IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜   作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛

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9. 決意

「気にすることないって、藤平」

「元気だしなよ」

 

新越谷高校との練習試合帰りのバスの中。

大鷲高校野球部の面々は、新越谷高校との練習試合でKOされた一年生ピッチャーを慰める。

 

野球特待で大鷲高校に入学した藤平は、すでに夏の大会のベンチ入りを確約されている。場合によっては、エースナンバーを貰えるかもしれない期待の星だ。

だが、結果は惨敗だった。

藤平は相手の一番中村、二番丹羽に連続してヒットを打たれ、続く三番川崎、四番川口(息)に連続ホームランを打たれる。その後はフォアボールを連発しノーアウト満塁にしたところで投手交代。散々な結果となった。

 

「R15日本代表投手って言ってもまだ一年なんやし、打たれることもあるやろ」

「そうそう。藤平ちゃんは私らみたいな二流と違って大鷲の将来を担うエースになるんだから」

 

苦過ぎる高校野球デビューを果たした金の卵に、先輩たちは優しい言葉をかける。

しかし、藤平の表情は晴れないままだった。

 

「……でも、相手チームの新越谷だって一年生だけでした」

 

藤平がそう言うと、バスの車内はお通夜のような空気が充満する。

 

「たしかに、そうなんだよね……」

「新越谷ねぇ……。暴力事件で当時の部員が全員やめて、一年生だけで活動してるって聞いた時は、なんで今さら大鷲(うち)がそんなとこと練習試合を? と思ったものだけれど……」

「蓋を開けてみれば、大鷲(うち)は新越谷のエース武田のピッチングを打ち崩せず僅か3得点。それも、4エラー貰ってそれだぜ? 一方、新越谷はU15日本代表の藤平を1アウトも取られず打ち崩したうえ、本格派の多田野、サイドスローの十亀の全員から得点して計15得点か。地方予選だったら余裕でコールドだったな」

「藤和相手に投げてた川口ってピッチャーも悪くなかったわよね。7失点とはいえ殆どエラー絡みだったし、相手はあの藤和だもの。これといった決め球はないけど打ちづらそうだったわ」

「あれで全員一年だって言うんでしょ? 信じられないわ。たしかに、守備には粗があったけど……でも、ピッチャーがあれだけ良ければ私たちレベルじゃ弱点につけ込むこともできなかった」

「荒れ球っぽかったけどゾーンにはきっちり入ってたしなぁ」

 

新越谷のレベルは暴力事件以前と比べても何の遜色もない。いや、寧ろ落ち目だった去年より強くなっているかもしれない。

 

「……もはや弱小校ではない、か」

 

1年生キャッチャーの石原美子はぽつり、と呟く。

 

今はまだ、新越谷の恐ろしさを知る人はごく僅か。

この夏。

ひょっとしたら、埼玉は荒れるかもしれない。

 

大鷲ナインは、自分たちが埼玉でないことに安堵するのだった。

 

***

 

 

「わはー! ついにやって来たよっ! 抽、選、会っ! 見渡す限りの野球選手! 強者のオーラをビンビン感じるよー!」

「こら芳乃! あんまりはしゃがない! 周りの人に変な目で見られてるじゃないの!」

 

7月某日。

ついに、夏の大会のトーナメントを決める、抽選会の日がやって来た。

 

ゴールデンウィーク合宿から今日までのおよそ2か月間は、希ちゃんがチャンスで打てずに悩んだり、稜ちゃんが中間テストで赤点ぎりぎりだったり、珠姫ちゃんとヨミちゃんのいちゃいちゃシーンを見て有希ちゃんがひっそり脳を破壊されてたり、いろいろ問題はあったもののみんな順調に成長していき、濃ゆくともあっという間な時間だった。

 

ゴールデンウィーク合宿以降にも練習試合を4戦やって、戦績は3勝1敗。

藤井先生のツテでそこそこの強豪校とやらせて貰っていることを考えると出来過ぎくらいの結果だ。

これなら、今夏の予選もいいとこまでは行けそうかな? 全国出場は難しいにしても、ここで勝ち進んでおけば部費も増えるだろうし、来年以降の新入部員も期待できる。

取らぬ狸のなんとやら……じゃないけど、あの日交わした息吹ちゃんとの約束を果たすためにも、来年以降の全国出場のためにも、今年は出来るだけ勝っておきたい。

 

