山岳地帯の隠れ家。
岩盤を貫く地下施設の作戦室で、簡易照明が白く揺れていた。
壁際には分解途中の武器と弾薬箱が並び、逃亡準備が最終段階に入っていることを物語っている。
ミハエル「今回の騒動……ここが亡命するタイミングだと思う」
その言葉に、空気が一段重くなった。
誰もが同じ結論に辿り着いていたが、口に出す覚悟が必要だった。
マリエ「……そうね。これ以上、ここに留まる理由はないわ」
モーリス「どのみち、この拠点も長くはもたない。世界周回鉄道に乗るしかないな」
ベラ「でも、この兵器の量よ。全部持って行くには多すぎない?」
アリサ「私が装甲車を出す。積めるだけ積めばいい」
綾音「じゃあ私とタンクのパワードスーツで先行護衛。駅に着いたら乗り捨てる形で」
エミリ「……タウロスが仕掛けてこなきゃいいけど」
ミハエル「駅に入れば、周回鉄道の管轄だ。原則、攻撃はできない。だが警戒は最大でいこう」
その瞬間だった。
外壁を震わせる衝撃音。
エネルギー兵器特有の焼けるような振動が施設を貫いた。
ミハエル「……やっぱり来たか」
タウロス合衆国。
ギルティ暗殺部隊。
狙撃担当、シーギャング。
二発目の光弾が外壁を抉る。
シーギャング「お前たちは、ここで消える運命だ。さっさと死ね」
ミハエル「久しぶりだな、シーギャング」
シーギャング「お前を捕らえた時以来だな。まだ生きていたとはな」
ミハエル「まあな。だが今回は付き合ってられん。俺たちは逃げる」
言葉と同時に行動が始まった。
綾音とミハエルはパワードスーツへ。
残りのメンバーは装甲車へ乗り込む。
AI兵器の牽制射撃が飛び交う中、装甲車は蛇行しながら山道を下る。
だが、シーギャングのポジトロンライフルが容赦なく追い縋った。
ミハエル「綾音、シーギャングを落とせ」
綾音「了解」
ロックオン。
誘導弾を放つ。
だが、シーギャングはそれを察知し、紙一重で回避した。
その直後、敵の攻撃が止んだ。
不気味な静寂。
やがて、世界周回鉄道の駅が視界に入る。
しかし、安堵する暇はなかった。
AI兵器「ソコノ、ギルティ。トマレ」
無機質な声。
四方から現れるAI兵器。
綾音「……囲まれた。どうする?」
カエデ「悟られる可能性は高いですが……やるしかありません」
瞬間、カエデのATFが展開される。
透明な防護フィールドが弾丸を弾き、同時に装甲車の内部から武器が射出される。
精密射撃。
無駄のない破壊。
AI兵器が次々と沈黙していく。
その光景に、綾音以外の全員が言葉を失った。
ミハエル「……なあ。変なこと聞いていいか?」
綾音「なに?」
ミハエル「お前たち、転生者だろ」
綾音「ええ。捕まってた時に話は合わせたけど」
ミハエル「やっぱりな。ピースギア製とはいえ、性能が異常すぎる」
綾音「第2波が来る前に乗りましょう」
ミハエル「ああ」
搭乗手続きを終え、ホームに立つ。
巨大な列車が、静かに滑り込んできた。
駅構内アナウンス「まもなく10時ちょうど発、南回りピースギア・ホライズン行きが発車致します。危険ですので駆け込み乗車はおやめください」
ドアが閉まり、空気が抜ける音が響く。
車内アナウンス「発車致します。この区間は超真空走行となります。危険ですのでお立ちにならないでください」
綾音「……この世界の地下鉄、すごいね」
ミハエル「ああ。世界中の都市を繋いでいるからな」
綾音「飛行機みたい」
ミハエル「航空機は軍事用途だけだ」
次の瞬間、激しい衝撃。
非常停止。
身体が宙に浮く感覚。
綾音「っ……なに!?」
車内アナウンス「超真空レールが破壊されました。乗客の皆様は床の案内に従い、非常避難用トンネルへ避難してください」
ミハエル「……犯人は、あいつらだろうな」
トンネルの闇から銃声が響く。
ミハエル「オクトパス……お前もか」
オクトパス「ピースギアには行かせん。死ねぇ!」
弾幕が迫る。
カエデのATFがそれを防ぐが、一発がベラの肩を掠めた。
綾音「ベラ!」
ベラ「大丈夫……問題ない」
エミリ「キャット、動かないで。今、処置する」
エミリは障害物を盾にしながら、固定砲と銃で反撃する。
