因みに、この話のネタのアイデアはkasyopaさんから頂いたものになります!
『兄妹だけど、そうじゃない』
休日の昼下がり。
昨日遅くまでベースの練習をしていた志歩が起きたのは、太陽が本格的に仕事を始めた、そんな時刻だった。出かける用事もなければ、やることも少ない。勉強か雑誌を読むか、またベースの練習をするかの三択。
だがしかし、腹が減ってはなんとやら。十二時間以上、水やジュース以外を胃に入れてないのは不健康だ。
もしそれを心配性の姉や、お節介焼きな兄貴分にバレたら面倒になる。
「……ご飯、食べよう」
布団の魔の手から逃れるようにベットを出た志歩は、自室から食べ物のあるリビングに向かう。服装は、動きやすいからという理由で寝巻きにしていた、中学時代の体操着とクォーターパンツのままだ。
花の女子高生にしては些か問題があるが、そこは日野森雫の妹というべきか。顔のよさも相まって、着こなし感は出てるし、薄手だからこその色気も少なからずある。
残念なことにそれを見せる相手は居ない──はずだった。
(リビングのドア、開いてる。て言うか、鼻歌漏れてる……)
サスペンスドラマさながらの不審者登場演出だが、志歩は最悪の未来が脳裏に過った。恐る恐る開いているリビングのドアをくぐり、中に入ると、そこにはキッチンで料理をする湊の姿があった。
「湊にい……? なんで居るの?」
「ん? おぉ、遅かったなしぃ、おはよう」
「いや、おはようじゃなくて。なんで居るのか聞きたいんだけど……」
「聞いてないのか? 今日はおじさんとおばさんの結婚記念日で、二人は朝からお出かけ。雫も泊まりの地方ロケに行ってるんだよ。んで、しぃを一人にできないから俺が留守を頼まれたってわけ」
あっけらかんと語る湊は、さも平然のことのように言うが、事情は簡単なことじゃない。普通、幾ら幼馴染みとは言え、年頃の男女を同じ家に泊まらせるなんてありえないのだ。
文句を言ってやりたい志歩だが、今更言ってもあとの祭りで意味はない。当面の問題は、自分の格好だとすぐに察した。
「着替えてくる」
「いや、別にいいだろ。俺以外の誰かが見るわけでもないし」
「それが無理なの」
「……そこまでストレートに言われると何気に傷つくぞ」
「すぐ戻るから。ご飯、よそっといてよ」
「インスタントラーメンだけど、よかったよな」
「大丈夫」
返事短く、言葉短く。志歩は湊の前から去っていく。
幼馴染みの間柄にも、人並みの羞恥心はあった。
◇
着替えて戻り、湊の作った野菜マシマシ塩ラーメンを食べた志歩は、自室に帰ることなくリビングで過ごしていた。
特に会話をする気配もなく、二人は互いを利用し、暇な時間を潰す。
譜面を見ながら志歩がベースの練習をすれば、湊はそれをBGMに本を読み。
動画配信サービスで湊が映画を見れば、志歩は無言でコーラとポップコーンを要求した。
持ちつ持たれつ、背中を向け合うように。時間を流していく。
雫と湊の関係とは、少し違う。絶妙なバランスで調和を保つが如く、一線は越えない。志歩は姉の想いを尊重してるから、湊は雫の妹として自分の妹分として接しているから。
けれど、その関係も揺れることはある。例えば、志歩のトラウマに触れたら。
「偶には、青春ものの映画もいいよな〜。……しぃ? どうかしたか?」
「…………なんでもない」
「本当に?」
「湊にいには、関係ないから」
「そっか……まぁ、気が向いたら言ってくれ」
本当に、偶然だった。
彼が、湊が選んだ映画は王道の青春もの。仲がよかった幼馴染みグループが歳を重ねて、思春期の間違いによってバラバラになった後、もう一度元に戻り、学園祭で昔やったバンドの真似事のようにライブをする。
青臭くて、泥臭くて、それでも心が温まる。感動できる作品。ライブのシーンは湊でもくるものがあった。
映画史の中では何番煎じの展開だが、未だに好かれる物語の構成。
それが、志歩の心に深く突き刺さった。フィクションみたいに上手くはいかない嫌な現実に。
好きだからこそ、離れた。
好きだからこそ、突き放した。
巻き込みたくなかった。
刺さった部分から血が出るように、心の弱さが漏れていく。それは自然と、近い拠り所に流れていった。
