呪術を見てる人ならわかりますが、これは純愛です。
これは純愛です!
それ以上でもそれ以下でもありません!!!
p.s.
四コマは今回もお休みです。
救えないとわかっていても、好きだった。
報われないとわかっていても、好きだった。
隣にいて、彼女のささやかな幸せを守りたい。ただ、本当にそれだけだったんだ。壊れてしまった、もう戻らない心の穴を少しでも埋めたくて、寄り添い、抱き締めた。
恋か愛か、はたまた呪いか。
自分よりも他者を優先する彼女──
これは終わりの見えない救済の物語。救いを与え続ける彼女に、ありふれた幸せという救いを与えたかった、冴えないピエロの物語。
◇
朝、一番最初に起きてやることは、いつも決まって奏の様子を見に行くことだった。起きてるのなら、一度眠らせて。デスクで寝落ちしてるなら、ベッドに運んで布団をかける。
世話をし始めて最初の頃は、床で倒れてる奏を見て慌てたものだが、今ではそうでもない。泥のように疲れて眠ってる彼女を、少し呆れつつも抱えて、ベッドに寝かせる。
慣れた日常の一部だ。
「……珍しいな、ちゃんと布団かけて寝てる」
作業が思った他進んだのか。
体調的な限界が来たのかはわからないが、しっかり寝てるのはいい事だ。叶うなら、普段からそうして欲しい。
そうやって、一人心の中で愚痴りながら、奏の顔色を確認する。夜型人間の彼女は、カーテンを閉め切って諸々の作業をするため、時計を確認しなかったら体にガタがくるまで延々と行動を続ける。
だからこそ、顔色を見て体調を確認するのは大事だ。出来るだけ、その時、その体にあった栄養素を選んで摂取させないと、奏の
正直な話、邪魔することも優しさや愛というのだろうが、俺はしたくない。
彼女が呪いを背負ったままでも、自分の幸せを受け入れられるようにする。それが、俺にとっての最善。
なんて、いつからか考えるようになった。
不確定な未来に願いを託すように。彼女から打たれた呪いを思い出す。
『湊は、いなく、ならないよね?』
父を半ば殺した罪悪感と喪失感。最期に彼女自身に授けられた呪い。悲しいことにそれは、天才という器に乗せても、当時中学生の奏には余りに大き過ぎるものだった。
母を早くに亡くし、父は病院でほぼ寝たきりの状態。残ったのは、幼い頃からの付き合いの俺たち月野海の家族だけ。それだって、まともに顔を合わせていたのは俺くらい。
一人。傍に居るのはたった一人の幼馴染み。感情をぶつけられる役目も、依存先になる役目も、俺が引き受けるしかなかった。彼女のことだから、もし俺が引き受けなくても生きてはいけただろうが、どこかで倒れていた可能性は否定できない。
「神様も酷いことするよ、ほんとに」
眠る彼女の髪を撫でて、ポツリと呟く。
音楽の神様に愛された奏は、運命の神様に嫌われた。留まることを知らない音楽の才能を貰った代わりに、大切な家族はバラバラになり引き裂かれた。
二度と会えない母親。元に戻るかわからない、謝ることすら許されない父親。
救ってやりたいと、何度も思った。でも、俺にできるのは、さっきの幸せを受け入れさせるまでが精一杯。抱き締めて、感情を吐き出させて、少しでもいいから楽にしてやって、擬似的な家族の温かさを作り出す。
偽物、紛い物、劣化コピー。きっと、一割でも心の穴を埋められたら万々歳。
偶に奏が、感慨深く口にするありがとうが、俺にとっての救いだった。
◇
目が覚めてすぐ、わたしはいつも近くにいるであろう湊を探す。何度も夢に見た光景がフラッシュバックして、怖くなるから。遠く遠く去っていく彼を見送る夢が、怖くてしょうがないから。
もっとも、人並みの幸せを願う権利はわたしにない。そんなの自分が一番わかってる。けど、残された温もりを失いたくないとわがままを言うくらいは、許して欲しい。
彼がわたしに見せる顔は月明かりのような温かな笑顔で、それが昔から好きだった。母さんや父さんもよく見せてくれた笑顔。穏やかな微笑み。
気を使ってくれてるんだろうなって、なんとなくわかって。それが嬉しくて、苦しくて、息が詰まりそうになる。湊はわたしが呪ってしまった。たった一言が、彼をこの家に、わたしの隣に縛り続けている。
歪んだ感情を向け合う、拗れたこの関係が終わる日はくるのだろうか。
いいや、こないといいな。
「おはよう、湊」
「ん、おはよう奏。パンもそろそろ焼けるから、待っててくれ」
テーブルに置かれた皿には、レタスのサラダとカリカリに焼かれた薄切りのベーコンが二枚、スクランブルエッグが載せられていた。その横ある、小さな丸い器には一口大に切られたバナナとヨーグルトが入れられている。
ニーゴでよく行くファミレスのモーニングセットに似ていて、少し頬が緩む。
みんなと過ごす時間は少し棘があって、無傷ではいられないけど、それでも湊と一緒にいる時間と同じ感じがして好きだ。
「今日は病院に行く日だったよな。着替えとか替えの花とか用意して、玄関に置いてあるから」
「ありがとう。湊も夕方からは学校だよね?」
「あぁ。帰りにスーパー寄って夕食の材料買ってくる。なんかリクエストあるか?」
「最近は冷え込んでるから……シチュー、とか?」
「わかった」
何気ない会話。
日常に溶け込んだそれは、昔と今が混在していて、両親と湊の姿をごちゃ混ぜにしていく。繋がらない過去と現在の間に彼は居て、わたしが消えないように守ってくれている。
もし、わたしが消えたいと言ったら、湊はどんな顔をするんだろう。
悲しそうにするのか、寂しそうにするのか、怒るのか。考えても考えても、明るい表情なんてのは出てこなくて。わたしがどれだけ湊に重い
遠い遠い未来。救いが終わる日が訪れたら、言葉でも音でもいいから、しっかりと想いを伝えたい。きっとそんな日は、やってこないのかもしれないけど。
◇
学校帰り、電気の灯らない彼女の家に着いて一番最初に感じたのは、どうしてもっと早く帰らなかったんだろうという後悔だった。
病院に行って、父親に会ったのがトリガーになったのか、玄関先で踞る奏は過呼吸気味になりながら必死に謝っていた。一体、どれほどの時間はそうしていたのか。顔は涙でクシャクシャになっていて、謝る度にか細い声が耳に届く。
荷物をその場に置いて、急いで彼女を抱き締めた。
「大丈夫、大丈夫。ここにいるよ。もう、謝らないでいいよ」
「み、なと……ごめ、ごめん、なさい。わたし、わ、たし……」
「俺は許すよ。だからもうそれ以上、自分を責めないでくれ」
何度繰り返したかわからないやり取り。
こんなの、意味のない許しを与える作業でしかない。でも、それでもやらないよりかは幾分かマシで。薄っぺらい言葉を吐き続ける。
永遠に朝のこない部屋で、俺は彼女を支え続けた。
あの日に止まった時間は、まだ俺たち間から抜けてくれない。
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