供養です
茹るような暑さの中で霊使とウィン、エリア、ヒータ、アウスのいつもの五人は溶けていた。そう、何の比喩表現でもなく溶けていた。
ヒータは完全に溶け切っていないのが救いだろうか。
「汗が…止まらない…し、死ぬ…。」
「エリアちゃぁん…水をォ…。」
「熱くて干からびそうなときに水なんて出ないよぉ…。アウスちゃん、ひかげぇ…。」
「む、無理…。こっちも暑くて、もう…。」
「一人じゃ看病は無理だよぉ…。ボクも流石にキツイよぉ…。」
ヒータの愚痴はごもっともである。
結局五人は溶けそうな体を引き摺ってなんとか近くの小さな商店に入ることができた。
とにかくそこで上がった体温を下げつつ、ペットボトルのスポーツドリンクを5本購入。それをコンビニの駐車場で一息に飲み干すと、五人はまた目的地に向かってゆっくりと歩きだした。
「…毎日こう熱いと…ねえ、みんなはまだ大丈夫?」
ついさっきまで溶けていたが水を飲んだだけである程度復活した。
水の力は偉大なのである。
「…いやー…舐めてたよね、熱波。」
「こんな日に歩いてキャンプに行こうだなんて言ったのは…私かぁ。」
ちなみに何でこんなことになっているかといえば、ウィンがキャンプに行こうと言い出したためだ。お盆の間にどこか行きたいと四霊使いでデュエルして―――何故かウィンが【征竜】持ち出したのだったか。
何でも夜になるととてつもなくキレイに星が見える川辺のキャンプ場があるとかないとか。そこにウィンは熱烈に行きたいと願っていた。
というわけで電車に揺られておよそ二時間。
霊使達は一度隣の県に移動してから来るという何とも壮大な遠回りをして目的の町に着いたのだが―――
そこは、暑かった。
霊使達はその目的地が全国ニュースで放映されるほどの暑さを誇る地であることをすっかり忘れていたのだ。
結果、このように溶けてしまったのである。
「あっつい…暑くて干からびそう…動いてないのに熱いよ~…。」
「言うな…!暑い暑い言ってると…より、暑くなるッ…!」
電車から降りた瞬間のあの暑い日差しはとてもじゃないが地殻変動を疑いたくなってしまう。
もちろん、そんな事が起こっているわけもなく、単純にその駅周辺の小さな町が内陸性の気候というだけだ。
「それにしても…」
「ド田舎…だね。」
エリアが言った通り、この町はド田舎といっても過言ではない。
周囲に建物は点在しているものの、視界には緑の割合の方が多い。
―――それは、いつも都会の喧騒に囲まれていた霊使達にとっては新鮮な景色でもあった。
「…行くか。」
五人は商店の外に出ると、目的地に向かって歩き出す。
ちなみにだが、その日からしばらく「暑い~」と嘆く萎びた人影が居ると噂されたそうだった。
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午後一時、霊使達はキャンプ場に到着した。近くには中高一貫高もあり、部活中であろう子供たちの声が響き渡っている。
今回はバンガロー施設を借りることにしていた。
如何せん急にキャンプに行くということが決まったのだから、キャンプ用品など用意できるはずもない。
というわけで一昨日このキャンプ場のバンガローを借りれるように予約しておいたのだ。
「…管理人さーん、予約していた四遊ですけれどもー。」
霊使はキャンプ場の管理人室に声を掛ける。
窓をがらりと開けて顔をのぞかせたのは少しばかり舞うに皴の入ったおばさんだった。
おばさんは霊使の顔を見るや否や心配そうに声を掛けた。
「はーい。…街中からよく来たね。こっちは暑かったら?」
「…ええ、そりゃとても。」
「今日はバーべーキューサイトの使用もするんだったねぇ。水着もってきてたら川で涼めるんだけどねぇ…。」
「あー…。」
このキャンプ場の近くには大きな川が流れている。
水着を持ってくれば川で涼むことができる、とネットの情報に書いてあった。
なので一応持ってきてはいるのだ。
「あー…一応、着替えってどこで…。」
「バンガロー内で良いら?」
「あ、はい。」
荷物を置いて、バンガローで着替えの許可をもらった霊使達。
そのまま、川遊びをすることになった。
