【私は課金で天井までガチャを回して、今回のイベキャラ三人を当てました】
あっという間に過ぎ去った秋は忘れられ、今は冬。厚着をしても貫通してくる寒さが、湊を襲う。
「さみぃ……買うもん買って、早く帰るか」
自宅からほど近いショッピングモールまで、湊はとぼとぼと歩いていく。彼自身、特に理由があったわけじゃない。たまには歩くのも悪くないと思い家を出たのだが……どうやら失敗だったらしい。
雫の頼みである本は必ず買って帰らないと不味いし、自分の目的の物も買って帰りたい。先程の言葉は、諦めの境地に達したが故の悲しい言葉だ。
歩いて、歩いて、歩いて。ようやく辿り着いた信号交差点の先に、ショッピングモールが見えた。もう少しで温かい場所に入れる、と湊が喜んだのも束の間。彼が来た方向とは反対の場所から、何度か聞いたことのある、懐かしい声が響いた。
突然のことに、反射的に反応した湊が顔を向けると、そこには……
「すみません……わたし、急いでるので」
「そこをなんとかお願いします!! 俺、愛莉ちゃんのファンなんです! サイン、サインだけでいいんで!」
「俺も俺も! こんなところで会えるなんてキセキっすよ! 握手して欲しいっす!」
「ですから、わたしは……!」
幼馴染み──雫の親友でもあり先輩アイドル
それに、中央は長く伸ばしたまま、両側を黄色のリボンで結んだ特徴的な桃色の髪と、萩色の綺麗な瞳は簡単には隠せない。
元とはいえ、
(見て見ぬふりは……できないよなぁ)
悩むように髪を搔いたあと、湊は適当な理由を考え、それに沿ってテンションを上げて愛梨の方に走って行く。
バカっぽく、変に怪しまれない程度に、湊は自分を作る。雫のお陰で色々な業界人に会って来た彼は、処世術や簡単な演技の方法を暇潰しに教えて貰ったことがあった。
人間、学んだ知識や経験が、いつ役に立つのかなんて分からないものだ。
「おーい、お待たせ! 待たせて悪かったな」
「み、湊!?」
「……えっ? あ、愛莉ちゃん、彼氏いるの!?」
「マジかよ……ちくしょう!」
「……ん? あの、なにか勘違いしてませんか? 愛子は、愛子です。俺の彼女。アイドルの桃井愛莉とは別人ですよ〜」
『べ、別人!?』
驚くファン二人に見せつけるような動きで、愛莉が嫌がらないギリギリの加減で、湊は彼女の肩を寄せ、疑わせる為に念を打つ。「目の前にいるのは、桃井愛莉じゃないのでは?」と。
作戦が成功したのか、驚きの顔は見る見るうちに変わり、青白くなっていった。
「あ、あの〜、本当に、愛莉ちゃんじゃないんですか?」
「……え、えぇ! よく間違われるけど、違います」
「そ、そうですかぁ……」
「いやぁ、似てるからしょうがないですよ。コイツ、そっくりさん大賞に出たことあって、そこで賞金貰ったくらいですから!」
「へ、へぇ〜。あ、自分たち、これで失礼しまーす!」
「ホント、すみません!」
謝りながら去って行くファン二人を見送ったあと、湊はそっと愛莉の肩から手を離した。絶対に、愛莉の方を見ないように。
今振り向いたら、伊達メガネ越しに、殺人級の意思が籠った視線とかち合うのは必然。助けたつもりでいる湊からしたら、そんなのが飛んでくるなんてとばっちりだ。
だが、このまま放置していくのも、なんて言われるかわかったものではない。
いつもの如く、湊に選択肢はなかった。
「……悪かった、無難なのがあれしか思いつかなかったんだ」
「別にぃ、誰も怒ってるなんて言ってないでしょ?」
「いや、確実に怒ってるだろっ!」
こめかみに浮かんだ青筋と、見慣れた
謝ってこれなら、物で釣るしかない。湊は、自分の財布の中身を思い出し、どの程度なら奢れるかを必死に計算した。
そして、苦し紛れの笑を零して言った。
「行き先はショッピングモールか?」
「えぇ。あと、帰りにCDショップにも寄る予定よ」
「……5千円までなら奢る」
「決まりね。さっ、早く行きましょ! ここは寒いもの」
般若も素足で逃げ出すような、恐ろしい表情は嘘のように消え去り、愛莉は湊の手を引いてかけて行く。
演技だったのか本気だったのか、彼には皆目検討がつかなかった。
◇
「湊、アンタの買い物、もう終わったの?」
「まぁな。雫に頼まれた本一冊買うだけだったし」
「……それだけなら、通販とかでも良かったんじゃない?」
「俺も買いたい物があったから、ついでだよついで。本命はCDショップ」
「なんて言うか……雫に甘いわよね」
「普通だよ。ほら、雑貨屋に行くんだろ?」
二人がショッピングモールを歩く姿は、周囲から明らかに浮いていた。方や変装をしているが元アイドルの愛莉。もう片方も、断ったが、雑誌撮影の付き添いに行ったら、モデルの代役を頼まれるくらいには顔がいい男の湊。
