姉様は想像をはるかに超える神の力に屈服し、撤収せざるを得なかった。
そして至聖所の入り口で再びアサエルたちに見つけられてしまう。むろんそれらの者は半信半疑ながらも事情を聴きに近付いてくる。
ここに至っては直ぐに天界を出るしかない。
姉様は覚悟を決めた。
慕ってくれた大勢の天使たちの顔が心をよぎる。
それらに最後の挨拶もできないが仕方がない。慣れ親しんだ天界、楽しく暮らした故郷を捨て、二度と戻れない旅に出る。そして行きつく先といえば未だ天界の目が及んでいない魔界くらいしかないのだ。
振り返ることなく天界を脱する。
むろん姉様の
「法則を再定義……恐ろしい。そこまでの存在じゃったか、神というものは」
姉様が挑み、掴んだ真相はとんでもないものだった!
言いようもなくどんよりした空気になる。
今のガブリエルの言葉に集約されるが、我ら熾天使四人にとってはショックとしか言いようがない。自分たちは遮二無二戦っても神を取り巻く天使たちの守りさえ突破できなかったが、問題はそれより遥かに大きかったのだ!
いつから勘違いをして、神に辿り着けばなんとかなると思ってしまったのだ?
神の守りが天使だけだと思ったのだ?
その神は次元の違う強大さで、ルシファーの姉様さえ何もできなかったものを。
「そういう存在には勝てないよ、ボクらは。どうすればいいかも全然分からないし」
ウリエルがポツリと言葉を足すが、全員同じ気持ちである。
これは最初から勝てる戦いではなかった。全ては無駄だったのか?
「だからワイらが異能者を集めようとしとったんやで。それが解決の糸口になりまんねん」
妙な声が聞こえてきた。
ん? この場に他の誰かがいるのか?
声がした方向を見ると、倉庫の片隅に黒いもやがかかった空間があり、これは異界へのゲートによくある現象だ。
そこへ一人ラフな格好をした小柄なおっさんがいたのだ。誰だこいつは。
「あ~ みんなに紹介しておくわ~ 魔界公爵アシュタロトよ、アシュアシュ」
タイムリーに姉様が言葉を継ぎ足し、その者を紹介してくれた。
我ら熾天使に見せるためわざわざここへ呼んだ魔界の者だ。
しかし我ら全員、それを見て訝しむ。公爵というより今から釣りに行くかのごとく冴えない感じのおっさんだからだ。
魔界公爵アシュタロトといえば参謀としてあまりに有名なのだが、逆に参謀という役柄のためにほとんど戦いの前線に出てくることはない。かつてその数少ないチャンスを活かしてうまく倒したことがあったのだが、その時はもっとまともな格好をしていなかったか?
「変に思わんといてや。これが地なんやさかい。そんなん言うたらVチューバーの時にはパーソナルスペースがちょい小さ目の幼馴染系活発少女に化けるで。所属は弱小陸上部、その中ではエース級、でも大会前にはメンタル不安定になる設定や。よう考えたと自分でも笑うてまうわ。せやろ」
そんなことをまくし立てている。
そういえば、よく考えたら我ら全員アシュタロトの声を今まで聞いたことがなかったのだ。以前にウリエルがVチューバー画面を見て推測したが、あれは姿や声ではなく雰囲気と勘で言っている。
冷徹な参謀アシュタロトという評価が一人歩きしてイメージができていただけだ。
しかし濃い! そのキャラが。
「濃いね……」
「ああ、濃い……」
「濃いぞ…… そしてあえていえば……」
「ちょっと! ガブリエル、今何思うた!」
「な、なんのことじゃろうミカエル。さっぱり分からんぞ」
ミカエルにきつく問われたガブリエルがあさっての方を向いている。口笛でも吹きそうだ。
「ウリエル! うちとアレを一緒だと思うたな。絶対そうや」
「え!? ボ、ボクはそんな…… どうしてミカエルは心の声が分かったの?」
「思うとったんやな!」
「え、あっ」
「一緒じゃないし! うちはあんな濃くないし!」
まあミカエルがぎゃあぎゃあ言うのも分からなくはない。
だが今考えるべきなのはアシュタロトのキャラではなく言った内容についてだ。
それはもしかして神に対する攻略の手掛かりという意味で言ったのか?
それなら是非とも詳しく聞きたい、聞いておくべきだろう。
だがわたしがそれを口に出す前に姉様の方から説明してきた。
「みんなと魔界でいろいろ考えたのですよ~ どうやったら神を倒せるか。結論から言えば異能を集めることにしたのよ~」
「姉様、異能を? しかし…… 神は全てを何とでもできるのだろう。そんな力をどうにかできるほどの異能など、考えられない」
「まともに神を倒す異能なんて存在しないと思うのよ~ でも異能って元々神の性質を分けて与えられたものじゃないかしら~ だったらそこに鍵があってもおかしくないのよ、カギカギ」
「本当にそうか分からないが、鍵があるとしたら確かにそこだ!」
なるほど、そういうことか!
