IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜 作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛
一年生だけで全国を目指す。
私と息吹ちゃんの決めた目標を告げると、新越谷野球部のみんなは好意的な反応を見せてくれた。
「もちろん! やるからにはトップを目指さんとね」
「初めから負けるつもりで大会に挑む野球選手は居ないわよね」
「ストレートの球威も上がってきたし、あの球とタマちゃんのリードがあれば誰だって抑えてみせるよ!」
「不束者ですが、精一杯精進させていただきます!」
「ま、まあ。全国なら経験あるし。任せろし!」
チームの士気もあがり、いよいよ夏大会で当たる対戦相手に対する具体的な対策に入る。
先に全国を目標に掲げたからか、3回戦で梁幽館と当たると聞いて尻込みする部員はいない。希ちゃんなんか強豪校とやれることを喜んでたくらいだ。頼もしいなぁ。
ヨミちゃんの調子は絶好調。
ストレートの球威は全国でもトップクラス。あの球は相変わらず暴力的。コントロールはアバウトだけど、この球の質ならそう大崩れすることはないだろう。
不安要素をあげるとすれば、スタミナ。もともとヨミちゃんは体力があるほうだけど、体全身を使う躍動的なフォームに改造したことで、より疲れやすくなっている。
ヨミちゃんだけでこの夏を勝ち上がるのは現実的ではない。息吹ちゃんとの併用や、私のリリーフなんかも考える必要がありそう。
有希ちゃんと白菊ちゃんの初心者組はめきめきと上達し、上位打線を任せられるくらいに成長しているけど、弱点がないわけじゃない。
それは、選球眼。
2人ともストライクゾーンの感覚がまだ染み付いておらず、ボール球を簡単に振ってしまうのだ。
特に有希ちゃんは低め、白菊ちゃんは高めとアウトコースのボール球に手を出しやすい。
こればっかりは、教えてどうにかなる問題じゃないからなぁ。
練習試合ではボール球に手を出してはいけないと意識しすぎるあまりストライクゾーンにも手が出なくなることもあったし。過度な期待はせずノビノビ振って貰ったほうがよさそう。
梁幽館戦くらいまではまだ誤魔化せるとしても、勝ち進んでいけば必ずどこかでバレる。
たぶん準々決勝、柳大が上がってきたらかなり厳しいんじゃないかな。一度戦ってるぶん、こっちの手の内もある程度知られているだろうし。
場合によっては、菫ちゃんや稜ちゃんを上位打線に置いて、2人を後ろに下げることも考えたほうがいいかもしれない。
あとは守備だね。
これはもう、今年は守備を捨てて打撃を伸ばすという方針を掲げてしまった以上しかたない。
あの頃は全国を目指すのは来年以降になるかな、って思ってたからね。
それでもキャッチャー珠姫ちゃん、投手ヨミちゃん、センター希ちゃんは全国的に見てもかなり上手だし、ショートの稜ちゃんとセカンドの菫ちゃんも一年生にしては合格点。
センターラインはしっかり守れるから、ファイヤーフォーメーションってほどでもないんだよね。
「しかしどうしよっかなー。梁幽館戦のことも考えなきゃいけないけど、まずは影森戦のことを考えないと」
影森高校。
ただの弱小校なら気にしなくてもいいんだけど、柳大や椿峰と負けてるとはいえかなりいい勝負してるんだよねぇ。
息吹ちゃんと一緒に偵察に行ってみたものの、エースの中山さんはアンダースローってところは特殊だけど強豪校を抑えられるようなピッチャーにも思えなかった。
うーん。考えても仕方ない。
ノーデータなのはお互い様。あのレベルの高校に自力で勝てないようじゃ、そもそも梁幽館に勝てるわけがない。
とりあえず息吹ちゃんに中山さんの物真似でバッティングピッチャーをやってもらってるし、影森対策はそれで十分ということにしよう。
***
「珠姫?」
夏の到来を告げる開会式。
沢山の選手でごった返す埼玉大宮公園野球場の前で、私はお目当ての選手を発見した。
今や名門梁幽館の2番手ピッチャーにまでなったこの吉川和美が認める、高校生最高のキャッチャー(今組んでる依織には悪いけど)。
美南ガールズ時代にバッテリーを組んでいた一年下の山﨑珠姫だ。
こいつ〜、私が監督に推薦しまくって
まあ、そういう小生意気なとこも可愛いんだけど。
私が声をかけると、珠姫はあの頃より少しだけ大人びた雰囲気で返事をした。
「お久しぶりです、和美さん」
その可愛らしい顔をみると辛抱堪らなくなってしまい、思わずぎゅっと抱きしめる。
「久しぶりじゃないの〜会いたかったよ〜。珠姫、けっこう成長したんじゃないの?」
「和美さんも体大きくなりましたね」
「でしょ? でも先輩方はもっとすごいぞ〜」
「それは早く見てみたいですね〜」
「?!」
ぎゅむ。
いきなり誰かにふとももをむにむにされる。
「さすが梁幽館! 引き締まってます!」
「何? この子は!」
見知らぬ小柄な少女が私の下半身を撫で回していた。
珠姫と同じユニフォーム着てるからチームメイトか?
