何で人は愛を求めるのだろう。愛なんて無くても人は生きていけるというのに。
何で人は誰かを愛せるんだろう。誰かを愛さなくても人は生きていけるのに。
―――そもそも「愛」とは一体全体何なのだろうか。
海斗はそんな事を一度も考えたことが無かった。
そんな事を考えている暇があったら何とかして今日を生きる金を稼がなければならなかったからだ。
「テメェちゃんと酒を買ってこいよ、この愚図!」
「ごめん…。」
その日を生きる金が無ければ待っているのは暴力と、性欲のはけ口としての役目だった。
後者は金を稼いでも変わることは無かったが。
いつから父親が「そう」だったのかはもはや海斗自身にも分からない。
ただ海斗が物心ついたときは既に「そう」だったのだ。
親から受けるべき愛を受けず、逆に暴力を受け続けてきたおかげか、海斗はもう誰も信頼することが出来なくなってしまっていた。
どうせ裏切る、どうせすぐ暴力を振るわれる―――海斗にとって大人というのは恐怖と暴虐の象徴に変わっていったせいで、だ。
だから海斗は自分はそうなるまいと必死に努力している。すぐに暴力を振るうことの無いように心に蓋をして、仮初の笑顔だけを浮かべるようになった。
幼い頃から暴力にさらされてきた彼は誰かに助けを求める事さえできなくなってしまったのだ。
あの日々が渡瀬海斗という一人の少年を狂わせてしまったのだ。
今でもその日々を思い返すだけで背中に悪寒が走る。
あの日々は海斗に少なくない傷を残し、そして父にいいように使われるだけの存在へと成り下がっている。
だから、キトカロスと話していくうちに初めて誰かに「自分」を見てもらえたような気がした。
それが嬉しかったから。
海斗はキトカロスを守ると、自分と同じにしないと心に決めたのだ。
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海斗の体を無事に持ち帰ることに成功したキトカロス。
彼女はかつて自分と海斗が出会った牢へと戻ってきていた。
ここにはあまりいい思い出は無かったが、それでもここが自分と海斗を引き合わせてくれた場所でもあるのだ。
彼の体をゆっくりと地面に横たえると自身の膝に海斗の頭を乗せる。俗にいう膝枕と呼ばれる形だ。
こうしていると海斗の重みが、「海斗はまだそこに居る」と教えてくれているような気がした。
「心地いいですか?…こんな事をするのは…あなたが初めてなんですよ。」
返答はないと知っていてもどうしても語り掛けてしまう。
そこに海斗が居ないと知っていても、どうしても海斗に話を聞いてほしくなってしまう。
「…本当に、ただ寝ているような…。」
一度「起きて」と言って体をゆすれば簡単に起きてくれそうなほど、海斗の顔は穏やかだ。
キトカロスはそんな海斗をその手であやすように、海斗の全てを慈しむように頭をなでる。どんな手を使ってでも絶対に守ると決めた相手の全てを感じながら、何度も何度も頭をなでる。
「…くすぐったいですよね。」
そしてひとしきり撫でたところでキトカロスはただただ海斗を見守るという事をした。
まるで生きているかのような血色の良さと、死んでいるかのように微動だにしない顔を見て、もう誰にも渡さないと誓いながら。
「大丈夫ですからね。私がずっとそばにいます。…あなたにはもう誰も指一本触れさせない。誰にも傷つけさせはしないから―――。」
もう何度目か分からない決意を口にする。
その決意が二度と鈍ることが無いように、もう自身の手から零れ落ちないようにするために。
「また二人で話をしましょう。…二人きりでどこか遠い場所に逃げてしまうのもいいかもしれませんね?」
海斗はその言葉に何も反応を示さない。
愛しい人がこの腕の中にいるのに、どうして愛しい人は目を開けてくれないんだろう。
どうして、それがだめなことだって叱ってくれないのだろう。
「海斗のためになるならなんだってやります。…ねぇ、それくらいいいでしょう?」
貴方が私にそうしてくれたように―――。
その言葉を飲み込んで、キトカロスは海斗の元から離れる。
とりあえずは落とし前を付けに行こう。そうしたら次は貴方をずっと守り続けよう。
そんな決意と共に、キトカロスは海斗の傍に居続けた。
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レイノハートとシェイレーンの戦闘は互いに一歩も譲らぬ、それでもわずかにシェイレーンが押している状態だった。だがシェイレーンはそれを素直に喜ぶことは出来なかった。
