「またここか…。」
霊使はまた奇妙な場所に来ていた。というかこんな所に早々に戻ってくるのがおかしいというか。とにかく、ここが普通じゃないという事は良く分かっていた。
死後もまともじゃないのか、せめてゆっくり眠らせてくれ。と、そう悪態をつくしかない霊使。そもそも死ぬ前の心残りが余りにも多すぎる。
例えば克喜との再戦。
例えば結との本気の決闘。
例えばロイとの決着。
例えばウィンと皆とゆっくり過ごすこと。
今ぱっと思いついただけでこれだけの心残りがあった。
それなのに死んでしまっては元も子もないといのに、結局自分は死んでしまった。何も為せないまま―――というわけでは無いのだろうが、それでもまだまだ死ぬには早いと思っていたかった。
まだ酒の味も知らないし、そもそも学業もまともに修めていない。
一人でいる時間だけが黙々と過ぎていく。そんな沈黙に耐え切れず霊使は一度大きなため息を吐いた。
「…はぁ…生きたい…。」
勿論その言葉に対して帰ってくる言葉は何もない。
死ぬというのは文字通り、「何もない」のだ。
友人も、愛した人も、隣人も、敵も、それこそ死者の魂だって、何もない。身体の機能が止まっているから夢を見ることもないし、脳が死んでいるから何かを感じることもない。
本来なら自意識が残ってることだって異常だし、死んだにしては違和感がすごい。
と言ってももう自分にできることなど無いのだが。これが沙汰が下されるのを待つ囚人の気分なのか―――そんなくだらない事を考えていると、何かが、誰かの声が頭の中に響いてくる。
『…なぜそこまで生を望む?』
その声は確かに霊使にそんな問いかけを投げかけて来た。
その声は余りにも平坦すぎて霊使に
知らんわ、そんなの。と霊使が悪態を付いてみても同じ問いが帰ってくるだけだった。つまるところ、なんでそんなに死にたくないのかを言うしかこの煩わしい声から解放される道は無いのだろう。それを嫌でも理解した霊使は、しかたなくその問いに答えた。
「…もっと、皆と…ウィンと一緒に居たいからだよ。…悪いか?」
『…納得した。少なくとも其方は世界を変えるだとかそんな大層な野心は持ち合わせていないようだな。』
「悪かったな。別に俺は革命だとか、英雄だとか、そんな事に興味は微塵たりともないんでね。」
そもそも彼の神を従える安雁と戦ったのも今ある世界を守るためだ。確かに今の社会の在り方は歪んでいるが、それは今を生きる人間たちで直していける。
あの男がどんな世界を望んでいたか知らないが、少なくともあの男の思い描く世界よりかは、ずっと自分の好きな世界を信じていたかった。
だから戦ったのだ。この世界を守るため、そしてこの世界にある過ちを後世に伝えていくために。
それに何よりも自分の好きな世界をもっとウィンに見て欲しかったから戦ったのであって、別にここで死ぬつもりはなかった。出来る事ならウィンと世界のその先を見たかったのだ。
結局の所、霊使も言ったように、友人と、ウィンともっと一緒に居たいから生きたいのである。
さらりと、脳内の声にそう説明する。長い話をしたと霊使は大きく息をしながら愚痴をこぼした。
「これで満足か?…現世への未練が無いうちにとっととあの世に逝かせてくれないか?」
『それは拒否する。其方はまだ生きる価値がある。…だが悪党を世にのさばらせるわけにもいかん。』
「悪人じゃなけりゃ生き返らせてくれるってか?」
だが一度完全に死んだ人間の蘇生は不可能な事は霊使自身がよく知っている。だからこそ、その言葉に、「生きる価値」があるという言葉に厳しい言葉を返した。
『然り。…そして今の問答で少なくとも其方が悪人ではないことは確認できた。…そも、悪人なら自分が世界を支配したいだとか言うだろうな。』
「…違いないな。」
霊使はその謎の存在の言葉に苦笑交じりに頷いた。
霊使自身は支配だとか、征服だとかそんな事は微塵も考えていないし、そう言うことは他人の領分だとも考えている。
だから、霊使はその言葉に苦笑することもできた。自分は違うと周りの皆がそう言ってくれたから、それが自分だと認めてくれたから。それを苦笑できる自分だと胸を張って言えるから。
「…で、お前は結局誰なのさ。」
『まだ気づかぬか…。察しが悪いなどとよく言われないか?』
そうは言われてもそんな物々しい物言いの知り合い、しかも瀕死の時に脳内に直接語り掛けていくどうみてもヤバい人間に関わり合った記憶など無い。故に霊使の答えはい一つしかない。「知るか馬鹿」、だ。
『これはひどい…。其方はあれか?よくある恋愛ものの主人公なのか?難聴系の?』
「なんでサブカルに詳しいんだよ!?」
『これでもこの星の知識は大体私の元に入ってくるのでな。…それにしてもそうか。ふむ…。』
