あれから一日。
警戒しながら過ごしたが結局四道の手の者は現れなかった。
しかしながらあの日の爆発は相当なニュースになったようで、学校も安全が確保されるまでは休日となった。
ここの所物騒な日々が続いていたからかこんなに穏やかな日を迎えられるなんて思っても居なかった。
「暇だ―…。」
「そうだねー…。」
人間、余りに何もないと気が抜けるとはよく言ったものだ。
現に自分が狙われているというのにソファの上で寝転んでいる男が一人。
霊使である。
ウィンと一緒になってソファの上でとろけているその姿はどこからどう見てもその身を狙われている人間の姿ではない。どちらかと言えば休日を寝て過ごす人間のそれに近いだろう。
その緊張感のない姿に思わずダルクは頭を抱えてしまう。
「二人とも…本当にそれでいいのか…なんか…おっさんみたいだぞ…。」
思わず突っ込んでしまったダルクは悪くはないだろう。
そもそもの話、なんで霊使が狙われているかを考えなければならないというのに、何をそんなに呆けていられるのだろうか。
「まぁ、原因は分かってるんだけどねー。」
どうやらこのマスターと風霊使いはとっくに原因に気づいているらしい。
ならばどうしてそれを自分に教えてくれないのだろうか。
ダルクは二人に思い切って聞くことにした。
「じゃあ、その原因って―――。」
「ああ、そっか。まだライナちゃんとダルク君には話してなかったね。…まぁ、一言で言っちゃえば家出したんだよね、私。多分四道の目的ってあれでしょ?創星神の復活でしょ?」
「それと家出に何の関係が―――。」
と、ダルクが言葉を発しかけたところでふと気づく。
精霊界でも創星神の話は有名だ。
なにせ、この世界を作ったのは他の誰でもないその創星神なのだから。
どっちの世界が先にあったかなんてのは分からないけれど少なくとも自分達が今、こうして踏みしめている地面は創星神が作り出したもの。
精霊界でもそう伝わっている。
そして、その創星神に対して毎年祭儀を行っている部族がある。
それが今、リチュアと戦争状態にあるガスタだ。
確か、創星神とガスタは切っても切れない関係であり、創星神の復活にはガスタの巫女の力が必要だという。
「まさか―――。」
「そ。"ガスタの巫女"としての私。それが四道の狙いだよ。今、この世界に居ないウィンダよりも巫女としての適性が高い私を狙ってるんだろうね。」
ウィンは口では笑っているが、目元が笑っていない。
確かガスタの里では巫女かその配偶者が次のガスタの族長になるというしきたりがあると聞く。
だが、これまでの付き合いで分かったことだが、ウィンはそう言ったものに縛られるのが大嫌いな、まさに風のように気ままに生たいという願いを持っている。
だからこその「家出」。
彼女は縛られ、その代わりに安定した一生を捨てて、彼女は不安定を代価に、自由な風になった。
自由になる代わりにその身が狙われることとなっても、それは彼女自身の選択だ。
それにどうして自分が文句を言えるのだろうか。
もし、その事に文句を言える存在が居るのであれば、それは霊使だけだ。
「まぁ向こうは目の上のたんこぶの俺をさっさと殺したいってのが本音なんだろうけどな!」
「いっそそれが目的なら清々しいくらいに屑の集まりなんじゃ…?」
「だから四道ってのは
流石に生家にその言い草はないだろうと頭を抱えるダルク。
だが、ダルクはこれまで見聞きした四道の行動を振り返ってみるとむしろ納得した。
確かにあれは「人間の屑」の集まりである、と。
嬉々として人の命を弄び、意味もなく誰かの命を簡単に消す。
そんな集団がまともであるはずが無いのだ。
それこそ唯一の例外は咲姫だけだろう。
「何も言えない…。」
ダルクは己のマスターが言ったことはいずれも正鵠を射ていたこともあり、もうそれ以上言葉を発しようとは思えなかった。
ただ。
彼は幸せになるべきだと、ダルクは思う。
そうでなければ二人とも報われないから。
(二人の幸せを願うぐらいは…いいよな。)
だから、ダルクはこの先も二人が幸せであれるように願った。
その願いを聞き取る者がいなくとも、それがダルクにできる精一杯なのだった。
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時は移り変わって夕方。
霊使達は今―――
「おっ…霊使君じゃないか。今日は…鯵が安いよー!」
「霊使君、霊使君、今日はブドウが安いよー!」
「霊使君ー。こっちは国産の豚バラ肉が100グラム100円だよー!」
なじみ深い商店街へと来ていた。
流石に四道も人の多いところでは襲ってこないだろうとの判断である。
霊使達はこの商店街にある店の主の事をほとんど全員知っている。
というのも霊使達はこの商店街のイベントに精力的に参加していたからだ。
しかも、この商店街の人たちは皆いい人なのである。
お陰で今では商店街の店に顔を見せるだけで切れ端という名の枝肉やら売れ残りという名のキープ品を渡され買い物が買い物の体を為してないのである。