シェイレーンにとっての懸念はレイノハートがまだ奥の手を隠しているという事を知っていることだ。
確かに人間の姿のままでもそれなりの戦闘能力はあるが、レイノハートが真に恐ろしいのは、レイノハートがその本当の力を隠しているという事だ。
あの悪魔のような姿を知っているシェイレーンにとっては今の姿で戦うレイノハートは不気味でしかない。
「やぁっ!」
「甘い!」
鞭と剣がぶつかり合う。
その周囲には激しい衝撃波が巻き起こる。
これまでの何合かで、シェイレーンは自分とレイノハートを比べて勝っている所、劣っている所を推測していた。
例えば技術。
シェイレーンはキトカロス仕込みの踊るような剣術で戦うのに対して、レイノハートは力任せに振るうだけだ。おかげで致命的な一撃は避ける事が出来ている。
逆に膂力ではシェイレーンはレイノハートに大きく劣っているだろう。その細腕からは想像できないような剛力で無理矢理振るわれる鞭は確かな脅威だ。剣の振り下ろしで威力を相殺するのもあと数度がやっとだろう。恐らくは数度の内に剣の方が壊れてしまうというのが簡単に見て取れてしまう。
「…でも、最悪なのは体力の差ね…ッ!」
元々ティアラメンツはその見た目通り水中での活動の方が主たるものだ。地上でも活動できるが、実の所、そこまで地上での戦闘は得意ではないのだ。
これに関しては地上でも変わらぬ強さで戦闘できるキトカロスの方が異常だともいえるが。
とにかくこのままでは不利にって行くのは間違いなくシェイレーンの方だ。
「…ふぅ…きっつい…!」
さらにいうならばシェイレーンはレイノハートの襲撃を受けたときに真っ先にその被害を被っている。その際は軽傷で済んだが思っていたよりもっダメージははいっていたらしい。
じくじくと体の内部から響く痛みがシェイレーンの理性と体力を奪い続けている。
一呼吸するたびに体が軋むような痛みに襲われる。
「―――それでも!」
それでもここで引くわけにはいかない。ここで引いたら実力で劣るハゥフニスやメイルゥをレイノハートと戦わせることになってしまう。
それだけは、それだけは絶対に避けたいことだった。そうなれば彼女たちの末路もきっと悲惨なものになってしまうから。
そしてひときわレイノハートに強く剣を振り下ろし―――その一撃はいとも容易くレイノハートの鞭に受け止められた。
「―――ぬかったな、この低能がっ!」
「しまっ―――」
そのまま鞭で武器をはじかれ取り落としてしまう。そしてそれを拾いに行く間もなく、シェイレーンの腹部に死なる鞭が直撃した。
「―――あッ…がぁッ…!」
強い衝撃と共に吹き飛ばされ、壁を二、三枚ほど突き破ってからようやく停止した。
急いで立ち上がろうとするも体に力が入らない。それに視界も朧気だ。もしかしたら一瞬気絶したのかもしれない。
ぼんやりとした視界の中で、レイノハートがこちらに向かってくるのが見える。
途中で拾ったのかその手にはシェイレーン自身の剣が握られていた。
(…こ、んな、ところ…で…!)
レイノハートは今まさにシェイレーンの息の根を止めんとしてシェイレーンの剣を振り上げる。
ああ、もう死ぬんだな、という諦観がシェイレーンに生まれてしまう。抵抗する気はもう失せた。
だって手も足も―――口も何も動かせないのだから、抵抗のしようがない。
(…ごめんなさいね…。皆…。)
心の中でメイルゥやハゥフニス、ヴィサスたちに謝りながら自身に襲い来る凶刃を受け入れた。
―――はずだった。
「…無事か、シェイレーン…?」
やけにくっきりと聞こえたその声の後、シェイレーンの目の前に一人の男が躍り出る。
その男はシェイレーンに襲い来るはずの凶刃をいとも容易く受け止め、その手からシェイレーンの剣を弾き飛ばす。
「…たす、かったわ…ヴィサス。それにとなりの、ちんまい、のも…。」
「今はゆっくり寝てろやぁ。…後俺はライトハートだって言ってんだろうがぁ!?」
「そう…それじゃ、あとはたのむわね…。ヴィサス、ライトハート…。」
「おうよ。」
シェイレーンを守った男―――ヴィサス=スタフロストにすべてを託してシェイレーンはゆっくりと目を閉じる。
大丈夫、まだ生きてる。
そんな事を思いながらシェイレーンの意識は闇にへと溶けていくのであった。
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海斗は柔らかく温かい肌の感触で目が覚めた。
