幼馴染みは顔がいい   作:しぃ君

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 記念短編(前編)です。
 今回と次回の後編に限り、一人称になりますので、それだけはお気を付けてお楽しみください!

 因みに、前編は湊視点、後半は絵名視点で進む予定です!


絵名if「染まれないクリアカラー(前編)」

 月野海湊という人間は中途半端だった。

 ずっと泣いていられるほど、弱くはなく。

 夢を諦められないほど、強くはない。

 希望を持ち続けられるほど、子供ではなく。

 絶望に慣れるほど、大人でもない。

 

 どっちつかずで、どっちにもなれなくて。

 明かりがなければ、前に進むことすら難しい。

 このお話は、その明かりが日野森雫ではなく、東雲絵名だったら、という話。

 もし(IF)のセカイ線だ。

 

 ◇

 

 起伏のない人生。

 波風の立たない日常。

 優しい両親と可愛らしい幼馴染みに、悪友とも言える弟分。

 加えて、やろうと思えば、大抵の事は人並み以上にできる才能のお陰で、苦労したこともない。

 きっと、世間様から見た俺は──月野海湊は、何不自由ない生活を送っていた。

 

 

 本当に不自由のない生活だった。その自由さが、逆に息苦しく感じるようになったのは、何時からだったか。

 夢を過去に置いた中学の頃。

 はたまた、先の見えない奈落()に幼馴染みの願い(呪い)落ちた(向かった)、高一の夏。

 

 

 考えれば考えるほど、わからなくなる。

 唯一、わかることがあるとすれば、原因は自分の才能だったということ。

 他人から見れば、羨ましいことこの上ないものだが、俺のはそんな生易しい才能じゃない。

 

 

 長所に、全てが集約されているだけに過ぎないのだ。

()()()()()()()()()()()()()()()。本当に、これだけ。

 みんなが苦労する一歩を早く踏めているから、みんなより早く前に行けているから、人並み以上にできているように錯覚している。

 違う、違うんだ。一歩目だけなんだ。二歩目からは頑張って頑張って、血が滲むような努力をして、ようやく進める。

 

 

 天才ではなく、秀才には途方もない時間をかけなければ至れず、凡才にすら殺される。

 それが、俺の全てだ。

 ニーゴ──『25時、ナイトコードで』という音楽サークルに入って、理解できた。本物の天才に会って、登ることの出来ない壁を知って、理解できた。

 

 

 ──自分がどれだけちっぽけな存在だったか。

 

 

 やめにしよう。

 全部、終わりにしよう。

 これ以上微温湯に入っていてものぼせるだけだ。これ以上足掻き続けても苦しいだけだ。

 

 

 まふゆは(かなで)が救ってくれるし、絵名(えな)だって俺が支える必要も無い。瑞希に至っては瑞希次第でどうとでもなってしまう。

 心残りは多く、片付けられなかった問題も、投げっぱなしになってしまうが──どうでもよかった。

 まふゆは消えなかった。絵名も消えずに済んだ。奏は呪いを受けたし、瑞希だって進もうとしている。

 

 

 順調に進んでるんだから、一人居なくなったところでわけはないだろう。

 だから、今日言おう。

 サークルから抜けることを伝えよう。

 元々、総合補助なんて役割、あってもなくてもよかったんだから。

 

 

「24時50分……そろそろだな」

 

 

 薄暗い部屋の中、モニターからの光が、俺を照らしていた。

 

 ◇

 

 ニーゴのサークル活動は連携が命だ。

 作曲担当『K』こと、宵崎(よいさき)奏。

 作詞担当『雪』こと、朝比奈(あさひな)まふゆ。

 動画担当『Amia』こと、暁山(あきやま)瑞希(みずき)

 イラスト担当『えななん』こと、俺の幼馴染みでもある少女、東雲(しののめ)絵名。

 

 

 この四人が揃って、初めて楽曲は完成する。完成できる。

 ‎だが、誰か一人でも遅れれば、そうはならない。

 奏が遅れればまふゆは作詞に入れないし、俺も衣装のラフすら上げられない。そして、俺のラフが上がらなければ、絵名はイラストに本腰を入れられないし、回り回って瑞希も作業を始められない。悪循環だ。

