IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜   作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛

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13. やられた……!

「やられた……!」

 

宗陣戦の先発が吉川さんだと知った瞬間、私は思わず唸ってしまった。

 

これまで、私たちは梁幽館対策を、吉川さんが先発することを前提に組み立ててきた。

元チームメイトの珠姫ちゃんに吉川さんのデータを纏めてもらい、マシンの球速を吉川さんの最速にあわせて練習したり、吉川さんのパワーカーブっぽいスライダーに軌道が似ているヨミちゃんのあの球を練習で投げてもらったり……。

 

だけどもし次の試合、吉川さん以外のピッチャーが投げるなら、その対策はほとんど無効化されてしまう。

 

「宗陣戦で投げる吉川ってピッチャー、珠姫の元チームメイトなのよね? 新越谷(うち)との試合で投げるんじゃないかって予想してたけど、宗陣戦で投げるのね」

「うん……。もちろん、和美さんもいいピッチャーだから宗陣相手でも十分投げられると思う。でも、やっぱ確実にいくならエースの中田さんしかないと思うけど」

新越谷(うち)のことを宗陣以上に警戒してたりしてな」

「それはないんじゃない? 世間では弱小って評価だし」

「なんにせよ中田さんと勝負できるならこれ以上のことはないやん。埼玉一のピッチャーやろー?」

「何言ってるの希ちゃん。埼玉一のピッチャーはこの詠深さんに決まっているじゃーないですかー!」

「はいはい……いいから画面に集中するよ」

 

そうしてこうして、軽口を交えながら試合を見る。

まずは梁幽館の攻撃。

 

「うわ、宗陣の古川の球エグっ!」

「この前見た春大のやつより進化してるんじゃない?」

「古川さんとも勝負してみたいっちゃけど!」

「おー、でも綺麗にクリーンヒット打ったな」

「さすがドラフト1位候補の陽さんだね。ヨミちゃん、抑えられる?」

「あ、あたり前じゃーないの!……あはは、タマちゃんは心配症だなー!」

 

試合は手堅く送りバントで1死2塁となったあと、3番高代さんがピッチャーフライ。

そして……

 

「打ったー! フェンス直撃! クリーンヒット!」

「陽さんの足速い! ライト、ホームには投げられないか!」

「外野守備が深かったのと、打球が強かったぶん、1点取られたもののツーベースは免れたって感じね」

「1アウト1塁。梁幽館だし、次も送りバントとかあるかな?」

「流石にないでしょ。5番が送りバントしても次は6番だし。1アウトからのバントは流石に次が中田さん・陽さんレベルのときしかやらないと思うよ」

「なるほど〜」

 

果たして、5番笠原さん・6番大田さんは普通にヒッティングし、普通に三振した。

 

「1点取られたけど古川さんもかなりいいピッチングだったよな」

「陽さん、中田さんに打たれた球も悪くないように見えたね」

「それだけあの2人の打撃がおかしいってことね」

「それ息吹ちゃんが言う? おかしいのは息吹ちゃんのOPSだよ!」

「ヨミ、そのフレーズ気に入ったの?」

 

そんなこんな言い合っているうちに梁幽館の吉川さんの投球。

宗陣高校の先頭打者に対し――

 

「――――ぇ」

 

先程までがやがやとしていた視聴覚室が一瞬で静まりかえった。

 

「……なに、このピッチング?」

 

珠姫ちゃんが胸中の混乱をそのまま吐露する。

 

「春大までの落ち着いたピッチングとは違う。中学までの気持ちを全面に出したピッチングとも違う。気持ちは封じ込めたまま、でも気迫は全身から溢れ出しているような……」

 

この1時間24分後。

梁幽館高校2年生ピッチャー吉川和美さんは、ベスト16常連の宗陣高校打者22人に対し、球数98球、12奪三振、出塁を許したのは四球による1人のみという驚異的な成績でノーヒットノーランを達成した。

 

 

***

 

 

「……と、いう訳で次の対戦相手が決まったね」

 

梁幽館・宗陣戦のビデオを見終わったみんなに、私は声をかける。

 

「…………」

 

が、誰もなにも声を発しない。

まあ、気持ちは分かるけどね。こんなに圧倒的な試合を見せられたら。

 

