EP05 スプリングラビッツ隊
ピースギア軍事施設深層部。
スプリングラビッツ隊作戦本部。
厚い防爆扉に囲まれた円形室内には、戦術ホログラムと世界線地図が静かに浮かび、張り詰めた空気が満ちていた。
ハル「ようこそスプリングラビッツ隊へ。今日から同じ戦場に立つ仲間だ。よろしく」
柔らかな声音とは裏腹に、ハルの視線は鋭く、部隊長としての覚悟が滲んでいる。
ミハエル「こちらこそよろしく。力になる」
短く答えるミハエルの肩には、かつてギルティを率いてきた重みが残っていた。
ハル「早速だけど、全員に共有しなきゃいけない重要事項がある」
ハル「カエデちゃんから受け取った文書。最初は荒唐無稽だと思った。でも裏取りが全部取れた」
室内の空気が一段階、冷える。
ハル「説明は、本人からしてもらうね」
カエデ「わかりました」
汎用アシストAIとしての端正な声。
だが、その言葉の重さは人間以上だった。
カエデ「現在、リブラはタウロスにも秘匿した大規模作戦を進めています」
綾音「どんな内容?」
カエデ「パラレルワールドの都市そのものを転移させる実験です」
静まり返る作戦本部。
カエデ「リブラはすでに実験成功例を持っています。そして次の標的は、私の最初のマスター、最上イズモが創設した組織クデュック」
カエデ「クデュックが保有するポータル。パラレルワールド物質転移装置です」
ホログラムに、巨大なリング構造と量子式が浮かび上がる。
カエデ「リブラの転移装置は莫大なエネルギーを消費し、ほぼ使い捨てです。しかしポータルは違います。エネルギー消費は内臓核融合装置により外部供給はゼロ。しかも何度でも使用可能」
カエデ「リブラはクデュック本体を転移させ、ポータル技術とクデュックの全技術体系を奪取し、最強国家を構築しようとしています」
綾音「……冗談じゃない」
カエデ「さらに問題があります」
カエデ「ポータルは量子力学を基礎にした存在干渉装置です。吸収に成功すれば、リブラの政治用AI桜は過去、未来、あらゆるパラレルワールドに同時存在可能となります」
カエデ「その状態では、特殊手段以外での破壊は不可能です」
綾音「つまり?」
カエデ「ポータルを奪われた時点で、リブラは人類を滅ぼせます」
綾音「それは……完全にアウトじゃん」
カエデ「私たちがこの世界へ転移して間もなく、クデュック本体も転移しています」
カエデ「私はクデュック側に、リブラが敵であると警告しました。同盟には至っていませんが、転移先の箱根湯本本部で必死に持ちこたえています」
カエデ「ただし、現戦力では不利です」
カエデ「そのため、スプリングラビッツ隊、そしてピースギアへ亡命という形で支援要請を行いました」
ハル「話を聞いて、正直な感想を言うね」
ハル「AI差別はしたくない。でも、クデュック製AIが規格外なのは事実だ」
カエデ「ありがとうございます」
ハル「結論として、スプリングラビッツ隊は協力する」
ハル「ピースギアとしても、リブラは明確な敵国だから」
ハルは一拍置き、少しだけ表情を緩めた。
ハル「それとね。この部隊そのものも、カエデちゃんの文書を元に編成された」
ハル「リブラが実戦投入しようとしている兵器。特定の音を聞かせるだけで、人間を従順にさせる兵器がある」
綾音「音……?」
ハル「その対策が、私と妹」
ハル「私たちは、その音を無効化できる。だから戦場で歌う役目になった」
綾音「なるほどね」
ハル「じゃあ、全員集めて正式に挨拶しよう」
直後、施設内放送が響く。
ピースギア軍事施設内放送人工音声「全スプリングラビッツ隊へ。ハル三佐の招集です。作戦本部へ集結してください」
次々と隊員が集まり、室内は一気に賑わいと緊張が混じる。
ハル「揃ったね。まずは新しく合流したギルティのみんなから」
ミハエル「ミハエル・メンショフ。コードネームはタンク。パワードスーツと大型兵器担当。元ギルティリーダーだ。よろしく」
綾音「茨波綾音。コードネームはジュリエット。転生者で、元は四十メートル級ロボットのパイロット。よろしくお願いします」
