幼馴染みは顔がいい   作:しぃ君

8 / 69
 記念短編、後編です!
 三日連続執筆は久しぶりだったので……非常に疲れました。
 出来は……まぁ、見てからのお楽しみ、と言うことで。


 ごゆっくりご覧下さい!


絵名if「染まれないクリアカラー(後編)」

 私、東雲絵名は最初、月野海湊という人間が嫌いだった。

 同い年には思えない達観した思考。

 ありえないと叫びたくなるほどの才能。

 そして、それをまとめる人のよさ。

 

 

 完璧人間、とはいかないが、湊は昔からいい奴だ。自分より誰かのことを優先して、その誰かの笑顔に自分の事のように喜んで。

 本当に、大嫌いだった。幼馴染みじゃなかったら、きっと関わりもしなかっただろう。

 けど、嫌いなままじゃいられなかった。

 

 

 優しかったから。バカみたいに、優しかったから。

 喧嘩しても、喧嘩しても、喧嘩しても。離れていかず、ずっと傍で寄り添ってくれたから。いつの間にか惹かれて、恋の沼に落ちていた。

 名前を呼ばれるだけで嬉しい。

 話すだけでも楽しい。

 抱き締められると、自分の体が自分のものじゃないみたいに、温かくなる。

 

 

 絵から逃げようとした時、消えようとした私を、湊は止めなかったっけ。

 自分を地獄に突き落とした奴が、楽になろうとしてるのを、見逃そうとしたよね。

 アンタの、そういう所が本当に──大嫌い(大好き)

 

 

 だから……

 

 

「早く、帰ってきなさいよ」

 

 

 現在時刻24時50分。

 湊がいなくなって、七回目の活動が始まる。

 ニーゴの活動は、終わることを知らない。

 

 ◇

 

『……なん……なん!』

 

『……………………』

 

『えななん! ちょっと聞いてる!?』

 

『……ん、ごめん。ぼーっとしてたかも。……何の話だっけ?』

 

『だから、Meの話だって! Kにニーゴを辞めるって言って、もう一週間も経ったよ? 冗談にしては酷すぎるって』

 

『ほんと、酷い冗談よね』

 

 

 冗談だったら、酷い冗談だ。

 でも、湊の言葉は冗談じゃない。そんなこと、一番私がわかってる。アイツは、大事な事を、大切な事を冗談で言う軽薄な奴じゃない。わかってるのに、冗談であって欲しいと思う自分がいることにイラつく。

 

 

 一体、今まで、湊の何を見てきたんだろう。

 一緒に居て、何をわかってやれてたんだろう。

 苦しんでいたのに、強がっていたのに。何も気付いてあげられなかった。自分のことにばかり目がいって、見つけてあげられなかった。

 

 

『……えななん。新曲のイラスト締切だけど、余裕があるから、今日は休んでも大丈夫だよ』

 

『そっか……ごめん。じゃあ、落ちるね』

 

『おやすみ〜』

 

『おやすみなさい』

 

『おやすみ』

 

 

 みんなからのおやすみを聞いて、返そうかと思ったけど、そんな気力すらなくて。私はすぐに通話から抜けて、ナイトコードを閉じる。

 余裕のある締切……か。

 なんとなく、湊がやりそうな事だとわかった。

 ニーゴの関係性は浅くない。仲間や友人という括りにするのは違う気がするけど、浅くはない。

 

 

 今回のような問題が起きれば、不和が起きるのは確実。湊はそれを見越して、スケジュールを仕上げた。最後の仕事として。

 あまりの手際のよさに、怒りを通り越して呆れてしまう。

 その呆れは、自分に対してのものでもあって、やるせない感覚が残り続ける。

 

 

 手当り次第、全部壊して、胸に空いた穴を塞ぎたいのに。

 満たされない。満たされてくれない。

 甘い物を食べても、SNSに上げた自撮りにいいねが貰えても、乾きがなくならない。飢えのような欲求が一向に、直らない。

 

 

 今まで、そんなことなかったのに。

 

 

「……助けてよ、湊」

 

 

 学校にも行かず。

 連絡しても繋がらず。

 家を訪ねても、声すら聞かせてくれない。

 

 

 拗れて、捻れた関係になったのに。

 私はまだ、湊との夢を諦めきれていない。

 二人で最高の絵描きになろうと、幼い日に誓った夢を、諦めきれていない。

 

 

 だから、強硬策に出ることにした。

 嫌われたくない、好かれていたい。だけど、それ以上に一緒に居たい。

 わがままでも構わない、わがままでいい。私は私の想いを──押し通す。

 

 

「絶対に、描かせてやる」

 

 

 現在時刻25時50分。

 一番会いたくない(父親)に、会いに行くことにした。

 

 ◇

 

 久しぶりに入ったアイツの書斎は、相変わらず汚かった。

 纏まりがなくて、そこかしこにボツになった絵が転がって、壁や床に飛び散った絵の具が──何故か綺麗に見える。

 汚いと思わずにはいられないのに、綺麗に見えてしまう自分もいる。

 本当に、大嫌いだ。

 

 

「……絵名か。こんな時間にどうした」

 

「湊──月野海家の合い鍵、持ってるでしょ? 貸して」

 

「……………………」

 

 

 じっと、私を見すえるアイツの目は、いつもよりどこか優しげで、昔憧れた父親の目をしていた。

 最近、偶にそう言う目で私を見てくる。今更、贖罪をするでもないのに、そうやって私を見てくる。

 それを気持ち悪いと思わなくなったのは、進歩だったのか慣れだったのか。

 

 

 数秒間、私とアイツの視線が交わる。

 

 

「……壁の一番右に掛けてある鍵だ。使い終わったら、戻しておいてくれ」

 