まぁそれは既にウィン達の存在を知っているせいでもあるが。
さすがにバイトする余裕がない上に4人を養わなければならないとなれば色々と援助したくなっちゃうだろーとは、肉屋の店主の言葉だ。今では霊使含めて9人の大家族になったがむしろ喜ばしいことだと全力で笑い飛ばした豪快な人である。
ここの商店街の店主は人が出来すぎていると霊使達は感動したものだ。
そんな事を思い返しながら歩いていると八百屋の店主に呼び止められる。
人が良さそうな笑みを浮かべた引き締まった体を持つ、髪に少し白髪が混ざったこの男の事を霊使は敬意をこめて「おっちゃん」と呼んでいた。
もちろんこのおっちゃんも霊使の事を知る一人である。
「おっ、二人とも。今日もデートかい?」
「えっ…いや…その…デ、デート…なのかな…?」
「まぁ、こっちからすりゃ二人は夫婦みたいなもんなんだけどなぁ!」
「おっちゃん!これ以上はウィンが死ぬからやめたげて!」
いい仕事をした、と言わんばかりに八百屋のおっちゃんはいい笑顔を浮かべる。
一方のウィンは恥ずかしさのあまりに赤面したまま地面に突っ伏していた。
これが格ゲーか何かなら八百屋のおっちゃんとウィンの対戦ダイヤグラムはまず間違いなく10:0でおっちゃん有利だろう。
「で、今日はキュウリが安いよ。確かエリアちゃんの好物じゃなかったかい?」
「エリアの好物はわらび餅だけど…でも最近はキュウリもよく食ってる。」
(キュウリも好きだよ!モロキュウ、おいしいよね…。)
(おい、マスター。既にエリアがおっさんと化してる!…ボクはモロキュウよりも叩きキュウリだね!どっちも用意してよ!)
八百屋のおっちゃんの本日のおススメ、キュウリ。
始め、生で出した時はさすがのエリアも苦言を呈した。
「さすがに手抜きすぎじゃない?」
と。
それは、ウィンもアウスもヒータも同じ思いだったようで激しく首を上下させていた。
が、霊使が差し出したもろみ味噌ををキュウリにつけて食したエリアの様子が一変。
それ以降、キュウリが食卓に上がると取り敢えず味噌を持ってきてはキュウリにつけて食べるようになったのだ。
ヒータも似たような理由で叩きキュウリを好むようになってしまった。
それ以降、霊使の家の冷蔵庫の野菜室には常にキュウリが一袋備えつけられるようになったのだった。
で、今日は夕飯の材料を買うついでにキュウリの補充に来たのだ。
おっちゃんの八百屋は全体的に質のいいものが安く売られている。
こんなんで赤字にならないのかとも思うがあくまで八百屋は副業。
メインは農家らしい。
こんなに野菜が安い理由も一言で言えば「自分で作っているから」。
「自分が作ったものをおいしいと言ってくれりゃあいくらでも頑張れる。」笑うその姿は余りにも恰好良かったのだ。
その熱意が籠った野菜を霊使は吟味するように一つ一つ眺めていく。
「じゃあ、キュウリと―――あれ、冬瓜じゃないですか。じゃあ、冬瓜をハーフサイズで一つ。」
「ほいほいっと…あ、お代は冬瓜だけでいいよ。今年はキュウリがたくさん採れたからねー。売ってたら消費しきれんのよ。」
「本当ですか!すいません。わざわざ。」
「いいってこと。はい、じゃあ冬瓜ハーフサイズで200円ね。」
代金を払い、良い買い物ができたとほくほく顔の霊使。
霊使が帰った直後に八百屋から驚きの声が聞こえたが十中八九キュウリの無料配布だろう。
「貰っていいんですか!?」とか聞こえていたし。
その後、ウィンといくつかの店を冷やかしながら夕飯の食材を買い集めたのだった。
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「手伝いましょうか?マスター。」
「ん。じゃあ、冬瓜の下処理をお願い。」
「はいはい。」
基本的に料理を作るのは霊使の役目だ。
この家のどこに何があるか理解しているのは霊使位だし、この場所で最も調理を行っているのは霊使だからである。と言っても最近は霊使いに料理を教えるために大体誰かとキッチンに立つことが多いのだ。
が、ここの所は連戦続きでほぼ出来合いの総菜ばかりだった。
それを考えるとどうしても今日は料理したかったのだ。
「えっと…冬瓜は種とワタを取り除いて…。」
「そうそう。ちゃんと下茹でも忘れないようになー。」
アウスに冬瓜の仕込みをやってもらっている間に霊使は本日のメインの調理に取り掛かる。
「まずはエビの尻尾の先を切って水分を扱き出す。そしたら背ワタを取って。…後は身が曲がらない様に切り込みを入れて、と。」
本日のメインは天ぷらだ。
季節感も何もあったもんじゃないが冷蔵庫の中の余った食材を結構簡単に消費できる便利な料理だった。
「なすはヘタを取って末広がりに。マイタケは一口サイズになるように手で割く、と。後はあらかじめ下味をつけといた鶏肉と、後は―――しし唐でも揚げるか。」
今日のメインである天ぷらの具材をどんどん調理していく霊使。
9人分ともなるとかなりの量になるため大急ぎで作らなければならないのだ。
