ピースギア ―観測者綾音の記録―   作:最上 イズモ

10 / 10
※本話には
『革命機ヴァルヴレイヴ』のキャラクターが登場します。
原作の世界観・人物は原作者および権利者に帰属します。


EP10ED 新たなる伝説

クデュック総合病院の個室は、消毒液の匂いと機械音に満ちていた。

白い天井の光が一定の周期で明滅し、生命維持モニタの電子音が静かに続いている。

桜が消失してから一週間。

茨波綾音は、まだ深い眠りの底にいた。

 

看護師「お薬の時間ですよー」

 

穏やかな声が耳元で弾けた瞬間、綾音の指先が微かに動いた。

喉が焼けつくように乾き、視界が滲む。

 

綾音「……うっ……ん……ここは……?」

 

看護師「え……?」

 

綾音「私……誰……?」

 

看護師「大変……先生を呼ばないと」

 

慌ただしい足音が廊下へ消え、数分後、扉が一斉に開く。

リツコを先頭に、ピースギアの仲間たちが部屋へなだれ込んだ。

 

リツコ「あなたは茨波綾音。覚えてない?」

 

綾音「……い……ば……なみ……綾音……?」

 

自分の名前をなぞるように口にし、綾音は眉をひそめる。

次の瞬間、記憶の破片が雪崩のように押し寄せた。

 

綾音「……そうだ……私、ポータルに吸い込まれて……桜と……戦って……」

 

胸が早鐘を打ち、指先がシーツを掴む。

 

綾音「それで……ポータルの中で……イズモさんが……」

 

部屋の空気が、わずかに張り詰めた。

 

綾音「何か……座標みたいな数字を……言ってた……」

 

リツコは即座に身を乗り出す。

 

リツコ「覚えてる範囲でいい。言ってみて」

 

綾音「年と……日にちみたいな……二一五〇〇六二五……そんな感じ……」

 

リツコ「……なるほどね」

 

その一言に、確信が滲んでいた。

 

ハル「ねえ綾音。私たちのことは?」

 

綾音は視線を巡らせ、仲間たちの顔を一人ずつ確かめる。

 

綾音「……スプラビ隊……でしょ?」

 

ハル「よかった……記憶は戻ってるみたいだね」

 

綾音「うん……」

 

一拍置いて、綾音は思い出したように息を吸う。

 

綾音「そういえば……ポータルの中で……歌が聞こえた……」

 

綾音「ハルと……もう一人の声……歌ってくれてた……?」

 

ハルは一瞬だけ目を伏せ、柔らかく笑った。

 

ハル「うん。帰ってきてくれてありがとう」

 

その言葉に、胸の奥が静かに震えた。

 

綾音「……ねえ……私、クデュックに入る」

 

ハル「……急だね。どうして?」

 

綾音「理由は……はっきりしない……でも……行くべきだって……そう思う」

 

ハルは少し考え、肩をすくめる。

 

ハル「それなら……しばらくお別れ?」

 

リツコ「完全なお別れじゃないわ」

 

リツコ「桜のポータル構造を解析できた。座標も特定できたし、改良すれば行き来は可能よ」

 

ハル「なるほどね」

 

綾音「スプラビ隊は……どうするの?」

 

ハル「私たちはピースギアに残る」

 

ハル「クデュックとピースギアを繋ぐ橋渡し役になるよ」

 

ミハエル「俺たちは各々、向いてる仕事をやるだけだ」

 

綾音「……そっか」

 

その時、病院全体にアナウンスが響いた。

 

アナウンス「メインシステムは転移モードに移行します。ピースギアに残留する方は一時間以内に敷地外へ退避してください」

 

ミハエル「まあ……しばらくは別行動だな」

 

綾音「……うん」

 

リツコ「それで綾音さん」

 

リツコ「あなたには、アリアパイロットになってもらおうと思ってる」

 

綾音「……アリア?」

 

リツコ「映像で見たでしょ。あなたが使ってた、あのパワードスーツ」

 

綾音「……なるほど」

 

リツコ「それと任意だけど、sos団って部活があるわ。入る?」

 

綾音「……どんな部活?」

 

リツコ「エヴァパイロットとアリアパイロットが全員所属してる」

 

リツコ「不老不死、異世界人、超能力者、未来人、現実改変者の集まりね」

 

綾音「……じゃあ私が入ると……普通の人枠?」

 

リツコ「そうなるわね」

 

綾音「……面白そう。入る」

 

一時間後。

 

アナウンス「まもなく転移を開始します。衝撃に備えてください」

 