「わかった」

 

「それと、一つだけ言っておきたいことがある」

 

「なに……?」

 

「お前が掴む腕は、今後一生、付き合う腕だ。欲張っていい。私も、そうだった」

 

「……………………ありがと」

 

 

 引っかかって、飲み込みそうになって、出た言葉は一言だけだったけど。それに全部込められた、気がした。

 

 ◇

 

「……なんで、いるんだよ」

 

「おそよう。湊」

 

 

 肥溜めかと言わんばかりに腐り、濁った瞳が向けられた時、一瞬別人かと思った。九時間も待って、一週間ぶりに聞いた声も覇気のない、つまらない声だ。

 中学で見た。夢を置き去りにした頃に戻ったみたい。

 それが、嫌で。嫌で嫌で。無性に腹が立つ。

 

 

 全部投げ出して。

 全部放り捨てて。

 楽になったはずなのに、私より苦しそうな湊の表情は、見るに堪えない。

 

 

「その目、本当に嫌い」

 

「なら、見なきゃいいだろ。さっさと帰れよ。作業、あるだろ」

 

「お生憎様。どっかの誰かさんが気を使ってくれたお陰で、余裕があるの」

 

「…………そうかよ。で、どうやって入った。俺、鍵して寝たぞ」

 

「癪だったけど、アイツに借りた」

 

「親父さんか……たくっ」

 

 

 ため息を吐いて、髪を掻き毟る湊は、それ以上私に目もくれず、ソファに腰を下ろしてテレビをつけた。

 勿論、私がすぐに消し、湊の前に立って向かい合う。

 逃がさない。

 逃がしたくない。

 理由付けなら幾らでもあるが、根本は一つだけ。

 

 

 私のためだ。

 ニーゴのためでも、コイツのためでもない。

 私のためだ。

 わがままに、欲張って、私は私の想いを突き通す。

 

 

「描いて」

 

「……は」

 

「私のために、描いて」

 

「お前、自分が何言ってんのかわかってるのか? 俺にもう一度、あの地獄に戻れってのかよっ!」

 

「わかってるわよ。だから、言ってんの。私のために……私のためだけに描きなさい。まどろっこしいのは抜きにして、私のために、描きなさい」

 

 

 他のことなんて考えるな。

 他のことなんて気にするな。

 私のためだけに描け。

 私を見て、私だけを見て、描いてよ。

 

 

 必要なの。

 一人でもできるけど、湊の衣装がないと、私の絵は完成してくれないの。

 才能なんてなくても、アンタが一緒なら、大丈夫だから。

 どこまでだって走って、足掻いて、登れるから。

 お願いだから、いなくならないでよ。

 

 

「アンタには、私なんて必要ないのかもしれないけど。私には、アンタが必要なの……!!」

 

「絵名……」

 

「だから、お願いだから、私のためだけに描いてよっ」

 

 

 両手を湊の首裏に回し、無理矢理、彼の唇を奪った。初めてのキスは──何味だっただろうか。塩っぱくもなければ、甘くもない。

 これは、ダメ押し。これで通じなかったら、本当に終わりだ。

 あぁ、でも。最後にこうやって触れ合えたんだから、悪くなかったかも。

 

 ◇

 

「あれは、いきなり過ぎるだろ」

 

「必死だったんだから、許しなさいよ」

 

「……怒ってないよ。ありがとう、絵名」

 

 

 勝敗の天秤は、私に傾いた。

 結局、最後に折れたのは湊だった。

 いつも、いつもそう。選択を迫られた湊は、いつも相手の幸せを第一に考える。自分のは二の次。

 今回は、それが上手くいった。

 

 

「湊は……私のこと、好き?」

 

「普通、それ今更聞くか?」

 

「口にして欲しいもんなのよ、女の子は」

 

「……好きだよ。でなきゃ、地獄にもう一度落ちたいなんて、思わない」

 

「ふーん……そっか」

 

「あと、わかったことがある」

 

 

 誇らしげにそう言う湊は、心做しか微笑んでるようにも見えた。

 憂いなく、とはいえないが。

 微笑む彼を見て、私も自然と笑が零れる。

 

 

 けど、続く言葉で、私の笑みはニヤケに変わってしまった。

 

 

「俺、絵名に必要とされて嬉しかったんだ。絵名に必要として欲しかったんだ。こんな簡単なことに、さっき気付いた」

 

「……ふふっ、なによそれ」

 

「笑うなよ……」

 

「笑ってない、ニヤケてんのよ」

 

「余計タチが悪い!」

 

「あー、もう。私、眠いから寝る。時間になったら起こして〜」

 

「ちょ、おまっ!」

 

 

 ソファに座る湊の膝を無断で借り、目を閉じる。

 諦めたのか、彼の声は次第に静かになり、消えた。

 替えのきかない温もりだけが、私の体温と溶け合った。

 

 

 呪いは伝播する。

 私はまた、湊を呪った。

 離れられないように、強く強く、呪った。

 後悔は、しなかった。

 

 

 ハッピーエンドはいらない。

 バットエンドも欲しくない。

 ただ、この微温湯のような時間が、ずっと続いて欲しいと、切に願った。

 

 

 私は、東雲絵名。SNS依存の凡才な絵描き。

 相棒(恋人)は、月野海湊。他者依存の背伸びデザイナー。

 未来のベストパートナーだ。

 




 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

 感想や評価にここ好き、お気に入り登録もお待ちしております!

お気に入り200人突破記念短編(現在のシチュエーション)変わる可能性あり

  • 悲恋if(ヒロインは雫)
  • 嫉妬if(ヒロインは雫)
  • 温泉回(個別orモモジャン)
  • 水着回(個別orモモジャン)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。