「あっつ!?サンダルが溶けるって!?」
「石が焼石だよあっつい!」
「これは洗濯物とかもすぐに乾きそう…。」
川の中に入ってしまえば涼しいのだが、そこまでが異様に熱い。
暑いではなく「熱い」。あほみたいに熱いのだ。
それでも一度川に入ってしまえば天国のような心地よさだった。程よい流れとせせらぎの音に身を任せれば、これまでの激闘で傷ついた心がすぐに修復されていうような気がした。
ウィン達は地域の子供たちに連れられて飛び込みを経験しているようだ。楽しんでいるようで何よりである。
が、そんな事を楽しんでいると、町内無線から放送が入った。
「午後三時から放流します。川でお遊びの皆様はご注意ください」、と。
時計を見れば既に二時半。やはり楽しい時が過ぎるのは早い。
川の流量を維持するために計画的に放流しているらしい。心地よい川の感触に別れを告げて、霊使達は灼熱のバンガローへと戻っていった。
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「…食材買ってねぇ!」
「…あー!?」
川から上がって、バンガローの冷房を入れたところで霊使達は気づいた。
うっかり食材を買うのを忘れていたのだ。これでは何のためにバーベキューサイトを借りたのか分からない。
網や鉄板といった調理器具はレンタルできるし薪や炭は管理人室で購入できる。
だが、肝心の食材がない。余りの暑さに忘れてしまっていたのだ。
「…霊使、どうする?」
「流石に町だけに店があるわけじゃないから…多分、あるはずだ。…店が。」
土地勘も何もないなかで、まさかの食材の買い忘れ。
仔のやらかしを一体誰が予想できたというのだろうか。いや、できない。
何故なら全員キャンプというものに盛り上がっていたからだ。
浮足立っていたといっても過言ではない。だから全員気づかなかったのだ。
―――肝心のバーベキュー用の食材がない、と。
「どうすっぺ…。」
「…近くにあればいいんだけど…。」
「近くに小さな町があったよね。…病院とかもあったし、そこの道行く人に聞けば…。」
とにかく、どこかしらで食材を見つけなければならないのである。
というわけで、キャンプ場の近くの小さな町に行くことになった。
―――その途中の話である。
「うわっ…!?」
「やばっ―――。」
このキャンプ場は学校の近くにある。
今は夏休み期間中であるが、部活あるいは勉強、もしくはそれに類する何かで学校に通う―――なんてこともあるかもしれない。
霊使達はすっかりそれを失念していた。
校門の石柱で陰になっていたこともあり、一人の少年と激突してしまったのだ。
「おわぁ!?」
―――跳ね飛ばされたのは霊使だけだったが。
少年は微動だにせず、ぶつかってしまった霊使の方を見ていた。
そうして、やってしまったと言わんばかりに霊使に手を差し伸べて来る。
「す…すいません!」
「…いや、こちらこそ…。少し急ぎの用事があって…周囲が見えていなかった。」
霊使は差し伸べられて手を掴むと引き起こされる。
ごつごつとした手だった。まるで何かをずっと握って振っているようなそんな感じの手だった。
「…急いで…ああ。もしかして食材忘れちゃいました?」
「…分かるんだな。」
「ええ。そもそもここのキャンプ場ほとんどがフリーサイトでの使用ですし。そうすると自然とあっちから来るのはバンガローに宿泊した人となりますね。で、車で来た人は来る途中の中型のスーパーで買えばいいからここで焦ってくる人はおおよそ食材を忘れた人だと推測できます。」
「…すごいな。」
まあ、これ位は誰でもできる推理です、と少年は笑いながら言う。
それで、と少年はこちらに向き直った。
「…案内しましょうか?」
「いいのか!?」
「ええ。…連れの方もいるんでしたら一応その方たちも一緒に。ついでですからこの町の案内もさせてください。」
―――そうして、霊使達は少年の案内を受け入れることにした。
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少年の名は名嘉原宗太というらしい。
幼稚園の頃からずっとここで過ごしてきて、いまでは高校の生徒会副会長をしているのだそうだ。
