キトカロスと、彼女にお姫様抱っこされた海斗が戦場に到達した時、そこにあったのは剣と剣が打ち合う音だけであった。
片方は人間の姿のまま、しかしもう片方は醜悪な本性にそぐう見た目に変貌しつつある化物。
「ヴィサぁぁぁス!」
「海斗!?」
海斗が大きい声を上げて自身の存在を知らせれば戦闘中にも関わらず海斗の方を見ては喜んでくれていた。
攻撃を避けながらも海斗のことにヴィサスは気づいていたのだ。
そして彼は傍にいるキトカロスを見て、とりあえずは何とかなったんだと察する。
「余所見をしている場合か?ヴィサス=スタフロストォッ!」
ただ海斗の方に気を取られたという事はレイノハートに隙を晒すという事。レイノハートは何一つ迷うことなくヴィサスに襲い掛かった。
―――しかし、その一撃はキトカロスになんなく弾かれる。
「このっ…商売道具如きが…ッ!」
「その商売道具に反旗を翻されてるんじゃあ、王としての器は無いに等しいですねっ!」
そのまま踊るような剣舞でレイノハートと殺し合いを始めるキトカロス。
レイノハートにとってキトカロスはこれ以上なく厄介な相手であることだろう。技術にせよ体力にせよ、戦術にせよ、キトカロスはレイノハートを上回っているのだから。
レイノハートが勝っている点と言えば単純な膂力と、支配下に置くことができる呪縛だけ。だが余りにもレイノハートの「呪縛」は強すぎた。
「…なら無理矢理従わせる。…それが許されるのが私だからなァ!」
「…ぁぅっ…。」
じくじくとキトカロスの内面に何かが入り込んでくるのを感じる。
またいつもの感覚と共にキトカロスの意識は閉ざされていく。
「…お前は人形がお似合いだな、キトカロスゥ~?」
「…。」
そこに俯いたような姿勢のまま動かないキトカロスの姿があった。
誰しもが、警戒する中ただ一人大きな声を出す存在が一人。
その男はこの場で誰よりもキトカロスの事を信じている男が声を張り上げる。
「何をやっているんだ、キトカロスゥゥゥーッ!」
その声は戦場を超えてこの世壊中に響く。
その声を合図にして、キトカロスと海斗は互いに飛び掛かった。
「―――信じてるぞ、海斗。」
ヴィサスは海斗がきっともう一度キトカロスをどうにかすると信じて、二人の方は見ないようにする。
「こっちも最終ラウンド、だな。」
ヴィサスは異形の姿に変わりつつあるレイノハートを睨みながらその剣を構えなおした。
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時はキトカロスと海斗が戦場に向かう時まで遡る。
レイノハートをどう斃すか、ということを二人で考えたときにキトカロスを意を決し夜声で作戦を話し始めた。
『私は一度レイノハートの呪縛にかかったふりをします。』
『そうしたら油断しきった所を私が後ろからぐっさり行きます。』
そうえげつない作戦を提案したキトカロスは物凄くいい顔をしていた。
凄い可愛い顔で、バックスタブを計画するキトカロスに海斗は何も言う事は出来なかった。というか海斗もそれ以上の策を思いつくことが出来なかった。
だがここで、キトカロスの言っていた条件にふと違和感を覚える。
『レイノハートの呪縛を振り払えるのかい?』
そう、キトカロスはレイノハートの呪縛に逆らう術を持たないはずだ。それなのに、どうしてそんな事を自身を持って言えるのだろうか。
キトカロスは恥ずかしそうに俯きながら、海斗の疑問に答えた。
『―――賭けですが。その…海斗が抱きしめてくれれば…その…。』
『口実にしようとしてない!?』
が、その内容が内容だったので思わずキトカロスを追求する海斗。
その追及に対してキトカロスはすっと目を逸らし、余りにも抑揚のない声でこう言った。
『―――ソンナコトハナイデスヨー。』
―――と。明らかに棒読み、かつ別の手段があると言わんばかりの反応に海斗は思わずジト目をキトカロスに向けてしまう。
『とにかく!私が正気に戻れるかどうかは貴方にかかっていますからね!?』
『了解。』
それがどういう理由で、だとかなんで自分がだとか、そんな事を聞く必要はなかった。キトカロスがそうすればあの呪縛を乗り越えられるはずだと言ったのだから。
そして今、彼女が計画した通りに事は進んでいる。レイノハートは自分の呪縛が解けるだなんてことは何一つ考えてはいないし、海斗はキトカロスが言った事を只々信じている。
