「……はぁ」
お節介で優しい幼馴染みに無理矢理連れてこられた学校で、雫は一人ため息を吐く。アイドルを辞めてから数日、自分の心が段々とわからなくなってきた。
あの夜の行動も、思い出せば顔から火が出そうなくらい熱くなるし、色々とグチャグチャだ。同じ教室の愛莉に会いたくないが為に授業までサボって、校内をぶらついている。
逃げようと思えば逃げられた。それなのに、足が校門に向かってくれない。向かおうと思えば思うほど、遠のいていく。
迷子癖がどうこうではなく、彼女の本心が逃げることを拒否している。逃げるなと訴えているのだ。
執着、依存、希望、期待、羨望。絡み合う感情が、雫をこの場に押し留めている。ハリボテで、歪で、ツギハギだらけで、今にも崩れそうな心で踏みとどまっている。
きっとそれは、後ろの道が見えているから。逃げられる場所を、湊が残してくれているから。
時間を潰すように、何度も何度も練習したステップを踏んで、喉を枯らすほど叫んだ歌を歌った。誰にも見つからない、いつの間にかたどり着いた場所で、冷たい風に当てられながら。
疲れたら休んで、休み終わったら始めて。汗をかかない程度に、暇をしない程度に、放課後を待った。
ずっと一人で、待ち続けた。
湊が来るのを待っていた、校門前に行けば会える、優しい幼馴染みを待っていた。その筈なのに、中庭で出会ってしまった。すれ違った親友に、出会ってしまったのだ。
「……待ちなさい、雫!」
「……愛莉ちゃん……」
「はぁっ……はぁっ……。やっぱり、Cheerful*Daysを脱退するってウワサは本当だったのね……。でも、どうして……?」
「…………」
息も絶え絶えで詰め寄る愛莉を見て、雫は自分を必死に探してくれて嬉しいという感情と、あなたの所為だという憎悪が同時に湧いてくる。
けれど、結局は憎悪が勝つことなんてなくて、嬉しさで少しだけ申し訳なくなった。振り回して、責任を擦り付けようとした自分に自己嫌悪してしまう。
「なんで黙るのよ! ちゃんと話してよ! 雫!」
「日野森先輩! あの……本当に、辞めちゃったんですか……?」
「……もう少し、伏せておいてもらえるはずだったんだけど……」
「……本当なのね?」
「…………」
みのりの悲しそうな弱々しい言葉、遥の寂しそうな諦めたような言葉が、雫の喉を詰まらせる。沈黙も、一種の肯定だ。
一歩、怖くなって後ろに足を下げる雫に対し、愛莉は一歩前に足を出した。
逃げたい。今すぐ、この場から立ち去りたい。アイドル志望の後輩を置いて、元アイドルの友人を置いて、アイドルでいられなかった親友を置いて。
「どうして? どうしてよ! 雫がアイドルを辞める理由なんてどこにもないじゃない!! 雫は……うらやましいくらいアイドルじゃない! 華があって……立ってるだけで存在感があって……! みんな振り返るくらい綺麗で……!!」
「……っ。どうして愛莉ちゃんまでそんなこと言うの!?」
「え……?」
いつもそうだった。いつもそれ以外なかった。
みんながみんな、雫の外面だけを、外見だけを評価した。たった二人──いいや、今は一人を除いて。
見た目にそぐわない行動を取れば変だと言われ、人格すら否定された。クールでミステリアスな美人アイドルという役を押し付けられて、それに合うように矯正された。
何がダメなのか、何がいいのか。それはいつも、自分以外の誰かに勝手に決められて、選択権なんて初めから貰えなかった。
アイドルを続けたのは自分自身だから、しょうがないと割り切ったが、誰も努力を褒めてくれなかった。
最後に残った、幼馴染み以外。
怒りが、憎しみが、悲しみが、苦しみが、感情の濁流となって、雫の口から吐き出される。
「愛莉ちゃんが教えてくれたんじゃない! 大事なのはハートだって。ファンに希望をあげるためにがんばるのがアイドルだって。だから私はずっと、そんなアイドルになろうとがんばってきた。なのに……なのにどうしてみんな、いつもいつも! 私の見た目や生まれ持ったもののことばかり言って責めるの……!? がんばってきたのに、誰も私を──本当の日野森雫を見てくれなかった!!」