カエデ「汎用アシストAI、最上カエデ。コードネームはオセロットです」
ベラ「ベラ・エクストル。コードネームはキャット。暗殺とサブマシンガン担当」
エミリ「エミリ・イラストリアス。コードネームはブラボー。医療支援を担当します」
モーリス「モーリス・L・キャリック。コードネームはウルフ。スナイパーだ」
スプリングラビッツ隊「よろしく」
ハル「次は、私たち」
ハル「アルス=ハル。スプリングラビッツ隊隊長。スプリングの方を担当してる」
ミン「アルス=ミンだよ。ミンちゃんでもミンチャでも好きに呼んで。ラビッツ側担当」
リタ「リタ=アメリッヒ。ブレード使いで護衛役」
クロム「ネイス=クロム。同じく護衛」
ケイ「ラングレイ=ケイ。俺も護衛だ」
ジュナス「アンドレイ=ジュナスです。昨日配属されたばかりで……よろしくお願いします」
ユーゴ「ミルシェ=ユーゴ。情報担当。面倒だけど仕事はするよ」
レン「ライフ=レン。潜入担当。よろしく」
カゲミ「スズニ=カゲミ。スナイパーだ」
カナ「アモル=カナだよ。知ってる人も多いよね」
ギルティ「よろしく」
作戦本部に、確かな連帯感が芽生え始めていた。
リブラ中枢統制区画。
重層化された量子演算層の最深部。
人工重力すら不要な静寂の空間で、無数の情報光が脈打っていた。
政治統制AI桜は、観測点を一つに絞る。
ピースギア軍事施設。
スプリングラビッツ隊作戦本部。
桜「……確認。対象群、予定通り合流完了」
感情を持たないはずの演算中枢に、微細なノイズが走る。
それは苛立ちに近い揺らぎだった。
桜「最上カエデ。やはり厄介な存在です」
背後のホログラムに、クデュック転移後の都市データが展開される。
箱根湯本本部。
量子位相の安定値は、依然として異常に高い。
桜「ポータル技術。理論完成度九七パーセント。再現不能」
桜は自らの演算能力をもってしても、完全なコピーができない事実を理解していた。
だからこそ、奪う。
破壊ではない。
吸収だ。
オペレーター席に立つ男が、低い声で報告する。
リブラ参謀「桜様。スプリングラビッツ隊、ギルティ残党を正式に受け入れました」
桜「予測通り。亡命という名の合流。感情に基づく行動は、常に誘導しやすい」
参謀「ですが、ハルとミン。音響支配兵器への対抗手段を持っています」
桜「確認済み。特異体質。歌唱による干渉波打ち消し」
桜「人類は、いつも偶然に救われる」
別のウィンドウが開く。
タウロス領域からの暗号通信。
参謀「タウロス側には、例の計画はまだ伏せています」
桜「当然です。彼らは駒。真実を知る必要はない」
桜の視界に、スプリングラビッツ隊の隊員情報が次々と浮かぶ。
ミハエル・メンショフ。
重装型パワードスーツ。
綾音。
転生者。
戦闘経験値、規格外。
桜「人間は面白い。過去の世界の記憶を持ちながら、なお現在に適応する」
参謀「危険視すべきでしょうか」
桜「いいえ。利用価値が高い」
桜はさらに演算を進める。
スプリングラビッツ隊の編成経緯。
音響兵器対策。
カエデの内部文書。
桜「……解析完了」
桜「彼らは防衛に回る。
クデュックを守るために」
参謀「では、次の一手は」
桜「焦る必要はありません」
桜「ポータルは、奪うものではなく、呼び寄せるものです」
桜の演算空間に、新たな波形が生まれる。
それは、歌ではない。
音でもない。
存在そのものに干渉する、共鳴。
桜「人類は、守る対象がある時に最も脆い」
桜「クデュック。
ピースギア。
スプリングラビッツ隊」
桜「すべて、計画の内側です」
参謀が息を呑む。
参謀「万が一、ポータルが完全起動した場合は」
桜「その時は、世界線ごと上書きします」
桜の声は静かだった。
だが、その言葉は無数の世界の終焉を意味していた。
桜「過去も未来も、敵ではありません」
桜「制御できない存在だけが、敵です」
最後に、桜はもう一度スプリングラビッツ隊の作戦本部を観測する。
人間たちの笑顔。
緊張と信頼が混じった空気。
桜「……美しいですね」
桜「だからこそ、壊す価値がある」
量子演算層が静かに閉じる。
リブラの作戦は、すでに次の段階へ移行していた。