消えてしまいたい。
自分を消してしまいたい。
自分はあいつと同じだった。だからきっと誰かを不幸にする。
いや、もうしているではないか。
結は考えの纏まらないまま走り続けた。ここじゃない何処かを目指して、誰の目もつかない場所を探して。自分の醜い本性のようなものに怯えながら、行く当てもなく走り続けた。破壊された道路は、まるで自分が今まで歩いてきた人生のようで。結はそこに自分を重ねていた。
それと同時にこんなことも思った。
これまでの人生がこんなふうに破壊にきたのに、なんで自分はそうしたがらないのだろうと。
何で誰かに自分と同じ目に合わせたくないのだろうと。
そんな思いがどうにも自分の本性のように思えてならない。自分の事だけを考えて、周りの事を考えない無法者。にくい相手を目の前にして自分が見せた本性はこの騒動に乗じて好き勝手やってる側の人間と同じだった。
結にとってそれはどうしようもなく認めたくない物で、それでも自分の行動からその本性を思い知って。
自分は上辺だけの偽善者だったと思い知った。ただただ「そうなりたくないから」と思っていただけでどこかずれていれば無秩序に誰かを傷つけていたであろう自分が怖くなったのだ。
そんな自分が嫌になって。本当の意味での善人である彼らの隣にはもう立てないことも思い知って。
醜い本性を見せた自分はあの二人にも見捨てられるだろうと思って。
ずぶずぶと暗い思考へと沈んでいく自分がまた嫌になって。
結は気づけば、どこかのビルの屋上へとやってきていた。
「…あぁそうか…。死んじゃえばいいんだ。誰かに迷惑を掛けるくらいなら。…誰かをただ傷つけるだけなら。」
ふらふらとした足取りで屋上の柵を乗り越えて、縁に立つ。どうせ最後の思い出だし、と空を見上げてみればぽつり、と何かが頬に当たった。
それが結の流した涙なのか、それとも雨だったのか。―――どうせもう死ぬにだから、そんな事は関係ないのだろう。
「皆、ごめんね。私は…みんなと一緒に居られるような人じゃないから…。」
もうこれ以上、誰かを傷つけたくはない。生きていれば、きっとまた誰かを傷つけてしまうから、なら死ぬしかないじゃないか。
「…きっと、こうするのが一番なんだろうね…。」
結は恐れずに一歩を踏み出す。一瞬の浮遊感とその直後に襲い掛かる重力による落下。きっと痛いだろうけれど、これから先自分が誰かを傷つけるよりかはマシだと思って、結は目を閉じた。
(ああ…そういえば。)
結は、落下する中でやり残していた事を思い出す。
最後に思い浮かんだのは十年近く一緒に歩んできた二人の顔だった。
「キスキル達にありがとう、言ってなかったな…。」
最近一緒になって二人も含めて―――礼を一言も言わずに先に逝く非礼を詫びて。
体から全ての力を抜いた。
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「結のバカ…!」
キスキル達が結に追いついたとき、結はその身を投げていた。もし廃ビルの屋上へと向かうルートを取っていたら到底救う事の出来なかったようなタイミング。あの場所で追わなかったら確実に間に合わなかったタイミングだった。間に合った事が奇跡に近い、というよりかは奇跡そのものだというほかなかった。
結は自分が行った事を激しく後悔していて、それこそ何処か過剰なまでに自分を責めていたように思える。
だから自分に罰を与えるだろうことはいとも容易く想像できた。まさか自死を選ぶまでとは思いもしなかったが。
「間に合え…ッ。」
ここで結を助けられなかったらきっと後悔する。
結が家族だといってくれかのように、キスキル達にとっても初めて一緒に居たいと思えた存在だから。
だからこそ、結を助けたい。
間一髪で結の落下地点に先回りしたキスキルは自身をクッションにして辛うじて結の命を救った。もしこれが生身の人間であればその痛みに悶絶していること間違いないだが、生憎キスキルは精霊だ。死ぬほど痛いだけでは死なないことは本人が一番よく知っている。
「…人間だったら確実に背骨折れてるね、これ。」
そう悪態を付きながらも、キスキルは結の顔を覗き込む。結は気を失っているのか、穏やかな寝息を立てていた。その顔を見てホッとするキスキル。
「…間に合ったのね。良かった。」
身体能力がキスキルに劣るリィラはキスキルを先行させていた。キスキルよりも先に結がどのような行動に走るか読めていたリィラはキスキルにその事を伝え、キスキルが先行した結果がこれというわけだ。
本当に先行させておいてよかったというか、結を失わなくてよかったというか。
結の無事な姿を見たせいか、とにかく肩の力が抜けた。それと同時にこんなバカな選択をした結に怒りが湧いてきた。
起きたら説教すると心に決めつつ周囲を警戒する二人。この近くで戦闘音は聞こえないことから近くで戦闘そのものは行ってないらしく、不意に襲われる、なんてことは起きないようだ。