目立たないなんてありえない。特に、男女のペアなら尚更だ。
しかし、湊と愛莉に近付いてくる人は、全くといっていいほどいない。その理由の一つは、「もし芸能人だったとしても、プライベートを邪魔したくない」という、ファンの良識。もう一つは、湊の「寄ってくるな」と言わんばかりの、圧のあるオーラがあるからだろう。
彼は、アイドルに対して──いや、大切な友人に対しては、全くもって過保護である。目的の雑貨屋に入ったら、さり気なくカゴを手に取って、欲しい物を入れるように言い。愛莉が届かない場所にある商品を取ったり、座り込んで商品を吟味する彼女をガードしたりと、執事さながらの行動を、さも当たり前のようにやる。
湊自身、雫にやっていた長年の癖が、他の人間になっても抜けないのだ。
「ねぇ、湊? こっちの緑のリボンと、こっちの水色のリボン、どっちがいいと思う?」
「……水色、かな。着る服によるけど、淡い色の方が合わせるのも難しくないと思う。主張し合って喧嘩もしないし」
「でも、主張し過ぎないのもつまらないのよねぇ……」
「どっちも、買えばいいんじゃないか? 着る服で変えればいいわけだし」
「ダメよ! いくらお金があるからって、闇雲に使うべきじゃないわ。しっかりと管理して、予算と相談しないと」
愛莉はそう言うと、持っていたハンドバッグから小さな電卓を取り出し、叩き始める。湊はそれを横からぼーっと眺めながらも、チラリと商品が並べられた棚を見やった。
ほんの一瞬にも満たない時間だったが、彼の目に一つの商品がとまった。マニキュアだ、夜空色の綺麗なマニキュア。
考えるより先に、手が伸びて、湊はそれを手に取った。
月もない、星もない、なにもかもを飲み込むような、深い海にも見える暗い色。彼は、それが何故か、雫に似合う気がした。きっと、ファンに聞けば、十中八九イメージと違うと言われ、一蹴される色だろうが……湊は、『似合わない』とは思わなかった。
(要らないって言ったら、他の奴にあげればいい……か)
深く考えなかった、浅くも考えなかった。
「……アンタ、マニキュアなんてやるの?」
「いや、違うよ。ただのお土産だ。買い物に付き合って遅れて帰るしな」
「ふふっ。やっぱり、センスいいわね、湊は」
「そうか? 自分ではそんなわかんないけどな」
「褒めてるんだから、受け取っとけばいいのよ」
勝気に笑う愛莉は、綺麗というより、愛らしくて可愛らしくて。それでも、どこか心を癒してくれる、友人ならではの優しさが見えて、湊もつられてクスリと笑った。
変わらぬ
◇
CDショップにも寄り終わり、愛莉を家の近くまで送ったあと、湊はお隣の日野森家を訪れていた。
「お帰りみぃちゃん! お使いを任せてごめんないね」
「いや、俺も買い物に行きたかったし、いいよ別に。はい、頼まれてた本と……お土産。帰るのが遅れたから、お詫びだ」
「愛莉ちゃんと一緒にいたんでしょ? 久しぶりに会ったんだから、話したくて当然よ。……でも、お土産ありがとう。なにかしら?」
「マニキュア」
「マニキュア? みぃちゃんが選んでくれたの……!?」
まぁな、と一言言うと、湊は踵を返して帰ろうとするが、雫がそれを引き留めた。力強くではなく、裾を引っ張る弱々しいものだったが、彼はそれを振り払うことは出来ない。
それを知っている雫は、わざとそう掴んで、湊を離さないようにした。言葉にせずとも、構って欲しいと、行動が教えてくれる。
「みぃちゃん、このあと、忙しいの?」
「……忙しいな。買ってきた曲聞きたいし、風呂洗って入りたいし、課題あるし、忙しいな」
「なら、大丈夫ね! 買ってきた曲は私のソロシングルでしょ? みぃちゃんは生音源持ってるし、練習で何回も聞いてくれたじゃない! それに、うちならすぐにお風呂に入れるし、課題だってみぃちゃんはとっくに終わらせてるでしょ?」
「……………………」
完全に詰んでいる。
幼馴染みとしての雫は、湊の行動パターン把握済みだ。いつも、自分が出てる雑誌や本、CDやDVD、全てを買ってくれている。しっかりとデモ版を渡しているのに、だ。
湊曰く、「貰うんじゃなくて、自分の金で買いたい」らしい。雫もそれを喜んでいるから、何も言わないが、それを利用して逃げるなんて許さない。
「マニキュア、みぃちゃんに塗ってもらいたいなぁ?」
「──俺の負けだ。塗ればいいんだろ? 言っておくけど、下手でも文句言うなよ?」
「平気よ、みぃちゃんが塗ってくれるなら安心だわ」
その後、湊がたっぷり時間をかけて塗ったマニキュアに、雫は大喜び。一週間はずっとニコニコしていた。
次回もお楽しみに!
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