その槍は特別なのか?
確かに見かけは立派だ。素朴でも力強さを感じさせられる。その少女の身長ほどもあり、穂先は澄んだ空色で鋭い。赤い布がネックの部分に付けられ、わずかな風のためにひらりと浮かんでいる。
しかしそういう問題ではない。皆はルシファーの言葉によりあっけにとられる。ルシファーの姉様は何か槍にまつわる物事を知っているようなのだ。さすがは天使たちの中で最も古く、知識も多いだけのことはある。
グングニルの槍とは?
そして姉様の言うこっちの世界とはどういう意味なのか。
そこに捉われてしまったゆえに、誰しも少女への返事が遅くなってしまう。そしてわずかなタイミングで少女の我慢の限界を超えてしまったのだ。
「何者だと言うのが聞こえねのすか! 敵か、敵なんだべ! 天威還降、
槍を真っすぐ向けてきたかと思うと何かの攻撃を仕掛けてきた!
おそらく異能によるものだ。槍の穂先が煌めき、明らかに危険な力が発現しようとしている。
それをいち早く察知した姉様が反応する。
「あ、待って、
さすがに姉様だ! 瞬時に移動し、その姿が掻き消える。
再び姿を現したのはその少女の懐に飛び込み、槍の先を上に捻じ曲げている姿だった。
そのおかげで槍の穂先から生じた光の嵐は上に向かって空しく伸びた。
一行の誰にも当たっていない。だがもしも命中すれば一撃で消滅させられたかもしれない。圧倒的な防御力を誇る
それほどの威力だと一目で分かる禍々しさだった。
しかし姉様によって防がれた。少女は一瞬驚いたが、敵愾心が更に燃え上がっていく。
これに対しガブリエルが慌てて火消しにかかる。
「済まぬな。こっちから名乗るべきだったのう。失礼を認める。じゃが決して敵ではないぞ。妾は熾天使ガブリエル、異能使いを探してここまで来たのじゃ」
「オラは大神オーディン様の第一のしもべにして空騎兵、ワルキューレ! ……ん? 今熾天使と言ったか? まさか異教の者か!」
「オーディンとな!? ならば邪教の輩ではないか!」
これは逆効果だ。話が余計ややこしくなってしまった。
誤解が解けるまでしばしの時間が必要になってしまう。
だがそもそも敵対しに来たわけではない以上、話し合いでどうにかなる。姉様が古の知識を引っ張り出し、推論し、丁寧に説明したおかげで。
それはとても長いが筋道の通っている話なのだ。
魔界には神が良しとしなかったガラクタが詰め込まれている。
そこには世界ごと押し込められた場合があるのだ!
この白銀の世界もその一つなのだろう。
しかし神が完全に破壊して無に帰さなかったことからすると、おそらく古い時代、神がプロトタイプとして作ったものかもしれない。単なる試作品であり、別に神に逆らった経緯があるわけではないので壊されなかったのだ。
つまり根本的なところは同じなのである。
天界も人間界も、この白銀世界も神が作ったという点においては。
そして崇めている神も同じものである。
白銀世界でオーディンと呼ばれているものも、天界にとっての神と同じであり、ただ捉えかたが違うに過ぎない。もしも魔界をくまなく探索すれば神をもっと別の名前で呼んでいる世界が見つかるに違いない。
すると、このワルキューレなる者はまさに天使と同じ立場ではないか。神によって作られたしもべという意味では。
そしてこの世界は長いこと神に打ち捨てられても、信仰は失われず続いていたようだ。ワルキューレはそれを受け継いでいた。神の声も聞こえなくなって久しく、意義のある命令も仕事もないのに。
既に神はこの白銀世界を捨てた、それを嫌でも理解しつつ、頑なにそのしもべの立場を守っていた。確かにそうしなければ存在意義もなくなってしまう。
「忠義は見事じゃが、時と場合によりけりじゃな。そこは怒らんで聞いてもらいたい。ところでワルキューレとやら、ここには天使、いや空騎兵は何人おるのじゃ?」
「オラの他には誰もいねえ」
「何!? で、ではたった一人で過ごしてきたのかや!」
「皆、長いこと命令が無いのに耐えきれず、出て行った者もいれば、自死した者もいたべ」
「……可哀想なことよの」
何とこの白銀世界にはワルキューレ一人しかいなかった!
