの姉様は無敵の
「姉様、せっかく異能者候補の近くまで来たのに、阻まれるとはの…… 一度戻り、改めてラファエルを連れてきて
「あら、諦めるのは早過ぎるわ~ ここにもう一人いるじゃないの~」
「あ、姐さん、せっかくやけどワイでは力になりまへん。済まんこって」
「アシュタロトちゃん、全然違うから気にしないで~」
「…… そうはっきり言われてまうと、ワイかて泣きたくなりまんねん……」
姉様は攻撃力のないアシュタロトのことを言っていない。かといってここには魔界随一の攻撃力を誇るマルコキアスなどいない。
しかし姉様はまだ可能性を信じているらしい。
ということは最後の一人は、自ずと決まってくるではないか!
「ふぇ!?」
間抜けな声がその場に流れる。
皆の視線がゆっくりと自分に集まってきたのが分かると、ラグエルが後ずさる。
「え~とみんな、いや、でも、ちょっと」
「やってみるのよ~ ラグエルちゃん頑張って、ラグラグ」
「そう言われても……、皆さん、期待しないで下さい! 一応ですからね! 一応、異能発現、
姉様に促され、ラグエルが自分の異能を発現させるや否や、真っ白になった!
正確には真っ白い粉がドサドサとラグエルの頭上から降り注ぎ、一瞬で粉だらけになったのだ。
「何なのじゃこれは…… とても武器には見えん。相変わらずよくわからんの」
ラグエルから一歩引いて粉を避けたガブリエルが言う。まったくラグエルの異能は分かりにくい。解決する最適解を差し出してくる異能とはいえ別に説明があるわけではないからだ。
しかしこの場合に限っては、少し考えれば予測がつく。
相手が壁なのだからたぶんそこに粉をぶつけるのではないか?
ガブリエルにせかされ、ラグエルが壁に粉を塗りたくる。
結果は直ぐに現れた。
「冷たっ! うわあ、壁が溶ける……」
それをやったラグエル自身が驚く。
何と、粉をつけたところから壁がはかなく溶けていくのだ。
そして溶けた液体が物凄く冷たい。この壁自体に触っても冷え切っていたというわけではないのに不思議なことだ。
「なるほど分かったよ。この壁は氷だったんだ。めちゃくちゃに硬く、しかも溶けない工夫がされてた。でもラグエルが融雪剤を塗ったから溶けてきたんだね」
ウリエルがそう看破した。たしかにこの白い粉は融雪剤だったらしい。
「なるほどのう! いやあラグエルの異能が役に立つ日が来るなど夢にも思わなんだわ! ……ラグエル何を凹んでおるのじゃ? 褒めておるのじゃぞ?」
「 …… 」
「ラグエルはん、なんかお気持ち分かりまっせ」
「アシュタロト……」
ラグエルは得意になって然るべき結果を得た。しかしそれよりも期待されていなかったことをヒシヒシと感じてしまったのだ。そしてなぜだかラグエルとアシュタロトの間にシンパシーが通じてしまう。
「ま、まあみんな、早く壁の向こうに行きましょ~」
とにかく一行は壁を抜け、今まで誰も行ったことのないところへ足を踏み入れる。
するとその場所は…… 一面の銀世界だった!
どこまでも雪原が続いているではないか。
粉雪が風に巻かれて踊り、また地面に戻り、それを繰り返す。気温もまるで北国の厳冬のようだ。
しかしこの一行の面々にとってそんな寒さは何ほどのものでもない。
驚きは別のところにある。
いきなり槍を突き付けてきた者がいたからだ!
「オラの世界に入ってくるとは、お前ら何者だべ!」
それは輝くようなブロンドを無造作に束ね、身長はラファエルのように高く、軽装騎士のように皮の防具を着けた少女だった。
背に羽が一対ついていることで人間ではないことが分かる。だがその羽はほんの申し訳程度の大きさでしかなく、つまり天使でもない。
むろん顔につけられた表情は硬い。なぜこの硬い壁を壊して入って来られたのか訝しがっているのだろう。
「異能使いはあの者でっせ!」
「そのようね~ アシュタロトちゃん。あの槍を見れば分かるわ~」
「姐さん、槍が? どういうことでっしゃろ」
「あの槍はね、グングニルの槍と呼ばれてるわ~ こっちで言うロンギヌスの槍ね~」