気温の変化が不安定な今日この頃、皆様も健康には十分お気をつけてお過ごしください。叶うなら、いっぱい休んで遊んで、ゆっくりしてください。
少しずつ不穏になっていますが、ハピエン厨の私にかかればあら不思議、しっかりプラマイは入れ替わるので平気です。安心して、今回のお話を楽しんでください!
日が昇り、夜が明けて、分岐点ができた一日が過ぎた。
当たり前だと嘲笑うように、逃げることに精一杯だった湊が眠れるわけもなく、隣で穏やかな寝息を立てる雫を見つめていた。結局、昨日の夜、二人は別れることもできず、慰め合うかの如く床についた。
変わっても変わりきれない自分の不甲斐なさに、自己嫌悪を募らせながら、湊はそっと彼女の髪を撫でる。
苦し紛れの嘘を、あと何回重ねれば幸せになれるのか。
傷付けない優しい嘘を、あと何回吐き続ければ幸せにできるのか。
必死に、必死に考えても、逃げてるだけでは変わらないという正論が出てくるだけで、心がそれを拒否する。
いつだって、大切な時は、大事な時は独り。決断を迫られた時に、決めるのは自分自身。
夢を前にした湊にとって、自分を信頼する声も、自分を信じてくれる声も、等しく重りになってのしかかる。
月が微かに残る朝。入った歪が直るわけもなく、今にも崩れ落ちそうなままの体で、湊は起き上がった。
◇
『──────────!!』
いつも通り、レッスンが行われる学校の屋上。響く歌声と、タンタンと心地よくリズムを刻む足音が響く中、湊は水筒やらタオルの準備をしながら、彼女たちが汗を流し励む姿をぼーっと眺めていた。
現在進行形で成長するみのりや、完成度を高めていく雫たちの動きを、アドバイスするために『見る』のではなく、ただ『眺めて』いた。
何度も何度も、頭の中でリピートされる昨日の誠の言葉が離れてくれず、それから逃げるようにレッスンを見ようとしても、靄がかかったように見ることもできず、眺めるしかなかった。
それはきっと、逃げている証拠で、誰よりも自分が一番わかっているはずなのに見て見ぬフリをするだけで、彼はそれ以上なにもしない。
間違いなんてなく、彼女たちと過ごすこの時間が大切なはずなのに、それに向き合うことすらできず、演技を続ける。
しかし、そんなことが簡単に行くはずもなく、すぐに愛莉が幻想を壊した。
「ちょっとアンタ……今の通し、しっかり見てた?」
「見てた──」
「嘘はいいのよ。正直に言いなさい」
「……悪い、ぼーっとしてた」
「はぁ。今日のアンタ、やっぱり変よ。録画用のカメラ回してなかったり、タオルとドリンク間違えたりするし。凡ミスばっかりじゃない」
「そう言われると……湊くんらしくない?」
「だね。湊さん、なにかありました?」
「いや、特には……」
考えるよりも早く、言葉が先に出て、曖昧な笑顔で濁した。
もっとも、それが通じない相手が一人いることを、湊が忘れているわけもなく、表情が徐々に曇っていく。
前提として、間違えがあったのだ。湊は雫が何も言わないでくれると、勝手に期待していた。自分が嫌いな形の無い信頼を押し付けていた。けれど、そうならなかった。
恋心に反応して肥大化した欲望が、変わって欲しくないと願う心が表に出るかのように、自分以外の誰かが止めてくれるかもしれないと淡い想いのまま、彼の現状を話し始める。
「……それも、みぃちゃんの嘘よ。本当は──」
そう言って、全てを話した。
夢を掴む機会を与えられたこと。
その道を選ぶか、今をとるか迷っていること。
「なるほどね。というか、なんで湊はすぐに返事しなかったのよ? アンタの親御さんって、あの
「それは、そうなんだけどな……」
「……私も聞いたことありますよ、月の海。個人ブランドの中ではトップを争う有名どころですよね。月の海シリーズの服、何着か持ってます」
「つ、月の海……?」
「……みのりは、知らなくてもしょうがないか。そもそも、あそこの服は高校生のお財布事情じゃ手が出せないもの」
「そ、そんなになの!?」
驚くみのりのために、軽く愛莉が解説を挟む。
「月の海は、湊の親御さんが一代で築き上げた有名な個人ブランドよ。フルオーダーメイドの服や、月の海シリーズっていうシーズンの数量限定服を売ったり、あとは他の有名どころに依頼されて新しい服のデザインを提供してるの。上から下まで全部揃えようものなら、社会人のお財布も簡単に薄くなるわ」
「ひっ、ひょぇ〜! み、湊くんのお家って凄かったんだね……初めて知ったよ……」
グルグルと目を回し困惑するみのりだったが、愛莉と同じ、ある純粋な疑問が生まれる。
仮に、もし湊が今の時間を大切に思ってくれていたとしても、何故すぐに返事をしなかったのか。
特別な理由があったとしても、昔からの夢なら、普通二つ返事でOKする。しかも、今回の誘いはあくまでチャンス。自分の努力次第で本物になるものだ。
