三日連続執筆は久しぶりだったので……非常に疲れました。
出来は……まぁ、見てからのお楽しみ、と言うことで。
ごゆっくりご覧下さい!
私、東雲絵名は最初、月野海湊という人間が嫌いだった。
同い年には思えない達観した思考。
ありえないと叫びたくなるほどの才能。
そして、それをまとめる人のよさ。
完璧人間、とはいかないが、湊は昔からいい奴だ。自分より誰かのことを優先して、その誰かの笑顔に自分の事のように喜んで。
本当に、大嫌いだった。幼馴染みじゃなかったら、きっと関わりもしなかっただろう。
けど、嫌いなままじゃいられなかった。
優しかったから。バカみたいに、優しかったから。
喧嘩しても、喧嘩しても、喧嘩しても。離れていかず、ずっと傍で寄り添ってくれたから。いつの間にか惹かれて、恋の沼に落ちていた。
名前を呼ばれるだけで嬉しい。
話すだけでも楽しい。
抱き締められると、自分の体が自分のものじゃないみたいに、温かくなる。
絵から逃げようとした時、消えようとした私を、湊は止めなかったっけ。
自分を地獄に突き落とした奴が、楽になろうとしてるのを、見逃そうとしたよね。
アンタの、そういう所が本当に──
だから……
「早く、帰ってきなさいよ」
現在時刻24時50分。
湊がいなくなって、七回目の活動が始まる。
ニーゴの活動は、終わることを知らない。
◇
『……なん……なん!』
『……………………』
『えななん! ちょっと聞いてる!?』
『……ん、ごめん。ぼーっとしてたかも。……何の話だっけ?』
『だから、Meの話だって! Kにニーゴを辞めるって言って、もう一週間も経ったよ? 冗談にしては酷すぎるって』
『ほんと、酷い冗談よね』
冗談だったら、酷い冗談だ。
でも、湊の言葉は冗談じゃない。そんなこと、一番私がわかってる。アイツは、大事な事を、大切な事を冗談で言う軽薄な奴じゃない。わかってるのに、冗談であって欲しいと思う自分がいることにイラつく。
一体、今まで、湊の何を見てきたんだろう。
一緒に居て、何をわかってやれてたんだろう。
苦しんでいたのに、強がっていたのに。何も気付いてあげられなかった。自分のことにばかり目がいって、見つけてあげられなかった。
『……えななん。新曲のイラスト締切だけど、余裕があるから、今日は休んでも大丈夫だよ』
『そっか……ごめん。じゃあ、落ちるね』
『おやすみ〜』
『おやすみなさい』
『おやすみ』
みんなからのおやすみを聞いて、返そうかと思ったけど、そんな気力すらなくて。私はすぐに通話から抜けて、ナイトコードを閉じる。
余裕のある締切……か。
なんとなく、湊がやりそうな事だとわかった。
ニーゴの関係性は浅くない。仲間や友人という括りにするのは違う気がするけど、浅くはない。
今回のような問題が起きれば、不和が起きるのは確実。湊はそれを見越して、スケジュールを仕上げた。最後の仕事として。
あまりの手際のよさに、怒りを通り越して呆れてしまう。
その呆れは、自分に対してのものでもあって、やるせない感覚が残り続ける。
手当り次第、全部壊して、胸に空いた穴を塞ぎたいのに。
満たされない。満たされてくれない。
甘い物を食べても、SNSに上げた自撮りにいいねが貰えても、乾きがなくならない。飢えのような欲求が一向に、直らない。
今まで、そんなことなかったのに。
「……助けてよ、湊」
学校にも行かず。
連絡しても繋がらず。
家を訪ねても、声すら聞かせてくれない。
拗れて、捻れた関係になったのに。
私はまだ、湊との夢を諦めきれていない。
二人で最高の絵描きになろうと、幼い日に誓った夢を、諦めきれていない。
だから、強硬策に出ることにした。
嫌われたくない、好かれていたい。だけど、それ以上に一緒に居たい。
わがままでも構わない、わがままでいい。私は私の想いを──押し通す。
「絶対に、描かせてやる」
現在時刻25時50分。
一番会いたくない
◇
久しぶりに入ったアイツの書斎は、相変わらず汚かった。
纏まりがなくて、そこかしこにボツになった絵が転がって、壁や床に飛び散った絵の具が──何故か綺麗に見える。
汚いと思わずにはいられないのに、綺麗に見えてしまう自分もいる。
本当に、大嫌いだ。
「……絵名か。こんな時間にどうした」
「湊──月野海家の合い鍵、持ってるでしょ? 貸して」
「……………………」
じっと、私を見すえるアイツの目は、いつもよりどこか優しげで、昔憧れた父親の目をしていた。
最近、偶にそう言う目で私を見てくる。今更、贖罪をするでもないのに、そうやって私を見てくる。
それを気持ち悪いと思わなくなったのは、進歩だったのか慣れだったのか。
数秒間、私とアイツの視線が交わる。