 もし、これが他のメンバーでも同様の事が起きる。楽曲は完成しきれない。

 

 

 だからこそ、総合補助の俺──『Me』がいる。進捗を管理し、進行をスムーズにするマネージャー業。他にも、奏の作曲に意見したり、まふゆの歌詞の添削を手伝ったり、絵名の遅れをカバーするために瑞希に素材を提供したり。

 仕事自体は多い。

 尤も、いてもいなくてもさほど変わりはしないが。

 

 

『あー……K? 昨日貰った新曲のデモ、聞いたよ。感想とかはチャットの方に送っといたから』

 

『ありがとう、Me。今やってる曲もそろそろ終わりが見えてきたし、新曲のスケジュールに回って大丈夫だよ。あとは、なんとかするから』

 

『了解。あと、雪。歌詞の方はもう問題ないと思うから、そのまま上がりで大丈夫だ』

 

『わかった。……清書に入るから、通話ミュートにするね』

 

『どうぞ。あとは──』

 

『えななんなら、いるけどミュート中だよ。昨日のMeのパンチが効いたんじゃない〜?』

 

『……人のデザインを勝手に変えた挙句、修正ラフを見にくいの一言で切ったやつに言うことはあれで十分だよ。Amia、悪いけど共有ドライブの方に素材送ったから、ちゃんと反映されてるか確認して、MVの作業進めちゃってくれ』

 

『おっけー! 今回もカワイイの作るよ〜!』

 

 

 瑞希のその言葉を最後に、全員がミュート状態になる。

 勿論、仲が悪い訳ではない。奏とまふゆは口数が多くないだけで、喋る時は喋るし、瑞希と絵名、俺は言わずもがな。

 ただ、今は会話の起点を作る絵名が居なくて、俺ももう喋るつもりがないから話しかけないだけだ。

 

 

「……スケジュールだけは、作らないとな」

 

 

 ケジメ、一言で済ませるならそういうもの。

 恩があるとか、借りがあるとか関係なく。請け負った仕事はこなす。どうせもう最後の仕事になるんだから、完璧なものを作りたい。

 苦しくても、辛くても、それは義務だから。

 

 

「これで、終わらせよう」

 

 

 救いなんていらない。

 求めてもいない。

 欲しかったものは才能と大切な人の笑顔だけ

 片方は叶った。片方は叶わなかった。それでいいと思った。それが自分に向けられなくても、いいと……思った。

 

 ◇

 

 殺風景な白と灰色のセカイ。鉄骨や電波塔の残骸、触ったら刺さるような鋭角の立体がそこかしこに置かれた歪な場所。

 不気味だが、不思議と落ち着く暗さのある、異世界とも言える場所で、俺と奏は会っていた。

 

「珍しいね、湊がセカイ(こっち)に呼ぶなんて」

 

「そうでも……あるか」

 

「うん。……なにかあったの? ナイトコードでは話し辛いから、呼んだんでしょ?」

 

「察しがいいよな、奏は」

 

 

 自分のことにはどこまでも鈍感になるのに、他人に対しては恐ろしく察しがいい。宵崎奏は、そういう人間だ。

 腰ほどまで伸びた綺麗な銀髪に、幼さが残る顔立ち。アクアブルーの瞳がしっかりと、俺の事を見据えていた。

 

 

 同い年には見えないか細い体躯で、同い年とは思えない業を背負い、音楽を続ける天才。絵名とまふゆを救い、自身の呪いを増やした、救世主(偽善者)

 救いを求める人のために、取り憑かれたように音楽を作り続ける罪人。

 彼女を表す言葉は幾らでも出てくる。

 救世主であり、偽善者であり、罪人であり、天才。

 

 

 嫌いたくても嫌いになれない儚さと強さを持つ少女。

 きっと、俺がなるべきだった到達点の一つ。理想系。

 今から俺は、そんな彼女を、仲間である奏を傷付ける言葉を言うことになる。

 

 

