『革命機ヴァルヴレイヴ』のキャラクターが登場します。
原作の世界観・人物は原作者および権利者に帰属します。
クデュック総合病院の個室は、消毒液の匂いと機械音に満ちていた。
白い天井の光が一定の周期で明滅し、生命維持モニタの電子音が静かに続いている。
桜が消失してから一週間。
茨波綾音は、まだ深い眠りの底にいた。
看護師「お薬の時間ですよー」
穏やかな声が耳元で弾けた瞬間、綾音の指先が微かに動いた。
喉が焼けつくように乾き、視界が滲む。
綾音「……うっ……ん……ここは……?」
看護師「え……?」
綾音「私……誰……?」
看護師「大変……先生を呼ばないと」
慌ただしい足音が廊下へ消え、数分後、扉が一斉に開く。
リツコを先頭に、ピースギアの仲間たちが部屋へなだれ込んだ。
リツコ「あなたは茨波綾音。覚えてない?」
綾音「……い……ば……なみ……綾音……?」
自分の名前をなぞるように口にし、綾音は眉をひそめる。
次の瞬間、記憶の破片が雪崩のように押し寄せた。
綾音「……そうだ……私、ポータルに吸い込まれて……桜と……戦って……」
胸が早鐘を打ち、指先がシーツを掴む。
綾音「それで……ポータルの中で……イズモさんが……」
部屋の空気が、わずかに張り詰めた。
綾音「何か……座標みたいな数字を……言ってた……」
リツコは即座に身を乗り出す。
リツコ「覚えてる範囲でいい。言ってみて」
綾音「年と……日にちみたいな……二一五〇〇六二五……そんな感じ……」
リツコ「……なるほどね」
その一言に、確信が滲んでいた。
ハル「ねえ綾音。私たちのことは?」
綾音は視線を巡らせ、仲間たちの顔を一人ずつ確かめる。
綾音「……スプラビ隊……でしょ?」
ハル「よかった……記憶は戻ってるみたいだね」
綾音「うん……」
一拍置いて、綾音は思い出したように息を吸う。
綾音「そういえば……ポータルの中で……歌が聞こえた……」
綾音「ハルと……もう一人の声……歌ってくれてた……?」
ハルは一瞬だけ目を伏せ、柔らかく笑った。
ハル「うん。帰ってきてくれてありがとう」
その言葉に、胸の奥が静かに震えた。
綾音「……ねえ……私、クデュックに入る」
ハル「……急だね。どうして?」
綾音「理由は……はっきりしない……でも……行くべきだって……そう思う」
ハルは少し考え、肩をすくめる。
ハル「それなら……しばらくお別れ?」
リツコ「完全なお別れじゃないわ」
リツコ「桜のポータル構造を解析できた。座標も特定できたし、改良すれば行き来は可能よ」
ハル「なるほどね」
綾音「スプラビ隊は……どうするの?」
ハル「私たちはピースギアに残る」
ハル「クデュックとピースギアを繋ぐ橋渡し役になるよ」
ミハエル「俺たちは各々、向いてる仕事をやるだけだ」
綾音「……そっか」
その時、病院全体にアナウンスが響いた。
アナウンス「メインシステムは転移モードに移行します。ピースギアに残留する方は一時間以内に敷地外へ退避してください」
ミハエル「まあ……しばらくは別行動だな」
綾音「……うん」
リツコ「それで綾音さん」
リツコ「あなたには、アリアパイロットになってもらおうと思ってる」
綾音「……アリア?」
リツコ「映像で見たでしょ。あなたが使ってた、あのパワードスーツ」
綾音「……なるほど」
リツコ「それと任意だけど、sos団って部活があるわ。入る?」
綾音「……どんな部活?」
リツコ「エヴァパイロットとアリアパイロットが全員所属してる」
リツコ「不老不死、異世界人、超能力者、未来人、現実改変者の集まりね」
綾音「……じゃあ私が入ると……普通の人枠?」
リツコ「そうなるわね」
綾音「……面白そう。入る」
一時間後。
アナウンス「まもなく転移を開始します。衝撃に備えてください」
光が弾け、空間が反転する。
旧リブラは物資拠点として再編され、囚われていた人々はクデュックへ迎え入れられた。
アリアとエヴァのパイロットたちは、座標値二一五〇〇六二五へ向かい、指南ショーコと接触した。
