IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜   作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛

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閑話 新越谷・梁幽館戦前の放送席と掲示板の様子

新越谷・梁幽館戦が始まる少し前。

 

「今日はよろしくお願いします」

「あ、はい。よ、よろしくお願いします」

 

球場の放送席で、20代の2人が並んで座っていた。

とはいえ、2人の体格はぜんぜん違う。

片方は、小柄で華奢な体格。さいたまテレビのアナウンサー、埼玉郁子だ。

もう片方は、大柄で筋肉質な体格。だが、肩を狭めて縮こまっているので小さく見える。元プロ野球選手の條辺(じょうべ)美好(みよし)だ。

 

「あはは、緊張してますか?」

 

入社3年目のアナウンサー、埼玉郁子はその名字だけで地方局さいたまテレビに入社したようなものだった。

じつは埼玉県には縁もゆかりもなく、東京生まれ東京育ち。大学も東京の私立大学だった。

アナウンサーになりたくてキー局の面接を受けるも顔も普通で発声なども良くなかったので悉くお祈り。友達に「面白そうだから」と勧められたさいたまテレビの面接を受けたところ名前を面白がられ合格に。

そんな郁子だから、入社当初は名前だけで受かってしまった自分に負い目を感じて肩身が狭かった。なので、なんとなく隣に座る條辺には共感できる。

 

「まあ。最近はこういうところに来ることもなかったものですから」

「まだ緊張しなくて大丈夫ですよ。放送始まってませんから」

「あ、そうですか」

 

條辺はほっと胸を撫で下ろす。

大きな胸――これは乳房なのだろうか、それとも胸筋なのだろうか。おそらく両方だろう。

私も胸筋を鍛えようかな……などと郁子は思った。

 

「いやー、しかし。まさか地方大会の3回戦に、元プロの條辺さんが解説に来てくださるとは」

「いえいえ。もともとこの試合は個人的に注目していまして、呼ばれなくても球場で観戦するつもりでしたから。ちょうど良かったです」

「そういえば、條辺さんは熊谷実業出身でしたよね」

「よくご存知で」

「今日は後輩と当たることになるライバルを視察に来たというところでしょうか?」

「……まあ、それもなくはないですね」

 

條辺は言葉を濁しつつ、1年前のことを思い出した。

 

 

***

 

條辺美好。当時25歳。

 

高卒でプロ入りしセットアッパーとして活躍するが、故障により24歳の若さで戦力外となってしまった。

トライアウトに臨むも結果を残せず、獲得を希望する球団は現れなかった。

自分はまだやれる……そう信じていた。いろいろな最先端医療を試し、1イニングくらいならなんとか全力で投げられるようになった。これから治療を重ねればもっとよくなるだろう。

次のトライアウトで結果を残し、絶対に返り咲いてやる。そう思っていた。

 

そんなとき、ある姉妹に出会った。

たまたま通りがかった実家近くの河川敷でおばさん達に混じって草野球をしていた、小柄な金髪の双子。

片方は自分のことを知らなかったが、もう片方は自分のことをよく知っていたみたいで、短いツーサイドアップの髪を犬の尻尾のようにぴょこぴょこと揺らしながらサインをねだってきた。

世間から忘れられていると思っていた條辺はなんだか嬉しくなって、ついつい良いところをみせたくて草野球に混ざることになった。

どうやら双子の姉の打撃が凄いという。だったら双子の姉と1打席対戦してあげようかと提案したら、すごく喜んでもらえて気分が良かった。

 

戦力外になったとはいえ、これでも元プロ。治療のおかげで肩の調子もいい。

有名ガールズの四番とかならともかく、そこら辺の草野球でおばさまに可愛がられている程度の子供に打たれるわけがない。

ちょいとプロの球というものを見せてやろう。

 