会長にならなかった理由は「剣道と会長の二足の草鞋を履きたくないから」ということだったらしい。
「今日は何で学校に?」
「…全く以て進まない生徒会の仕事と…後は鍛錬、ですかね。」
「なんだろう…遊んでいる俺達が恥ずかしく思えて来たぞ…!?」
しかも性格も根もまとも。
その分損する人物であると言えた。
それと同時に何かをとても嫌っていることをうかがわせる。
「遊ぶのも大切ですよ。…働きっぱなしは壊れてしまいますから。」
「…そう、だな。」
今、宗太と霊使、それに四霊使いの六人は大きな川にかかる鉄橋を渡っていた。
時折、六人のそばを電車が走っていく。
その光景は意外と見慣れないもので、霊使は新鮮な気分にさせられる。
「…ここまで来たらもう少し。…行きましょう。」
「よろしく頼む。」
鉄橋を渡り終えてもう少し歩きますよ、という宗太。
霊使は宗太に学校生活について聞くのは止めにした。
かれもきっと、その話を望んではいないだろうし、何より彼とはきっとこれきりの関係だろうから。
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「助かった…!」
「いえいえ。良かったです。」
宗太のお陰でバーベキュー用の食材を買う事が出来た霊使達。その後宗太と一緒に、キャンプ場に戻ってきていた。彼の趣味は天体観測で夜は暫くここで星を見上げるというのが趣味らしい。
なので彼と一緒に食卓を囲もうとしたが、彼は一緒に食べようとしなかった。
「…少し、話しませんか?」
「……?」
ウィン達がバーベキューを楽しんでいる中、宗太は一人霊使を招いた。
夕暮れ時、赤い夕陽に照らされて宗太の姿があった。
その姿は風が吹けば飛んで消えてしまいそうなほど儚く、同時に何かを抱えていたのだと霊使は悟った。
「…貴方はお盆について知っていますか?」
「…先祖が帰ってくるっていうあれか?確か…キュウリに乗って先祖の魂が帰ってくるってあれか?」
「精霊馬ですね…ちなみに帰りに乗っていくのは牛馬という名前です。…ってそうじゃなくて。―――貴方は先祖の魂を信じていますか?」
「…さあね。魂なんてものの実在は証明できないからなぁ。」
霊使は魂の定義が出来ない事は知っていた。
人間は死んだ瞬間に21g軽くなるという話がある。「21g」―――これが人間の魂の重さなのだという説がある。
「……普通信じないですよね?」
「…でもそれに類する存在なら知っている。」
「カードの魂…精霊。…彼女達ですか。」
「だから否定することもできない。…彼女たちは実在しているから。」
「…でしょうね。」
くすくすと宗太は笑う。まるで今まで見てきたこと以外も知っているかのように。
―――彼は一体何なんだろう、そう考えたときに、ふと腑に落ちる何かがあった。
「…宗太、お前、いや、貴方は―――!」
「口にするのは野暮ってものさ。」
今までの敬語口調から一転、宗太は軽い言葉を使うようになった。
それと同時に、彼とあったはずのない霊使は酷く懐かしさを感じるようになる。
「……お別れ、だね。僕はかつてこの地に生きた「誰か」の姿を映したもの。…きっと君は大丈夫。」
その言葉が、「大丈夫」という言葉が、霊使の胸の中にすとんと落ちる。
霊使の知るはずのない誰かのはずなのに、繋がりを感じる。
いつの間にか、宗太と霊使は背中合わせになっていた。
「…振り返ってはいけないよ。ゆっくり、前に進みなさい。」
―――霊使の記憶はここで途切れている―――。
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「…じ!霊使!」
「おわぁ!?」
時間は夕方。
目の前には自信とぶつかって倒れた少年。
―――どうやら自分は今まで不思議な体験をしていたらしい。
「すいません、大丈夫ですか―――?」
宗太とよく似た顔立ちの少年に霊使は手を差し伸べる。
―――きっと、彼がめぐり合わせてくれたのだろう。
赤く染まる地面にに六人の長い影が映っていた。
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