「……み、みんな。気にしすぎたらダメだよ! いくら吉川さんがいいピッチングをしたからって、私たちと対戦するわけじゃないんだから!」

「そ、そうよね! 吉川さんの連投はないわよね!」

「まあ、その代わりエースの中田さんが投げるんだけどな」

「中田さん対策、全くしてないよね」

「…………」

 

お通夜状態。

意気消沈とするみんなを励ますように、藤井先生が発破をかける。

 

「みなさん、落ち込んでいてはダメですよ。梁幽館がどんなに強豪だろうと、無敵というわけではありません。必ず勝機はあります」

「おお……そうだよな」

「ちなみにコンピュータで勝率実験をしてみたのですが……13%もあることが分かりました!」

「ゲームじゃねぇか!」

 

得意げにPS vitaを掲げる先生に、稜ちゃんが突っ込む。

……さっきからなんかカチャカチャやってるなーと思ったら、ゲームで再現選手つくって高速試合をオートで回してたんですね。

しかも131勝869敗って、どんだけやってるんですか……! まさか試合見てる間ずっとそれやってたんですか?

 

「まあ、ゲームはどうでもいいとして。実際、それくらいは勝てると思うよ。対策は外されちゃったけど中田さんのデータは出回っているし、逆にこっちのデータは向こうにはほぼないと思うから」

 

私はみんなを励ますため、なるべく明るい声で言った。

 

「まあ、こうなった以上、頑張るしかねーよな」

「そうそう、それにもし中田さんが投げる梁幽館に勝てば、私たちの評判もうなぎ上り!」

「県内ナンバー1ピッチャーを打てる機会なんてそうそうないけん!」

 

腹を括ったのか、みんないい表情をしている。

 

とはいえ、実際にはかなり厳しい戦いになると思う。

中田さんのデータは出回っているとはいえ、それはあくまで春までのデータ。夏の中田さんがどこまで成長したかは未知数。

それに、データがあるからといって打てるような相手でもない。

 

試合まで、練習できる期間は3日だけ。

この3日で、どれだけ中田さん対策できるか……。

 

 

***

 

 

梁幽館・宗陣戦の翌日。

調整も兼ねた軽めの練習のあと、中田は吉川に声をかける。

 

「昨日はナイスピッチングだったな、吉川」

「ありがとうございます、中田さん。まぁ、昨日はちょっと出来過ぎでしたけど」

「しかし驚いたぞ。これまでの投球とは見違えるほどの変化だ。何かコツでも掴んだのか?」

 

中田に訊かれたあと、吉川は少し考えて答える。

 

「コツって言いますか……ちょっと、気持ちの持ち方を変えまして」

「ほう? どんなふうに?」

「今まで、私は先輩たちに迷惑をかけないように、チームのためのピッチングをしようって思っていたんです。でも、昨日は先輩たちを……中田さんを喰ってやるくらいの気持ちで投げました」

 

吉川はまっすぐに中田を見据える。中田はふっ、と苦笑する。

 

「私をか?」

「生意気すいません。……私、本当は新越谷(しんこし)戦で投げたかったんです。珠姫がいるチームだし、それに……新越谷のエースを見たとき、なんていうかビビッと来て。たぶんこの子は私と似たタイプだ。この子と投げ合えば私はもっと成長できるんじゃないかって」

 

そう言うと、吉川は小さくため息をつく。

 

「でも、私がエースじゃないから、新越谷戦には登板させてもらえなかった。そこで気づいたんです。本当に欲しいものは勝ち取らなきゃいけないんだって。先輩たちが卒業してからエースナンバーを譲ってもらっても意味がないんだって……だから」

 

吉川の瞳に炎がやどる。

 

「今度の新越谷戦には間に合わないけど甲子園本戦までには。中田さんからエースの座を奪って見せます」

「……ふ。面白い。私だって、野手として注目されることのほうが多いとはいえ、それでもこの梁幽館でエースナンバーを勝ち取ったことに誇りを持っている。次の新越谷戦では昨日のお前に負けないピッチングを見せる。そしてエースとしてチームを甲子園に……甲子園優勝に導いてみせる」