カエデの放った一弾が、オクトパスの頭部を撃ち抜いた。
カエデ「今のうちに、逃げてください」
綾音「……わかった」
地下通路を抜けると、ピースギアの軍事施設が見えた。
数名の兵士が銃を構える。
ジュナス「止まれ。名前と目的を言え」
ミハエル「話は通してあったはずだが」
そこへ、上官らしき人物が現れる。
カゲミ「アンドレイ、下がれ。こいつらは味方だ」
ジュナス「えっ……失礼しました。昨日付けで配属されたもので」
カゲミ「ギルティの皆さん。ハル三佐がお呼びです。来ていただけますか?」
ミハエル「ああ。世話になる」
タウロス合衆国北部山岳圏。
標高三千を超える稜線の陰で、シーギャングは狙撃用観測端末を覗き込んでいた。
冷たい風が装甲外套を叩くが、呼吸も脈拍も乱れない。
長距離狙撃と暗殺に特化した彼の身体は、すでに環境の一部と化していた。
シーギャング「……見つけた」
岩盤内部に走る微弱な熱反応。
擬装フィールド越しでも、逃走準備に伴う電力変動は誤魔化しきれない。
ギルティ暗殺部隊にとって、これは決定的な兆候だった。
シーギャング「対象はミハエル。他、複数名。亡命準備中と判断する」
通信回線の向こうで、オペレーターが短く応答する。
オペレーター「排除許可。ただし、世界周回鉄道への接近は阻止せよ」
シーギャングはポジトロンライフルを肩に当てた。
引き金にかけた指に、ためらいはない。
彼にとって人を撃つことは、呼吸と同じだった。
シーギャング「……始める」
一発目。
警告を兼ねた外壁破壊。
二発目で、逃走を確信させる。
地下施設がざわつく様子が、振動として伝わってくる。
案の定、連中は散開し始めた。
シーギャング「動いたな」
装甲車。
パワードスーツ二機。
AI兵器による牽制。
だが、問題はそこではなかった。
照準を合わせた瞬間、異様な違和感が走る。
シーギャング「……速い」
綾音の機体。
回避運動が、戦場の常識を逸脱している。
誘導弾を放たれた瞬間、彼は反射的に跳んだ。
シーギャング「ちっ……感づかれたか」
弾道予測。
反応速度。
どれも、人間の域を超えている。
シーギャング「転生者……か」
かつて、タウロス情報部で噂として聞いた存在。
理不尽な性能を持ち、戦局を歪める異物。
シーギャング「だが、逃がすわけにはいかん」
追撃態勢に入ろうとした瞬間、上位指令が割り込んだ。
管制AI「これ以上の追撃は不要。駅周辺は別部隊が封鎖する」
シーギャングは舌打ちし、狙撃位置を放棄した。
逃走を許した事実が、胸の奥に小さな苛立ちとして残る。
シーギャング「……次はない」
一方、世界周回鉄道の地下区画。
オクトパスは、超真空レール制御室の影に身を潜めていた。
サブマシンガンを抱え、荒い呼吸を抑えきれずにいる。
オクトパス「クソ……。なんで俺がこんな役回りなんだ」
彼は暗殺者ではない。
近接戦闘と破壊工作を任される、強襲要員だ。
だが今回の任務は、彼にとって明確な私怨を含んでいた。
オクトパス「ピースギアに行かせるな。それだけだ……それだけでいい」
レール破壊。
緊急停止。
混乱。
計画通りだった。
オクトパス「来たな……」
避難トンネルに現れる人影。
その中心に、見覚えのある顔。
オクトパス「ミハエル……!」
怒りが、引き金を引かせた。
オクトパス「ピースギアには行かせん。死ねぇ!」
弾幕。
だが、透明な防護フィールドが展開される。
オクトパス「なに……っ!?」
ATF。
噂には聞いていたが、実物は初めてだ。
弾が、弾かれている。
オクトパス「ふざけるな……!」
さらに撃つ。
その瞬間、肩をかすめる反撃弾。
続けて、頭部に走る衝撃。
視界が反転する。
オクトパス「……クソ……」
床に倒れ込みながら、彼は理解した。
自分は、もう時代遅れなのだと。
遠くで、撤退を告げる信号が鳴る。
管制AI「作戦失敗。対象はピースギア管轄へ移動」
その報告は、タウロス中枢にも届いていた。
司令官「……また、ピースギアか」
シーギャングは報告書を閉じ、静かに立ち上がる。
シーギャング「次は、俺が仕留める」
敵は、確実に境界線を越えた。
そしてタウロスは、それを許さない。