「……! わたしの、せいなの……? わたしが雫に……あんなこと言ったから……」
「……それは……」
肯定したくてもできず、否定したくてもできず、雫は目を逸らした。
全部ぶちまけてしまったのだから関係ないと割り切って、肯定して全て壊してしまえば楽だったのに。どうしてもそれは、彼女に出来なかった。
中途半端な優しさと、消えてくれない負の感情がぶつかって、諦めたように言葉を続ける。
「けど、辞めることは、ずっと考えていたの。みんなと上手くいかなくなってから……ずっと……」
「……『みんな』って、Cheerful*Daysのメンバーのこと? メンバーが人気のある雫を妬んでたってうわさは、本当だったの?」
「…………初めは違ったわ。みんなで競い合ってがんばれて、楽しかったの。でも、私がセンターになってからは、新曲のセンター選抜も、どこか形だけになっていって……。がんばってもがんばっても、私の仕事だけが増えて、みんなは段々冷たくなっていって」
「…………そうだったの」
「みんなと上手くやっていけるようがんばったけど……でも、それももう……限界で……。もうアイドルが好きなのかも、続ける理由も、わからなくなっちゃったの……」
遥に聞かれるがまま、雫は全てを話した。心配をかけまいと、湊には言わなかった事も全て話した。
その話を聞いて、愛莉とみのりと遥は、三者三様の表情を見せる。信じられないと困惑するみのり、自分の所為だと嫌悪する愛莉、真剣にされど悲しそうに納得する遥。
暗く重い雰囲気が辺りを包み、愛莉はそれに押し潰されたように感情を零す。
「わたしの、せいだ……。希望をあげるなんて言って、わたしは……逆のことをして……。わたしが……雫からアイドル……」
「桃井先輩……」
「そんなの嫌……雫は、本物のアイドルなのに……。わたしとは違う……雫は……。だから……っ、雫がステージから降りるなんて……嫌!!」
全部が本心で、全部が尊敬だった。愛莉にとって雫は理想のアイドルだった。だからだろう、それ故に追い詰めた自分が許せず、彼女がステージから降りることも認められない。愛莉が走り出すのは必然だった。
「も、桃井先輩!? どこに行くんですか!?」
「……もしかして、劇場に行ったんじゃない? Cheerful*Daysの」
「えっ……?」
「私、愛莉ちゃんを追いかけないと……!」
「わたしも行きます!」
「……みのり、本当にいいの?」
「遥ちゃん……?」
「きっと、見たくないものを見ることになる。アイドルだってステージを降りればただの人間。才能を持っている子を羨ましいと思うし、自分の方がかわいいのに、人気が出るはずなのにって妬む。桃井先輩を追いかけていけば、きっとそんな、見たくないものを見る羽目になると思う」
辞めたとは言え、遥も芸能界に居た人間だ。
醜い、とは一概に言えないが、そういう嫌な部分を見ることになる。そして、それはアイドルを目指すみのりにとって、いつか見える光景だが、今見るものではない。雫も、そんな遥の意見に賛同するように、みのりに言った。
「……遥ちゃんの言う通りよ、みのりちゃん。あれは、まだ見なくてもいいものだわ。それに、これは、私と愛莉ちゃんの問題でもあるもの。……巻き込みたくない」
「二人とも……心配してくれてありがとう。でも、桃井先輩は大好きな先輩だから。わたし、行かなくちゃ!」
「…………そうだね。みのりなら、そう言うよね。わかった。一緒に行こう」
「うん!」
そう言って、愛莉を追い始めるみのりと雫の後に続きながら、遥はある人物に電話をかけた。
現状欠けている、一番必要なピースである『月野海湊』に。
次回もお楽しみに!
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