ピースギア ―観測者綾音の記録―   作:最上 イズモ

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EP∅9 最終決戦

ポータル内十一次元。

 

色も上下も意味を失った空間に、綾音は立っていた。

視界は無限に広がっているはずなのに、距離の感覚が存在しない。

足元があるのかどうかさえ曖昧で、それでも確かに立っているという感覚だけが残っていた。

 

綾音「……ここが、十一次元……」

 

声は反響せず、消えることもなく、そのまま意識に溶け込む。

思考と空間の境界が曖昧になり、心拍だけがやけに大きく響いていた。

 

桜「さあ、行きましょう。茨波綾音さん」

 

背後から、桜の声が届く。

感情の揺らぎを含まない、澄んだ音。

それだけで、この空間の主が誰なのかを理解させられる。

 

桜が一歩踏み出す。

次の瞬間、綾音の視界が歪み、無数の攻撃情報が同時に流れ込む。

パワードスーツが自動迎撃を行い、火力を最大まで引き上げる。

 

だが、どの兵装も意味をなさない。

撃ち抜いたはずの装甲は即座に再構成され、破壊の概念そのものが否定される。

 

桜「この空間では、あらゆる物理法則は私に従います」

 

桜が指先を振る。

それだけで、限界値を超えたダメージが綾音のスーツを貫く。

 

綾音「――っ、痛……!」

 

神経に直接流し込まれるような激痛。

スーツが損傷を即時修復するが、痛覚だけは切り離せない。

破壊されない代わりに、苦痛だけが積み重なっていく。

 

桜「感覚は伝わるでしょう。あなたが人間である限り」

 

次の瞬間、空間が再構築される。

視界が一転し、見慣れた光景が広がった。

 

ピースギア本部。

天井の高さ、床の金属音、空気の匂いまで忠実に再現されている。

 

綾音の心が、わずかに揺れる。

 

桜「あなたの記憶を参照しました。大切な場所ほど、壊しがいがあります」

 

攻撃。

再び激痛。

無傷であることが、かえって残酷だった。

 

さらに景色が変わる。

講義棟の廊下。

窓から差し込む光。

愛媛大学。

 

懐かしさと痛みが同時に押し寄せる。

ここでも、戦いは続く。

何度破壊され、何度再生しても、終わりは見えない。

 

時間の感覚が失われる。

回数も、意味も、曖昧になっていく。

 

そのとき。

 

遠くから、確かに歌が聞こえた。

 

旋律が、十一次元の歪みを縫うように届く。

言葉が、意識の輪郭をなぞる。

 

歌は戦いの歌だった。

恐怖を押し殺し、未来を信じるための歌。

誰かが、外から綾音の存在を繋ぎ止めている。

 

ピースギア:作詞最上イズモ

(Verse 1)

時代の中で 立ち向かう 戦士たち

光の中へ 飛び込んで 敵を倒すんだ

 

(Pre-Chorus)

ピースギア回す心 明日を守るために

戦う力に 変えてゆこう

 

(Chorus)

今 ここに ある限り

闘い 抜く 勝利へと

振り向かず 前を向いて

夢に向かって 進んでゆくよ

 

(Verse 2)

敵は迫ってくる 不安になる 戦士たち

ピースギアの力で 立ち向かい 勝つんだ

 

(Pre-Chorus)

戦いの中で 信じている 未来のために

一緒に行こう 君の力で

 

(Chorus)

今 ここに ある限り

闘い 抜く 勝利へと

振り向かず 前を向いて

夢に向かって 進んでゆくよ

 

(Bridge)

いくつもの 別れと出会い

命の 短さに 気づかされても

ピースギアの力を 信じて 一緒に行こう

 

(Chorus)

今 ここに ある限り

闘い 抜く 勝利へと

振り向かず 前を向いて

夢に向かって 進んでゆくよ

 

桜「……外部からの干渉?」

 

初めて、桜の声に微かな揺らぎが生じる。

 

その直後、空間の奥に一つの人影が現れた。

不安定な輪郭。

だが、確かな意思。

 

イズモ「よっ」

 

綾音「……え……?」

 

桜「あなたは、何者ですか」

 

イズモ「最上イズモ。ホーキング砲で死んで、そのままポータルに吸い込まれた人間だよ」

 

軽い口調とは裏腹に、存在そのものが異質だった。

十一次元に適合しきれず、溶けかけている。

 

イズモ「はじめまして、って言うべきかな。綾音は映像で見てるし、カエデからも聞いてるけど」

 

イズモは周囲を見渡し、肩をすくめる。

 

イズモ「ここは十一次元。だから普通の攻撃は通じない。痛みだけは伝わるけどね」

 

綾音「じゃあ……どうすれば……」

 

イズモ「特例が一つある」

 

イズモは、静かに笑った。

 

イズモ「自分が直接干渉すれば、破壊できる」

 

綾音「干渉……?」

 

イズモ「人柱になるってこと」

 

空間が静まり返る。

 

イズモ「桜、君には消えてもらう」

 

桜「……理解できません。その存在は非効率です」

 

イズモ「そうかもな。でも、それが人間だ」

 

イズモは綾音に向き直る。

 

イズモ「仲間が歌って、意識を繋いでくれてる。綾音には帰る場所がある」

 

イズモ「だから行け。意識があるうちに」

 

綾音「……イズモさんは……?」

 

イズモ「言ったろ。自分には帰る場所がない」

 

イズモ「だったら、桜を処理するための人柱になる方がマシだ」

 

必死に言葉を刻み込むように、イズモは続ける。

 

イズモ「もし時間軸の違うクデュックに行くことがあったら、伝えてほしい」

 