周囲を見渡せば、いつも海斗が居た牢の中であることが見て取れる。
なんで、と思い返したがレイノハートの意見からまるで記憶が無い。だからどうしてここにいるのか、なんてことは考えても無駄だと悟った。そもそもの話気絶していたせいで何があったかだなんてほとんど分からないのだが。
だが、朧気ながらにキトカロスにかけられた言葉を覚えている。
彼女曰くずっとそばにいるだとか、誰にも傷つけさせないだとか。
だが、それよりも重要なのは、今の海斗を取り巻いている状況だ。
「かい、と…?」
「…おはよう、キトカロス。」
例えばなんで自分がここにいるのか、それになんで内側からカギがかけてあるのか、だとか。
ただ、何よりもキトカロスが自分の傍にいるということが何というか、あってはいけない事態だった。
本来の彼女がこんな状況の中にいたのならば迷いなく助けに行くだろうに。
「…生きて…るんですね?」
「うん。元から死んじゃいないって。」
「…ほえ?」
まさかとは思うが、寝ている間に聞こえた言葉は死んだ自分に向けられたものではないか―――と嫌な予感が海斗の頭に過った。
それにこの際だ。どうして内側からカギをかけているのかだとかどうして二人してこんな所にいるのか周りの環境についても色々と聞いておこう。そして―――
「それじゃまず、…なんで鍵が?」
「あなたを守るためです。」
海斗はしょっぱなから地雷を踏んだ。炸裂装甲もかくやというスピードで返された言葉には存分に黒い感情が含まれていて、おまけと言わんばかりにキトカロスの目からはハイライトが消える。
あ、これヤバいパターンの奴だ。
海斗は数少ない知識でもそう確信できるくらいには自分が置かれた状況というものを理解していた。
「だってこうでもしないと貴方すぐに死地に飛び込んでいくじゃないですか。だからこれは貴方を守るのに必要な事なんです。」
「うぐ…。」
キトカロスは割と正論を論じてきた。
彼女の言う通り、海斗はこうでもしなければ死地に突っ込んでいくだろう。その自覚が本人にもあるからこそ、その言葉に強く言い返す事が出来なかった。
「…でもこの世壊を救えなくなるよ?」
「ええ、分かってますとも。…それでも貴方を失う事よりかはずっとましですから。」
最初に依頼されたことを引き合いに出しても、自分が死ぬよりかはずっとましと言ってのけるキトカロス。
そこに初めて会ったキトカロスの姿を見出すことは海斗には出来なかった。
(ああ、そうか…。)
「それにもう貴方はなにもしなくうていいんです。私が全部してあげますから。最悪二人でどこか遠くに逃げてしまいましょう。きっとシェイレーンたちからは恨まれるかもしれないけれど、それでも私は貴方が傍にいてくれれば大丈夫なんです。」
だから、この手を取ってと目の前にキトカロスの手が差し出される。
これを見てついに海斗は確信した。
どうやら自分が起きるのは余りにも遅かったらしい。
そのせいで一人の少女の心を壊してしまったのだから。
たった一人への渇愛がこんなにも人を壊してしまうだなんて、海斗には想像する事すらできなかった。
でも、どうしてだろうか。
それだけ激しく求められるのをほんの少しだけ嬉しいと思ってしまったのは。
もしかしたら自分もとっくに狂ってるのかもしれない、なんてことも考えつつ、海斗はキトカロスの手を取ることはしなかった。
登場人物紹介
・キトカロス
メンタルは少し回復したが無事に病んだ。
まぁそりゃ二度も三度も好きな人が傷つくのは見たくないよなって…。
浄化までにはもう少し!
・海斗
こっちも大概かっとんでる。
割れ鍋に綴じ蓋とまではいかないがそれなりに重い愛なら受け入れてしまう。
キトカロスには渇愛されてるけどこっちも大概愛に飢えている。
・シェイレーン
ストーリー上で生きてるんで…セーフです。
戦闘は技術でほんろうするタイプだと勝手に思っている。
・ヴィサス
通称ヴィ様。多分この章一番の一番の見せ場だと思う。
通りすがりの世壊の旅人だ、覚えておけ!
・ライトハート
シェイレーンに名前を憶えられてなかったクッソ哀れな非常食兼ちんまいの。
・レイノハート
何なんだお前はぁぁぁ!
って発狂してそう。
MDにティアラメンツが実装されたらどうなるのか。
お願いだからキトカロスを制限で実装してください。レイノハートが腹きってお詫びするんで!
次回もお楽しみに
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