どれほど孤独な時間を過ごしてきたのか。
「同情は要らね。オラにはこのグングニルの槍があるべ。オーディン様の武威の欠片を鍛えて作られた槍を預かっているからには、守り通さねばなんね。壁を越えてきたのはおめえらが初めてじゃねえ」
「そんなことがあったのか? で、そういう輩はどうしたのじゃ?」
「バアルの使徒とかケツァルコアトルの将とかいうのが来たこともある。そこそこ強かったが、全部退治したべ」
どうやらワルキューレは槍の保持を心の支えにして生きてきたらしい。しかも他の勢力と戦ったことがあり、そして勝ってきたのだ。
たった一人でそれを可能にしたのは、おそらく槍の力を引き出せる異能のおかげなのだろう。
言い換えれば槍の力は尋常なものではない。神の力の一部が宿されているのは本当である。
この頑固そうなワルキューレを説得するのは骨が折れた。
槍を決して奪わないこと、こっちに味方するのは外の世界を見てから決めてよいことを条件にして引っ張り出した。
逆に言えば、それでも引っ張り出せたことが驚きである。
それにはワルキューレ自身も白銀世界に独りでいることに耐えられない思いがあったからだ。おまけに神に対する不信感が本人は否定しながらも、やはり重なっているのだろう。
一行は魔界の深部からワルキューレを連れて戻った。
既にそこには人間界から戻ったラファエル、ミカエル、ソータ君、新たな異能者の少女が待っていた。
またしても人数が増えたことによりソータ君は怯んでいたようだが、逆にサキと呼ばれる少女は堂々としたものだ。元の性格かもしれないがソータ君と共にいるという安心感がそうさせている。
ともあれ素早く情報交換を済ます。
最大の問題は神が人間界を滅ぼすつもりでいる、この一点だ!
もはや猶予はない。
「異能者が十二人揃ったわ~ 今こそ攻め入るわよ~」
「じゃが姉様、魔界での戦役が終わったばかり、あまり戦力を揃えられないのではないか?」
ガブリエルの慎重な意見の方が真っ当だ。
今度の侵攻作戦こそあらゆる意味での決戦になる。不退転の決意を持ち、最大戦力で挑むべきなのだ。
だがわたしは姉様の意見にこそ賛成する。ここは時を置かず戦いに赴いた方がいい。
「時が経てば人間界が心配、それもある。だが何よりも天界の方が先に戦力を回復してしまう。時間が経てば、この前のように下級天使が七千、いやそれ以上になってしまい、それこそどうにもならなくなる。ここは一気に行くべきだ」
「こんな脳筋のラファエルの言うことだが、その通りだ。今すぐ攻めた方がいい。馬鹿の熾天使でもたまには正しいことも言う」
「喧嘩を売ってるのか? マルコキアス、そうなんだな」
「ほう、貴様の意見が正しいと褒めたつもりなんだが。聞く者の耳が悪いとそう聞こえないとみえる」
相変わらずだこいつは!
この物言いは長年に渡る熾天使との確執が原因ではなく、単に性格がひねくれているのだろう。
それならそれでわたしにはマルコキアスに対する反撃法があるぞ。
「…… サキちゃんとやら。いいことを教えてやろう。このマッチョでオッサンのマルコキアスは何と! あのVtuberヘルヘルちゃんの中で女子中学生を担当し、」
「うわ、貴様今それ言うか! 黙れ!」
「黙って下さいだろ? マルコキアス。好きなお菓子わあ、虹色マカロン!」
「ぐ、ぐぬぬ……」
とりあえずマルコキアスをやり込める。ちなみにサキちゃんはエンジェルズもヘルヘルちゃんも知らず、目を白黒させるばかりだ。
ともあれ議論は決まった。
直ちに天界を攻める!
今こそ全てに決着をつけるため、最後の戦いに挑むのだ。