今回はデータが吹っ飛ぶアクシデントに見舞われて体力不足なため、文字数は控えめです。
四コマもあるから許して……許して……
時間は遡り、湊が絵名と会う前。雫はいつもと同じ屋上で、レッスンに励んでいた。もっとも、集中ができていたかと言われればそうではない。
脳裏にチラつく、彼の弱々しい表情。力なく抱きしめられた感覚は、時間が空いてもなお残って、キュッと心を締め付ける。
ステップのキレは落ち、声は上手く張れず、指先の感覚が次第に薄れていく。努力で積み上げるタイプの雫にとって、全体での通し練習は非常に大切だ。自分自身の位置の確認、みんなの動きとの合わせ、その両方を同時に行える重要な時間。
頭ではそれをわかっていても、心が着いてこない。公私は分けるべきだと、私情で揺さぶられないべきだとわかっていても、できるかどうかは別問題。
押し殺すなんて、もうできないのだ。
変わり続けようとする彼を縛り付けたいなんてわがままが、引っ込んでくれなくて。恋が、愛が、執着が、雫の全てを蝕んでいく。
応援したいのに、先に行って欲しくなくて。
夢を叶えた彼が見たいのに、変わっていく姿は見たくなくて。
ずっとずっと、自分の隣で笑っていて欲しいと、どうしようもない身勝手なわがままを聞いて欲しいと、思ってしまう。
「はぁ……はぁ……」
「雫! ペース落ちてる! しっかり合わせて! ここが見せ場でしょ!」
「っ……えぇ!」
珍しく、雫一人だけが、愛莉に背中を叩かれた。
◇
何とか午前中のレッスンを乗り越えた雫だが、心が落ち着くことはない。帰り道、休みになった午後の時間をなにに当てようかと考えてる間に、愛莉に送られて家に着き、シャワーを浴びたあとはぼーっと自室の天井を眺めていた。
体が言うことを聞いてくれず、まともに動こうとしない。
頭の中で、ずっと二人の自分がわがままと正論を押し付けあって、ゆらゆらと波が立つ。
「どうすれば、いいのかしら。何が正解だったの? 教えてよ、みぃちゃん」
夢に迷い、悩む彼に自分はどう接するべきだったのか、わからない。
何も言わず、寄り添えばよかったのか。
君なら大丈夫だと、言葉をかければよかったのか。
全部が正解に見えて、全部が不正解に見えて、声が出ない。いっその事、夢に続く道を断ってあげれば苦しまなくて済んだんじゃないか、とさえ考え始めてしまう。
溢れ出しそうな感情をそのまま、彼に──湊に伝えたい。わがままでも、それでもこれが私の愛だと、雫は伝えたい。
気休めの言葉でも、傍に居るよと囁いて欲しい。
偽りだとしても、不変の愛を贈ると誓って欲しい。
飲み込めない、押し殺せない想いの全てをぶつけたい。
「いか、なくちゃ」
震える足にムチを打ち、心を更に揺さぶり、吐き出す準備を整える。嫌われたくない以上に失いたくない想いのために、雫は自室を去り月野海家に向かう。
最高最善のエンドロールを迎えるために。
◇
想いの欠片のセカイから、本当の想いを思い出して、ステージのセカイから帰ってきた湊はKAITOに一言礼を告げると、現実へと戻った。
できるなら、ゆっくりと時間をとって礼を伝えたかったが、今はそれ以上にやりたいことがあった。会いたい人がいた。
夢を教えてくれた人。本当の想いをくれた、大切な人。月野海湊が生涯を持って、与えてもらったもの返さないといけない、大好きな人。日野森雫の下へ、彼は走っていた。
どこにいるかなんて、言われなくても、探そうとしなくてもわかって、走り続けた。多分、いやきっと、それは願望だった。そこに居て欲しいという、理由にすらならない願い。それでも、湊が走るには十分過ぎる理由だ。
「……ただいま、雫」
「お帰りなさい、みぃちゃん」
いつも食卓を囲む月野海家のリビングで、雫は湊を待っていた。真剣な面持ちで、爆発寸前な感情とわがままを突き通す覚悟を持って、待っていた。
