幼馴染みは顔がいい   作:しぃ君

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 エイプリルフールのネタ話です。
 雫に猫耳としっぽを生やして、少しばかりイチャイチャさせました。……が、表現がいきすぎた場面や解釈違いがあるかもしれませんので悪しからず。


 p.s.
 kasyopaさん、☆9評価ありがとうございます!
 皆様のお陰で、赤いバーが伸びました!


想いに嘘はつけなくて

 世の中では、四月一日のことをエイプリルフール、という。一年で一日だけ、どんな嘘を吐いても許される日。勿論、限度はあるが、並大抵の嘘なら笑って流される日。

 湊にとって、特に予定もない祝日に、今年のその日はやってきた。買い物に行く用もなければ、数少ない友人から連絡が来ることもない。

 

 

 暇、虚無、無感。動画配信サービスで映画でも見て、気ままに読書でもして、のんびり一日を過ごそうと、彼はベッドから出てリビングに向かった。

 若干残る眠気を覚ますように目を擦り、欠伸をしながらリビングのドアを開けると、そこに居たのは──

 

 

「……ん、あぁ。雫か、おはよう」

 

「えぇ、おはようみぃちゃん!」

 

「朝から元気だよなぁ、お前は。……で、なんか朝飯あったりする?」

 

「ハムエッグのサンドイッチとコーンスープならあるわ!」

 

「なら、それでいいや。ありがと」

 

 

 幼馴染みの日野森雫。白のブラウスに紺のロングスカートを着て、その上から新妻感のある水色のエプロンをつけている。綺麗で、それでいて可愛らしい。一挙手一投足が絵画にできるような美少女。

 だが、今日は一つだけ問題があった。半分寝ぼけていて先程までの湊は気付かなかったが、明らかにおかしい点がある。家に勝手にいるのは違う、雫は合鍵を持っているし彼の両親の許可も貰っている。なんらおかしいことではない。

 

 

 本当におかしいのは、本物としか思えないクオリティで彼女の頭に生えた猫耳と、臀部に生えた猫しっぽだ。ぱっと見る限り、到底偽物には見えず、どう頑張っても生えてきたようにしか見えない。

 おまけに、雫の感情を表現するように耳としっぽは、ピクピクふにゃふにゃ動いている。

 

 

「…………あー、雫? 今日のお前、なんか変じゃないか? 俺には、お前に猫耳としっぽが生えてるように見えるんだが?」

 

「えぇ、そうなの! 起きたら生えてたのよ、可愛いでしょ?」

 

「いや、可愛いけど……え? 俺を騙すためのエイプリルフールジョークとかじゃなくて、マジで生えてるの? てか、突然生えたの?」

 

 

 困惑を隠せない湊の質問に雫は取り乱すことなく頷き、お盆に乗せたサンドイッチの皿とコーンスープが入れられたコップを持ってくる。

 間近で見れば、脳が完全に覚醒した湊なら嫌でもわかってしまう。生えている。どこをどう取り繕っても、ありえないと心で否定しようとも、猫耳としっぽは生えている。試しに触らせてもらったが、質感は猫と遜色なく、雫としても神経がしっかり通っているのかくすぐったそうに笑っていた。

 

 

「本物だ……」

 

「でしょう?」

 

「でしょう、って……。雫、お前この状況を楽しんでないか?」

 

「いいじゃない! それに、このしっぽ便利なのよ? 慣れれば軽い物だって掴めるわ!」

 

「……はぁ。病院とか行って変なのに巻き込まれるのも嫌だし、しばらくは様子見か。家族には見せたのか?」

 

「しぃちゃん以外にはまだ見せてないけど……どうして?」

 

「おじさんとおばさんは心配するだろ? 自分の愛娘にいきなり猫耳としっぽが生えたら」

 

「それもそうね……どうすればいいかしら」

 

 

 事の重大さにようやく理解したのか、心配そうな表情になる雫。猫耳はへたりこみ、しっぽは下向きに垂れてしまった。

 真剣な場面なのに、猫耳としっぽがある所為で少しだけ微笑ましくなってしまうのは、致し方ないことだろう。

 湊は諦めたように笑いながら、雫の頭を撫でて、「大丈夫」と言い切った。

 

 

「突然生えたのにも原因があるだろうし、ゆっくり探れば問題ない。両親や仕事、学校の方は俺が連絡しておくし、しばらくはうちで匿うよ。父さんに母さんも、最近はアトリエの方から帰ってきてないし、なんとかなる」

 

「みぃちゃん……ありがとう!」

 

 

 安心したのか抱き着いてくる雫を抱き締め返し、湊は大人しくしっぽに絡まれた。理性が保つ保たない以前に心配が勝ってよかったと、後に彼は語っている。

 

 ◇

 

 二人が朝食をとってから二時間が経過した。雫に特に変化はなく、今はソファで湊に膝枕をしてもらいながら、テレビで映画を見ている。彼も彼で、雫の頭を撫でながら映画を眺め、時折自分をくすぐってくるしっぽを宥めていた。

