IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜 作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛
「やられた……!」
宗陣戦の先発が吉川さんだと知った瞬間、私は思わず唸ってしまった。
これまで、私たちは梁幽館対策を、吉川さんが先発することを前提に組み立ててきた。
元チームメイトの珠姫ちゃんに吉川さんのデータを纏めてもらい、マシンの球速を吉川さんの最速にあわせて練習したり、吉川さんのパワーカーブっぽいスライダーに軌道が似ているヨミちゃんのあの球を練習で投げてもらったり……。
だけどもし次の試合、吉川さん以外のピッチャーが投げるなら、その対策はほとんど無効化されてしまう。
「宗陣戦で投げる吉川ってピッチャー、珠姫の元チームメイトなのよね?
「うん……。もちろん、和美さんもいいピッチャーだから宗陣相手でも十分投げられると思う。でも、やっぱ確実にいくならエースの中田さんしかないと思うけど」
「
「それはないんじゃない? 世間では弱小って評価だし」
「なんにせよ中田さんと勝負できるならこれ以上のことはないやん。埼玉一のピッチャーやろー?」
「何言ってるの希ちゃん。埼玉一のピッチャーはこの詠深さんに決まっているじゃーないですかー!」
「はいはい……いいから画面に集中するよ」
そうしてこうして、軽口を交えながら試合を見る。
まずは梁幽館の攻撃。
「うわ、宗陣の古川の球エグっ!」
「この前見た春大のやつより進化してるんじゃない?」
「古川さんとも勝負してみたいっちゃけど!」
「おー、でも綺麗にクリーンヒット打ったな」
「さすがドラフト1位候補の陽さんだね。ヨミちゃん、抑えられる?」
「あ、あたり前じゃーないの!……あはは、タマちゃんは心配症だなー!」
試合は手堅く送りバントで1死2塁となったあと、3番高代さんがピッチャーフライ。
そして……
「打ったー! フェンス直撃! クリーンヒット!」
「陽さんの足速い! ライト、ホームには投げられないか!」
「外野守備が深かったのと、打球が強かったぶん、1点取られたもののツーベースは免れたって感じね」
「1アウト1塁。梁幽館だし、次も送りバントとかあるかな?」
「流石にないでしょ。5番が送りバントしても次は6番だし。1アウトからのバントは流石に次が中田さん・陽さんレベルのときしかやらないと思うよ」
「なるほど〜」
果たして、5番笠原さん・6番大田さんは普通にヒッティングし、普通に三振した。
「1点取られたけど古川さんもかなりいいピッチングだったよな」
「陽さん、中田さんに打たれた球も悪くないように見えたね」
「それだけあの2人の打撃がおかしいってことね」
「それ息吹ちゃんが言う? おかしいのは息吹ちゃんのOPSだよ!」
「ヨミ、そのフレーズ気に入ったの?」
そんなこんな言い合っているうちに梁幽館の吉川さんの投球。
宗陣高校の先頭打者に対し――
「――――ぇ」
先程までがやがやとしていた視聴覚室が一瞬で静まりかえった。
「……なに、このピッチング?」
珠姫ちゃんが胸中の混乱をそのまま吐露する。
「春大までの落ち着いたピッチングとは違う。中学までの気持ちを全面に出したピッチングとも違う。気持ちは封じ込めたまま、でも気迫は全身から溢れ出しているような……」
この1時間24分後。
梁幽館高校2年生ピッチャー吉川和美さんは、ベスト16常連の宗陣高校打者22人に対し、球数98球、12奪三振、出塁を許したのは四球による1人のみという驚異的な成績でノーヒットノーランを達成した。
***
「……と、いう訳で次の対戦相手が決まったね」
梁幽館・宗陣戦のビデオを見終わったみんなに、私は声をかける。
「…………」
が、誰もなにも声を発しない。
まあ、気持ちは分かるけどね。こんなに圧倒的な試合を見せられたら。
「……み、みんな。気にしすぎたらダメだよ! いくら吉川さんがいいピッチングをしたからって、私たちと対戦するわけじゃないんだから!」
「そ、そうよね! 吉川さんの連投はないわよね!」
「まあ、その代わりエースの中田さんが投げるんだけどな」
「中田さん対策、全くしてないよね」
「…………」
お通夜状態。
意気消沈とするみんなを励ますように、藤井先生が発破をかける。
「みなさん、落ち込んでいてはダメですよ。梁幽館がどんなに強豪だろうと、無敵というわけではありません。必ず勝機はあります」
「おお……そうだよな」
「ちなみにコンピュータで勝率実験をしてみたのですが……13%もあることが分かりました!」
「ゲームじゃねぇか!」
得意げにPS vitaを掲げる先生に、稜ちゃんが突っ込む。
……さっきからなんかカチャカチャやってるなーと思ったら、ゲームで再現選手つくって高速試合をオートで回してたんですね。
しかも131勝869敗って、どんだけやってるんですか……! まさか試合見てる間ずっとそれやってたんですか?