その中で霊使の調理スキルはまた進化し、今では短時間でたくさん作る術を獲得していた。
その分種類が少ないのはご愛嬌というやつだ。
「マスター、下処理終わりましたよ。」
「分かった。それじゃあそのまま味噌汁にしちゃってくれ。」
「もちろんです。」
霊使の家では調理するときはカセットコンロを用いることが多い。
それだけ9人分の調理というのは手が回らないものだ。
そうこう言っているうちに料理が出来上がった。
始めはこの量が出来上がることに驚いたものだ。
が、既にその事にも慣れ始めた霊使達は大量に出来上がった料理を全員で手分けして運んでいく。
そして全員分の料理が並んだ所で全員が手を合わせた。
「いただきます」
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「ごちそうさまでした」
全員の声が再び重なる。
皿の中身はすっからかんで、揚げカスの一つも残っていない。
「おいしかったー…。」
「サクサクとした、しかし、油が程よく切られていてくどくなかった。…実に美味かったぞ。」
各々が感想を言いながら食器を流しに持っていく。
そして霊使が軽く汚れをふき取り食洗器にぶち込んだ。
後は食洗器のスイッチを入れて自由時間だ。
「あ、ちゃんと歯を磨けよー。」
精霊に虫歯という概念があるかどうか知らないけれど取り敢えず注意だけはしておく。
もし虫歯になってでもなったら保険証が無い彼女たちの治療には決して低くはない額を請求されるだろう。
残念だがそんな金は無い。
そうして一日は過ぎていく。
そして、全員が寝静まった。
「ダルク…どこ…?」
寝ぼけたライナがダルクの寝床に侵入したのはまた別の話である。
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ウィンは皆が寝静まった後に目を覚ました。
ただ、眠たくなくなっただけとも言えるし、隣に霊使が居ないのが少しだけ不安になったとも言える。
その不安を紛らわすためか、はたまた夜風に当たりたかったのかは定かではないが、ベランダへと向かった。
「霊使、いたんだ…。」
「何とはなしに風に当たりたくなって、な。」
ベランダにいた先客―――霊使の隣にウィンは立つ。
手すりにそっと腕を置くとウィンはほう、と息を吐いた。
季節は既に夏。
耳を澄まさなくとも蝉の鳴き声が響き渡る。
「なあ、ウィン。―――平和だよな、今日って。」
「そう、だね。」
霊使は唐突にそう切り出した。
「俺さ、怖いんだ。戦う事を決意したのはいいけど…もしかしたら大切なモノを落とすんじゃないかって。」
「霊使…。」
ウィンは否定も肯定もできなかった。
確かにそうだ。
今までの戦いは善人同士の意地のぶつかり合い。
だからこそキスキル達は霊使を殺さなかったのだ。
だが、今までの戦いやこれからの戦いは違う。
文字通りの「悪人」が相手なのだ。もしかしたら何かを失ってしまうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だが少なくとも、負けたら碌な目に合わないことは確かだ。
だからこそ怖いのだろう。
「…今まで戦ってきたやつがいまさら何言ってんだって話だけどな。」
霊使は今になってウィン達をどれほどの危険の中へと誘ったのか理解してしまったのだ。
きっと霊使の中では昨日の爆発の光景がフラッシュバックしている事だろう。
だからこそ霊使は弱音を吐いた。
「…大丈夫だよ。
「全く…心強いな…。」
霊使が吐いた弱音をウィンはありのままに受け止める。
霊使が弱音を吐くなんてそれこそウィンの前でも無かったのに。
なぜ今になって、とかはどうでもよかった。
「…一緒に寝る?」
「…やめい。またエリアに煽られるっちゅーの。…まぁお願いしようかな。」
「甘えん坊さんなんだから。」
「いいだろ別に。」
二人の時間は一瞬で過ぎていく。
ほんの少しでも時の流れがゆっくりになればいいのに。
ウィンはそう願わずにはいられなかった。
登場人物紹介
・霊使
割と豆腐メンタル。
取り敢えず今回の戦いにウィン達を巻き込んでいいものか考えていた
・ウィン
忘れていると思うけど正ヒロイン。
霊使のメンタルを修復した。
・エリア
モロキュウ好きの女の子
絶賛おっさん化進行中
・ヒータ
叩きキュウリ好きの女の子
絶賛おっさん化進行中
・アウス
霊使いの中で一番料理が上手い。
得意料理は肉じゃが
・ライナ
寝ぼけてダルクの寝床に潜り込んだ
・ダルク
取り敢えず四道絶対許さないマン。
ウィンがフリーダムなのをすっかり忘れていた。
・クルヌギアス・マスカレーナ
同室。
料理下手な二人
・おっちゃん
めっちゃいい人
・マスカレーナ、クルヌギアス
水樹君のデッキ強化
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ネクロス
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リチュア