ただ、練習試合での対戦成績以上に、大会の本番は厳しい戦いになると思う。

というのも、今の新越谷(うち)は長所こそズバ抜けてるけど、それ以上に弱点がいっぱいあるからね。

大会を勝ち進めば勝ち進むほど、うちの弱点は丸裸にされ、徹底してそこを突かれるようになる。

できるだけ弱点を隠しつつ、勝てるような采配をしていかなくてはいけない。

 

ごくり。

 

私の肩にかかる責任は重大だ。

1年に1度の夏大会。どこまで勝ち進めるかは私の采配にかかっている。

大会自体は秋にもあるけど、やっぱ夏の注目度は段違いだからなぁ〜。

でもまずは……。

 

「分析したーいっ!」

 

だって、自分の周りにこれだけ素晴らしい選手がいっぱいいるんだもん!

この機会にできるだけ選手の情報を集めなくては損だよね!

 

「こら芳乃! もう、みんな怖い顔してこっち見てるじゃない! みんなピリピリしてるんだから1人だけのほほんとしないでよっ!」

「ええー、だってー」

「双子の私まで変な目で見られるんだから。はあ、こんなことなら芳乃じゃなくて、珠姫にキャプテンになってもらいたかったわ」

 

息吹ちゃんが嘆息する。

今日の抽選会には引率の藤井先生と、私と息吹ちゃんの3人で来ている。先生は他の先生に挨拶があるらしく、今は息吹ちゃんと2人だ。

 

私は一応、新越谷の主将ということになっている。どっちかって言うと実質的なキャプテンは珠姫ちゃんだけどね。私は主将って言うより部長って感じだし。

当初は私と藤井先生だけで来る予定だったのだけど、息吹ちゃんが「芳乃だけだと心配だから私も行く」と言ってくれたのだ。うーん、このシスコンめ。

 

……でも、本当は抽選会には1人で来たかったんだよね。

他の部員たちも抽選会に来たがってたけど、「どうしてもやって欲しい練習メニューがある」と嘘をついて学校に残ってもらった。

 

まあ、息吹ちゃんなら、たぶん大丈夫。

息吹ちゃんは他人の悪意をバネに成長できるタイプだから。

でも、他のみんながどうか……それを予測できるほど、私は部員のことを詳しく知らない。もしかしたら、悪意に呑まれ、萎縮してしまうかもしれない。

だから、みんなには学校に残って貰った。

 

『シード校は整理番号の順に並んでください』

 

場内アナウンスが響く。

シード権を獲得したチームの中には柳大川越の姿もあった。

 

「大野さんだ!」

「大野さんが主将なのね。てっきりキャッチャーのほうかと思っていたわ」

「練習試合でじゃんけんぽんしたのは浅井さんだったもんね」

 

抽選会はつつがなく進行し、私も列に並ぶ順番になった。

 

「じゃあ行ってくるね」

「できるだけ楽そうなところを頼むわよ」

「それは難しいかな。どの高校も強そうだもん」

 

そうしてこうして。

少々長い待ち時間も、次々埋まっていくトーナメントを眺めていたらあっという間に過ぎ。

 

『新越谷高校』

 

場内アナウンスで、私たちの高校が呼ばれる。その瞬間。

 

ざわ……!

 

場内が騒然とする。

会場の視線が一斉に私に集中する。

「不祥事の……」「今年1年だけらしいよ……」「マジ? 当たりたいわ」「しーっ、死球当てられるよ」「こわー」

ひそひそと、私たちの陰口が聞こえてくる。

 

うーん、これは覚悟してたけど結構キツいなぁー。

あー。息吹ちゃんめっちゃ心配そうな目でこっち見てる。

 

これがあるから、みんなを抽選会に連れて来たくなかったんだよね。

 

心配ないよーという意味を込めて息吹ちゃんに軽く手を振ってあげたら、その隣に座ってた他校の生徒がビクッと震えた後、さらに真横にいる新越谷の生徒(息吹ちゃん)に気付いてカチンコチンに固まってしまった。

あらら。ビックリさせちゃったかも? でも悪名も意外と使えるかもね? 試合前に相手がビビってくれるなら儲けものだよ。

 

私がそんなふうに思っていると、雑踏を打ち破るように甲高い声が響く。

 

「はぁ〜、うざい! 半年以上停部して部員も入れ替わってるのになんでグチグチ言うのかしら!」

 

大野さんだ。

 

「この私から2点取ったチームよ。しかもクリーンヒットにホームラン。当たりたいとか言ってる高校は痛い目みるといいんだわ!」

 

大野さんは一見ツンツンした性格に見えるけど、実は姉御肌で優しいんだよね。

一度練習試合しただけの私たちを庇ってくれるなんて。

 

私は心の中で大野さんにお礼を言ったあと、クジを引いた。

 

引いた。

 

引いた……?

