皆は立ちすくみ、やっと合流できて喜ぶミカエルとマルコキアスに声も掛けない。
その原因はただ一つ、仲間のうち一人だけ倒れている者がいるからだ。
それはルシファーの姉様だった!
倒れ伏し、動けなくなっている。
そうさせたのはすぐ横に立つ者、アサエルの仕業だ。
皆はその有り得べからざる光景を見て驚愕している。
「な、何やて! アサエルが……やったのか? でも、あの姉様がなんで…… アサエルがいくら強うても剣士や。姉様にかなうはずあるか」
今、声を出しているのはミカエル一人、だからその声は皆に聞こえている。
誰しも思うことは全く同じだ。
こんなことは有り得ない。
わたしも見たものが信じられない。
事は天界内部の平原において、わたしがガブリエル、ラグエル、アシュタロト、ベルゼバブ、姉様を見つけた時に遡る。
その五人は先に城砦を抜けて待っていたらしい。わたしやウリエルなどの五人が合流すると十人が揃う。後はミカエルとマルコキアスが合流するのを待てば、また十二人の全員になる。
城砦の存在というアクシデントを乗り越え、天界内部へ駒を進められたと安堵してしまった。
そこへふらりとアサエルが来たのだ!
おそらくアサエルはまた天界側の総指揮を任されているはずで、一人で来たのはちょっと解せない。
不思議に思いつつもアサエルが敵であるのは確かであり、邪魔をしてくるのなら討ち取るまでだ。わたしも
ところがアサエルは少しも気負った様子がなく、ゆったりと構えているではないか。
そして顔にはぞっとするほど禍々しい笑みが浮かんでいた。
これはいったい……
そして一瞬のうちにアサエルの姿が搔き消えた!
「
その声は姉様だ! この奇妙な事態に対して最初に反応している。
いち早く異能を使ってアサエルの攻撃を防いだらしい。
しかしそこからの二人の姿はわたしも誰も目で追うことができなかった! 剣撃の音だけが遅れて届き、二人が戦っているだろうことを伝えてくる。それはあちらこちらから、5、6回も聞こえただろうか。
その音が止んだ時、再び二人を見ることができた。
倒れた姉様と、やはりニタリと笑うアサエルの姿として。
姉様は負け、剣で重傷を負わされている!
いきなりこちら側の最高戦力である姉様がやられてしまった。
しかし驚くところはそこではない!
姉様の
だが今、結果がからすれば、アサエルは姉様を打ち負かすほどの速度を出して戦っていたことになる。
アサエルがどうして?
アサエルもまた
わたしはその事実をうまく受け止められない。
だからわたしは遅れて到着したミカエルとマルコキアスを認めても、声を掛けるゆとりがなかったのだ。
ところが、この場にもう一人が飛び込んできた。
ミカエルたちを追いかけてきたハムエルだ。
そのハムエルもまた、アサエルと倒れている姉様の姿を見て愕然とする。
「やっぱりそうなのか、アサエル……」
ただし、ハムエルはそこからまさかの行動に出る!
「頼む、戻ってこいアサエルーーッ 異能発現、
ハムエルが声を上げると、その手に白銀の矢が生じる。光の粒子をわずかに纏って美しい。これこそハムエルの異能、必中の矢だ。
それを弓につがえ、放つ!
それを何と我らの方ではなく、アサエルの方へ向かって!
もはや驚き過ぎて何がなにやら分からない。
だがしかし、この矢はアサエルを傷つけることはできなかった。矢はアサエルをスルリと通過し、あっさり後ろに抜けていったではないか。
その瞬間、わたしはアサエルがかすかに呟いた言葉を聞いてしまう。
「
馬鹿な!
それは誰でもなくウリエルの使う異能だろうが!