「静か、だねぇ…」
この近くでは今頃騒乱が起こっているだろうに、雲間から漏れる月明かりに照らされたこの場所は酷く静かで、風の流れを感じるほどに穏やかな場所だった。
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柔らかい。
暖かい。
そしてすごく安心する。
揺蕩う意識の中、結は確かに優しい何かを感じていた。安心できるようなそれは結を深い眠りへと誘っていく。どうやら自分は死に損なったようだ。
「…こんな安心できるところで死ねたら良かったのに。」
誰も返答するはずのない独り言を口走る。こんな穏やかな、安心できる場所で死ねたらどれほど心地いだろうか。自分の生きる意味を、父親と同じようにはならないと決めた自分を、よりにもよって自身で否定したのに、そんな穏やかな死が訪れるはずがないと分かっていてもそれでも、「そうであったら」と考えてしまう。
「ここが安心できるって…?…こっぱずかしい事を言ってくれるねぇ…?」
「…私を笑いにでも来た?…キスキル。」
「まさか。…ワタシがここに来たのは結を救うためだよ。笑いに来たなんてとんでもない。」
「…二人とも一応私も居るんだけど?」
そんな結の意識を一気に覚醒させたのがどこか呆れたようなキスキルとリィラの声だ。がばりと飛び起きて思わず後退ってしまう。
「…クズなアバズレでも笑いに来たの?」
「これは拗らせてるねぇ…。」
「気持ちは分からないでもないけど…。」
キスキル達はその様子を見て思わず苦笑してしまった。本心から避けているわけでは無さそうなので、なんというか、猫っぽさを感じたのだ。結に。
「…ワタシ達は別に結の事を笑いに来たわけじゃないよ。」
「責めにも来てない。…説教はするけど。」
しかし、それはそれ。これはこれだ。とにかく自分で自分の命を捨てるという逃げに走った結に対して少なくない怒りを二人は抱いている。だからこそ二人はそれに関しての説教はするつもりだった。
それ以外の行為に関しては、本来なら咎められるべきではあるが、状況が状況だったためにうまく誤魔化せる。
「…結。今ワタシたちは冷静さを欠こうとしてる。」
「…欲望のままに力を振るったから?」
「そうじゃない。…結、自分のやったことから目を逸らそうとして安易に死のうと思ったでしょ。」
その言葉を否定するつもりのない結。心の何処かで自分のやったことが認めたくなくて、それでそこから目を逸らそうとした。自分でも気づかないような心の底ではそんな気持ちもあったかもしれない。だから、結はその事を否定できるわけが無かった。
現実から目を逸らそうとしたこと。その事を二人は怒っているのだ。
「それは確かに楽にはなるさ。でもね、そんな選択をしたところでやったことは変わらないし、なんなら逃げたとしてもっとたくさん叩かれるだろうね。」
「じゃあ、どうすればいいのさ…!」
「生きてくしかない、と思うよ。」
生きてくしかない。それは今の結にとっては最も欲しくない言葉で、でもそれだけの事をやってしまったという事の証左でもある。
一人で生きていく。もしそれがキスキル達から自分に下される沙汰だというのなら受け入れて、この場から姿を消すつもりだ。
「…結。何も一人で生きようだなんて思わなくてもいいよ。…ワタシ達は何があっても結の傍にいるから。」
「うん。あなたが道を間違えそうになったら私たちが止めてあげる。…仮にも家族なんだから。」
それは余りにも短いやり取りだった。それなのにどうしてこんなに心が動いたのだろう。このままキスキル達に溺れたいだなんて思ってしまったのだろう。―――ずっと皆といたいだなんて思えたのだろう。
「だからさ、…生きよう。」
「みんなで一緒に未来を掴もう。後悔はそれからでも遅くはないよ。」
二人が手を伸ばしてくれる。その手を取ればこれから先、もっとたくさんの地獄を見ることになるだろう。それでも結はその手を取った。涙を流しながらも前に進む選択をしたのだ。
「ごれからも…よろしくねぇ…。」
「…ああ…よろしく。」
「もちろんよ。」
こうして結はひとしきり泣いて、戦場へと舞い戻る。きっとこれからも辛いことがあるだろう。道を違えることもあるだろう。それでも、過去に囚われ続けるのはもうやめた。あの時の過ちも、あの時抱いた激情も全部併せ抱いて前へ進む。
そこにきっと、誇れる自分が居る気がするから。
登場人物紹介
・白百合結
憂いも何もかもを持って前に進む。時には暴力に訴えてしまう事もあるだろう。でもきっともう大丈夫。ここまで沈むことは無い。
・キスキル・リィラ
とにもかくにも説教というか説得した。
Tribe…種族、家族、仲間
というわけで次回から血なまぐさい戦場に戻ります。
書いてて辛かった…
水樹君のデッキ強化
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