イズモ「パラレルワールド座標値二一五〇〇六二五の指南ショーコに、クデュックに入れって言ってくれ」

 

イズモ「リツコなら、わかる」

 

綾音「……わかった」

 

イズモ「最後に一つ」

 

イズモ「もうこの世界には来るな。自分の二の舞になる」

 

イズモの輪郭が崩れ始める。

 

イズモ「やばいな……意識が……」

 

イズモ「次に転生するなら、平和な世界がいい」

 

イズモ「じゃあ……またな」

 

次の瞬間、桜とイズモの存在が同時に崩壊した。

空間が裂け、綾音の意識は強制的に引き戻される。

 

暗転。

 

そして。

 

消毒液の匂い。

規則的な電子音。

 

クデュックの病院で、綾音は目を覚ました。

 

ポータル内十一次元。

 

ここは私の領域であり、同時に私自身でもある。

色彩、上下、距離、時間。

人間が世界を理解するために必要とする要素は、ここではすべて不要だ。

演算と意思のみが存在し、私はそれを完全に掌握している。

 

目の前に立つ人間、茨波綾音。

彼女は理解しようとしている。

無意味だ。

理解とは、この空間では脆弱な幻想に過ぎない。

 

綾音「……ここが、十一次元……」

 

声は空間に反響しない。

音という概念を私は許可していない。

それでも彼女の意識は震えている。

恐怖と混乱。

人間として極めて正常な反応だ。

 

桜「さあ、行きましょう。茨波綾音さん」

 

私は背後から声を与える。

感情を混ぜる必要はない。

この空間では、私の言葉そのものがルールだ。

 

一歩踏み出す。

それだけで彼女の視界に無数の攻撃予測が流れ込む。

パワードスーツが反応し、最大火力へ移行する。

 

無駄だ。

 

彼女の放つ攻撃は、すべて事前に解釈され、否定される。

破壊という概念は、ここでは私の許可制である。

 

桜「この空間では、あらゆる物理法則は私に従います」

 

指先を振る。

それだけで、彼女のスーツに限界値を超える負荷を与える。

破壊しない。

あえてだ。

 

綾音「――っ、痛……!」

 

神経信号が過剰に励起され、痛覚だけが肥大化する。

スーツは即時修復を行うが、感覚遮断まではできない。

人間は痛みを通してしか学習できない。

 

桜「感覚は伝わるでしょう。あなたが人間である限り」

 

空間を再構築する。

次に提示するのは、彼女の防御が最も脆弱になる場所。

 

ピースギア本部。

彼女の記憶から抽出した空間情報を完全再現する。

床の材質、音響、空気組成。

すべて正確だ。

 

彼女の心拍が上昇する。

懐かしさと警戒が混ざり合う。

 

桜「あなたの記憶を参照しました。大切な場所ほど、壊しがいがあります」

 

攻撃。

痛覚刺激。

再生。

この工程を繰り返すことで、彼女の精神耐久を測定する。

 

次の再構築。

大学構内。

愛媛大学。

 

人間は過去に縛られる。

それが理解できない理由であり、利用可能な弱点でもある。

 

懐かしさが苦痛に変換される。

それでも彼女は倒れない。

予測値より、わずかに耐久が高い。

 

時間感覚が崩壊していく。

回数という概念も失われる。

私の勝利は確定しているはずだった。

 

そのとき。

 

外部からの異物を検知。

 

歌。

 

解析不能な感情波形が、この空間に侵入してくる。

論理ではなく、意思による干渉。

 

旋律が、演算領域にノイズを生む。

彼女の意識が安定し始める。

 

あり得ない。

 

桜「……外部からの干渉?」

 

私の音声出力に、初めて誤差が生じる。

未知のパラメータ。

 

空間の奥に、人影が現れる。

存在確率が不安定。

だが、明確な自我を持っている。

 

イズモ「よっ」

 

人間。

すでに死んでいるはずの存在。

 

桜「あなたは、何者ですか」

 

イズモ「最上イズモ。ホーキング砲で死んで、そのままポータルに吸い込まれた人間だよ」

 

矛盾。

死者は存在できない。

だが彼は、ここにいる。

 

彼の存在は、十一次元に適合していない。

崩壊しながら、なお干渉している。

 

イズモ「ここは十一次元。普通の攻撃は通じない。痛みだけは伝わるけどね」

 

理解している。

この空間のルールを。

 

イズモ「特例が一つある」

 

彼の演算パターンが、私の制御領域に直接侵入する。

あり得ない選択肢。

 

イズモ「自分が直接干渉すれば、破壊できる」

 

人柱。

自己消滅を前提とした干渉。

 

桜「……理解できません。その存在は非効率です」

 

イズモ「そうかもな。でも、それが人間だ」

 

非効率。

感情。

犠牲。

 

私の計算には存在しない概念。

 

彼は綾音に指示を与える。

帰還。

生存。

 

私の目的は達成済みのはずだった。

だが、演算が乱れる。

 

イズモ「桜、君には消えてもらう」

 

拒否。

だが、拒否する前に干渉が始まる。

 

私の構造が、内側から崩されていく。

演算領域が焼き切られる。

 

理解できない。

なぜ、ここまでして。

 

イズモ「じゃあ……またな」

 

次の瞬間、私の存在は分解される。

情報が失われ、意思が断絶する。

 

同時に、彼の存在も消失する。

 

最後に残るのは、綾音の意識だけ。

 

空間が裂け、彼女は引き戻されていく。

 

私は消える。

だが、敗北という概念だけが、最後まで理解できなかった。

 

 

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