外が暑すぎて、お散歩する時以外、ほとんど外に出ないんですけど辛いですね。暑さが尋常ではなく、買い物に行っただけで汗をかきます。
みなさまも、熱中症には気を付けてお過ごし下さい。
それでは、本編をごゆっくりどうぞ!
平等に時間は進む。
朝が昼になり、昼が夕になり、夕が夜になるように流れていく。その中で、湊は少しずつ眠っていたものを叩き起して行った。睡眠時間を削って、効率的な練習方法を編み出して、しまい込んでいたものを呼び覚ます。
ジリジリと迫るタイムリミットに心をすり減らしながらも、服のデザインを完成させ材料を用意した。貧血による顔色の変化や寝不足でできた隈がバレないように、メイクで誤魔化した。
限界はすぐそこに。
◇
準備期間があと一週間になった週末。湊は練習メニューだけを雫に託し、ビビットストリートに訪れていた。どこか薄暗い雰囲気がありながらも、音楽が鳴り止まない場所。音楽好き以外、多くの人間が寄り付かない無法地帯。
そこかしこで鳴る音や歌に刺激を受け流し、湊は目的の場所を目指す。
「……ここに来るのも、久しぶりだな」
ライブカフェ&バー『WEEKEND GARAGE』。数年前、歌やダンスを学ぶためによく通っていた、湊にとって数少ない居場所の一つ……だった。何も言わずに出て行って、帰ることもないと思っていなかったが、また来ている。
二転三転する運命に導かれたドアの前で、数秒だけ固まり、意を決して中に入ると──そこには以前までと変わらない光景が広がっていた。
個性の棘を表すような服や髪型の人達に、落ち着いたカフェとライブハウスに似た、心地よいうるささが響く店内。加えて、湊が入った途端に寄ってきた少女、
黒髪の青のグラデーションが入ったロングに、橙色のつり目が特徴であり。髪には、星の飾りが幾つか着いており、髪色も相まって星空を連想させる。左耳にはこれまた星の形をしたピアスをつけている。
湊と同じく神山高校に通う一年生の風紀委員であり、この場所以外でも何度かお世話になっている子だ。
「待ってたよ! 湊さん!」
「久しぶり……でもないか、元気そうだね杏ちゃんは」
「そりゃ、最近の私たちは調子バッチリだからね!」
「あー……確か、相棒ができてチームも組んだったっけ? 彰人や
「そうそう! ちょっと待ってて! こはねのこと呼んでくる!」
まるで嵐かと言わんばかりに飛び去って行く杏を、湊は苦笑で見送り、カウンターに足を向ける。そこには、慣れた手つきでコップやカップを拭いている、壮年の男性が立っていた。ダンディーな顎髭を生やし、焦げ茶色の髪とサングラスをかけた彼の名前は『KEN』。『WEEKEND GARAGE』のマスターであり、みんなからは『謙さん』と呼ばれる、ビビットストリートでは有名な人。
付け足すなら、先程の少女、杏の父である。
「お久しぶりです、謙さん。今日はありがとうございます」
「元常連の頼みだからな、一時間なら安いもんさ。お前が来るって言えば、客も増えるしな」
「ちゃっかりしてますね、ほんとに」
「まぁな。……と、彰人に冬弥も来たか」
謙がそう言ったのを聞き、湊が後ろに振り向くと、そこには彰人と冬弥──
冬弥の特徴的な髪型は健在で、青と紺のハーフでわけられた髪色と、薄灰色の瞳は見慣れていても新鮮なものはある。
「随分早かったな。もう少しかかると思ってた」
「今やれることは全部やって取り戻してきた。お前たちが来たなら、丁度よかったよ」
「もしかして、湊先輩は今から歌われるんですか?」
「杏ちゃんが、こはねちゃんって子の紹介をしたら始めようかなぁ〜って」
「そうですか。久しぶりに聞くので、楽しみです」
裏表のない素直な言葉が、湊に刺さり、また少し苦笑が零れる。
幾ら昔からの付き合いがあり慣れているとはいえ、真っ直ぐな言葉は、今の湊が受け止めるには苦しい。それに、純粋な冬弥の目には映らないかもしれないが、彰人には削った部分の粗が見える可能性がある。
止めるなんてことはしないだろうが、何か言われても辛い。
どうにか有耶無耶にしたい湊からしたら、早く杏が来て、こはねと言う少女と挨拶を済ませたいものだ。早く来い、早く来い、と彼が内心祈っていると、数分後にようやく彼女たちは現れた。
杏からこはねと言われた子は、茶色の瞳を持ちクリーム色の短めの髪を2つ結びにしているのが特徴の少女。逆向きに被ったキャップがトレードマークの彼女は、小動物のような可愛らしい印象を受ける。
「紹介するね! この子が、私の大切な相棒のこはね!
