天使たちの戦記 ~歌うように踊るように神を殺す~   作:おゆ

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第三話  慟哭の天使

 

 

 

「姉様ァーー!!」

 

 ルシファーの姉様に向け、ウリエルがダイブする。

 

 再会がとても嬉しいのだ。

 もちろん他の三人もそんな行動はしないまでも心は一緒である。

 明るく、楽しく、皆に慈愛を注ぎ、そして皆に慕われていた姉様なのだから。

 

「ボク、また会える日が来るとは思わなかったよーー! ずっと、ボクは寂しかった、姉様!」

「よしよし、ウリエルちゃん。ウリちゃん~ ウリウリウリ」

 

 

 なんか最後の方がよく分からないのだが、これは絵になる図だ。

 ルシファーの姉様はふわっとしたボリュームを持つ、美しいクリーム色の髪になっている。

 目は大きく、瞳は深い緑、ややほっそりした頬と相まってとても優し気だ。

 

 これが地の姿なのである。

 

 天使というものは姿形をかなりの程度変えることができ、そうでなければ天界の言葉を人間界に伝える使者の役割を果たせるはずがない。

 その都度伝えるべき人間の性質に合わせ、ある時は威厳があるように、ある時は逆に威厳を見せないような姿に変え、人間にしっかり伝えることで使命を果たす。

 けれどやはり、それぞれの天使に備わった地の姿が一番楽でしっくりくるのだ。

 

 ウリエルは小柄で背も低くやせ型、あえて言えば子供っぽい見かけだ。

 濃い茶色の短髪、それと同じ色の瞳をしている。熾天使にありながら天使の皆に妹分のように見られている。

 

 

 まあわたしはというとやや長身、もちろん剣を振るうだけあって筋肉質な体をしている。

 実のところ筋肉の力で剣を振るっているわけではなく、体内を巡る神聖力でそれを行い、また異能を発揮する。しかし別に見かけが筋肉質で悪いことはない。

 ちなみに姉様よりはちょっと色の濃いクリーム色の髪なのだが雑に後ろで縛っている。剣を振るのに邪魔だから長くしたくないのだが地ではそうなるので仕方がない。

 瞳は黒に近い赤目であり、切れ長の形ともあいまって自分ではそんなつもりなんかないのに一見近寄りがたいそうだ。

 

 

「姉様、会えて嬉しい。けれど少し恨み言を言いたい気持ちがないでもない。姉様がいなくなって一番苦労したのは妾かもしれぬからじゃ。みんなを束ねるのはそれなりに大変じゃったわ」

 

 ガブリエルはダイブもせず姉様にそんな苦言を言っているが、実は再会をとても喜んでいる。

 紫紺の瞳を潤ませ、黒髪を震わせながら、私に近いくらいの長身で突っ立っている。

 まあ言っていることは本当だろう。

 天使長ルシファーの姉様がいなくなってからはガブリエルがあたかもその代行をしていたからだ。正式にそういう地位に立ったわけではないのだが、比較の問題でそれにふさわしいのはガブリエルと皆が見ていたので自然とそうなった、いやそうさせられた。

 結果、ガブリエルは騒がしい天使どもの調停とか面倒なことを押し付けられたりしてしまい、むろん本人も期待に応えようと苦労していたのだ。

 

「…… 分かるわよ~。ガブリエルちゃんも頑張ったのねえ。ガブガブ」

「だから先ずはその口癖やめい!!」

 

 

 

「ラファエル、感動やね。でも思うんよ。これはうちらが反逆したからこそ感動の再会ができただけや。他の天使どもにはこういう機会はないんやなって。皆は姉様のことをよく知らず、敵にさえ思うとるのも少なくない」

「そうだな…… ミカエルの言う通りだ」

「なんも解決しとらん。かえって前途多難やと思ってしまうわ」

 

 ミカエルがそっとわたしに言ってきた。

 

 全くその通りだ。

 天使が分裂することなど本当はあってはならず、悲劇でしかない。

 分かり合える、それは幻想なのだろうか。

 これからの戦いではいずれ魂のない下級天使ばかりを相手にするわけにいかない。ついには我ら熾天使と親しく顔を合わせていた上級天使と戦わなければならない時が来る。

 

 ミカエルは薄紫というよりほとんど白に近い、長い長い髪を持っている。それほど高くない身長なので腰より下に行きそうである。

 

 それがもっとも美しくなるのは戦いで自分の異能、暴炎熱威(ストームフレアー)を発現させた時だ。

 その紅蓮に照らされた時、髪もまたオレンジ色に輝く!

 ただしそれは自分が最も好まない戦いというものをしている時でもある。ミカエルは普段のおちゃらけた言い方に似合わず、戦いをできるだけ避ける。熾天使で一番の平和主義者と言えるだろう。

 やむなく戦いになってしまったら、その赤目は決して笑わず、悲しい色を湛えているものなのだ。

 魔界の軍勢相手にもそうなのに、まして仲間であった上級天使を滅することができるだろうか。先の戦いでミカエルは下級天使の群れを相手に三百という膨大な数を葬ったが、上級天使と対決する場面には至らず、もしかすると幸いだったのかもしれない。

 

 

 

「話はいっぱいあるのですよ~ どれから始めようかしらね~」

 

 姉様に聞きたいことなど山ほどある!

 魔界のこと、あのアホなVチューバーのこと、またそれを始めた目的のこと……

 

 だがしかし、一番はあれしかない!

