海斗の居室。
動く者が無い筈のその部屋で微かな呼吸音がする。
その都の出どころは少しずつ復調してきた海斗だ。
穏やかな寝息を立てる海斗に不安そうな顔は見られない。
「―――呑気なもんだなぁ。」
「いいんじゃないか。別に。少なくとも連れ去られたときの環境と比べたら、な。」
「…かもしれねぇなぁ…。」
海斗の居室の近くに座っているのは、ライトハートとヴィサスだ。二人はレイノハートが海斗を取り返しに来るだろうと踏んでいた。
何故ならレイノハートにとって海斗はキトカロスを縛ることができる「保険」なのだ。どういうわけかは知らないがキトカロスに対して海斗はそれだけ動きを縛れる「鎖」であるらしい。
つまるところ、海斗をレイノハートの元に返してしまえばキトカロスの奪還がとても難しくなってしまう。だって、海斗を盾にされればキトカロスも、きっと自分達も攻撃を躊躇してしまうだろうから。そうなってしまう可能性があるからキトカロスよりも先に海斗の救出を優先しなければならなかった。
「…なぁ、ライトハート。」
「…なんだ?」
「生きるって、辛いよな。」
「…そうだな。」
「…俺は自分の無力さが嫌になってくる。ライフォビアでお前を倒して、それで自分が生まれた意味が分かるんだって思っていた。」
そしてそれが自分の無力さからくるものだと分かっていたライトハートは今の自分の心中を吐露する。
辛い、自分の無力さが嫌になってくると。もっと自分に力があれば海斗も守れたのではないか、と。
そんな事を言うヴィサスの頭をライトハートは蹴飛ばす。全くヴィサスの頭は動かず、むしろライトハートが足を痛めるだけの結果に終わったが。
「…そりゃお前傲慢だぞ。全部守れるだなんて、思い上がりはよせよ?」
「そういうものなのか?」
「…まぁな。人は力が付いてくると油断するものなんだ。」
ライトハートはそれきり口を開かなかった。後は自分で考えろという事なのだろうか。
「…分かんねぇよ、そんなの…。」
だがいくら考えても答えは見つからない。
自分の強さは何なのか、答えの出ない問いにヴィサスは頭を悩ませる。
その思考は急な爆音によって中断させられるのであった。
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頭上で爆音がおきる。瓦礫と共に衝撃がシェイレーンの体に叩きつけられて、吹き飛ばされた。その衝撃で体に上手く力が入らない。
「くっ…うっ…。」
衝撃で発生した土煙の中に、そこにありえない人影を見た。
シェイレーンは今、目の前に居る存在が信じられなかった。
なんでここにいるという気持ちが勝ったからだ。
だってこの男にばれないようにこっそりと作った拠点であったからだ。
「フン、随分と汚らしいところに住んでいるなぁ?」
「…レイノハート…ッ!」
だからこそ、レイノハートがここにいるという事がシェイレーンたちにとって絶対にありえない事なのである。
「なんで、ここが…?」
「さあな?」
レイノハートがここにいるという事はキトカロスがここの情報を売ったか、それともキトカロスを尾行したか、そのどちらかである可能性が高いとシェイレーンは踏んでいた。
だがシェイレーンはキトカロスの事を良く知っている。だからとてもではないがキトカロスが自分達の事を売るとは思えないのだ。
「…どうせキトカロス様を尾行してたんでしょ?このストーカー。」
「減らず口を叩くな。」
「あら、壱世壊の偽物の主様はこの程度の煽りも耐えられない軟弱メンタルなのかしら?」
「…いわせておけば、このアバズレが…!」
レイノハートの目的が分からない以上ここで縫い付けておくのが得策だろう。シェイレーンはレイノハートの言葉に煽りで返しながら、レイノハートの気を引き付けるために動き始める。
だが、シェイレーンは知らない。
―――シェイレーンにとって最も信じたくないことが現実に起きかけていることを、まだ知らない。
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ヴィサスの前に爆音とともに現れたのは、仮面をつけていないキトカロスだった。
全身がボロボロであることから身の着のままここに来たことがわかる。
普通なら這う這うの体でレイノハートの元から逃げ出してきたと考えるのが普通だろう。そしてすぐに保護に動こうとするはずだ。
だがヴィサスはそれが出来なかった。キトカロスのある部位を見た途端どうしようもない恐怖に襲われたのだ。
「…なぁライトハート…。俺の気のせいか?…キトカロスの瞳がなんか曇って見えるんだが…。」
「気のせいじゃねぇなぁ…。目に宿ってるはずの光が完全に消えてやがる…!」
どうしてこうなったと言わんばかりに首を振るライトハート。
彼の言う通り、キトカロスの目には一切の光が宿ってなかった。目が見える見えない、という話ではなくまるで目の多くにあるどす黒い感情がキトカロスの目を塗りつぶしてしまったかのような感覚。
「…海斗は、どこですか?」
キトカロスはゆっくりはっきりとそれだけを喋った。胸の奥に抱えるたくさんの重い感情と、どうしてもやりきれない思いをその言葉にたっぷりと乗せて。
勿論そんな言葉を吐くキトカロスに海斗を会わせるわけにはいかない。
「前のキトカロスなら喜んで合わせられたが、今のお前はそうもいかねぇよ。…悪いがお帰り願おうか?」
だから、ライトハートはキトカロスの前に立ちふさがる。
だが、ライトハートの行動を抑えた者がいた。
「…行ってキトカロス様!」