だから、海斗はまず最初に声を掛けることにした。
キトカロスの体の動きは一瞬止まったが、それでも正気に戻るまでには至らなかった。そう遠くないうちに彼女は海斗に襲い掛かる事だろう。
ならば次はどうすればいいのか―――。
「…キトカロス…ッ!」
それこそ最初に彼女が言った通り、彼女に抱き着いてその目を覚まさせてやるしかないのだろうか。
それしか方法がないというのならば、それをやってのける。
そうしなければキトカロスに誇れる自分ではいられなくなってしまう気がするから。
彼女に「そうして欲しい」と頼まれたのだ。ならばここでその思いに答えなければ男が廃る、というものだ。
ならば、やる。
「―――うおぉぉおおぉッ!」
意を決した海斗は大声を上げて、キトカロスに飛びつくように抱き着く。
背後にレイノハートの嘲笑を浴びながらもそれでも海斗はキトカロスのためにその身を投げ出した。
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(暗い、ですね…。)
キトカロスの心は暗い暗い闇の底に落ちていくような感覚に囚われていた。
加えて、自分という「心」があるのに「自分」以外に体が動かされるのは物凄く不快でもあった。
それでも今までの自分は落ちていく感覚にそのまま身を任せてしまっていたようにも思える。「やるだけやったんだから」と諦めて最後までもがくことなく、呪縛を
だからいくら振りほどこうと思っても振りほどけなかったのだ。
(でもほんの少しだけ、光が見える。そして力も…!)
でも今は落ちていく感覚に身を任せて目を閉じるのではなく、何とかしようと、無意味でも足掻こうとすることができる。理不尽に抗う尊さを忘れずに前を向くことができる。
それを教えてくれたのは―――他でもない一番大切な人だ。
大切な人を、仲間を思うその心がキトカロスにより力を与えてくれる。
ゆっくり、少しずつ、それでも前へ。
ほんの少しずつでもいい。この呪縛に抗って、乗り越えて、全てを取り戻す。
(誰かの温もりがこんなに勇気をくれるだなんて―――。)
キトカロスの心に舞う小さな光はどこまでも優しく、そして暖かくキトカロスを導いてくれる。
その光の温もりはキトカロスのよく知る物と同じだった。
(一人じゃないって―――皆が居るって――――いいこと、だったんですね。)
傍にある物が当たり前にあると、何気ない日常が当たり前であると。
その当たり前が、大切なものだったと気づければ簡単な事だったのかもしれない。
この呪縛からも、シェイレーン達との日常を守ることも、一番大切な人と一緒に居ることでさえ―――。
(なら、私は―――!)
恋する少女は力を欲した。
欲した力はもう二度と、大切なものを、大切な仲間を、大切な人が傷つくことがないような、慈愛に満ちた力だった。
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キトカロスは強い締め付け感に襲われて目を覚ました。
海斗と共に地面に倒れ伏したままの状態で覚醒したようだった。。海斗は目を瞑りながら必死にキトカロスの体を抱きしめている。胸を触ってみれば、胸につけられていた錠前がきれいさっぱり消えている。どうやら上手く呪縛を振りほどくことができたようだ。それを確認してから、軽く二回海斗の背中を叩く。そうすれば海斗には伝わったようで目を開けた海斗はキトカロスに微笑みかけた。
「…よかった。」
「…ここからですよ。」
幸いというべきかヴィサスが気を引いてくれているおかげで二人の動向に気付くことは無かった。というかここで気付かれたらすっべてが御破算となってしまう、
そもそもあんな異形の姿になっていてまでヴィサスを斃そうとしているのだ。周囲に気を配るまでの余裕はないと思いたい。
「…やられる前にやれって、ね。」
「そうですね。」
レイノハートはこちらを気にするそぶりも見せない。それが自身の呪縛を信頼しているからか、それとも「キトカロス如きに」という慢心があるからか。
ただ、二人にとってはそんな事はどうでもよかった。何故なら、一番重要なのはレイノハートがこちらに気付いていないという純然たる事実だけであったのだから。