珠姫はそれを見て、
「ウチの秘密兵器」
と苦笑する。
秘密兵器……?
そういえば、東東京の藤和のBチームにいる知り合いが言ってたな。
新越谷との練習試合、金髪の小柄な女の子が先発完投してたって。一応7点とったものの殆どがエラー絡みで、クリーンヒットは数本しか打てなかったって。
秘密兵器ってことは、この子がその……?
Bチームとはいえあの藤和と対等に渡り合ったっていうの?
じつは、新越谷は一年生が9人しかおらず世間的には弱小校扱いされてるけど、ウチみたいな情報網の広いごく一部の強豪校の間ではすでに今夏のダークホースかもしれないと危険視されている。
元U15代表の藤平に1アウトも与えず打ち崩したとか、千葉ベスト16の大鷲に10点差以上つけて大勝したとか、死神の鎌のような変化球を投げるエースがいるとか、打球の回転を自在に操る奇術師がいるとか、トルネード打法でホームランを打ちまくる小柄な選手がいるとか、強烈なホームランを打つ怪力の初心者がいるとか……。
まあ、その噂の殆どは信憑性のない眉唾モノだけど、火のないところに煙は立たない。少なくとも種火となる程度の『何か』はあるのだろう。
まあ、珠姫がいる時点で弱小ってことはあり得ないんだけど。珠姫がいれば、ピッチャーのポテンシャルを100パー引き出してくれるからね。
とりあえず確定しているのは、そこそこ名の知れた強豪校相手に勝ちまくっているということ。
あとは打撃がよくて守備が下手なチームってくらいかな。
エースに関しては……まるで化け物みたいに噂されているけど、本当のところはよく分からない。スコア的には大量失点の試合が多いらしいけど、その多くはエラー絡みで被安打率自体はそこまで悪くないらしいのよね。
うーむ。
私の太ももに頬をすりすりしているこの秘密兵器ちゃんは言うほど鍛えられているようには見えない。野球をするのに最低限の筋肉はついているけど、特に下半身の鍛え方が足りない。
まあ確かに、ピッチャーはフォームさえ良ければある程度華奢でも速い球は投げられるけど……流石にこれは細すぎるでしょ。
あるとすれば打たせて取るタイプ。でも守備が下手なチームでそれは無理があるんじゃ……?
ていうかよく見たら、背番号は3番なのよね。ていうことはこの子は控えピッチャーで、本職はファーストってところなのかな。
まあ、背番号が守備番号順とも限らないんだけどね。ごく稀に誕生日順とかあいうえお順で背番号割り振る変なチームもあるって聞くし。
「ねえ、あなた。名前は?」
「川口芳乃です!」
かわぐち……。か行か。
一応、あいうえお順で背番号3ってのもなくはないか?
……いや、それなら珠姫の背番号が2なのはおかしいな。山﨑だし。珠姫の誕生日は8月31日だから、誕生日順ってこともない。
やっぱ背番号は守備番号順で、この子はファーストなのかな?