その交渉は平和的に進み、クデュックは銀河全域を管理する組織として確立されていく。
ショーコ「おねぇちゃんが本、読んであげる」
子供「いいの?」
ショーコ「うん」
ショーコ「昔々、最上イズモという人がいました」
ショーコ「その人と仲間たちは、たくさんの世界を守って、平和に暮らしましたとさ。おしまい」
子供「わーい。ありがとう」
その頃、太陽系外縁基地。
レイシア「目標十九万キロ先に、不明艦多数」
カエデ「了解。全周波数で侵犯信号送信。銀河共通語でコンタクト開始」
レイシア「……反応なし」
カエデ「了解。アリア部隊に出動要請」
静かに、次の戦いの扉が開き始めていた。
太陽系外縁。
観測限界の向こう側、恒星光が薄く引き延ばされた宙域に、我々は存在していた。
名も与えられていない艦隊。
銀河連合にもクデュックにも記録されていない、残存系外勢力。
指揮艦の内部は静まり返っている。
重力制御を最低限に抑え、艦体そのものが宇宙に溶け込むよう調整されていた。
我々は追われる者であり、同時に観測する者でもあった。
観測士「ピースギアの転移反応、完全に安定しました」
指揮官である私は、前方投影スクリーンに映る光景を見つめていた。
旧リブラの残骸が秩序を取り戻し、クデュックの管理下へ組み込まれていく様子。
人間という種は、破壊の後に必ず再編を行う。
それは驚異であり、脅威だった。
指揮官「桜の消失後も、彼らは止まらないか」
副官「はい。むしろ統合速度は上がっています」
副官の声には、焦燥が混じっていた。
我々は桜という存在に賭けていた。
十一次元干渉体。
物理法則を掌握する観測者。
それが人間側に敗れたという事実は、未だに受け入れがたい。
指揮官「敗因は?」
副官「外部干渉です。解析不能な意識介入が、十一時空構造を崩壊させました」
指揮官「最上イズモ……か」
その名を口にした瞬間、艦内の空気が重くなる。
既に死亡したはずの人間。
しかし死という概念すら越境し、桜を破壊した存在。
理屈では説明できないが、無視できる存在でもない。
観測士「新規信号捕捉。アリア部隊、出動準備完了」
スクリーンには、太陽系外縁基地から発進する人影が映し出される。
人型機動兵装。
アリア。
人間の肉体と異界技術を融合させた兵器。
副官「クデュックは、もはや単一文明ではありません」
副官「複数世界、複数時間軸、複数種族を統合した管理機構です」
指揮官「だからこそ、歪みが生まれる」
私の視線は、別の投影に移る。
座標値二一五〇〇六二五。
その先に存在する、指南ショーコ。
人間でありながら、歴史そのものを語り継ぐ記録者。
指揮官「彼女が語る物語は、真実か?」
副官「検証不能です。ですが、銀河全域に影響を与えています」
子供向けの昔話。
だが、それは思想だ。
最上イズモという象徴を神話化し、人間側の正義を固定する装置。
それを看過すれば、我々は永遠に敵として定義される。
観測士「敵性反応、こちらを捕捉した可能性があります」
艦内に緊張が走る。
静寂の中で、私は決断を下した。
指揮官「撤退準備」
副官「しかし、この宙域を失えば——」
指揮官「失っているのは、既に戦場だ」
我々は勝てない戦いを続けるほど愚かではない。
だが、敗北を受け入れたわけでもない。
指揮官「次は、物理でも十一時空でもない」
指揮官「人間の内部から崩す」
副官は黙って頷いた。
理解している。
彼らの結束は、感情と物語によって成り立っている。
ならば、そこに刃を差し込む。
観測士「アリア部隊、こちらへ向け加速開始」
指揮官「全艦、位相隠蔽最大」
艦体が、観測の彼方へ沈んでいく。
この銀河での直接交戦は終わりだ。
だが、物語は続く。
クデュックが平和を語る限り、その影で我々は息を潜める。
次に姿を現す時、それは敵としてではない。
理解者として。
あるいは、破壊者として。
静寂の宇宙で、私は最後に小さく呟いた。
指揮官「最上イズモ……人間は、まだ終わらせてくれないらしい」