IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜 作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛
「開会式より広く感じるな!」
「フェンス高!」
「この球場は全試合中継されるらしいわよ」
「ほんとだ! 放送席がある!」
「ていうか人多いな!」
梁幽館戦の舞台である大宮公園球場は、私たち新越谷ナインが球場入りした時にはすでに、試合前だというのに沢山の観客で溢れかえっていた。
「意外と注目されてるんだね、私たち」
「注目されてるのはたぶん私たちじゃなくてお相手じゃないかな。なにせ宗陣戦で和美さんがあんなピッチングしたからね」
「ほら、噂をすればなんとやら。梁幽館のお出ましよ」
三塁側に梁幽館のベンチ入りメンバーが現れると、それだけで球場が祭りのごとく湧く。
『中田頼むぞー!』『陽さんかわいー』『吉川ー、宗陣戦のピッチング凄かったぞー!』
「う……迫力がありますね」
「絶対的強者って感じだし。今からうちら、本当にあれと戦うんだよね……?」
「はよ戦いたいっちゃけど!」
みんな相手のオーラと観客の熱気に圧倒されてるみたいだね。……なんか1人戦闘狂が混じってるけど。
梁幽館の守備練習が始まると、その機敏な動きにヨミちゃんが感嘆の声をもらす。
「わー、凄いノックだね。難しい打球なのに簡単に捌いてるよー」
「まさに強豪校って感じね。これで打撃も県内トップレベルだから信じられないわよね」
「うわー、このあと私たちも守備練習するんだろー? 恥かかないかなー」
菫ちゃんの言葉に稜ちゃんが不安を吐露した。
すると、藤井先生がドSの笑みを浮かべる。
「皆さんにも、あれくらい難しいノックを打ってあげましょうか?」
「ひえー、勘弁してくれー」
「まあでも、失敗したら失敗したで逆に相手の油断を誘えるかもしれないし、気楽にいこ?」
私がそうやって励ますと、息吹ちゃんが呆れるように言う。
「こんな大一番で芳乃はよく落ち着いていられるわね」
「そんなことないよー。私だって緊張はしてるけど、それよりも試合をするのが楽しみって感情が勝ってるだけだよ」
「芳乃の気楽さが羨ましいわ」
「まあ、息吹ちゃんはなんだかんだやってくれる姉だから。期待してるよ」
「ちょっと、プレッシャーかけないでよ!」
そんなこんなで話しつつ、私は今日の試合について考える。
今日のオーダーはこんな感じだ。
一番レフト 丹羽有希
二番センター 中村希
三番ライト 大村白菊
四番サード 川口息吹
五番ショート 川崎稜
六番セカンド 藤田菫
七番キャッチャー 山﨑珠姫
八番ファースト 川口芳乃
九番ピッチャー 武田詠深
いつものオーダーとは違いヨミちゃんを九番に置いている。さすがに梁幽館戦でヨミちゃんの打順を上げる余裕はないからね。ヨミちゃんはいつものごとく渋ったけど、『エースの投球に集中して欲しいから』とか言ってなんとか納得してもらった。
それ以外は、いつもとだいたい同じかな?
梁幽館は弱点が少ない王道野球のチーム。小手先の戦略でどうにかなる相手じゃないからね。相手の対策よりも、私たちのポテンシャルを最大限に発揮するためのオーダーって感じかな。
「芳乃、なにボーっとしてるの。行くわよ」
そんなことを考えていると、いつの間にか新越谷の練習時間になっていたみたい。
私は息吹ちゃんの後を追うように、急いでベンチから飛び出した。
***
「おいおい、あんな簡単な球をエラーして大丈夫か」
「1年生だし仕方ないよ」
「サードかわいい」
新越谷高校の練習時間。
(弛緩しているな)
わいわいと相手を眺めているチームメイトを見て、中田はひっそりため息をつく。
(とはいえ、仕方ない部分もあるが……)
目の前で行われている守備練習は、はっきり言って下手だ。
強豪校目線で上手いと思えるのは、キャッチャーの山﨑とセンターの中村くらい。
ピッチャーの武田・サードの川口息吹・ファーストの川口芳乃は無名校にしてはそこそこ。ショートの川崎とセカンドの藤田は動きこそ悪くないがミスが目立つ。レフトの丹羽とライトの大村は論外。
とまあ、守備練習だけを見るとよくて2〜3回戦負けレベルとしか思えない。
偵察班の映像を見る限り強打のチームらしいが、それを加味しても梁幽館の敵だとは中田には思えない。守備にあれだけ穴があれば、梁幽館の打線なら点を取り放題だ。
(もっとも、新越谷のエースがうちの打線でも苦戦するほどのピッチャーであれば話は別だがな)
