「こんにちは、グランマ・・・・・・と、メイも居ましたか」
「あら?ビスクちゃんじゃない、いらっしゃ〜い♪」
「ん、ビスク姉さんか。珍しいな、一人でここに来るなんて」
「・・・・・・まぁ、私にもそういう気分の時があるという事です」
『La Rencontre』。
マミィがあちらの世界で仕事をしている『アダムの林檎』の支店と言って差し支えない店舗であり、トップランカーの1人、『マギー』が店主を務めているバーであるここは、日中は初心者・ベテランダイバーを問わない店名さながらの交流の場として利用されていますが、日本時間における20時近辺を過ぎると比較的客数が落ち着くという傾向にあります。
それを見込んでやって来たのは、店内に居たのがグランマ──マミィが仕事中にママ、と呼んでいた事への勘違いから呼んだのを切っ掛けに、そう呼んで欲しいと本人から言われてそのまま呼んでいる──とメイしか居ないのを見るに、どうやら正解でした。あまり他人がいても煩わしいので。
「チェリーちゃんなら、今日はお休みよ?」
「・・・・・・えぇ、だから来ました」
「あら」
今日、マミィは配信をしていました。
新しいミッション、『邪竜の花嫁』の公開の為の配信を。
その内容と最後を思い出して、あまり良い気分にはなれずため息を一つ。
「とりあえず、まずは何か飲み物でもどう?何はともあれ、一息つけましょ?」
「そう、ですね・・・・・・では・・・・・・ビール、というものを」
「意外だな、ビスク姉さんがアルコールの類を飲む印象は無かったんだが」
「そうですね、飲んだ事はありません」
「そうねぇ・・・・・・初めて飲むとなると、ビールはあまり美味しく無く感じるかも知れないけど、大丈夫かしら?」
「ええ。興味自体はあったので、良い機会です」
マミィがあんな風に飲んでいる物が美味しくないなどという事があるのでしょうか、と少しだけ思いましたが、恐らくは癖のある味なのだろう、とアタリをつけました。要するに、恐らくコーヒーの様な『大人の味』と評される類のものなのでしょう。
残しても大丈夫よ、という前置きをしながら私の前にグランマが置いたグラスを受け取り、一口。
「どう?」
「苦いですね」
「苦いのか、チェリーはいつも大量に流し込んでいたが」
「ええ、苦いです」
「一応、ビールって普通はあんなに一度に一気飲みするものじゃないのよ・・・・・・?」
流し込む、と聞いて、そう言えばマミィは味わう様な飲み方ではありませんでしたね、と気付き、グラスを傾けて普段はあまりしない飲み方で残りを飲み干しました。
・・・・・・ふむ。
「なるほど、確かにこの飲み方の方が飲みやすいです。やはり苦いですが。
流石はマミィ・・・・・・パフォーマンスかと思っていましたが、この飲み方こそが最適解だったのですね」
「本当、ビスクちゃんはチェリーちゃんの事大好きよねぇ」
「自分の親であり尊敬すべき存在を嫌いになる理由がありませんので」
そう────だからこそ、マミィの幸せを、私が邪魔をしてはいけないのです。
例えこのもやもやとした気持ちが拭えなくとも。どこぞの馬の骨のトカゲの泥棒猫がマミィを奪って行ったとしても。マミィが幸せなら・・・・・・幸せなら・・・・・・
「あの泥棒猫・・・・・・!!」
「・・・・・・本当、あの子の事大好きねぇ」
そう呟いたグランマが、そう言えば、と続ける。
「ビスクちゃんって、チェリーちゃんがまだ前の名前だった頃に生まれたのよね?」
「すー・・・・・・ふー・・・・・・んんっ、ええ、そうですが、どうかしましたか?」
「どう、というほどの事じゃ無いのよ?ただ、その割にコスチュームの着替えまでしかしているのを見た事が無いような気がして」
「確かに、ダイバールックそのものを変えていたのはリクとの一件の時以外見たことが無いな」
「その事ですか・・・・・・グランマ、お代わりを貰っても?」
新しいグラスに注がれ、目の前に置かれた黄金色の液体を一口、今度は口の中で転がさずに飲み込む。・・・・・・慣れてくると、悪く無いかも知れませんね。
「理由としては、ダディから基本的に禁止されているから、と言うだけです」
「禁止?」
「アンシュが、か?」
「えぇ。
グランマ、ELダイバーが生まれ始めて少しした頃に流行った、ドッペルゲンガー、或いはGBNゴーストと呼ばれていた存在は知っていますか?」
「えぇと・・・・・・そうね、確かにそんな噂が流れていた記憶があるわ。
確か、毎回姿が違う正体不明のダイバーが、目の前に現れたと思ったら自分そっくりになって、またふらりと何処かに居なくなるとか・・・・・・
チェリーちゃんはその頃は活動してなかったから違うのは分かってたけど、まさか」
「それはかつての私です」
またビールを一口。