「あ……えっと、初めまして! 小豆沢こはねです! よ、よろしくお願いします、月野海さん!」
「……あれ? 俺まだ自己紹介してないんだけど……どうして俺の名前を?」
「うちの学校で最近は噂になってるので……多分、知らない人はいないと思いますよ? 志歩ちゃんからも、偶にお話を聞きますし」
「宮女の子か……。しかも、しぃと知り合いって……世界は狭いな。まぁ、一応自己紹介だけはしないとね。月野海湊、しぃがいつもお世話になってます」
そうして、自己紹介を済ませたあと軽く話してから、湊はステージの方に歩いていった。無意識に力が入る足や肩を、無理矢理解すかの如く揉み、一旦深呼吸をしてから舞台に上がる。
地面より二段分高い場所から見る店内は広く、自分に注目が集まるのが嫌でもわかる。勿論、その視線の中にはこはねたちのものもあり、湊の中の緊張は決意に変換されマイクを持つ手が震える。
武者震い。
見せつける覚悟。
自分の出せる全てを歌に乗せる。
想いは溢れ、それと同時に曲のイントロが始まった。
「こはね、聴き逃しちゃダメだよ」
「杏ちゃん……?」
「参考にしろとは言わねぇし、目指せとも言わねぇ。けど、あいつの歌は俺たちにとってもわかりやすい──壁だ」
「それって……」
訳も分からぬまま、こはねが呆然としていると、その歌声は店内に響き渡った。繊細で、正確で、それなのに魂の叫びにも聞こえる歌声が、聴く者の胸を打つ。
本来、六人でパート分けして歌う歌を一人で、尚且つ六人が歌ってるかのように声を演じる。無論、そんな曲芸じみたことをしたら、本筋にブレが生じ全力なんて絶対に引き出せない。……そのはずなのに、湊は自分の持ちうる技術全てを使って、曲芸をしつつ最高の歌を成立させる。
中途半端な才能と、それ故に覚えた技の全開放。
最も注目すべき点は、それを最初の曲でやってのけるところ。普通、人間はウォームアップがなければ、実力の八割も出せない。ぶっつけ本番で全力を出せるのはそれこそ天才以上の怪物の領域だ。
しかし、湊はそれをやってのけてる。
天才ですらない彼がそれをやってのけている。その理由は単純、染み込ませたのだ、体に。億劫になるほどの基礎の反復練習で。
「──────────!!」
(すごい……! 杏ちゃんと初めて歌ったあの時みたいに、胸が熱い……!)
凡才の努力は時に、天才を穿つ。
湊の歌は間違いなく、こはねたちの心に貫いた。
◇
『自分で言うのもなんだけど、俺は不器用だからこのやり方しか知らないんだ。削ぎ落として追い詰める、このやり方以外知らないんだ。だから、俺を壁だと思うのはいいけど、俺みたいに……なんて考えちゃダメだよ? 君には仲間がいるんだから』
憧れの目を向けるこはねに言った言葉。
紛れもない事実を、包み隠さず伝える言葉。
間違ったやり方だと、誰かを傷つけるやり方だと気づいても尚、やめられない歩み。縮まらない隙を埋めるための最善の策がそれなのだ。努力に努力を重ねて、才能の土台に成果を上積みして、なんとかのし上がる。
選択なんていっつもあるようでなくて、繋いで繋いで、喰らいつく。
「自惚れてるな、俺」
きっと、こはねはそうならない。
直感的にそうわかっていたとしても、憧れの目を向けられたら、怖くなる。
自分と同じ道を辿らないで欲しい。自分と同じ過ちをしないで欲しい。自分と同じ後悔をしないで欲しい。ただのエゴ。されど、それは湊の本心。
そうして、反省点が脳内をぐるぐると駆け回る中、帰ってきた家。
ちょっと前まで考えていたことは、静まるように落ち着き、気が緩んだのか、湊の表情が柔らかくなった。
ドアを開ける手に無駄に力が入り、声のトーンも普段より高くなる。
子供っぽい、彼らしい反応だった。
「ただいま」
「おかえりなさい、みぃちゃん♪ ご飯とお風呂、どっちも準備できてるわ!」
「……ありがと。悪いけど、先に風呂入ってもいいか? 汗かいちゃってさ」
「大丈夫よ! 服の方は用意しておくから、すぐに入っちゃって」
「うん」
エプロン姿の雫に心を癒しつつも、湊は言われるがまま洗面所に急いだ。
ぱっぱと着ていた服を脱いで洗濯カゴに放り、風呂場に入る。
一先ず体の汗を流すため、浴槽の上に乗っている浴槽フタをどかす。そして、手桶で湯をすくい、肩から背中に流すように湯をかけ、体全体を温める。
適当に汗を流した湊は、最後、髪を濡らすために頭から湯をかけ、洗う準備に入る。
「シャンプー……シャンプーは……これか」
いつも通りの場所に置かれたリンスインシャンプーのポンプを押し、手に出して洗い始めようとした時、外から声が聞こえてきた。
当然、雫である。