それくらいの気持ちで投げた球は、数秒後、ぽちゃんと川に浮かんだ。

ホームラン。

少女のフォームは一見すると無茶苦茶。背中を見せつけるような極端なクローズドスタンスで、一本足打法で振り子ぎみに体重移動し、身体を捻ってフルスイングする。

こんな打法、もし中学野球やガールズでやっていたら、すぐに監督に矯正されるだろう。

だが……なぜだか、彼女のスイングからはプロ野球で争ったライバルたちと同じようなオーラを感じられた。

 

少女が打席を離れて、こそこそ小声で妹に話しかける。

條辺は耳がかなり良かったので、その会話が全て聞こえた。聞こえてしまった。

 

「(ちょっと芳乃。この人、本当にすごいピッチャーなの? ぜんぜん大した球じゃなかったんだけど)」

「(肩を故障しちゃったからね。でも現役時代は本当にすごいピッチャーだったんだよ)」

 

現役時代はすごいピッチャーだった。

自分のファンだと言う子から過去の人扱いされたのが、当時の條辺にとってはどんなアンチの暴言よりショックだった。

自分はまだまだ現役選手のつもりだ。まだ本気を出していない。投げようと思えばもっと凄い球を投げられる。

 

「もう一度勝負してくれないか。さっきの球は君のことを侮っていたんだ、すまない」

 

失礼なことをした、と思った。

相手は中学生とはいえ、勝手に実力を決めつけて手加減するなんて。

 

「手加減されたのは正直不愉快ですけど、元プロが本気で勝負してくれるというのならこっちからお願いしたいくらいです。現状の自分の立ち位置を把握しておきたいもの」

 

そうして、3打席勝負で1本でも安打を打たれたら負けという形で再戦することになった。

 

草野球のキャッチャーは見た目はただの恰幅のいいおばさんだが、昔は六大学でならした選手だったらしく、一般企業に就職してからも練習は欠かさず行っているらしい。キャッチングに安定感がある。

これなら、本気で投げても大丈夫そうだ。

 

そのキャッチャーはアウトローにフォークのサインを出す。それを見て、條辺はため息をついた。

相手バッターの構えは明らかなアウトコース狙い。それなのにアウトコースの球を要求するのは、どう考えても悪手だ。

そこまで考えて、條辺はキャッチャーの意図に気づく。このキャッチャーはおそらくバッターを勝たせようとしているのだ。おばさんだらけの草野球チームで可愛がられている子供。そりゃあ勝たせてやりたいだろう。

だが、これは真剣勝負なのだ。相手が子供だからって手加減するつもりは一切ない。

 

勝負に水を差された気分になった條辺が粗雑に首を振ると、キャッチャーは小さく肩をすくめた後、インハイのストレートを要求してきた。

よし。それでいい。

あの極端なクローズドスタンスではインハイは打てない。仮に打てたとしてもマトモには飛ばない。

さあ、見せてやろう。本当のプロの球を――。

 

目が覚めるような一発とはまさにこのことを言うのだ、と條辺は思った。

そう、このとき條辺はまさに夢から覚めたのだった。

 

ホームラン。

もう少し広い球場なら、外野フライだったかもしれない。

だが、それはいいっこなしだ。條辺は空振りを取るつもりで投げたのだから。

 

「完敗、だな」

「いえ……あれは正直、打ち取られた当たりでした。得意なインコースのストレートだったのに。今まで対戦した中で一番でした」

「ああ。私もあれはここ最近で一番のストレートだったと思う。それを狭い球場とはいえホームランにした君は凄いよ」

 

後で知ったことだが、双子の姉はアウトコースの変化球が苦手だったらしい。

キャッチャーは本気でバッターを抑えるための配球をしてくれたのだ。

 

あの極端なクローズドスタンスでもインコースをホームランにできる、天性のプルヒッター。

プロで一流になれるのは、こういう子なんだろうな。

 