「湊にいは……もしお姉ちゃんと離れなくちゃいけなくなったら、どうする?」
「どうもしないよ。それが最善ならそうする、それだけだ。違うなら、離れなくていい方法を探す、かな」
一番は間違えない。
それだけは譲らない。
湊の想いが言葉になって、志歩にぶつかる。勿論、その言葉一つで解決できる問題の大きさは、とうに超えた。だとしても、影響はある。
「湊にいは、偶によくわからない。強いと思ったら弱くて、弱いと思ったら強い」
「いきなりそんなこと言われても……俺、なんかしたか?」
「ううん。ただ、お兄ちゃんっぽいなって思っただけ。……夕食はハンバーグが食べたい」
「はいはい、わかったよ。可愛いしぃちゃん」
「……やめて」
「許せよ。ちゃんと、ハンバーグ作るからさ」
嫌がらない程度にそっと頭を撫でて、湊は次の映画を吟味する。志歩もそれに付き合うように、膨れ気味な表情であらすじを見ては、隣から口を出す。
本当の兄妹にしては近く、友人とも言えない距離感で、湊と志歩は休日を過ごす。
帰ってきた雫に、志歩とのことを聞かれ拗ねられたのは言うまでもない。
-----------
『休日と添い寝』
ある秋の晴れた日。
温かい日差しと、気持ちのいい風が吹く日。絶好のお出かけ日和とも言えるその日に、休日が偶然重なった雫と湊は──月野海家で二人、ソファに並んで腰掛けていた。
理由なんて特にない。彼女はいつも通り彼の家に来て、彼はいつも通り彼女を迎えた。ただそれだけ。
雫はテレビを眺めながら、真っ白のハンカチに可愛らしい花や動物の刺繍を施し、面白い映像が流れては、くすくすと微笑む。
対する湊は、テレビから出る音をBGMに、雫から借りた本を読み進める。
互いにバラバラの行動をしているが、二人ともそのことに関して、居心地の悪さは感じない。理解の深さ、好意の大きさ、思いやり、理由なんてそれくらいだが、それで充分だった。
『……………………』
ペラペラと、一枚一枚ページがめくられ。
シュッシュッと、一回一回ハンカチが縫われていく。
借りた本は、雫にしては珍しい海外のロマンス小説で、日本とは違う情熱的な恋愛が描かれていた。脳が溶けるような甘い言葉や、濃密な濡れ場、熱い想いを伝えるクライマックス。
考えられた構成が、整えられた物語が、次の一文を読む目を急かし、手を止まらせない。
気付けば、お昼はとうに過ぎ。昨日のレッスンの疲れもあるのか、雫もうとうととした様子でテレビに目を向けていた。
「眠いならベットで寝ろよ。ソファだと体に良くないからな」
「……えぇ……わかってるわ」
返ってきた言葉は、なんとも頼りなく。瞼の砦も決壊寸前だ。
「間違いなく寝落ちする」、湊がそう察せない訳はなく、優しい手付きで刺繍道具を彼女から取り上げて、テーブルに置く。
優先すべきは、雫の安全。そして、その次に自分の理性の戦線維持だ。
いつ彼女が眠ってしまってもいいように、栞を挟んで本を閉じる。
数分もすれば……
「……んぅ…………ふふっ……」
ぐっすり眠る幼馴染みアイドルの完成だ。
案の定の事態に、湊はさして動揺せず、慣れた手つきで脇と膝に手を通し、彼女を持ち上げて自室のベッドを目指す。だが、ステージで輝く少女とは思えないほど軽く、柔らかい体に触れるのは何度やってとも慣れない。今日の服が、薄手の白いロングワンピースだったことも、きっと原因の一つだろう。
「換気のために開けといて正解だったな」
朝の自分に感謝し。湊は、自分がいつも使うベッドに雫を眠らせ、部屋を去ろうとするが──ギリギリの所で袖を引かれる。
弱々しい力だった。
その気になればいつでも振り払えるくらい、弱々しい力。
けれど、湊は諦めたような表情で、ため息を吐くだけで吐いて、後ろを振り返る。
「……どうかしたか?」
「みぃちゃんも、一緒に……寝ましょ?」
「……………………」
優しい、優しい微笑みと、柔らかい言葉が眠気を誘い、湊の退路を塞ぐ。眠いくないから良いの言い訳は使えず、自然と足がベッドに向かう。
相手がアイドルだからダメだ。
相手は無防備な異性だからダメだ。