なぜアサエルが呟く! そして確かに効果は
「おいハムエル!! どういうことだ! なぜお前は味方のアサエルを狙った! そしてさっきの言葉は何なんだ!」
わたしは事情を知っているだろうハムエルに向かい、慌てて問いただしにかかる。
何か禍々しい異変が起こっている気がする。
今すぐ対処しなければ、我らがあっさり全滅すると思えるくらいに。
「ラファエル…… あそこにいるのはアサエルじゃないんだ…… いや、アサエルではあるんだが、依り代になって神に憑かれた」
「何だと!」
「あれはもうアサエルの形をしているが、アサエルじゃなく、神だ。そしてたぶん全ての異能を使える」
ハムエルは呆然とした表情で、恐るべきことを語った。
時は少し遡り、神殿においてアサエルとハムエルが神の言葉を賜っている時のことだ。
神は初めに人間界にいる異能使いの少女を確保するように命じてきた。そしてそれが叶わなかった時、人間界ごと滅ぼすという言葉を加えたのだ。
これはアサエルにもハムエルにも衝撃的なことだった。
なぜ人間界にいる何十億もの民が消されなければならないのか!
天使としてずっと見守り、時には導き、時には手を貸してここまで発展させてきたのだ。人間界に愛着がないはずはない。
しかしこれは神の言葉、二人の内心は納得できず嵐のようでも、従う他はない。
とりあえず、少女の確保が先だ。初めにアサエルがその任に就こうとした。そこを押しとどめてハムエルが行こうとする。
「では必ずやその少女を天界へ連れて参ります、神よ」
「いやそれはダメだっ! 神よ、アサエルは肩を負傷しており、得意の剣が使えない有様。おそらく任務は難しいでしょう。このハムエルが承ります」
______ それが良し。ハムエルが人間界へ行き、アサエルは残れ。そしてアサエルよ、改めて聞くが忠誠の心はいかほどか
「それは? 神よ、このアサエルの忠誠はよくご存じのはずです」
______ 良し。では特別なる栄誉を授けよう
その後のことをハムエルは知らない。
しかし、少女を拉致できずに天界へ戻ってきた時、友であるアサエルが既にいないことに気付いた。
正確にはアサエルの姿は残っているが別の者である。怜悧な雰囲気も、近寄らせない姿勢も、いつもとはまるで違う。
ハムエルの知るアサエルはぶっきらぼうでも気さくであり、根底には深い優しさがある。
それらの異変と神の言葉と考え合わせれば容易に答えは導き出せる。
アサエルは、神に体を乗っ取られたのだ!
いかな神でもあまりに…… アサエルは忠誠心が強かったが、だからこそ乗っ取るのに適していたのだろう。
アサエルが哀れではないか。
思いもしない形で無二の友を失い、ハムエルは戸惑うばかりだ。
そして最後の最後、ハムエルは考えた。
アサエルを助けたい。元のアサエルに戻したい。
もしかしてアサエルの体が更に負傷して役に立たないものになれば、神は用済みとして取りつくのを止め、アサエルの魂が復活するのではないか?
それで矢を射ったのだ。あっさり無駄になり、神の力を再確認するだけになったが。
「そういうことだったか…… くそ、アサエルの忠誠を利用するとは何という悪辣な! しかしなぜそんな方法を取った」
「それは、たぶん神は神殿から出られないせいだわ~ 出られるなら最初から天使の軍勢は必要ないし…… それでも自分が直接手を下そうと思えば、誰かに取りつくしかないのよ~」
わたしの疑問に答えてくれたのはルシファーの姉様、起きられないほどの重傷を負いながらも伝えてくる。
それが真実なのだろう。
「取りついただけでは、神は少しの力しか出せない……はず。ラファエル、みんな、頑張って……」
「姉様…… よし、皆気を取り直せ! 一足早く神と戦うだけだ!」
姉様はそこで力尽き、昏倒している。
ならばわたしが皆を勇気付け、戦いに入らせなくてはならない。
しかし神の方が先手を取ってきた。
「
そう呟くやいなや、神の取りついたアサエルが持つ剣から圧倒的威力の剣撃が飛んできた!
「くうっ、
わたしも直ちに自分の
しかし、二つの威力がぶつかり合った瞬間、明らかに押し負けてしまう。
アサエルに取りついた神は本来の万分の一の力しか出せないかもしれないが、それでも余りに強く、同じ
押し返すどころか相殺もできず、わたしは逸らすだけに集中することでかろうじて凌ぎ切った。
ところが神は余裕の笑みでそれを見送ると
しかも今度はわたし以外に向けて放たれてしまった。
それをガブリエルは
ただし、避けることができなかった者たちがいた。
マルコキアスが負傷し、崩れ落ちた。
アシュタロトもまた同様に倒れ伏していた。