霊使の頭の声は何かを思案しているような声を響かせる。それはまるで誰がが腕を組んでいる様をはっきりと想像させるもので霊使は思わず吹き出しそうになってしまった。
『まずは私の正体だな。私は其方が塵に変えてくれた創星神の残滓だ。あの娘にはいい一撃だっと伝えておいてくれ。』
「…何しに来た?」
霊使の声は急に冷ややかなものになる。それを創星神の残滓は当然のことのように受け止めた。敵対していたのは事実だし、そもそもそれでコロッと態度を変えるなら話しかける気にもなれないというものだ。
『要件は其方が行き交えるに値するかどうかを見定めるだけだ。…神を斃した人間には褒美の一つでもやらんとな。』
「いちいち鼻に付く言い方だな。」
『見定めるのが私の役目故、な。』
「…どういうことだ?」
霊使はその一言で湧いた疑問を、逆に一言にまとめて創星神に投げ返す。その質問を待ってましたと言わんばかりに創星神の残滓は話を始めた。
『そもそも私は精霊だ。そして私を見つけ出したマスターにこの星を再び創って欲しいと請われたのだ。見つけ出した人間の言う事を聞くつもりであったのだがな?そこで私という脅威に対して臆さず立ち向かうものが居るというではないか。―――だから、見定めたかったのだ。その者らが望む世界か、マスターが望む世界か、どちらを選ぶべきかを。』
「…で、俺が勝ったから、アンタは今そうして俺に話しかけて来たって事か。」
『然り。…其方は0から1が果てしなく遠いが1から10へ行くのに歯そこまで時間をかけないのだな。』
「うっせ。」
残滓は霊使の察しの悪さと理解力の高さのちぐはぐさを指摘して嗤う。霊使はその態度にとんだ悪神じゃないかと笑い飛ばせば、残滓はそれもそうだなとすぐさま同意した。
「やべぇ今すぐぶん殴りてぇこの神。」
『はっはっは。本体の私は既に死んで其方に全てを明け渡すから自分をぶん殴ることになるぞ?』
「…は?」
理解が出来なかった。見定めるためだとかそんな事を言っておきながら結局既に自分のための蘇生に動いていたのだ。じゃあこれまでの妙に疲れる問答は何だったのか、それに付随する倦怠感は何だったのか。
そんな怒りが渦巻く中で、残滓は霊使に事の真実を告げる。
『私が見定めたかったのは「この世界の担い手たるか」だ。見合わなければ蘇生した後はそのまま放置する予定だったが―――いい仲間に、いい相棒に恵まれたな。喜べ。其方はこの世界の担い手たる存在だ。』
「…どこでその判断を下したんだ?」
残滓は霊使を次の「世界の担い手」に選んだ。今を生きる人々の心を神は選んだのだ。
だが、当然のように霊使は何処でその判定が下されたのかが分からない。
だが残滓は霊使の疑問にさも当然のように答えていた。
『世界は今を生きる人間か作っていく―――そう実感させられたからだ、其方の声と、其方の行動と、其方の声が、私にそう、思わせてくれた。それだけだ。其方も言っていたであろう?「世界が歪んでいるなら自分達で、今生きる人たちで直してやる」と。』
「ま、俺はそういう考えだってだけだ。」
『だからこそ、だ。この世界に生きる人間を信じるその心が、本当に意味で世界の担い手に必要なものだ。それを其方が持っていた。』
「…だから俺を「世界の担い手」?に選んだのか?」
彼の神からすればそれは当然の事らしいが、霊使からすればはた迷惑な話だ。世界の担い手なんてそんなものになれるはずもない。霊使はどこまでも霊使だし、霊使にしかできないことだってある。だが、それ以上の何かは霊使にとってただの重荷だ。それに世界の担い手は世界に生きる人々であるべきだ。そう言う考えが霊使の中にあるからこそ、霊使がその言葉にいい反応を示さないのは当然のことだったのかもしれない。
『不満なようだな?』
「そりゃあなぁ。俺はそんな器じゃないし。」
『それでいい。…これから先、この世界を栄えさせるも滅ぼすも全部自由にせよ。其方ならきっといい未来を作れると信じているぞ。―――其方の人の生の完遂を持って、其方を新たな神に叙するとしよう。ではな。』
「…おい?最後聞き捨てならんセリフがあったんだけど!?ちょ、待って!消えるな、耐えろ!」
だが、神の残滓は霊使いの不満を満足気に受け取って、そして消えていく。霊使に『新しい神』という特大級の爆弾を置き土産として残して。
それは神のささやかな仕返しだったのだろう。最低限人として生きて、その後はどうなるのだろうか。それを話してくれないから余計に不安になってしまう。もしくはそこでどういう選択をするかというのも「世界の担い手」、これから先の世界の未来を創っていくものの素質として測られるのだろうか。
そんな事を考えていると、霊使の意識が急に何かに引っ張られていく。
(ちょっ…こんな、無理矢理ぃ…!?)