当たり前の常識が脳裏に過ぎるよりも早く、彼はベッドで横になっていた。
雫がそっと壁際に詰め、空いたスペースに体を収めて向かい合う。
顔がいい。至極当然のことながら、日野森雫は顔がいい。
うとうととしながらも、嬉しそうに微笑みながら抱き着いてくる破壊力は、湊の考えを簡単に溶かしてしまう。常識も倫理観も、グズグズと溶けていき。
「雫がいいなら、まぁいいか」と思わせてしまう。
「……みぃちゃんの匂い、いっぱいするね」
「俺のベッドだからな」
「離さ、ないでね?」
「離さないよ。ほら、眠いんだろ。俺も寝るから、早く目閉じろ」
「……ありがとう。おやすみ」
そう言うと、雫は湊の胸に頭を預けるように眠りに落ち、湊も湊で雫を抱きしめたまま、眠りについた。
◇
幸せな夢を、雫は見ていた。
大好きな人に、これでもかと愛される、そんな淡い期待の夢を見ていた。
しかし、夢は夢。いつか覚める。
二人が横になってから数時間。外の明かりが薄暗くなってきた頃に、雫は目を覚ます。
「……みぃちゃん」
自分のことを抱きしめて眠る湊の表情はあどけなく、幼さが見える。普段なら絶対に見せない、背伸びしていないフラットな彼は、雫にとってとても愛おしい。
裏表ではなく、見栄。
見栄だけでなく、憧れ。
凡人が持つには不相応で、湊が持つには相応なもの。
雫は嬉しかった。
無防備な寝顔を、自分にだけ晒してくれることが。
雫は嬉しかった。
些細な願いを叶える、彼の優しさが。
雫は──怖くなった。
いつか、この優しさも、寝顔も、自分のものだけじゃなくなるかもしれないという、事実が。
嬉しいと怖いが入り交じり、そこに想いが加われば、雫はなんだってできてしまった。
仮令ば──自分のものだと印を付けることだって。
「……大好き」
腕の中で少しもがき、首筋に唇を合わせて、くっきりと残るように痕を付ける。印を付ける。
唇を離せば、糸がスーッと引かれ、雫と湊を繋いだ。
いけない事をしたのはわかる。
アイドルとして不味いこともわかる。
それでも、彼女の視線が湊の唇に移るのは仕方のないことだった。
一瞬、唇同士のキスはどんな味がするのか気になって、体が反射的に動いた。きっとその時、ドアの外、一階からから聞こえる志歩の声がなかったら、雫は一線を超えていただろう。
なんとか、道から落ちる前に戻れた雫は、抱かれていた腕の中から悲しそうに脱出し、部屋を後にした。
湊を起こすのを志歩に任せて。
◇
「……起きて、湊にい」
「ん……ふわぁ……しぃ?」
「そう、私。早く起きないと、お母さんが用意したハンバーグが冷めるんだけど」
「……おばさん、俺の分まで用意してくれたのか? 悪いな……」
「悪いと思ってるなら、早く起きて。……たく、お姉ちゃんが揺すっても起きなかったって言ってたのに、なんで私が言うと起きるかなぁ……」
「雫が? ……揺すられた覚えなんてないけど……まぁ、いいか」
眠りから覚めたばかりの浅い思考のままベッドから体を起こすと、湊は首筋に違和感を感じる。
嫌な予感がして手を当てると、他の部分より温かく、湿っぽい感覚があった。そう、それはまるで、雫から借りた小説の中にもあった、マーキングのようで。
彼の顔はカーッと熱くなる。
「湊にい……? 顔赤いけど、熱でもあるの?」
「別に……なんでもない」
「そっ、ならいいけど……。首筋、蚊にでも刺されたの? そこも、赤いよ」
「かもな、刺されたっぽい」
誤魔化すように笑って、湊は志歩にそう言った。
特に追求することも志歩はしなかったが、兄貴分が顔を赤く染めた瞬間と、首筋の痕だけは忘れられないと思った。
因みに、この話のネタのアイデアはkasyopaさんから頂いたものになります!
kasyopaさんのプロセカ作品「荒野の少女と1つのセカイ」も同時刻に更新されてますので、是非見に行ってみてください!
⇒ https://syosetu.org/novel/245502/
お気に入り200人突破記念短編(現在のシチュエーション)変わる可能性あり
-
悲恋if(ヒロインは雫)
-
嫉妬if(ヒロインは雫)
-
温泉回(個別orモモジャン)
-
水着回(個別orモモジャン)