「マミィへの憧れ、私が生まれた理由、そしてマミィの真似をしていれば、マミィに見つけて貰えるんじゃないか、マミィを見つけられるんじゃないか、そう考えた私は、見かけたダイバー達を観察し、外見と全く同じ姿になり、本人同様の行動を演じる、と言う事を繰り返し続けていました。
────自分自身の姿も記憶しないままに」
「それって・・・・・・!」
「当然、待っていたのはアイデンティティの不安定化でした。
マミィへの執着で保っていたようなもの、とダディは言っていましたね。
どうやら、当時でも私の事は上手く捕捉できないELダイバーが居る、と言う程度には把握されていたらしいのですが、ELダイバーのデータのサンプルが少なかったのもあって私を見つけられなかったとか」
そして紫色のハロに────ダディに、出会いました。
「思えば、確かに最後の頃は思考がふわふわとしていてあまり纏まっていなかった気がします。
そんな頃にダディに拾われた私は、ダディにこの素晴らしい身体と、ビスクという名前を付けて頂き、漸く、私は私としてこの世界に生まれたのです」
グラスの中身を流し込む様にして飲み、空になったグラスをトン、とテーブルに置いて続けます。
「私が私になって、最初に言われたのがダイバールックのマイセットに今の姿を登録する事、身体的な変化の禁止と一時的な服装の変更の禁止、そして1日に1度は自分自身の全身を鏡で見る事で、自分がどんな姿をしているのかをしっかりと認識する事、というものでした。
性格的なものに関しても元の在り方は覚えていなかったので、同じくダディに取り敢えず適当にでも敬語で話しておけ、と言われ、言われた通りにこうしています。
────つまり、今の私は何の誇張も無く、マミィとダディのお陰でこの世界に生まれ、生きているELダイバー、『ビスク』という訳です」
「大変だったのね、ビスクちゃん・・・・・・!」
「むぎゅ」
「それでビスク姉さんはアンシュの事をダディと呼んでいるのか」
「もむいむももめむ」
そういうことです、とカウンター越しに顔をグランマに抱きしめられ埋めた状態で返事をすると、メイはなるほど、と小さく頷きます。
「つまり、身体的な変化を禁止されているのは、かつての不安定化の再発防止、と、そういうことだな」
「ぷは・・・・・・そうなりますね。最近はダディが居る場ならしてもいいと言う許可も出て、短時間の変装でどうにかなる事も無いので問題は無いとは思うのですが・・・・・・
・・・・・・サラお姉ちゃんの一件で、また禁止にされてしまいました」
「まぁ、それは仕方のない事だろう。
しかし、これで納得が行った」
「納得ですか」
「アンシュをダディ、と呼ぶ事もそうだが・・・・・・何やら、ビスク姉さんは妙にアンシュに似ている気がしていたからな」
「似ている、ですか。私とダディが?」
紫ハロの姿、リアルでの姿を思い浮かべ、毎朝毎晩鏡で見ている私の姿を想像で重ねてみますが、そもそも球体のダイバールックと、リアルでは細身ながら男性の姿のダディ。
似ている、となると・・・・・・
「そうね、確かに似てると思うわ」
「・・・・・・そんなにも、私は目付きが鋭いでしょうか?」
「目・・・・・・?やだ違うわよ、性格の話!そうよね、メイちゃん?」
「ああ。
他人には必要以上に興味を示さず、多少なりとも好意を抱いている相手とは自分からも話すようになり、大切にしているものを脅かすものにはなりふり構わず容赦もしない。
思い入れの深さ・・・・・・いや、これもまた愛、と言うのだったか。その点においても、よく似ていると私は感じた」
愛。
言われてみればメイの言っていたような面があるような気はしなくもない・・・・・・でしょうか。
そして、あまり他人と自分からは関わらない傾向のあるダディから仕事というだけでは無い言葉をかけられる事があるのも事実。ぞんざいに見える扱いはされていても、その対応自体はコーイチやマミィに対してとほぼ変わらない、と言っても過言ではありません。
つまるところ、ダディなりに親しみのある相手と認識されているという事でしょう。
・・・・・・ただ、サラお姉ちゃんの一件の時に不意打ちで初めて一度だけ娘と呼んでくれて以来、呼んで貰えないのは不満な点でもありますが。
「・・・・・・もう一度ダディを怒らせるような事をすればダディから娘扱いしてもらえるという事でしょうか・・・・・・?」
「ダメよ?ビスクちゃん。
そんな事してビスクちゃんに何かあったら、チェリーちゃんは悲しくて今度こそこの世界に戻って来なくなっちゃうかも知れないわよ?」
「絶対にしません」
「えぇ、そうしてちょうだい」
マミィを怒らせてしまうなら兎も角・・・・・・いえ、全く良くはありませんが、兎も角として、悲しませるなどという事は断じてあってはなりませんから。
・・・・・・ですが、そうなると、
「やはり、この『ダディうちわ』でアピールをするしか・・・・・・」
「アンシュの顔が描かれたうちわか。変わったデザインだな」
「・・・・・・そういうのも、やめた方がいいかも知れないわね?