「まあ、ゲームはどうでもいいとして。実際、それくらいは勝てると思うよ。対策は外されちゃったけど中田さんのデータは出回っているし、逆にこっちのデータは向こうにはほぼないと思うから」
私はみんなを励ますため、なるべく明るい声で言った。
「まあ、こうなった以上、頑張るしかねーよな」
「そうそう、それにもし中田さんが投げる梁幽館に勝てば、私たちの評判もうなぎ上り!」
「県内ナンバー1ピッチャーを打てる機会なんてそうそうないけん!」
腹を括ったのか、みんないい表情をしている。
とはいえ、実際にはかなり厳しい戦いになると思う。
中田さんのデータは出回っているとはいえ、それはあくまで春までのデータ。夏の中田さんがどこまで成長したかは未知数。
それに、データがあるからといって打てるような相手でもない。
試合まで、練習できる期間は3日だけ。
この3日で、どれだけ中田さん対策できるか……。
***
梁幽館・宗陣戦の翌日。
調整も兼ねた軽めの練習のあと、中田は吉川に声をかける。
「昨日はナイスピッチングだったな、吉川」
「ありがとうございます、中田さん。まぁ、昨日はちょっと出来過ぎでしたけど」
「しかし驚いたぞ。これまでの投球とは見違えるほどの変化だ。何かコツでも掴んだのか?」
中田に訊かれたあと、吉川は少し考えて答える。
「コツって言いますか……ちょっと、気持ちの持ち方を変えまして」
「ほう? どんなふうに?」
「今まで、私は先輩たちに迷惑をかけないように、チームのためのピッチングをしようって思っていたんです。でも、昨日は先輩たちを……中田さんを喰ってやるくらいの気持ちで投げました」
吉川はまっすぐに中田を見据える。中田はふっ、と苦笑する。
「私をか?」
「生意気すいません。……私、本当は
そう言うと、吉川は小さくため息をつく。
「でも、私がエースじゃないから、新越谷戦には登板させてもらえなかった。そこで気づいたんです。本当に欲しいものは勝ち取らなきゃいけないんだって。先輩たちが卒業してからエースナンバーを譲ってもらっても意味がないんだって……だから」
吉川の瞳に炎がやどる。
「今度の新越谷戦には間に合わないけど甲子園本戦までには。中田さんからエースの座を奪って見せます」
「……ふ。面白い。私だって、野手として注目されることのほうが多いとはいえ、それでもこの梁幽館でエースナンバーを勝ち取ったことに誇りを持っている。次の新越谷戦では昨日のお前に負けないピッチングを見せる。そしてエースとしてチームを甲子園に……甲子園優勝に導いてみせる」
「……楽しみにしてます。でも、不甲斐ないピッチングをしたら、監督に直訴してでも変えてもらいますから。昨日完投したとはいえ中3日あれば回復には十分ですし」
「肝に銘じよう」
そんな会話をしていると、戦略担当マネージャーである2年の高橋友里が現れ、部員たちに集合をかける。
「次の相手は新越谷高校です。例の不祥事で今は1年生9人で活動しています。世間的には弱小扱いされてますが、県内外のベスト16級以上と練習試合をしていて、確認できただけで7戦5勝。昨日の影森戦も5回コールドで完勝していました。宗陣と同じかそれ以上の強豪校と覚悟しておいたほうがいいかと」