「なあ、君。将来プロになるつもりなのかい?」

「分かりません。来年新越谷に入って妹と一緒に甲子園を目指す。今はそれだけが目標ですから」

「新越谷? あそこは不祥事で部員はもういないって話だけど」

「だからこそ、です。私みたいなのが普通の部活に入っても、受け入れてもらえないでしょ? それに、私たちずっと近所で応援してたから、憧れなんです」

「そうか……頑張れよ」

 

このとき條辺は、自分の野球に対する情熱を彼女に託した。

もっとも、彼女がそれに気づいたかどうかは不明だったが。

 

ある夏の夕暮れ。

真っ赤な空を美しいと思ったのは久しぶりだった。

 

 

***

 

 

野球から距離を取って冷静になってみると、やはりあの頃の自分はもはやプロを目指せるレベルではなかったと思う。

いくら相手の子に才能があり、得意なコースに得意な球種を投げたとはいえ、本気のストレートを中学3年生にジャストミートされるようなやつがプロになれるわけがない。

あの時やっとそのことに気づいた條辺は、第二の人生を模索しはじめた。

スポーツ選手のセカンドキャリアはなかなかに厳しい。一部のスター選手なら指導者に解説者、テレビタレントなど引く手数多。しかし、そうでない選手は過酷な道……否、道なき道を進むしかない。

結局、條辺は野球から完全に離れ、飲食業の道に進むことにした。

有名店に弟子入りし、今では独立も考えている。そこで現在のパートナーとなる人とも出会った。野球にしがみついたままでは考えられなかった幸せな人生。

自分が過去と決別し前に進めたのは、あのときの小さなスラッガーのおかげだ。

 

そんな野球を辞めたはずの條辺が再び球場にやって来たのは、成長した彼女を見るためだった。

ある日、たまたま修業先の本棚にあった週間ペナントに、高校野球特集が載っているのに気づいた。

そういえばあの子は新越谷に入ったのだろうか? 気になって新越谷のページを開いてみた。

小さな集合写真に写っていたのは、かつて自分に引導を渡してくれた少女。あの頃と見た目はあまり変わらないけど、筋肉の付き方が良くなっているのは分かる。

 

そうか、1年生9人揃ったのか。大会に出られるんだな。

 

影森戦は休みを貰って球場に観に行った。

粗さはあるが強いチームだと思った。どの選手もバットを振れている。

なにより、楽しそうに野球をやっているのがいい。野球を本気で楽しめる選手は強くなる。

 

そして今日。

梁幽館戦を観に行くことを地方局の知り合いに話したら、せっかくなら解説で出てくれと言われた。

少ないが謝礼も出るとのことだったので承諾した。

本当は恩人である川口息吹を応援したいところだが、解説として仕事を受ける以上、どちらかを贔屓することなく公平に解説しようと思う。

 

だけどまだ放送が始まっていない今なら。

このアナウンサーにちょっとだけ川口息吹の凄さを語るくらいいいだろう。

 

「あの、これはオフレコでお願いしたいんですが……この試合、ひょっとしたら越谷が勝つんじゃないかと思ってるんですよ。実は川口息吹って選手がすごいバッターで、この子が中学3年生のときに勝負してホームラン打たれたんですよ。本気のストレートを。私、それでプロに復帰するの諦めて……」

「え。あ……あの、條辺さん、もう放送はじまってますよ」

「え……?」

「いや、放送開始しても條辺さんなにも言わずボーッとしてるからどうしたのかな? と思ったんですが気づいてなかったんですか?」

「…………」

 

條辺が回想しているうちに結構時間が経ち、放送が始まっていたらしい。

やらかした……!