「…今ッ!」
キトカロスと海斗は
これなら完全に奇襲は成功する。音を立てずにキトカロスは
キトカロス一人に背負わせはしないと言わんばかりに海斗はキトカロスが構えたナイフに手を添えた。
「―――ッ!」
「入った―――!」
二人で行った急襲は見事に成功し、キトカロスのナイフが
それでようやく事態を飲み込んだのか、
「…この、アバズレとォ、タンカスがぁあぁぁぁああぁぁ!卑怯だぞぉぉぉ!」
始めて見せたその醜悪な本性でもって急襲した二人を激しく罵る
だが二人にとってその罵倒はもはや何一つ意味を持たないものであった。
だってすでに二人はどんな手を使ってもここでレイノハートを必ず葬ると決めていたから。
「―――卑怯も辣韭もありません!レイノハート、覚悟なさい!」
「殺し合いに卑怯もへったくれもないんだって!レイノハート、往生せいやぁぁぁああぁぁッ!」
必死に突き立てられたナイフを抜こうとする
しかもナイフが刺さった場所は急所。みるみるうちにレイノハートの姿に戻り、更にその場に崩れ落ちる。出血こそないが、もはや戦える状態ではないだろう。
キトカロスの一撃がが偶然急所にあたったのか、あるいは彼が今まで物を壊すように殺してきたティアラメンツたちの怨念がキトカロスの一撃を急所へと導いたのか。
それを知る術はもうない。
「おまえ、さえ、いなければぁぁぁぁッ!」
レイノハートは最後の足掻きと言わんばかりに海斗に向かってその鞭を振るう。
しかしその一撃はヴィサスとキトカロスの剣戟の前に海斗に届くことなく相殺された。そのまま二人は自身の得物をレイノハートに突き付ける。
「…これで終わりです、レイノハート。―――貴方の支配も、貴方の暴虐も、全て――。」
キトカロスはゆっくりとナイフを振り上げる。自分の弱さが招いた種は、自分で回収しなければならない。
だからキトカロスは、振り上げたナイフをそのまま振り下ろすことにした。
レイノハートのせいで散っていった多くの同胞たちの怨念を刃に乗せて、その一撃は振り下ろされ―――。
それを海斗が止めた。
海斗は「まだ早い」と言わんばかりに首を振る。そしてキトカロスの手を離すと、その一撃を止めた理由を語り始めた。
「…
「…それもそうですね。」
確かに海斗の言う通りだ、とキトカロスは思いなおす。何故私達の涙を求めたのか、何故あんな異常な姿を持っていたのか、そもそも何故この世壊を狙ったのか―――。
疑問は尽きないどころか湯水のように湧いてくる。
だがここで考え過ぎてもしょうがない、とキトカロスはその疑問を一旦後回しにすることにした。
一方、レイノハートから噴霧する何かがヴィサスに吸い込まれていくという光景を見ながらレイノハートに関する謎を考えていた海斗。
海斗にはライトハートの説明云々は全く耳に入ってはいなかった。
(…協力者は確実に居る…。そうでなければあんなに大量に涙の真珠を集めていた説明が付かない。その協力者の目的は一体なんだ?なんでこの世壊を攻めた?なんでキトカロスを?―――なんでこの世壊にヴィサスたちが来た?)
ライトハートがこの世界の在処を知っていたか、それともたった今目の前で起こっている光景に何か関係あるのか、海斗にも良く分からない。
「…多分、まだ終わっていない。」
だが海斗はそれだけは確信をもって言う事が出来た。
終わっていない、その言葉を示すように上空に影が差す。
そこには赤と黒の装甲を纏い頭に角を一本生やした二足歩行の何かが浮いていた。
「…クシャトリラ…?」
キトカロスはその存在を見上げてその一言だけを放ったのだった―――。
登場人物紹介
・キトカロス
自分をキトカロスだと思い込んでいる一般進化ルルカロス。
レイノハートを破った時点で既にペルレイノの主は彼女に戻った。
・海斗
も―そんなこと言うからー。
・ヴィサス
吸収。何か体がざわざわするってさ。
・ライトハート
海斗は思考中で話すら聞かれて無かった。
・クシャトリラ
イイ感じで終わりそうなところを邪魔しにきやがった糞野郎。
ちょっと展開が速い気もしますがこれでいいのです。
これからヴィ様一体どうなっちまうんだ…
次回もお楽しみに!
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