「シンラ。シンラだよ。君可愛いからシンって呼んで欲しーな。」
…シンラ、彼の名前は、シンラ。頭の中で名前を復唱する。どこかで聞いたことのあるような、ないような…そんな変な感覚に陥る。
「……そう。じゃあお言葉に甘えて、シンって呼ばせていただくわね。」
シンの口説きのようなものは触れないでおく。
なんとなく、面倒なことになりそうだから…。
するとシンは少し口を尖らせた。
「あっ、可愛いってとこは触れてくれないんだ〜……まぁいいや。俺はユキちゃんって呼ばせてもらうね」
ユキちゃん……ちょっと、馴れ馴れしい呼び方。
呼び捨てならまだ……まぁ、私も彼のことをシンってあだ名のようなもので呼ぶのだし、彼だってなんて呼んでもいいか。
私の気にしすぎね。
「分かったわ。……ところで、シンの苗字は?
__あっ、言い難いなら言わなくてもいいのだけど。」
苗字は、と聞いた時、シンは先程までニコニコだった表情を酷く歪ませた。そんな表情に驚いて、シンに突如言わなくてもいいと言ってしまう。
気まずい雰囲気は、あまり好きじゃない。
「……ごめんね。俺は、………ええと、ユキちゃんの苗字は?良かったら教えて欲しいな」
そっちは教えなかったくせにこちらには喜んで聞くのね。
そう心の中で毒を吐く。これだから私は、周りに性格が悪いのよ、って言われるのよね……。
私には……苗字は、ない。
だから1流魔法使い《アリナ》にも、2流にも、3流にも属しない。簡単に言えばただの"一般人"だ。
「……ないわ。」
ボソリと呟くように言うと、シンが目を丸くした
「え?」
「苗字は、ないわ。」
服の裾を握って答える。
ああ、これで私は追い出される。どこにも属しない人間なんて必要ないと言われて。
失望される。絶望される__。
「そうなんだ!?苗字ない子なんて初めて聞いた!でもさ、昨日使ってた炎の大合唱、凄かったよね?」
……今度は、私が目を丸くする番だった。
昨日、使ってた、炎の大合唱………それは、事件を解決する為に使用した魔法……
「え?貴方……見てたの?」
「?……うん。」
……
…………
………………。
見てたのなら一言声かけなさいよ!!!!
いや確かに私が彼の立場だったら声かけないけど…こういう時に言われるのなら先に言ってもらってた方が楽だったわ!!!!
空腹で倒れてたなんて恥ずかしすぎるじゃない……!!
「あっ、そう。もういいわ。
それじゃあ、私、もう行くから!!!!」
顔を真っ赤にさせて立ち上がる。
シンはえ、と口を半開きにして驚いていた。
なんで?と言わんばかりに。
「食事を提供してくれてどうもありがとう。礼はまた次会った時によろしく頼むわ。」
上から目線すぎる発言なのは、自分でもわかっている。
けど……恥ずかしすぎて、もうここにはいたくなかった。気にするほどでもないってことも、分かってる。
けど、彼が、もし、姉さんだったら、きっと私は失神してると思う。魔法の使いすぎでもなく空腹"だけ"で倒れたのだ。無理、無理すぎる。
私は踵を返して部屋の玄関に向けて歩く。
その時、誰かに手を掴まれた。
掴んだ人物はもちろん……シン、なのだけれど。
「行く、ってさ……どこに行くの?」
目をキラキラさせて私を見つめ聞く。
どこにって言ったって……次は隣町までってところかしら
「……隣町のシクロスまでだけど」
「…!俺も!俺もついてっていい!?」
「勝手にし……って、はぁ!?何言ってるのよ、貴方…!」
シンの想定外な返しに驚いてつい声のボリュームが大きくなってしまう。
無理に決まってる、と言って断ると、お願い!!というシンの必死な声で返される。
何度かその会話を続けると、シンが突如静かになる。
やっと諦めたか…?と思ったが、そんなことはなかった。先程よりももっと、信じられない爆発発言が待っていた。
「食事を提供したお礼、ってことじゃダメ?
それがダメなら……代わりのお礼ってことで、ユキちゃんの体で払ってもらおうかなー」
ニヤリと笑って、シンは言う。
恥ずかしさよりも怒りがふつふつと湧き上がる。
初対面と言ってもまだ変わりない人物になんて失礼な言い様だ。私は手を振りあげてシンの頬に向けて平手打ちをかます。
最後のセリフさえなければ、まぁ仕方ない、と私が引いてあげたと言うのに。
「__最低。あんた1回死になさい!!!!」