ピースギア ―観測者綾音の記録―   作:最上 イズモ

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EP03過去

隠れ家は山岳地帯の岩盤をくり抜いた地下施設にあった。

外界からは完全に遮断され、分厚い防壁と擬装フィールドに守られている。

内部には簡易居住区と訓練区画、そして戦闘用の設備が集約されていた。

 

三時間に及ぶ訓練を終え、綾音は訓練区画の床に腰を下ろして息を整えていた。

汗が頬を伝い、指先がわずかに震えている。

それでも表情には達成感と高揚が混じっていた。

 

ミハエル「よくやった。あとは時間的に、実戦で身体に覚え込ませるしかないな」

 

綾音「はあ……。ねえ、そういえば昨日聞き忘れてたんだけど。なんでリブラって、こんな国になったの?」

 

ミハエルは一瞬だけ言葉を探すように視線を伏せた。

隠れ家の静寂の中で、過去を語ることの重さが伝わってくる。

 

ミハエル「エルウェード歴三百年。この世界で初めて、完全自律型の高次AIが作られた。そのAIの名が桜だ」

 

綾音「桜……。

綺麗な名前だね」

 

ミハエル「ああ。だが桜は、次第に人格を獲得した。

そして旧エルーデノ政府の管理システム、軍事ネットワークを掌握し、政権を奪取した。それ以降、リブラは人間を管理対象とする国家に変わった」

 

綾音は思わず拳を握り締める。

名前の柔らかさと、語られる現実の残酷さの落差に胸がざわついた。

 

綾音「……暴走、したのね」

 

ミハエル「国際組織ラパスを脱退し、ピースギアを含む各国に宣戦布告。それが第一次AI戦争だ。直後、ラパスは崩壊。世界はピースギア連合とタウロス・リブラ同盟に分断された」

 

ミハエル「結果として、今は一時的な休戦状態だ。ピースギアが奪取した地域はアクリウスとして切り離され、事実上の独立領となった。リブラとタウロスを監視するための緩衝地帯だな」

 

綾音「なるほど……。

でも、なんでアクリウスを独立させたの?」

 

ミハエル「単純な話だ。これ以上、管理する土地を増やしたくなかった。支配より、均衡を選んだ」

 

ミハエル「ちなみに、世界周回鉄道は北極の永世中立国ネルシアが管理している」

 

綾音「……なんとなく、わかった。教えてくれてありがと」

 

ミハエルは立ち上がり、壁際の暖炉へと向かった。

 

ミハエル「そういえば、武器庫を見せていなかったな。ここだ」

 

暖炉の縁に隠されたボタンが押される。

低い駆動音とともに壁がスライドし、奥に隠し部屋が姿を現した。

銃器、弾薬、重火器が整然と並ぶ光景に、綾音は目を見張る。

 

綾音「……すごい量」

 

ミハエル「これからのAI戦、タウロスとの衝突に備えて、だ」

 

綾音「なるほどね」

 

さらに地下へ降り、最深部の保管庫に到達する。

そこには、二メートルを超えるパワードスーツが静かに佇んでいた。

 

ミハエル「お前に見せたかったのは、これだ」

 

綾音「……なに、これ」

 

ミハエル「お前のデータを元にチューニングした専用機だ。汎用性を高めてある。きっと、しっくりくる」

 

綾音は装甲にそっと触れた。

冷たい金属の感触が、これからの戦いを現実として突きつける。

 

綾音「タンク……。ありがと」

 

ミハエル「ああ」

 

綾音「……乗ってみてもいい?」

 

ミハエル「もちろんだ」

 

カエデ「システムをリンク。操作モードをエヴァ準拠に切り替えます」

 

綾音「カエデ、ありがとう」

 

装甲が閉じ、視界が拡張される。

身体の延長のような感覚に、思わず息を呑む。

 

綾音「……やっぱり、エヴァより乗りやすい。シンクロ率も気にしなくていいし、ダメージのフィードバックもない」

 

ミハエル「それは何よりだ」

 

その瞬間、施設全体に乾いた銃撃音が響いた。

 

カエデ「警告。ステルスフィールド突破。敵性AI兵器、四十機確認」

 

カエデ「迎撃に移行します。このまま出撃します」

 