悟られぬよう、震える体を心で突き動かし、雫は最愛の人が逃げないように抱き締める。あの夜の弱々しい力ではなく、離さないために強く、強く抱き締めて言葉を零す。
「私ね、みぃちゃん。本当は、おじ様の所に行って欲しくないの。先に行って欲しくない」
「…………」
「酷いわよね。昔からのみぃちゃんの夢だって知ってるのに、こんなこと言って。……でも、嫌なの! わがままでも、ずっとずっと私だけを見て欲しい! 同じ歩幅で、同じ速さで、隣を歩いて欲しい! 居なく、ならないで……!」
「いいよ」
「……え?」
「だから、いいよ」
わがままに応えるように、湊は雫を抱き締め返す。あの時とは違う、力だけでない優しさも合わせて、彼女に寄り添う。
確かに、夢だ。デザイナーは湊にとってかけがえのない夢。けれど、それを教えてくれたのは雫だ。想いだってそう。なら、彼女の願いを裏切って夢へ向かうなんて、湊にできるわけがない。
最初から、答えは決まりきっていた。
まだ時間はある。夢へのチャンスも今回限りではない。だからこそ、湊の選択肢はいつもの如く一つ以外なくなって、『応える』だけだった。
「夢も想いも、雫が教えてくれたんだ。さっき……やっとそれを思い出せた。だから、俺のこれからは全部雫のために使いたい。貰ったものを、できる限り返してやりたい。辛い思いや苦しい思いをした分、幸せにするから……それでいいか?」
「……本当に? 夢は、いいの?」
「今はまだ、いいよ。それにほら、アイドルの衣装を作ったってなれば、箔もつくだろ?」
そう言った湊の表情は、雫でさえいつぶりか忘れた、屈託のない笑顔だった。純粋な子供や、無垢な少年のように、まるで初めましての頃に見せてくれたような、そんな晴れ晴れとした笑顔。
無くしてしまったものを取り戻し、回帰した彼の微笑みに、雫は自然と涙した。胸の内から溢れ出す嬉しいが、涙の形をとって瞳から零れていく。
突然のことにあわあわとする湊を他所に、彼女は思いっきり泣いて、泣き尽くして、そのあとにようやく微笑んだ。
誤魔化しも偽りもない笑顔、きっとあの頃から変わらない笑顔を雫は浮かべる。
「ありがとう、みぃちゃん。大好き」
「……俺も好きだよ」
二人の間で合図もなしにされた、本音をぶつけあったあとの口付けは、爽やかながらほんのり甘く、愛しい人の温度が伝わってきた。
顔がいい四コマ「耳かき」
金曜の夜。学校やレッスン、夕食にお風呂、寝る前の仕事も終えた湊の一週間ぶりの至福の時間。それは、雫による耳かきタイムである。彼女の柔らかい太ももに頭を預け、耳を掻いたり息を吹きかけてゴミを取ってもらう時間は、短いながらも数少ない癒しだ。
「みぃちゃん、痛くない?」
「ん……気持ちいいよ」
「そう、じゃあ続けるわね」
慣れた手つきで、湊の耳を掃除する雫は親のようで姉のよう。こうして、ゆったりとした時間を過ごしていると、稀に彼はこくりと眠りに落ちる。疲れの溜まった金曜の夜にやるのは、そういう配慮もあってのことだ。
手間はかかるが、雫にとっては自分に体を預け、運がよければ可愛い寝顔まで見せてくれるのだからwin-winというもの。
そして、今日も今日とて湊の眠気は濃くなっていき、彼の意識は夢の世界と現実を反復横跳びして、行ったり来たりを繰り返す。
「……ぅ……ぁ……ねむい」
「寝ても大丈夫よ、私がいるから」
「……わかった……おやすみ……雫」
「ふふっ、おやすみなさい、みぃちゃん」
眠りに落ち、寝顔を晒す湊を眺めながら、適当なところで雫も耳掻きを切り上げ、彼の体をしっかりとベッドに寝かす。そのあとは、寄り添うように横に寝て、彼女も瞼を閉じた。
余談だが、雫の『みぃちゃんコレクション』は増えたらしい。
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