 罪悪感があった。摩耗した良心が叫んでいた。

 きっと後悔すると、俺の口を塞ごうとしていた。

 振り払うのはそこまで難しくなかったのに、少しだけ躊躇って、中途半端な自分に嫌気が差して、拳を強く握る。爪がくい込むほど強く握って、握り過ぎて、ポタポタと血が滴り落ちる音と、それを心配した奏の声で現実に引き戻された。

 

 

「っ! 湊!? ち、血が……!」

 

「……っ、あぁ、気にしないでくれ」

 

「で、でも……」

 

「話しを済ませたら、部屋に戻ってすぐに手当するよ」

 

 

 安心させる意味なんてないのに、優しい声でそう言って、奏を落ち着かせたあと。俺は本題を切り出した。

 

 

「奏。俺、今日限りで、ニーゴを辞めようと思う」

 

「……ぇ? それは、どうして?」

 

「元々、長く居るつもりもなかったんだ。絵名の手伝いで始めて、折を見計らって抜けようって考えてた。ずっとな。──でもさ、居心地がよかったんだ。凄く。微温湯に浸かってるみたいに、体も心も楽でさ。けど、いつまでも夢は見てられないから」

 

 

 建前を語って。

 納得するように理論だてる。

 嘘を信じさせるコツは、本当のことを混ぜることだ。全部が全部、嘘じゃない。だけど、本当でもない。

 

 

 長く居るつもりがなかったのは本当だ。

 絵名の手伝いで始めて、折を見計らって抜けようと考えてたのも本当。

 居心地がよかったのだって、本当。

 

 

 体も心も楽だった、これだけが嘘だ。

 これだけが真実ではない。

 総合補助として、みんなを手助けできるように、色々なことに手を出して、才能の分厚い壁を知った。地獄だ。

 助けるために学べば学ぶほど苦しくなって、辛くなって。綿糸で首を絞められたような、そんな感覚になる。

 

 

「ごめんな。まふゆのこととか、ほっぽり出して」

 

「……ううん、湊が謝ることじゃないよ。むしろ、こっちがお礼を言わなきゃ。ありがとう、Me。君がいたから、君がまとめてくれたから、ニーゴは──わたしはやってこれた」

 

 

 悲しそうな表情を隠さないまま、それでもお礼を言う奏を見て、自分に対する怒りと、彼女に対する怒りふつふつと湧いてきた。

 あぁ、なんで。なんで、お前は怒らないんだよ、奏。

 

 

 怒る権利があるのに。

 怒っていい権利はお前のためにあるのに。

 なんで、悲しそうな表情をするだけなんだよ、お前は。

 

 

「そう、思ってくれてたんだな。ありがとう、奏。……じゃあ、もう帰るよ。機会があったらまた──」

 

「逃げるんだ」

 

 

 感情を感じさせない、抑揚のない声が、俺の言葉に被さった。

 今、絵名を抜けば一番会いたくない相手が、俺の後ろにいる。彼女の名前は──鏡音リン。『誰もいないセカイ』に現れた、二人目のバーチャル・シンガー。

 推測でしかないが、まふゆの想いからではなく、絵名の想いから生まれた存在。絵名の対になる、バーチャル・シンガー。

 

 

 悟られたら、負けだ。

 

 

「なんだよ、逃げるって。別に、そんなこと、一言も言ってないだろ」

 

「じゃあ、なんで辞めるの? さっき奏に言った全部が、本当に辞める理由?」

 

「そうだよ。悪かったな、無責任で」

 

「うん、そうだね。無責任。勝手に挑んで、勝手に諦めて、勝手に逃げる。本当に、無責任。最低だね、湊は」

 

 

 神経を逆撫でする言い回しが、先程湧いた怒りを煽る。

 リンの言い分に間違いはない。リンの指摘に間違いはない。俺は無責任のクソ野郎だ。

 でも、しょうがないじゃないか。

 ずっとここに居続けたら、きっと俺は壊れる。心を殺して、押し潰して、生きていくことになる。耐えられない、耐えられるわけがない。

 

 

 ──俺はそこまで、強くないんだ。

 

 

「……しろっ……だよ」

 