 

 

***

 

 

【埼玉高校野球を語るスレ】

 

334:毒を食らわば名無しまで

放送事故ww

 

335:毒を食らわば名無しまで

オフレコでお願いしたいんですが(生中継)

 

336:毒を食らわば名無しまで

てか條辺ってあの條辺よな。東京タイタンズの元セットアッパーの。

2年前トライアウト特集で見たわ。

 

337:毒を食らわば名無しまで

トライアウトの後、来年もプロ目指すとか言っとったのに結局諦めたのは中学生にホームラン打たれたからなんか

 

338:毒を食らわば名無しまで

つーか川口息吹って誰だよ

聞いたことないんだけど

 

339:毒を食らわば名無しまで

新越谷の四番だよ。

この前の影森戦見たけど凄かった。3打席全部ホームラン打ってた。ピッチャーもしてた。かわいい。

 

340:毒を食らわば名無しまで

ほーん凄いやん

でも相手Pがヘボかっただけじゃないんか?

 

341:毒を食らわば名無しまで

まあ弱小同士の試合やからな

参考にならんわ

 

342:毒を食らわば名無しまで

そもそも、條辺からして所詮は故障で戦力外になった投手やからなぁ。

條辺からホームラン打ったて言っても。

まあ中3でホームラン打てるパワーはすごいが。

 

343:毒を食らわば名無しまで

川口息吹ってどこ中?

少なくとも埼玉のガールズにはそんな選手おらんかったぞ

 

344:毒を食らわば名無しまで

中学は光陽台桜だよ

うち川口息吹と同じ部活だった

 

345:毒を食らわば名無しまで

>>344

まじ? すごい選手やった?

 

346:毒を食らわば名無しまで

>>345

知らんよ。だってうちパソコン部だもん

最初野球部入ってたみたいだけど、1年の5月くらいに辞めて双子の妹と一緒にパソコン部に入ってきた

 

347:毒を食らわば名無しまで

パソコン部にホームラン打たれる條辺ww

 

348:毒を食らわば名無しまで

そらオフレコでお願いしたくもなりますわ

 

349:毒を食らわば名無しまで

つまり、タイタンズの條辺はパソコン部の中学生にホームラン打たれたショックで引退したってことでおk?

 

350:毒を食らわば名無しまで

つーかみんな真面目にどっちが勝つと思う?

わいは梁幽館

 

351:毒を食らわば名無しまで

こんなん梁幽館一択やろ

 

352:毒を食らわば名無しまで

新越谷って不祥事のやろ?

ぶっちゃけイメージ悪いし負けてほしい

 

353:毒を食らわば名無しまで

>>352

当時の部員は1人もおらん。今年入学してきた1年生だけでリスタートしとるんや。一緒にするのは可哀想やろ。

わいは判官贔屓込みで新越谷に一票や。

 

354:毒を食らわば名無しまで

>>353

つっても、暴力事件があったのを知ったうえで入学してきた奴らだからなぁ

正直、全く同情できんわ

梁幽館に一票

 

355:毒を食らわば名無しまで

ていうか梁幽館か新越谷かで議論する時点でおかしい

コールドになるかならんかで議論すべきレベル

 

356:毒を食らわば名無しまで

>>355

じゃあ新越谷のコールド勝ちで

 

357:毒を食らわば名無しまで

>>356

それだけはないやろ

 

358:毒を食らわば名無しまで

まあ新越谷も元強豪のプライドがあるからな

負けるにしてもコールドだけは阻止してほしい

 

359:毒を食らわば名無しまで

つっても1年生に新越谷の名を背負わせるのは酷やろ

胸を借りるぐらいの気持ちで当たって砕けたらええ

 

360:毒を食らわば名無しまで

このときスレ民たちは知らなかった

新越谷高校が梁幽館を始めとした強豪校を次々と下し甲子園出場を決めることを

 

361:毒を食らわば名無しまで

>>360

予言者現れて草

 

362:毒を食らわば名無しまで

まあまじで新越谷が勝ったらそれはそれでオモロいな

あり得んけど

 




このエピソードは思いついたものの書くかどうか迷いました。脇道になるので。結局、閑話として書くことにしました。
元ネタは現在は埼玉でうどん屋を経営している元選手です。本当は徳島出身ですが、一応埼玉に関係ある人ということで。
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