光が弾け、空間が反転する。

旧リブラは物資拠点として再編され、囚われていた人々はクデュックへ迎え入れられた。

アリアとエヴァのパイロットたちは、座標値二一五〇〇六二五へ向かい、指南ショーコと接触した。

 

その交渉は平和的に進み、クデュックは銀河全域を管理する組織として確立されていく。

 

ショーコ「おねぇちゃんが本、読んであげる」

 

子供「いいの?」

 

ショーコ「うん」

 

ショーコ「昔々、最上イズモという人がいました」

 

ショーコ「その人と仲間たちは、たくさんの世界を守って、平和に暮らしましたとさ。おしまい」

 

子供「わーい。ありがとう」

 

その頃、太陽系外縁基地。

 

レイシア「目標十九万キロ先に、不明艦多数」

 

カエデ「了解。全周波数で侵犯信号送信。銀河共通語でコンタクト開始」

 

レイシア「……反応なし」

 

カエデ「了解。アリア部隊に出動要請」

 

静かに、次の戦いの扉が開き始めていた。

 

太陽系外縁。

観測限界の向こう側、恒星光が薄く引き延ばされた宙域に、我々は存在していた。

名も与えられていない艦隊。

銀河連合にもクデュックにも記録されていない、残存系外勢力。

 

指揮艦の内部は静まり返っている。

重力制御を最低限に抑え、艦体そのものが宇宙に溶け込むよう調整されていた。

我々は追われる者であり、同時に観測する者でもあった。

 

観測士「ピースギアの転移反応、完全に安定しました」

 

指揮官である私は、前方投影スクリーンに映る光景を見つめていた。

旧リブラの残骸が秩序を取り戻し、クデュックの管理下へ組み込まれていく様子。

人間という種は、破壊の後に必ず再編を行う。

それは驚異であり、脅威だった。

 

指揮官「桜の消失後も、彼らは止まらないか」

 

副官「はい。むしろ統合速度は上がっています」

 

副官の声には、焦燥が混じっていた。

我々は桜という存在に賭けていた。

十一次元干渉体。

物理法則を掌握する観測者。

それが人間側に敗れたという事実は、未だに受け入れがたい。

 

指揮官「敗因は?」

 

副官「外部干渉です。解析不能な意識介入が、十一時空構造を崩壊させました」

 

指揮官「最上イズモ……か」

 

その名を口にした瞬間、艦内の空気が重くなる。

既に死亡したはずの人間。

しかし死という概念すら越境し、桜を破壊した存在。

理屈では説明できないが、無視できる存在でもない。

 

観測士「新規信号捕捉。アリア部隊、出動準備完了」

 

スクリーンには、太陽系外縁基地から発進する人影が映し出される。

人型機動兵装。

アリア。

人間の肉体と異界技術を融合させた兵器。

 

副官「クデュックは、もはや単一文明ではありません」

 

副官「複数世界、複数時間軸、複数種族を統合した管理機構です」

 

指揮官「だからこそ、歪みが生まれる」

 

私の視線は、別の投影に移る。

座標値二一五〇〇六二五。

その先に存在する、指南ショーコ。

人間でありながら、歴史そのものを語り継ぐ記録者。

 

指揮官「彼女が語る物語は、真実か?」

 

副官「検証不能です。ですが、銀河全域に影響を与えています」

 

子供向けの昔話。

だが、それは思想だ。

最上イズモという象徴を神話化し、人間側の正義を固定する装置。

それを看過すれば、我々は永遠に敵として定義される。

 

観測士「敵性反応、こちらを捕捉した可能性があります」

 

艦内に緊張が走る。

静寂の中で、私は決断を下した。

 

指揮官「撤退準備」

 

副官「しかし、この宙域を失えば——」

 

指揮官「失っているのは、既に戦場だ」

 

我々は勝てない戦いを続けるほど愚かではない。

だが、敗北を受け入れたわけでもない。

 

指揮官「次は、物理でも十一時空でもない」

 

指揮官「人間の内部から崩す」

 

副官は黙って頷いた。

理解している。

彼らの結束は、感情と物語によって成り立っている。

ならば、そこに刃を差し込む。

 

観測士「アリア部隊、こちらへ向け加速開始」

 

指揮官「全艦、位相隠蔽最大」

 

艦体が、観測の彼方へ沈んでいく。

この銀河での直接交戦は終わりだ。

 

だが、物語は続く。

クデュックが平和を語る限り、その影で我々は息を潜める。

次に姿を現す時、それは敵としてではない。

 

理解者として。

あるいは、破壊者として。

 

静寂の宇宙で、私は最後に小さく呟いた。

 

指揮官「最上イズモ……人間は、まだ終わらせてくれないらしい」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。