「……なに? 聞こえない?」

 

「だったら、どうしろってんだよっ!! やれることは全部やった! やらなきゃいけない事もやり尽くした!! どんなに頑張っても見えてこない背中を、俺は何時まで追いかけ続ければいいっ!? わかるなら、わかったふりするなら教えてくれよ!!! リン!」

 

 

 溜まっていたものをぶちまけるように、俺の怒鳴り声がセカイに響く。流石のリンも、動揺したのか肩が震え、足が竦んでいる。

 吐き出すつもりのなかった言葉を吐き出して、大切な人が生み出した存在を傷付けて、俺は一体……何をしてるんだろう。

 

 

「っ……悪い。もう、行くよ。ここにも、きっと二度と来ない。あの曲も消すから。ごめん……ごめんなさい」

 

 

 必死に絞り出した声てそう言い残して、その場から走って逃げる。

 後ろから聞こえた声は無視をして、心配して見に来てくれたミクに一方的な別れを告げて、去って行く。

 間違いがあるとすれば、一つだけ。ただ、一つだけ。

 支えたいと、心から願ってしまったこと。

 

 ◇

 

 セカイから薄暗い自室に帰った直後。

 スマホに電話がかかってきた。相手は──絵名だった。

 

 

「……………………」

 

 

 迷って、悩んで、五コール目に入ってやっと、俺は電話に出た。

 スピーカーからは、聞き慣れた声が流れてくる。彼女にしては珍しく、優しい声だったと思う。

 多分、きっと。

 

 

『遅い』

 

『はいはい。今度は──なんでもない。……それで、何の用だよ?』

 

『……ほら、昨日は……その、言い過ぎたから。謝ろうって思って』

 

『別に、怒ってないよ。作業の方はどうだ?』

 

『順調よ。当たり前でしょ。私のこと、誰だと思ってんの?』

 

『締切破りの鬼』

 

『っ! アンタねぇ! ……はぁ、もういいわ。一応、朝までには終わりそうだから、それだけ報告しとく』

 

『──おう、わかった』

 

 

 口から出そうになる感情を無理矢理飲み込んで、震え声を捩じ伏せて、いつも通りを装う。最近、手馴れた小技。今後、使うことのない無意味の産物。

 最低でも、別れだけは。

 譲れない想いが足枷になり、一言だけが口から漏れる。

 

 

『じゃあな、絵名』

 

『はっ? じゃあなって、おかしくない? 私とアンタは、明日も──』

 

『今まで、ありがとう』

 

『湊っ!?』

 

 

 出るのは時間がかかったのに、切るのは……一瞬だった。

 折り返しが来ないようにスマホの通知を切り、ナイトコードも閉じる。

 それから、順繰り順繰り、ニーゴが関わる全てのデータをゴミ箱に入れていく。

 

 

 初めて、奏と一緒に作った曲があった。

 初めて、まふゆと書いた歌詞があった。

 初めて、瑞希と作った動画があった。

 何百枚と、絵名と一緒に描いたイラストがあった。

 

 

 全部、ゴミ箱に入れた。

 思い出に蓋をするように。見たくないものをしまうように。

 あとは、削除するだけ。ゴミ箱のフォルダを開いて、消したいものを全部選択して、Deleteキーを押せば、データはなくなる。

 

 

 簡単だ。マウスカーソルを合わせて、ちょちょいと動かせば選択できるし、Deleteキーを押すのなんか子供でも難しくない。

 一回押せば終わる。

 ナイトコードだってそうだ。

 所詮はアプリ、ボタン一つでなかったことにできる。

 

 

「……はずなんだけな」

 

 

 動かない。動いてくれない。

 マウスカーソルがデータの上に重なる度に、思い出が溢れてきて、消そうなんて思えなくなる。

 みんなの顔がチラついて、これを消したら、自分が存在する意味すらわからなくなりそうで、怖くなって、涙が流れていく。

 

 

 弱い自分が憎くて、強くなれない自分が憎くて、想いさえ伝えられなかった自分が──嫌いで嫌いでしょうがなかった。




 次回もお楽しみに!

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