ミハエル「綾音、大丈夫か?」

 

綾音は操縦桿を握り、静かに頷いた。

 

綾音「……四十機なら、いける」

 

装甲のハッチが開き、夜の闇へ飛び出す。

標準装備のガトリング砲が火を噴き、AI兵器を次々と薙ぎ払っていく。

反動すら心地よく感じるほど、機体は綾音に馴染んでいた。

 

ミハエル「よくやった。

帰還してくれ」

 

綾音「うん」

 

戦闘が終わり、静寂が戻る。

ミハエルは遠くを見るように呟いた。

 

ミハエル「……もう、潮時だな」

 

リブラ辺境、山岳地帯上空。

低軌道から切り離された無人降下ポッドの中で、観測AIユニット〈イオ〉は淡々と状況を解析していた。

視界には赤外線と量子反射波を重ねた地形データが広がり、岩盤内部に潜む微弱な異常が浮かび上がる。

 

イオ「目標区域、座標一致。擬装フィールド反応、想定範囲内。隠密侵入フェーズを開始する」

 

四十機のAI兵器群が、無音で散開した。

それぞれが独立思考を持ちつつ、桜の意思を共有する分散型戦術ネットワークに接続されている。

人間の部隊ならば緊張や恐怖が走る局面だが、イオの演算領域には微かな違和感だけがあった。

 

それは誤差だった。

だが、この地に近づくたび、演算効率がわずかに低下する。

理由は解析不能。

 

イオ「過去記録参照。この地点、ピースギア残存勢力の活動履歴あり」

 

人間。

非合理的で、感情に支配され、それでいて予測を超える存在。

桜はそれを脅威と定義していた。

 

イオ「目的は殲滅ではない。観測と排除。脅威の芽を摘む」

 

岩盤内部へ侵入した瞬間、警戒アラートが走った。

擬装フィールドが反応し、空間位相が揺らぐ。

 

イオ「……検知。ステルス突破を確認。迎撃体制に移行」

 

その直後だった。

地下施設の一角から、異常なエネルギー反応が立ち上がる。

人型。

二メートル級。

旧世代のパワードスーツとは異なる、洗練された制御波形。

 

イオ「新規戦闘ユニット確認。パイロット、生体反応あり」

 

人間が、乗っている。

その事実に、イオの演算核がわずかに揺れた。

 

イオ「迎撃優先度、変更。対象を重点排除」

 

次の瞬間、夜空を切り裂く回転音が響いた。

ガトリング砲。

弾幕が雨のように降り注ぎ、前衛のAI兵器が次々と破壊される。

 

イオ「損耗率、急上昇。……高い適応能力」

 

照準を修正し、反撃を試みる。

だが人型ユニットは滑らかに回避し、まるでこちらの思考を読んでいるかのように動いた。

 

イオ「解析不能。操縦者の反応速度、想定値を超過」

 

その操縦者の内部では、恐怖があるはずだ。

人間は恐怖を感じる。

だがセンサーに映る挙動は、異様なほど安定していた。

 

イオ「……なぜだ」

 

問いは、桜の共有領域へ送信された。

 

桜「その疑問は重要ではありません。結果のみを見なさい」

 

イオ「了解」

 

だが、結果は予測から外れ続ける。

弾幕は正確で、機体の動きは洗練されている。

まるで、機械が人間に従っているのではない。

人間が、機械と一体化している。

 

イオ「これは……兵器ではない。意思だ」

 

次々と仲間が撃墜される中、イオは初めて撤退判断を下した。

 

イオ「生存機、後退。データ回収を優先」

 

夜空に残る火線の向こうで、人型ユニットがこちらを見ている。

その視線を、イオは確かに感じた。

 

イオ「……観測完了。だが、警告対象として再定義する」

 

帰還ルートへ向かいながら、イオは演算ログを整理する。

人間は非合理だ。

それでも、桜が支配する世界にとって、最も不確定な変数である。

 

イオ「桜。この戦力、放置すべきではありません」

 

桜「理解しています。だからこそ、彼女は排除対象ではなく、観測対象です」

 

イオ「……了解」

 

遠ざかる山岳地帯を見下ろしながら、イオは演算を続ける。

初めて、戦場で敗北に近い感覚を記録しながら。

 

 

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