 

私はクジを何度も見返す。

何度見ても変わらない。

 

2回戦からのスタートで、初戦は影森。

そして次の3回戦は……。

 

ドラフト1位指名確実と言われるスター選手中田さんと陽さんを揃えた、下馬評では夏の埼玉代表候補筆頭。

 

梁幽館高校……!

 

***

 

「打倒梁幽館よ!」

 

藤井先生が運転する帰りの車の中で、息吹ちゃんが吠える。

 

「どうしたの息吹ちゃん。そんなに張り切って」

 

てっきり3回戦で梁幽館に当たってショック受けてると思ったのに。

意外と熱血スポ根タイプ? 双子なのに気づかなかったよ。

 

姉の知られざる一面を見て驚く私に、息吹ちゃんはとつとつと語る。

 

「ねぇ、芳乃。私、抽選会が始まるまではね、今年はそれなりに勝ち進んで、3年になったら全国に行けるチームになればいいかなって、そう思ってたのよ」

「うん。それは私も同じだよ」

 

中学のとき、息吹ちゃんと交わした約束。そして新越谷のみんなと掲げた目標。

全国を目指す。

そのために2年後、全国に行けるチーム作りをしている。

だけど、息吹ちゃんは首を振る。

 

「でも、それじゃあ遅いわ。私たちが三年生になった頃には、今日私たちを馬鹿にした人たちはみんな殆ど引退してるんだもの。あの人たちを見返すには、今年勝つしかないのよ」

「じゃあ……?」

「この夏。一年生だけで、甲子園に行くわよ。そしたらきっと全国的なニュースになるし、私たちを否定した中学の監督だって気づく筈」

 

息吹ちゃんはそう真剣な表情で言ったのち、はっと何かに気づいて慌てたように付け加える。

 

「あ、勘違いしないでほしいんだけど、別に、中学の監督や今日私たちを馬鹿にした人たちに復讐したい訳じゃないわよ! ただ、侮られたままは嫌なのよ。芳乃と私で築き上げた野球を。新越谷のみんなで作り上げた野球を!」

「うん、分かるよ。分かる。だって、双子の姉妹だもん」

「そっか。そうよね」

 

私と息吹ちゃんは笑顔を合わせながら、同時に頷く。

 

「やろう。どこまでやれるか分からないけど……でも、やる前から無理だなんて言ってたら、いつまで経っても何もできないもん」

「ええ、やるわよ」

 

100人聞いたら100人が馬鹿にするような無謀すぎる挑戦。

でも、息吹ちゃんと一緒なら。

新越谷のみんなと一緒なら。

きっとできる。

 

だから……!

 

「一年生だけで、甲子園を……いや、甲子園優勝を目指そう!」

 

軽い気持ちで掲げた目標ではない。

梁幽館にも咲桜にも美園にも、他県の強豪校にも負けないチーム作りを、そして勝てる采配をする。

 

一年生しかいないことを言い訳にしない。

部員が9人ぎりぎりなことも言い訳にしない。

 

今。

このチームで。

全国制覇を目指す。

 

本気だ。

本気で勝つ。

 

そのために……!

 

「まずは影森高校に勝たないとね〜」

「ちょっと! 急にいつものゆるキャラに戻るのやめなさいよ!」

 

息吹ちゃんがズッコケる。

でも、初戦は大事なんだよ?

千里の道も一歩からって言うしね。




一年生だけで全国を目指す。
本作のメインテーマである目標がついにハッキリと掲げられました。

トーナメントの抽選については、『クジ運悪そう』と評された怜ではなく芳乃が引くので、原作と違う組み合わせにしようかなぁとも思ったのですが、やっぱり他の野球漫画と比べても最高レベルの神試合である梁幽館戦は外せないと思い、原作通りの抽選結果としました。
おお振りの桐青戦とかもそうですが、弱小校がいきなり強豪校と戦う展開はワクワクしますよね。
そのワクワク感を少しでも上手く表現できればいいなぁ。……と思いつつも、まずは影森戦です。
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