「……壁の一番右に掛けてある鍵だ。使い終わったら、戻しておいてくれ」
「わかった」
「それと、一つだけ言っておきたいことがある」
「なに……?」
「お前が掴む腕は、今後一生、付き合う腕だ。欲張っていい。私も、そうだった」
「……………………ありがと」
引っかかって、飲み込みそうになって、出た言葉は一言だけだったけど。それに全部込められた、気がした。
◇
「……なんで、いるんだよ」
「おそよう。湊」
肥溜めかと言わんばかりに腐り、濁った瞳が向けられた時、一瞬別人かと思った。九時間も待って、一週間ぶりに聞いた声も覇気のない、つまらない声だ。
中学で見た。夢を置き去りにした頃に戻ったみたい。
それが、嫌で。嫌で嫌で。無性に腹が立つ。
全部投げ出して。
全部放り捨てて。
楽になったはずなのに、私より苦しそうな湊の表情は、見るに堪えない。
「その目、本当に嫌い」
「なら、見なきゃいいだろ。さっさと帰れよ。作業、あるだろ」
「お生憎様。どっかの誰かさんが気を使ってくれたお陰で、余裕があるの」
「…………そうかよ。で、どうやって入った。俺、鍵して寝たぞ」
「癪だったけど、アイツに借りた」
「親父さんか……たくっ」
ため息を吐いて、髪を掻き毟る湊は、それ以上私に目もくれず、ソファに腰を下ろしてテレビをつけた。
勿論、私がすぐに消し、湊の前に立って向かい合う。
逃がさない。
逃がしたくない。
理由付けなら幾らでもあるが、根本は一つだけ。
私のためだ。
ニーゴのためでも、コイツのためでもない。
私のためだ。
わがままに、欲張って、私は私の想いを突き通す。
「描いて」
「……は」
「私のために、描いて」
「お前、自分が何言ってんのかわかってるのか? 俺にもう一度、あの地獄に戻れってのかよっ!」
「わかってるわよ。だから、言ってんの。私のために……私のためだけに描きなさい。まどろっこしいのは抜きにして、私のために、描きなさい」
他のことなんて考えるな。
他のことなんて気にするな。
私のためだけに描け。
私を見て、私だけを見て、描いてよ。
必要なの。
一人でもできるけど、湊の衣装がないと、私の絵は完成してくれないの。
才能なんてなくても、アンタが一緒なら、大丈夫だから。
どこまでだって走って、足掻いて、登れるから。
お願いだから、いなくならないでよ。
「アンタには、私なんて必要ないのかもしれないけど。私には、アンタが必要なの……!!」
「絵名……」
「だから、お願いだから、私のためだけに描いてよっ」
両手を湊の首裏に回し、無理矢理、彼の唇を奪った。初めてのキスは──何味だっただろうか。塩っぱくもなければ、甘くもない。
これは、ダメ押し。これで通じなかったら、本当に終わりだ。
あぁ、でも。最後にこうやって触れ合えたんだから、悪くなかったかも。
◇
「あれは、いきなり過ぎるだろ」
「必死だったんだから、許しなさいよ」
「……怒ってないよ。ありがとう、絵名」
勝敗の天秤は、私に傾いた。
結局、最後に折れたのは湊だった。
いつも、いつもそう。選択を迫られた湊は、いつも相手の幸せを第一に考える。自分のは二の次。
今回は、それが上手くいった。
「湊は……私のこと、好き?」
「普通、それ今更聞くか?」
「口にして欲しいもんなのよ、女の子は」
「……好きだよ。でなきゃ、地獄にもう一度落ちたいなんて、思わない」
「ふーん……そっか」
「あと、わかったことがある」
誇らしげにそう言う湊は、心做しか微笑んでるようにも見えた。
憂いなく、とはいえないが。
微笑む彼を見て、私も自然と笑が零れる。
けど、続く言葉で、私の笑みはニヤケに変わってしまった。
「俺、絵名に必要とされて嬉しかったんだ。絵名に必要として欲しかったんだ。こんな簡単なことに、さっき気付いた」
「……ふふっ、なによそれ」
「笑うなよ……」
「笑ってない、ニヤケてんのよ」
「余計タチが悪い!」
「あー、もう。私、眠いから寝る。時間になったら起こして〜」
「ちょ、おまっ!」
ソファに座る湊の膝を無断で借り、目を閉じる。
諦めたのか、彼の声は次第に静かになり、消えた。
替えのきかない温もりだけが、私の体温と溶け合った。
呪いは伝播する。
私はまた、湊を呪った。
離れられないように、強く強く、呪った。
後悔は、しなかった。
ハッピーエンドはいらない。
バットエンドも欲しくない。
ただ、この微温湯のような時間が、ずっと続いて欲しいと、切に願った。
私は、東雲絵名。SNS依存の凡才な絵描き。
未来のベストパートナーだ。
次回もお楽しみに!
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