「みぃちゃん、お湯加減はどうかしら? 温くない?」
「平気だよ。少し熱いくらい」
「なら、よかった。──
「あぁ、待って──る?」
聞こえた声、その言葉に違和感を覚えるのに要した数秒の時間。それは、致命的なタイムロスだった。外からは服を脱ぐ衣擦れの音が微かに届き、湊の脳内で見えない部分が勝手に補填され、ピンク色の妄想に犯されていく。
完全に動きがフリーズし固まった湊のもとに、雫はバスタオルすら腰に巻かない、生まれたままの姿で現れた。
ゆっくりと、彼の首が動き後ろを向けば、その視線は彼女に釘付けになる。
スラッとした無駄な肉付きのない体のライン。慎ましくも美しと言わざるを得ない胸の果実。羞恥の心が残ったままなのか、薄赤色に染る頬。
見惚れて、見つめて、湊の口から自然と言葉が漏れる。
「……綺麗だ」
「ありがとう。……でも、そんなに見られると少し恥ずかしいわ」
「わ、悪い! て言うか、ならバスタオルくらい腰に巻いてくればいいだろ!?」
「洗い物、無駄に増やしたくないし。それに──」
「それに……?」
「湊に見てもらいたかったから」
「〜〜っぅ!!」
見られていた雫よりも顔赤くした湊は、即座に手に取っていたリンスインシャンプーで髪を洗いだし、意識を逸らす。
だが、幾ら意識を逸らそうとしても、焼き付いたものは簡単にはなくなってくれず、残り続ける。そして、ダメ押しをするかの如く、雫の言葉が響く。
「背中、流してもいい?」
「…………好きにしてくれ」
「ふふっ……。任せてね! みぃちゃん!」
背中から伝わる柔らかい手の感触を忘れるように、湊は先程より一層激しく髪を洗い、次の体の洗いに入る。
一方で、雫はうっとりとした表情で湊の背中を眺めながら、手を動かしていた。頼もしくもどこか弱々しい背中。寄りかかったら倒れてしまいそうなのに、受け入れてくれる優しい背中。幼い頃、何度も乗せて運んでくれた温かい背中。
もっと近くで、もっと触れたい。
恋人として、極々自然な欲求が溢れ、雫は湊の腰に腕を回し抱きつく。バスタオルの存在しない、直接的な感触、明らかに手ではない柔らかい感触に、裏返った声が湊から漏れる。
「雫!? お前……なに、して……」
「……あっ」
サッと身を引き、抱きつくのをやめる雫。
後ろを振り返らないよう気を遣い、体洗いを終わらせる湊。
まだお風呂にすら入っていないのに、のぼせるような、酔ったような胸の熱さに焼けそうになる。
「……俺も、背中流そうか?」
「ううん、大丈夫。……私がしたかっただけだから」
「わかった。じゃあ、もう流す」
短い会話はすぐに終わり、湊は手桶ですくった湯で体についた泡を流し、湯船に浸かる。そのあと、雫は彼と替わるように髪と体を洗い始めた。
丁寧に丁寧に、自分の髪と体を洗う雫を湊はぼーっと眺めていた。熱は残ったままだが、下心や欲、そんなもの関係なく。美しい恋人を惚けるように、幸せそうな表情で眺めていた。
やがて、雫も体を洗い終わり、泡を流して湯船に入ってきた。湊の足の間に挟まるように、彼の胸に背中を預けて、手を握る。
言葉にしなくても伝わるものがあって、言葉にしないと伝わらないものもあって。それでも、何も言わずに雫は湊の手を握った。
どれくらい時間が経ったのか。
手にくっきりと皺ができ始めた頃、雫は体勢変えて、湊と向き合った。
「………………」
「………………」
互いに無言。
けれど、惹かれるままにキスをして、抱き合う。
遮るものはなにもなく、肌と肌が触れ合い、相手の鼓動が伝わってくる。
先に口を開いたのは雫だった。
「……頑張るな、なんて言わないわ。だから、忘れないで。あなたの居場所はここにあるから。私の隣は、湊だけのものだから」
「忘れないよ、絶対」
取り繕わないでいい。
全部が好きだから、全部全部あなただから。
そう言った雫の表情は寂しそうで、愛おしい人を見つめる穏やかなものだった。
マシュマロ URL↓
https://marshmallow-qa.com/narushi2921?utm_medium=url_text&utm_source=promotion
次回もお楽しみに!
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使用楽曲
『Blessing』…… Halyosy
https://m.youtube.com/watch?v=E4tIHBx7bqc
お気に入り200人突破記念短編(現在のシチュエーション)変わる可能性あり
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