いや〜……うん、やったなぁ、って感覚はあるんですけどねぇ……もう疲れちゃって……
申し訳ないですが、今回は四コマはなしです。
次回は頑張るので、何卒ご慈悲を……!
いつ寝たのか、どうやって寝たのか、それもわからぬままベッドの上で起きたのは湊にとって初めての経験だった。未だに疼き、痛む心の傷を独り癒せるわけもなく、ぼーっとして嫌なことを考えないために起き上がり、そそくさと着替えてリビングに下りた。
誰もいない静かなリビング。いつもならいる彼女は──雫は、湊に気を遣って顔を見せないでくれている。自分で言ったことなのにそれが寂しくて、勝手に居るかもしれないと期待した自分が嫌いで、漏れそうになった弱音を食パンと一緒に牛乳で飲み込んだ。
「どう、するか」
向き合いもせず、逃げてるだけのこの時間に意味がないことなんて、湊もわかっている。迷わなければ始まらないことも理解している。だがしかし、それとこれとは話が別。
幾らわかっていようと、理解していようと、感情は変わってくれない。恐怖は消えないし絶望はなくならない。脳と心は別物。通じているとはいえ、同じになってくれるとは限らない。
脳が正しいことを言えば、心はそれを否定するし。
心が間違ったことを言えば、脳はそれを否定する。
どちらかが欠けては成り立たないが、どちらがあっても簡単に正解に辿り着けるわけでもない。
視界に広がる湊の世界の色は褪せて、限りなく透明になっていく。まるで、溶けていくように、消えていくように、褪せて透けて色が抜けていく。
「歩くか」
ずっと考えていたら気が狂いそうで、なにかを考えないために、逃げるために彼はソファから腰を上げて、スマホと財布だけを持って外に出る。あてのない旅立ちだった。
◇
目的もなく、考えないためだけに、ただただシブヤの街を歩く。ビルが処狭しと聳え立つコンクリートジャングルを通り抜け、意味のない逃避行を続ける。
いや、湊からしたら意味はある、のかもしれない。ただきっと、それは時間の浪費でしかなく、多くの人間からしたら意味がないように見える。
しょうがないことだ。何故ならそれは事実だから。
「……雨?」
どうでもいいことを呟くように湊が空を見上げると、灰色の雲が辺りを覆っており、ポタポタと雨粒が顔にかかる。冷たくもなく、風邪を引いたら面倒だな、とそれだけだ頭に浮かんで、近くにあったテキトーな喫茶店に雨宿りついでに入店する。
人気の喫茶店なのか、はたまた外の天気を案じて湊のように逃げてきた客が多いのか、中々に混み合っており席の空きは少ない。
「あっ! すみません、お客様。ただいま店内大変混み合っておりまして……相席なら平気なのですが、それでもよろしいでしょうか?」
「……相手方がいいなら、それで構いません」
「はい! それではすぐ確認してきますね」
相席かどうかなど、今の湊にとっては些細なことだ。運がよければ、適当に話して気を紛らわせることができるし、話せなくても雨宿りができれば申し分ない。
店員が戻ってくるまでの数分間、やることもなく、透明な景色を眺めながら、ふと雫のことを考えた。目に映る全てが色褪せていくこの世界で、彼女がどう映るのか。それだけが気になって、怖くて、余計に会い辛くなる。
(全部壊れられたら、楽なのに)
「……あのぉ、お客様? お待たせしました。案内の方できますので、こちらにどうぞ」
「わかりました、ありがとうございます」
気不味そうに声をかけてきた店員に導かれながら、湊が通路を歩いていくと。着いたテーブルに座っていたのは見慣れた顔だった。
できるなら、今会いたくない、見慣れた顔だった。
「……ほんと、最悪」
「悪かったな」
「その目、嫌いだって、前言わなかった?」
「俺が自分の目なんて見えるわけないだろ。知るか、そんなこと」
「あー……えっと……」
整えられた黒茶のショートボブに、明らかに敵意を孕んだ焦げ茶の瞳。隣に座って困惑している瑞希と似た、あざとさのある可愛らしい顔立ちは苦々しい表情に歪み、湊を睨んでいる。
彼女の名前は
◇