 事務所や雫の両親、学校への連絡、諸々のゴタゴタは嘘のように簡単に片付き、寛ぎタイムに入っている。

 

 

 珍しい光景、という訳でもない。自分から甘えることは少ない雫だが、疲れた時や休みたい時は、遠慮なく寄りかかってくることもある。猫耳やしっぽが生えて、それが顕著に現れだしたのかもしれない、と湊は一人考察していた。

 

 

「ねぇ、みぃちゃん? 足、大丈夫?」

 

「別に、ソファだからあんまり疲れないし、大丈夫。……姿勢、辛くなったら変えろよ」

 

「うん、わかった」

 

 

 会話は短く、されど心は通い合い。穏やかなひと時を過ごす。

 春の陽気の所為か、はたまた、雫の体温が温かいからか、湊の瞼は自然と落ちていく。重力に従い、眠気に従い、ゆっくりと落ちていく。

 次第に、彼女を撫でる手も動かなくなり、完全に止まる。湊が寝たことに気付くのは、雫にとってそう難しいことではなかった。

 

 

「……ふふっ。寝ちゃったのね、みぃちゃん」

 

「…………」

 

「しぃちゃんと同じ、寝顔の時はやっぱり子供っぽいわね」

 

 

 テレビの方に向いていた顔を上に向け、雫は俯いて眠る湊の顔を覗き込む。

 気張っていて、どこか必死で、少しだけ背伸びしている彼も愛おしいが、子供っぽいところも嫌いではない。

 雫は湊に恋をしている──いや、恋というには甘く、そして深い。きっと、愛している。心の底から想い、慕っている。

 

 

 だからこそ、苦しむし、悲しむ。息ができなくなり、辛くなって全部吐き出してしまいたくなる。自分のものにしたい、自分だけを見て欲しい。当然の欲求が膨らみ、歯止めが利かなくなる。

 いつもならできるのに、止められるのに、何故か今だけは、この欲望をぶつけたくてしょうがなくなってしまう。

 

 

 丁度よく、湊は無防備だ。気持ち良さそうに寝ているため、ちょっとやそっとのことじゃ起きはしない。

 

 

「猫も肉食、よね」

 

 

 今の自分は正気じゃない。

 きっと、突然生えたこの猫耳としっぽの所為だ。

 そう決めつけて、雫は首筋に口を近付ける。一瞬なんて求めない、己を刻み付けたい。湧き上がり膨れ上がる欲が、背中を突き飛ばす。

 痛くないように、それでも痕が残るように、彼女は湊の首筋に歯を立てた。彼の顔が少し歪んだが気にしない。気にする余裕もない。

 

 

「んっ……んん」

 

 

 加減を間違えたのか、雫の口の中には、流れ出た血がチロチロと入ってくる。生暖かいそれを、彼女は甘いチョコレートのように感じ、そのまま飲んでしまった。

 どんどんと暴走は進み、超えてはいけないラインを、飛び越えていく。「もっと欲しい、刻み付けたい、もっももっともっと……!」と、思考が破綻し感情のブレーキすら取り払われる。

 

 

 しかし、そこまで行ったら、湊が起きないわけがない。

 

 

「しず……く?」

 

「っ……ぁあ……。ごめ、なさい。これは、違くて……その……」

 

「いいよ、お前がしたいなら。好きなだけ、していい。苦しいんだろ? 見ればわかるよ」

 

「……キスも、していい?」

 

「エイプリルフールだからな、きっと許されるよ」

 

「みぃ……ちゃん……!」

 

 

 雫は、しっぽと腕で離れないようにしがみつき、唇を重ねる。湊の優しさが痛くて、それでも嬉しくて、涙の雫を零しながら、何度もキスをした。息継ぎをする為だけに唇を離し、苦しくなくなったらまた重ねる。自分本位な口付け。

 だが、彼は拒ます、受け止め続けた。まるで、底なし沼に溺れるような感覚で、雫は湊に溺れていく。

 

 

 二人とも、自分の想いにだけは、嘘をつけなかった。

 

 ◇

 

「……なんて夢見てんだ、俺は」

 

 

 自分の幼馴染みに猫耳としっぽを生やし、挙句襲わせる夢なんて、エイプリルフールにしてもジョークが過ぎる夢だ。しかも、唇には何故か口付けの感触が残ってるときた。

 自身への嫌悪感だけでも自殺しそうな想いを抑え込み、ベッドから出てリビングに向かう。幸いにも今日は祝日で、雫には朝早くから仕事が入っている。

 

 

 会うことはない、そう確信してリビングのドアをくぐると、そこに居たのは──

 

 

「おはよう、みぃちゃん!」

 

「……えっ」

 

 

 猫耳にしっぽの生えた幼馴染み、日野森雫だった。




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