異能とは理不尽な力だ。
今まではなぜ異能というものがあるのか考えもせず、それが当たり前だと思い、そして使ってきた。しかし神の性質の欠片という見方をすれば答えとして一番しっくりくるではないか!
物理的な法則に縛られることなく振るえる力、そこでのみ法則は書き換えられる。まさにその意味で神の性質かもしれない。
異能を持つ者をできるだけかき集め、適切な配置をすれば…… 何らかの可能性が出てくるというわけか。神と同等になるはずはないが、近付くことくらいは。
「せやせや。だから異能を持つあんさんらと共闘できるのは嬉しいで。願ったりかなったりや。ルシファーの姐さんは、あんさんらが神の言いなりにならず、いずれこっち側に来ると信じとったんや」
「姉様が我ら熾天使を……」
「普通に考えたら熾天使が天界を裏切るわけない。でもなんぼ言うても姐さんは必ず来るとしか言わんかったで。自分と同じように、人間界を守るため、神への疑問を持つようになる。それほど心優しい熾天使たちやからって」
そうなのか!?
アシュタロトによると姉様は我ら熾天使のことをそう思ってくれていた。
かなりの年月が経っただろうに、それでも疑うことなく信じ続けてくれたのだ!
我らが姉様とコンタクトを取ろうと苦労したのは、実は逆だった。
姉様のほうが待っていてくれたとは!!
ああ、言葉にできないほど嬉しい。
「嬉しいことだ。本当に何と言っていいか分からない」
「わいは姐さんの側近としてそんな信頼を見せつけられてきつかったで。ほんま、あんさんらがうらやましいわ」
けれどそうなると…… 期待されると逆に苦しいものがある。
先に我らだけで戦ってしまい、見事に阻まれ、神まで行き着くことすらできなかったからだ。
「しかしそうなると逆に…… 現実的に我らの力では…… 先の戦いで思い知った」
「いんや、あんさんらの力はごっつう凄いもんやで。わてらはよう分かっとる。せやけどそんでも足らんのも確かや。だからVチューバーやっとんのや」
「なるほどそうか! 異能は天界にも魔界にも少数存在する。しかし、人間界にも極く稀に存在する。それを見つける手段としてのVチューバーか」
もっともっと戦力が要る。異能を持った者が必要なのだ。
しかし異能はとても珍しく、天界においてさえそうそう数はない。
我ら熾天使四人は全員それを持つ。
しかしその下の階級である
そもそも上級天使自体が全部ひっくるめても数十人しかいないからには。
その下の
まして
天界はそんな事情だが、魔界においてはどうだろうか?
実はそれについて我ら熾天使も正確なところを知らない。
最後に人間界、ここには本当に稀なのだが異能を持った者が出てくる。例えば、かつて権勢を振るった大賢者ソロモンは天界の知識をいくらでも引き出せる知恵の異能をもっていたそうだ。
しかし今から人間界の異能持ちを探すとなると……
まあVtuberが悪い方法とは言わないが、簡単には思えない。
姉様らはあの必死なのか地なのか分からないアホなコントをしても、そこからどうする気だったのか。
「ラファエルちゃん、Vtuberなんかじゃ無理だと思ったでしょ~ でも大丈夫、このアシュタロトは異能を見つけ出す異能、
「え!? そんなものがあるのか! 異能を見つける異能とは…… 確かに直接的戦力にはならないものだが、この場合は非常に役に立ちそうだ。Vtuberで注目を集めれば、そのウォッチャーから探せるというわけだな。それはいい!」
「な、何やて! 直接的戦力にならない言うたな! このわいが! どうせ参謀にしかなられへん、非力な雑魚や、そう言うねんな!」
「そこまで言ってないが……」
うわあ、そこがスイッチだったか。
なんか勝手にこじれて面倒臭いな。とりあえず放置しよう。
しかし、ここでまたしてもゲートの黒い霞をゆらめかせ、中から出てきた者がいる!
「アシュタロト、そう拗ねるな。直接的戦力なら俺がいれば充分だ」
ゲートの前に立ち、そう声をかけてきたではないか。
誰だ……
だがわたしはその姿を見ただけで反射的に行動してしまった。
「異能発現、
剣を構える。
そこに見えたのは紛れもなく敵の姿だ!
こいつの名はマルコキアス! 魔界の軍団長、わたしとは因縁の相手である。
魔界でも随一の剛の者であり、名前だけで天使の多くは震え上がる。
そして魔界が天界に攻め入って来た際にはいつも最前線でわたしはこいつと戦っていたものだ。
今、おそらく戦うためにここへ来たのではないと頭では理解しているのだが、因縁が警戒心を呼び起こす。
「ふん、何だラファエル、ここで俺と決着をつけようとでもいうのか。だったら望み通り、異能発動、