顔を見た途端、注文すら来ていないのに帰ろうとした絵名を瑞希が宥めること、約数分。原因である湊は悪びれた様子もなく、かと言って絵名を気にしないでもない。何故か透明ではなく灰色に見える彼女を、視界の端で観察していた。
もっとも、場の雰囲気は最悪もいいところで、瑞希が気分を変えようとあれこれ話題を提供するにも関わらず、絵名と湊が一言二言で終わらせる所為で、流れが起きることもなく、時間だけが過ぎていく。
「最初から気になってたんだけど……二人ってさ、昔からの知り合いなの?」
「……さぁ、どうだったっけ。忘れたわよ、こんな薄情な奴」
「いや、その言い方だと知り合いって言ってるようなもんでしょ……。ねぇ、先輩、教えてよ〜! カワイイ後輩の頼みってことで♪」
「昔は親同士の付き合いでよく会ってた幼馴染みみたいなもんだよ。本当に、それだけ」
「ふ〜ん、そうなんだ……親同士の付き合いってだけ?」
「まぁな」
射殺すような視線を向けてくる絵名を無視して一通り話し終えた湊は、コーヒーの残りの一口を口にして、空になったカップの底を見つめる。
少しだけ絵名が睨んだ意味を考えて、無駄だと諦めるように思考を投げ捨てた。ただの親同士の付き合いで済ませたことに腹を立てたのか、そもそも喋ったことにイラついたのかなんてわかるわけがない。
正解は彼女しか知らないのだから、探ろうとすることすら無意味。
昔のようには戻れない関係がそこにあって、楽しく絵を語っていた過去は通り過ぎて塞いでしまった。雫とは違う、同じ道を歩いていたからこそ起きた仲違い。修復不可能な溝が、二人にはできてしまった。
笑っていたあの頃は、泡沫の夢でしかなく、元にはならない。
「それにしては、先輩と絵名って似てるよね。なんとなくだけど、雰囲気とか話してる感じとかさ」
「はぁ? 瑞希、あんた本気でそんなこと言ってるの? 私とこいつが似てるなんて──」
「ありえない」
絵名が続けるであろう言葉を、湊が言った。
静かな声に、微かな怒気を含みながら、彼はそう言った。
違う。ありえない。湊にとって、絵名と自分は似ているようで決定的な違いがいくつもあった。環境も才能も現状も違うところだらけで、似ているところなんて少なくて、唯一分かり合えたのは『絵』だけ。
「似てるって言ってくれた瑞希には悪いけど、俺と絵名は違うよ。だって、俺は『諦めて』、絵名は『諦めなかった』。俺は『続けられなかった』けど、絵名は『続けられた』。な? 違うだろ?」
「先輩……」
怒りながらも、されど自嘲気味に言われた言葉は湊の本音で──弱音で。それを聞いて心配する瑞希がいる横で、絵名は突然立ち上がり彼の胸ぐらを掴み店内に怒声を響かせた。
「ふざけんじゃないわよっ!! あんたが『諦めた』? 嘘も休み休み言いなさいよ! いい、湊? あんたは『逃げた』のよ!! 諦めもせず、向き合いもせず、自分勝手に逃げたの!! 似てないなんて話じゃない! あんたと私は真逆よっ!」
「……………………」
「なんとか言ってみなさいよ!! 月野海湊!! あんたがそんなんだから私は……私は……」
一雫、流れる涙を、湊が見逃せるはずもなく。けれど、絵名を慰められるわけもなく、居た堪れない空気の中、テーブルに万札を一枚置いてその場を去った。
一瞬で変えられた。褪せていた世界は急速に色を取り戻し、冷めていた心に熱が篭もる。流れ落ちた一雫の涙が、ブレていた軸を定め、逃げていた体を向かい合わせた。
見たくなかった。
涙なんて、見たくなかった。
まだ、やり直すチャンスがあるなら、胸を張れる自分に戻りたい。このままだったら、一番見たくない大切な人の涙をまた見ることになる。
それだけは、きっとしちゃいけない。
湊の中で固まった想いが、足を自然とある場所に向かわせた。いつだって変われる場所。なりたい自分を思い出せる、なりたい自分にしてくれる場所。
セカイへ──
マシュマロ URL↓
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次回もお楽しみに!
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