「ハゥフニス!?」
それは少し暗めの雰囲気を湛えたティアラメンツ―――ハゥフニスだ。彼女は人一倍人を信頼せず、人一倍キトカロスに心酔していた。シェイレーンやメイルゥならいざ知らず、ヴィサスやライトハートは彼女にとってほぼ他人だ。
心酔している少女と、ただの赤の他人。守るのは当然前者だろう。
「…ありがとう、ハゥフニス。」
キトカロスはその言葉と、ハゥフニスに何一つ屈託のない笑顔を見せる。
それはキトカロスが初めてヴィサスの前で見せた相応の笑顔だった。
それでもその笑顔は何処か歪んでいるように見える。―――それでもヴィサス海斗の元へ賭けるキトカロスを止める事が出来なかった。
あんな笑顔が彼女本来のものではないと分かっているのに、どうしたってその足は動いてくれなかった。
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ようやく出会えた。
横たわる海斗を見たときに最初に浮かんだ反応がそれだった。
我ながら歪んでいるな、なんて考えつつもキトカロスは海斗の傍に駆け寄るのをやめられなかった。
自分のせいで殺してしまったのだから、せめてその体だけでも―――という考えが浮かんだ。守れなかったのだから、もう隣にいる資格もないだろう、と思う自分もいた。
それでもせめて一目見たくて、出来る事なら連れて帰りたくて。
自分でも分からないうちに行動を起こしていた。海斗に会いたい、ただそれだけの思いがキトカロス自身の体を突き動かす。
海斗に会いたい、という強い思いはいつのまにかキトカロスの中に「邪魔をするなら―――」という思いも生み出していた。
海斗に会いたい。だから邪魔なものはすべて倒して突き進む。そうだ、何も間違ってはいないではないか。そして横たわっているとはいえ海斗に出会えたのだ。後はもう連れ帰るだけだ。
なら次は連れ帰るためにどうするか―――。
そんな事は特に考えていなかった。狂っていると言われれば今のキトカロスは迷うことなく首を縦に振るだろう。ただ、自分で狂ったというよりかは海斗に―――レイノハートに狂わされたというのが正しいのだ。
もし海斗がいなければきっと自分が海斗しか目に映らない、だなんてことにはならなかったはずなのだから。
「責任は、とってもらわないと…。」
こんな気持ちになったのは生まれてこの方初めてだ。だからこそ、自分の全てを海斗に貰って欲しい。この体も、命でさえも。
できることなら今すぐに海斗と二人でどこか遠い場所に逃げて、永遠を過ごしたい。
だがそれはもう敵わない。だって愛しの海斗はもう動かない。―――もう二度と自分に笑いかけてはくれないのだ。
「…もう、声も聴けないんですね…。」
それでも愛したのだから、とキトカロスは海斗に口づけをする。
大切なあなたにもう一度会えたという嬉しさと、大切なあなたともう二度とと話ができないという悲しさを交えたそれは何故か妙にしょっぱかった。
「…帰りましょう、私達のいるべき場所へ…あなたのいるべき場所へ。」
海斗の傍に居るのは自分だけでいい。
海斗は自分の傍にいればいい。
―――それさえも果たせないのならばいっそのこと、もうすべてを自分が管理してやればいいのだ。
例えもう動かない死体だとしても。それが愛した人ならきっと変わらない愛を貫けるはずだから。
「大丈夫、です。これからはずっと、私が傍にいますから…。」
海斗の一つ一つを慈しむようにして声を掛ける。
愛する人の全てを自分が受けたいから。
だからキトカロスはそっと海斗の体を抱き上げる。びっくりするほど軽いその体にはまだ少し温もりが残っていた。それはいい環境であったからか、それとも―――
「…ようやく、取り返せた…。」
いや、そんな事はどうだっていい。
今のキトカロスにとって今の海斗が全てだ。生きる意味と言っても過言ではない。
もう、手放さない。もう誰にも傷つけさせはしない。誰だろうと海斗を傷つけるならば、返り討ちにして見せる。
「…ぁはっ…。あはははは!安心してください、海斗!これからは私がずっとあなたを愛してあげますからね!もう大丈夫、もう誰も貴方を傷つけない―――!」
だから、だから。
だからどうか眼を覚まして私に語り掛けて。
一人きりは思ったよりもさみしいから。
その言葉は何処までも響く。
ほんの少しの涙と、たくさんの狂気を孕んだままキトカロスの声は世壊を超える。
世壊を治める姫ではなく、ただ一人の少女として、一人の少年に恋をしたのだ。
そんな彼女が最初に願ったものは、愛するものを傷つけるもの一切をねじ伏せることができる力だった。
登場人物紹介
・ハゥフニス
初登場。多分キトカロス最優先だと思う。
もちろん心酔しているだけであるから百合ではない…はず。
・シェイレーン
なんでここにレイノハートが!?
それはそれとして煽るのはマナーな気がする。
・レイノハート
内心びくびく。この豹変っぷりは誰でもドン引きするだと思うけど…。
・キトカロス/一人の女
割と愛が重いと勝手に思ってる。精神が崩壊してるからか浮き沈みが激しい。
今のところは海斗のセコムと化している。
キトカロスを返して。
曇らせは最終的に浄化されるからいいのであって曇らせたまま終わるのは美しくないよね。やっぱ鬱くしい物語にしたいけどラストはハッピーエンドじゃなきゃ!(ハッピーエンドにするとは言ってない)
次回もお楽しみに
水樹君のデッキ強化
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