 代表してわたしが直球で聞く。

 

「姉様、最初に聞きたいのはどうして神に敵対したのか。そして天界を抜けたのか。その訳を聞きたい。全てはそこからだ」

「ラファエル、そしてみんな。理由は~たぶんあなたたちと一緒よ。神の暴走を止めるため~にね~」

 

 さっき頭を打ったせいか、姉様は凄く変なVチューバーのしゃべり方から少し変なしゃべり方程度になっている。これが姉様の本来なのだから、まともにまでなることはあるまい。

 

 そんなことより、姉様もやはり我ら熾天使と同じ理由で神に反逆したのだ!

 その最も大事なことを確認できた。

 ならば自動的に姉様は我らの味方であり、我らは姉様の同志なのだ。

 

 姉様はより詳しい話をしてくれた。

 

 

 

 決して楽しい話ではなかった!!

 

 かなりの昔のこと、あの人間界における大水の事件から始まったのだ。その時も神は人間界の進路について疑念を持ち、その修正にかかった。

 神のいう修正とは教え諭すことではない。

 自分の意にかなった人間だけを残し、他を滅ぼすという意味なのだ。それは過去幾度もあったがその時は大水を使っている。

 

 

 人間界の黎明期、持てる技術は高くなく、暮らしは決して楽ではなかった。

 しかし人間たちは素朴さと純粋さを充分に持ち合わせていた。

 そして天使たちはそんな人間たちと交流していたものだが、姉様はその中でも率先して人間と親しくしていたのだ。

 天使長としての職務というよりは姉様本来の優しさがそうさせていたのだろう。

 逆に人間もまた姉様に親しみをもって接していたものだ。

 

「きょうは~ 畑の作り方を教えます。これで獲物がなくてもお腹いっぱいになるのですよ~」

「ルシファー様ありがとう! そうなったら凄いです! みんな喜びます」

「すぐにはできないわよ~ まず水路を作りましょ~ みずみず」

 

 神の許可の下、天界の知識を人間に与え、その社会は発展していった。

 初めはただの集落だったのに町ができるくらいになった。多少の問題がないことはないが、姉様の努力と人間の望みとで克服できる程度のものだ。

 

「木を使って~ 石もつかって~ 金物を作ってみましょ」

「かなかな!」

「子供たちに先に言われてしまったのですよ~」

「ルシファー、ルシルシ天使様♪」

 

 作業の邪魔をする子供たちを邪険にせず、手を繋ぎ、輪になって踊る。

 そこには人と天使の親愛しかない。

 

 ああ、姉様はとても幸せだったに違いない。

 

 

 

 

 しかしそれは続かなかった!

 

 神はその社会を承認しなかった。

 滅ぼしにかかったのだ!

 神の大いなる災いは圧倒的な大水という形で町を押し流し、陸地を全て覆い、その痕跡さえ残さない。

 人間たちもまた、ほんのわずか数十人だけが方舟で助かるように仕組み、他を全て殺し尽くされた。

 

「水が来る! た、助けて!! ルシファー様!」

「頑張るのですよ。今からでも船の代わりを見つけて~」

「も、もうそこまで…… ルシファー様、お願いします! せめて子供たちだけは……」

「分かりました、子供たちを助けます!」

 

 姉様は手を伸ばす。暗雲のたちこめる大災害の中で。全ての天使のうち姉様だけが持つ十二枚もの羽をひらめかせて。

 救える者だけでも救うために。

 

 だがしかし、神のもたらした大洪水と暴風雨はその手を易々と引きちぎり、全てを没した。

 

「ルシファー様、すごい水、怖いよぉ! ああっ」

 

 姉様が愛し、姉様を慕ったあの子供たちが……

 誰一人逃れられず、溺れて苦しみながら死んでいった。

 

 

 

 

 しばらくの虚脱状態の後、姉様は天界の至聖所に赴き、神に対してその残酷さを訴えた。

 それは驚くべきことである。

 神に対し天使がそんなことをするとは。天使は神によってしもべとして作られたものであり、それに異議を唱えることなど許されるものではない。天使は全ての性質にまさって神への従順が求められる。まして天使長の位置にあるものは疑問を持つことすら許されるはずがないのに。

 

 

 だが姉様の行動よりも本当に驚くべきことは神のこともなげな返答の内容だった。

 

 

 ___ 人は早く進歩し過ぎている。

 ___ だから適切な進歩に修正する必要があった。

 

 

 それはどういうことだ! たったそんなことで、あの大惨事を引き起こしていいものか!

 人々は子供たちの未来を良きものにするため、発展を願ったのだ。

 そして確かに幸せがそこにあった。姉様もそのために従事したわけで、かえって仇となったとは…… 断じて認められないではないか。

 

 

 

 そして神が告げたより大きい理由、それこそが姉様の胸を抉った!

 

 ___ 人は神よりも天使長ルシファーをあがめた。

 ___ それらの人々を置いておくわけにはいかない。

 

 

 姉様は慟哭し、やり場のない悲しみに引き裂かれた!!

 

 そんな!

 自分のために人々も、子供たちも殺されたというのか! 

 自分がいたから、その幸せも、あどけない笑顔も吹き消されたというのか!

 

 打ちのめされた。

 

 人々の未来を奪い取ったのは自分、罪もない人々を死なせたのは自分。

 この馬鹿で哀れな天使に救いはなく、償いようもないことだった。

 

 誰知らず血の涙があふれて流れ、それを止めるすべもない。

 

 

 

 その時に決まった。

 天使長ルシファー、その力と慈しみの天使は創造主である神に対して反逆した。

 

 

 

 

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