そんなことを考えていると、どこからかやって来た私と同じほどの背丈のある新越谷の選手が濁った目でこちらに微笑んできた。
「ねぇタマちゃん、その人は?」
「おかえりヨミちゃんえっとこの人はね……」
珠姫が見るからに慌てて私を引き剥がす。
彼女の背番号は……1。
つまり、新越谷のエースはこっちってことかな? それなら納得だわ。
「梁幽館の吉川和美です。美南では珠姫とバッテリー組んでました〜」
「武田詠深です。今は私がタマちゃんとバッテリー組んでます」
お。なんか凄い圧を感じるぞ。
それになんかこの感じ……ははぁん、そういうことね。
珠姫ったら人
私はすこし悪戯心が芽生える。
「ヨミさんや〜珠姫とお風呂入ったことある?」
「なっ!? そのくらい私だってあーりーまーすー!」
分かりやすく張り合ってきて面白い。
まあ、揶揄うのはこれくらいにしておこうか。
珠姫がめっちゃ呆れた顔してるし。
確かに、いい体つきをしている。
まだ上半身の筋肉の付き方は甘いけど、下半身がしっかり鍛えられているのはいい。
下半身の筋肉は意識しないと付かないからね。新越谷にもいいコーチがいるんだね。
あとさっき握手した時に確認したけど、かなり投げ込んでいるのが分かった。
ふむふむ。やっぱりこの子が正真正銘のエースだね。
「じゃあ珠姫。私と対戦することになるかどうかは分からないけど、もしやることになったら宜しくね〜」
「なっ。私たちは絶対に初戦勝ってあなたたちと戦いますー!」
珠姫じゃなくて新越谷の1番さんが私の言葉に反発気味の返答をする。
そういうことじゃないんだけどなぁ〜。
新越谷が勝ち上がってくるだろうことは確信している。あのエースを珠姫がリードするんだったら影森程度の高校に負ける訳がない。
間違いなく、新越谷と梁幽館は対戦することになるだろう。
だけど、それと私が対戦するかどうかは別だ。
私たち梁幽館は世間の評価以上に新越谷を危険視している。
今回私が新越谷に接触したのも、半分は珠姫に会いたかったからだけど……もう半分は、新越谷をそれとなく偵察するようにデータ班から頼まれたからだ。
初戦の宗陣戦。
相手はそこそこ名の知れた中堅強豪校だけにデータは出回っている。
春の地方大会のデータを分析した結果、
たぶん私が投げても9割以上の確率で勝てるだろう。
新越谷戦後の4回戦で対戦しそうなチームが比較的小粒であることを考えると……得体の知れないダークホース、新越谷戦にエースの中田さんを使うことも十分考えられる。
そうなったら私は珠姫たちとは対戦できない。残念ながら。
「うーん。珠姫との対戦は秋以降にお預けかなぁ」
私が梁幽館の首脳陣なら、やはり新越谷戦に
勝負事に慎重な栗田監督も間違いなくそう決断するだろう。
残念だけどこれは一度負けたら終わりのトーナメントなのだ。
ということで、ライバル視点でした。
基本的には原作通りの流れですが、新越谷が練習試合で連勝街道を進んだことで、一部の強敵からの視線が原作と変わっているという描写です。
まあ、殆どの外野からは相変わらず不祥事を起こした弱小校扱いですが。
ユニフォームが配られるシーンに関してはカットしました。あの話は結構好きなんですが、小説にすると地味なんですよね。ユニフォーム貰って大はしゃぎする芳乃とか、大人ぶってたのに部屋でこっそりユニフォームを着ていたのがバレた息吹とか、めっちゃ可愛いんですが。
ところであの話のサブタイトルは『雨あがりの夜空に』でしたが、RCサクセションの名曲とは関係あるんでしょうかね? ただの偶然なのか、オマージュなのか。個人的に大好きな曲なので、原作者さんも同じならちょっぴり嬉しいなぁ、とか妄想してます。