「……楽しみにしてます。でも、不甲斐ないピッチングをしたら、監督に直訴してでも変えてもらいますから。昨日完投したとはいえ中3日あれば回復には十分ですし」

「肝に銘じよう」

 

そんな会話をしていると、戦略担当マネージャーである2年の高橋友里が現れ、部員たちに集合をかける。

 

「次の相手は新越谷高校です。例の不祥事で今は1年生9人で活動しています。世間的には弱小扱いされてますが、県内外のベスト16級以上と練習試合をしていて、確認できただけで7戦5勝。昨日の影森戦も5回コールドで完勝していました。宗陣と同じかそれ以上の強豪校と覚悟しておいたほうがいいかと」

「1年だけで宗陣以上かぁ〜。にわかには信じられないよね」

 

夏からセカンドのレギュラーを勝ち取った白井が肩をすくめた。

 

「偵察班が撮影してきた影森戦の映像があります。見ておいたほうがよいかと」

「見る見る〜」

 

友里がパソコンを操作し、しばらくの間、新越谷・影森戦の鑑賞会が開催される。

 

「……うーん、なんていうか、予想以上に長所と短所の差が激しいね」

 

試合を見終わったあと、白井が唸るように言う。中田もそれに同意する。

 

「守備のレベルは低いが、打線だけなら県トップクラスだな。特に川口息吹は要注意だ」

「全打席ホームランってねぇ。しかもこの子、ピッチャーとして3失点自責点1でしょ? あとかわいい。中学ではどこのチームだったの?」

「それが、川口息吹と川口芳乃の姉妹については中学時代のデータが全く見つかりませんでした。辛うじて光陽台桜出身だということは判明したのですが、部活はパソコン部で、通える範囲にあるガールズもくまなく調べましたが所属は確認できませんでした。また、大村白菊と丹羽有希に関しては小・中と別の競技をしていたことが確認できています。大村白菊は剣道で全国優勝、丹羽有希は卓球で全国1回戦負けが最高成績のようです」

「……てことは大村と丹羽は初心者確定ってこと? 確かに守備はモロ初心者だったけど打撃はヤバかったよ? 川口息吹も不気味だね。不気味かわいい……」

「エースの武田さんは投げてないんですよね。珠姫のチームめ……温存しやがったな」

「隠したというのが正しいかもね。どんな投手か全くわからないし」

「あ。それに関しては少し心当たりが」

 

吉川がそう言うと、チームメイトの視線が集まる。吉川はちょっとビビる。

 

「えっと、あくまで他人から聞いた話なんですけど……。私、藤和に知り合いがいるんですけど、大鷲・新越谷と3チーム合同で練習試合したとき、大鷲戦で武田さんが登板したみたいなんです。それで、その武田さんのカーブがまるで死神の鎌みたいだった、と」

「……死神の鎌、ですか? どこかで聞いたことがあるような……」

 

友里がそう言うと、吉川は恥ずかしそうに頬をかく。

 

「ネットで私のスライダーがそう呼ばれているみたいで」

「ああ。そういえば情報収集の一環で覗いたネット掲示板で、吉川さんのスライダーがまるで死神の鎌だと比喩されていたのを見ましたね」

「はい。それで……同じ死神の鎌ということですし、私のスライダーで練習したら武田対策になるんじゃないかと」

「なるほど。他に手がない以上、やってみる価値はありそうだな。ただ吉川は大事な戦力だ。肩や肘に負担のない範囲で頼む」

 

中田が腕を組んで頷く。正捕手の2年小林も同調する。

 

「和美はスライダーって言い張ってるけど、あの球ほとんどパワーカーブみたいな軌道ですもんね」

「言い張ってるってのは聞き捨てならないな。スライダーの投げ方で投げてるんだからどんな軌道だろうとスライダーでしょ」

「どんな投げ方でも軌道がカーブならカーブでしょ。少なくとも私はパワーカーブのつもりでサイン出してるわよ」

「なにをー!」

 

やいのやいの。

そんなこんなで、今大会のダークホース、新越谷高校への対策方針が固まった梁幽館高校野球部であった。




梁幽館の吉川対策を無効化され、逆に武田対策をされてピンチに陥る新越谷高校でした。
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