僅かに覚えた違和感。
YESとNOの二択。きっと、いつもの湊なら問題なく答えられる問に迷っている現状が、みのりの心をザワつかせる。
「湊くんは……本当に迷ってるの?」
「みのり?」
「ううん、違うの! 湊くんが真剣じゃないとか、そう言うのが言いたいんじゃなくて、ただ……変だなって」
「……まぁ、レッスンに集中できないのも困るし、自分の中でしっかり答えをつけなさい! それまでは、雫の送り迎えだけで大丈夫だから」
「悪い」
「いいのよ。わたしたちはアイドルだもの、アンタがどんな選択をしようと、背中を押すのが役目だわ。レッスンだって、暇な時に息抜き程度に見てくれるだけでもいい刺激になるし」
明るく振る舞う愛莉に裏などなく、そこには無意識の信頼があった。
なんとなく、大丈夫。彼女だって気付いていた。気付いていても、湊なら大丈夫だと背中を押して、任せた。
積み重なる。積み重なる。
悪意のない信頼が、優しさの信用が積み重なっていく。
痛くて、痛くて。みのりの言葉も、愛莉の励ましも、遥の視線も、雫の表情も、全部全部痛くて、苦しくて。
逃げ切れない善意が、湊の心にまた、ヒビを入れた。
◇
「……本当に、今日は一緒に居なくて平気? ご飯はちゃんと食べられる?」
「大丈夫。少し、独りになりたいだけだからさ。なにかあったら、呼ぶから」
本音を覆い隠すように、あやふやな言葉で誤魔化して、湊は雫と別れて玄関ドアを開き家に入る。去り際に見えた寂しそうに、心配そうに自分を見つめる彼女の顔を見ないために視線を切って、家に入る。
そこからはもう、早かった。
体の中を駆け巡る、罪悪感という名の猛毒が感情も思考も犯していく。
吐きたい。
泣きたい。
全部流してしまいたい。
楽になって、忘れて、抜け出したい。
夢見る底なし沼から抜け出して、普通に生きたい。
けど、それでも、諦められないから沈んでいって、息も苦しくなる。視界が徐々に狭まって、歪んで、震える。不安と罪悪感と後悔と希望と絶望がごちゃ混ぜになって、未来も今も過去も溶けていく。
なにをすることもできず、なにができるはずもなく、怯える子供のように玄関先でうずくまる。
「こんな、弱かったっけ……俺」
立ち上がろうとする足にムチすら打てず、震える手ではなにも掴めない。微かに働こうとする脳も、犯されて本音がポロポロと零れていく。
「いらない、いらない、いらない! こんな才能も、期待も、信頼も……いらないよ!! なんでずっと追ってんだよ! なんでずっと頑張るんだよ! 意味なんてないのにっ!!」
貶して、蔑んで、心を壊す。
誰よりも、自分が嫌いで。
そのくせ、大切な人に誰よりも、自分を必要として欲しくて。
天才じゃないのに祭り上げられて、期待だけを背負わされて、きっと大丈夫ではいお終い。それを繰り返した過去がフラッシュバックする。
中途半端な才能では、1を2にしかできない。1を10にしようとすれば、天才はその間に1を100にしてくる。醜く足掻き続けて、水面を目指して泳ぎ続けても、重石だけが増えて沈んでいく。
今、そこに居たのは、大人のようにみんなから頼られる、みんなから信頼される優しい青年の月野海湊ではなく。どこまでも子供らしく悩んで、背伸びする。夢を諦めきれない少年だった。
顔がいい四コマ「お月見」
中秋の名月と満月が重なった日の夜。湊と雫の二人は珍しく、日野森家の縁側で並んで座り、月を見ていた。
真ん丸に輝く、優しい明かりの月に照らされて。二人は指を絡め、肩を合わせて他愛のない話に花を咲かせる。
そこに、わだかまりというものはなく、温かい空気だけが満たしていた。時に、傍に置かれた湯呑みのお茶を啜り、備えられたお団子を食べて、微睡むように愛を零す。
「しぃたちと見なくて、良かったのか?」
「もう! みぃちゃんはイジワルね。私があなたと見たいから、あの月を見てるの。後悔なんて、これっぽっちもしてないわ」
「なら、いいや」
肩に頭を預ける雫と、それを支える湊。
唇は自然と重なり、甘さと苦さで揺れる口の中を、蕩けるほどの甘さで溶かしていく。結局、お月見なんてお花見の時と同じ、口実で。本当はただ、こうやって二人だけの時間が欲しかっただけなのだ。
春の桜よりも、秋の月よりも、湊は雫に見惚れていて。
雫もまだ同じく、湊に見惚れていた。
隠すことのない好意を存分に伝えるように、互いに腰を抱き、唇が乾かないように何度も湿らせる。
「月のうさぎさんたちが、嫉妬しちゃうかしら?」
「かもな」
微笑む二人の影は、やがて二つから一つになり。
月だけが、それを優しく見守っていた。
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