「1年だけで宗陣以上かぁ〜。にわかには信じられないよね」
夏からセカンドのレギュラーを勝ち取った白井が肩をすくめた。
「偵察班が撮影してきた影森戦の映像があります。見ておいたほうがよいかと」
「見る見る〜」
友里がパソコンを操作し、しばらくの間、新越谷・影森戦の鑑賞会が開催される。
「……うーん、なんていうか、予想以上に長所と短所の差が激しいね」
試合を見終わったあと、白井が唸るように言う。中田もそれに同意する。
「守備のレベルは低いが、打線だけなら県トップクラスだな。特に川口息吹は要注意だ」
「全打席ホームランってねぇ。しかもこの子、ピッチャーとして3失点自責点1でしょ? あとかわいい。中学ではどこのチームだったの?」
「それが、川口息吹と川口芳乃の姉妹については中学時代のデータが全く見つかりませんでした。辛うじて光陽台桜出身だということは判明したのですが、部活はパソコン部で、通える範囲にあるガールズもくまなく調べましたが所属は確認できませんでした。また、大村白菊と丹羽有希に関しては小・中と別の競技をしていたことが確認できています。大村白菊は剣道で全国優勝、丹羽有希は卓球で全国1回戦負けが最高成績のようです」
「……てことは大村と丹羽は初心者確定ってこと? 確かに守備はモロ初心者だったけど打撃はヤバかったよ? 川口息吹も不気味だね。不気味かわいい……」
「エースの武田さんは投げてないんですよね。珠姫のチームめ……温存しやがったな」
「隠したというのが正しいかもね。どんな投手か全くわからないし」
「あ。それに関しては少し心当たりが」
吉川がそう言うと、チームメイトの視線が集まる。吉川はちょっとビビる。
「えっと、あくまで他人から聞いた話なんですけど……。私、藤和に知り合いがいるんですけど、大鷲・新越谷と3チーム合同で練習試合したとき、大鷲戦で武田さんが登板したみたいなんです。それで、その武田さんのカーブがまるで死神の鎌みたいだった、と」
「……死神の鎌、ですか? どこかで聞いたことがあるような……」
友里がそう言うと、吉川は恥ずかしそうに頬をかく。
「ネットで私のスライダーがそう呼ばれているみたいで」
「ああ。そういえば情報収集の一環で覗いたネット掲示板で、吉川さんのスライダーがまるで死神の鎌だと比喩されていたのを見ましたね」
「はい。それで……同じ死神の鎌ということですし、私のスライダーで練習したら武田対策になるんじゃないかと」
「なるほど。他に手がない以上、やってみる価値はありそうだな。ただ吉川は大事な戦力だ。肩や肘に負担のない範囲で頼む」
中田が腕を組んで頷く。正捕手の2年小林も同調する。
「和美はスライダーって言い張ってるけど、あの球ほとんどパワーカーブみたいな軌道ですもんね」
「言い張ってるってのは聞き捨てならないな。スライダーの投げ方で投げてるんだからどんな軌道だろうとスライダーでしょ」
「どんな投げ方でも軌道がカーブならカーブでしょ。少なくとも私はパワーカーブのつもりでサイン出してるわよ」
「なにをー!」
やいのやいの。
そんなこんなで、今大会のダークホース、新越谷高校への対策方針が固まった梁幽館高校野球部であった。
梁幽館の吉川対策を無効化され、逆に武田対策をされてピンチに陥る新越谷高校でした。