ほら、恥ずかしがって口を聞いてもらえなくなるかも知れないもの」
「成る程・・・・・・ダディに娘として扱われるのは、中々に難しい事なのですね」
「そうかしら」
そんな事は無いんじゃないかしら、とグランマ。
「娘として接する、親子として接するっていうのは、直接同じ血が流れてる私たち人間の親子だって本当にいろんなカタチがあるの。大切にしてる気持ちをあまり直接は表に出さないようなお父さんも、もちろん居るわ。
彼は・・・・・・多分、結婚もしていないのに自分の事を親として扱う貴女っていう存在が出来て、気恥ずかしいだけじゃないかしら。現に、一度は呼んでくれたんでしょう?」
「ですが・・・・・・ダディと出会ってから、もう3年以上経ちます。それでも、まだ気恥ずかしいものなのでしょうか」
「それでも、よ。
もう少し待ってあげましょ?ビスクちゃん。いつか、気持ちの整理がついたらもう少し表に出してくれるようになるわよ、彼も。
それまでは・・・・・・そうね、仕事で疲れてそうだったらお茶とかコーヒーとかをそれとなく差し入れしてあげたり、出来そうな仕事を手伝ってあげたり、なんてしてみるのもいいんじゃないかしら?アシスタントとか、助手みたいな感じで補佐してあげたりすると頼りになるって思ってもらえそうだし、一緒にいる時間も増えれば早く慣れて貰えるかもしれないじゃない?」
助手。ダディの。私が。
もし、そうなったとしたら、ダディはどんな反応をするでしょうか・・・・・・例えばこんな・・・・・・
『ダディ、任されていた仕事が終わりました』
『流石の仕事だ。頼りにしてるぞ』
・・・・・・いえ、そこまで行くとダディらしくありませんね。もう少しダディがしそうな言い方に寄せて・・・・・・
『ダディ、任されていた仕事が終わりました』
『見せろ。
・・・・・・まぁ、悪くねえな。次は、これを任せる。頼んだぞ』
「・・・・・・・・・・・・いい、ですね」
私には見えました。あの鋭い目でこちらをチラリと見ながら仕事のリストを私に手渡すダディの姿が。
そうとなれば善は急げ、こんな所にいる場合ではありません。
「ご馳走様でした、グランマ。早速実行に移そうと思います。お代はこちらに。では」
「あっという間に行っちゃったわねぇ・・・・・・少し酔ってるように見えたけど、大丈夫かしらビスクちゃん」
「ああ。だがビスク姉さんの事だ、アンシュの所に行くと言うなら大丈夫だろう」
「でも、最初のビスクちゃんがどんな感じだったのか、見てみたかったわね・・・・・・どんな子だったのかしら」
「あれだけチェリーに影響を受けているビスク姉さんの事だ、案外、チェリーと似た姿をしていたのかも知れないな」
「答えを知るのは、神・・・・・・じゃなくて、GBNのサーバーのみぞ知る、って事かしらね」
ビスクのクーちゃんに対しての言い草は確認済みなのでヨシ!(現場猫
あぁ^〜ビスクのポン化が進む音^〜