神を打ち倒した褒美とした得た普通の人としての生。なんで自分だけがという思いもある。もっと生き返らせることもできただろうという苛立ちもある。余りにも都合が良すぎるという疑問もある。
それでも、霊使は次に現実で目を覚ました時、最初に何を言うか決めていた。その言葉は―――
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町からはいつの間にか戦闘音が消えていた。
それはつまりこの戦いは終わりを告げたという事だ。それなのに、誰一人として歓声を上げようとしない。
それはこの町に住む誰もが一人の少年の安否を気にしているからだ。この騒動の元凶と戦い、そして打ち勝った少年。それでも少年はその戦いの中で傷つき、元凶と半ば相打ちのような形で倒れてしまったという。
そして、その少年を担いできた仲間たちは何とかしてほしいと大声で叫んだ。
取り敢えず息をしていることから死んではいないということは分かる。が、それだけだ。少年の親友の声にも、少年の一番大切なパートナーの声にも、一緒に戦ってくれた仲間たちの声にも反応を示さない。
だれかが救急車を呼んだと叫んだ。だれかが、とりあえず横にさせようと叫んだ。
気付けばこの町に住む誰もが少年を助けるために動き始めていた。今自分達が生きていられるのは少年のお陰だから、その恩をここで返したいと思った。
きっと直接お礼を言いたいとい人も多かったのだろう。その中には打算で動いている人の姿もあったはずだ。それでも、今この町は、少年を助けたいという思いの元一つに纏まっていた。
夜が明けるまでの時間、少年を横たえるだけのスペースを作ったり、救急車の通る道を整備したりと誰もが少年の無事を祈って行動していた。
そして、夜が明けて朝日が少年の顔を照らす。
「…うおっ…眩しッ!?」
そんな中余りにも場違いで、でもその場にいる誰もが待ち望んだ声が響く。
見れば、きょとんとした顔で一人の少年が体を起こしていた。
「…遅いんだよ、バカヤロー。」
「…わり、寝坊した。…おはよう、皆。そして、ありがとう。」
少年は仲間とそんな会話を繰り広げて、そしてこの場に居る全員に届くような声で礼を言った。
その声を聞いた途端、周囲で歓声が巻き起こる。
誰も彼もが英雄の目覚めを声を上げて祝福していた。
「…霊使。これが…。」
「ああ、ウィン。」
嘗ての居場所では絶対に見られなかったものが今、この場で見られている。
この戦いは、苦しいことも、悲しいこともたくさんあった。
少年と少女は朝日の中で手をつなぐ。
少しずつ青くなっていく空に人々の歓声が吸い込まれていった。
「…」
登場人物紹介
・四遊霊使
一体何回死にかけているんだろうね。この主人公は。
守れるものを守り切った結果本人も望んでないが英雄になった。
いくら本人が否定してもその在り方は確かに多くの人の心を動かしたのだ。
嘗ての居場所では得られなかったものを全て得た。
・神の残滓
霊使を新しい神にすることを決めた。
神の地位からは霊使の中に眠るが、霊使が人として真っ当な死に方をしない限りはその力が解放されることは無い。
嘗ては敗北者だった少年に世界を担わせた。
次回、一部完結です。
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