中田はマウンドの詠深に目を向ける。
(武田か……。未知の部分が多い投手だ。小柄なチームの中において目立つ体躯。下半身を中心によく鍛えられている。精神面も強そうだ。中学時代は1回戦負けだったそうだが、急成長している可能性もある。油断はできない。そして……)
中田はサードへと目線を移す。
(武田以上に謎なのが、川口息吹か。影森戦は投げては5回3失点自責点1、打っては全打席ホームラン。これだけ聞けば有名ガールズの出身かと思うが、中学までの野球歴は全く不明。初心者とは思えないが……)
特に要注意なのは、この2人か。
(それでも……)
梁幽館が苦戦する相手とは思えないが。
そう思った中田は、ぶんぶんと首を振る。
(危うく私まで油断しそうになった。私たちが3年間鍛錬に励んできたのは、相手を舐めるためではない。相手に勝つためだ)
中田をはじめとする梁幽館メンバーが『この夏』にかける想いは新越谷に負けないはずだ。この夏のために、ずっと辛い練習に耐えてきたのだ。
だが、ここで気を抜いてしまったら、『この試合』にかける想いで新越谷に負けてしまうかもしれない。そうなったとき――――足を掬われる可能性が生じる。
3年間鍛錬に励みながら培った想いを自ら裏切るようなマネだけは絶対にするまい。
中田は気を入れ直し、先発に向けて集中を高めた。
***
試合開始。
事前のじゃんけんの結果、先攻は新越谷となった。
先頭打者の丹羽有希は、深呼吸してからバッターボックスに立つ。
視界の先、マウンドの上には中田がこちらを見下ろすように立っている。
(威圧感があるし……。でも、芳乃ちゃんは初心者のうちを信じて先頭バッターに置いてくれたんだ! その期待に応えてみせるし!)
中田が第一球、力の差を見せつけるような全力のストレートをインハイに投げ込んでくる。
有希はかろうじてバットに当てるが、チップしてバックネットに当たる。
有希はバットから伝わる衝撃に、思わず顔をしかめる。
(い、痛い……! バットに掠っただけなのに手がじーんと痺れたし! こんなのマトモに打ったら腕がもげるし!……でも)
初めは詠深に一目惚れしたから始めた野球だった。だけど、部員たちと一緒に練習して、上達して――――今は何より、勝ちたい!
キィンッ!
中田の二球目、有希はインロー、内に抉り込んでくるスライダーを打つ。ボール気味だったが巧みなバットコントロールでフェアゾーンに飛ばし、しかし……
打球はファーストの正面。回転のかかりも甘い。
難なく捕球され、そのままタッチアウト。
(悔しいし。いいように翻弄されただけだったし……)
肩を落とし、とぼとぼとベンチに戻る有希。
そんな有希を、ネクストにやって来た白菊が励ます。
「有希さん、惜しかったです! 有希さんの仇は私がとります!」
(え、好きだし……!)
トクン。ちょっと優しくされるとすぐに惚れてしまう有希であった。
***
「お願いします」
希はいつものオープンスタンスに構え、中田と対峙する。
(すごいオーラと威圧感。でも、あんまり闘志は感じんね。あくまで私らを見下ろしとーってことやろか。これなら練習でヨミちゃんと勝負するときのほうがドキドキする。ヨミちゃんは練習でもやる気まんまんやけんね)
希は闘志満々な詠深を思い出してくすりと笑う。マウンド上の中田は一瞬だけ怪訝な表情を浮かべた後、投球モーションに入る。
中田の第一球、インコースのストレートを希は余裕を持って見逃す。
(速球は確かに速いけどそこまでのノビは感じん。マシンの最高設定と同じくらいのつもりで思ったらよかね)
中田の第二球は、真ん中付近のスライダー。
(ストライクを置きに来た感じの球やね。私に打ち気がないのがバレたやろか? スライダーなんは一応私が手を出してきたときのための保険かいな?)
スライダーの変化量は詠深ほどではないが、球速が速くストレートと判別がつきづらい。甘いストレートかと思って打ちにいくと内に入ってきて詰まらされそうだ。打ちにいくなら注意したほうがよさそうだ。
(ストレート! やけどこれはボール!)
希はバットを止める。
カウント1ボール2ストライク。
(スライダー、際どいコース。これは打たん、カット!)
カウント変わらず1ボール2ストライク。
(カーブ甘い! 打つ!)
キィン!
希の打球は三塁の頭を越えて綺麗なレフト前ヒットに。
(ふぅ。ヨミちゃんのあの球を見慣れとーけん、カーブ打ちは得意になったっちゃね)
ともかく、これで1アウト1塁。
後ろには白菊、息吹のホームランバッターが2人。
(私の仕事はしたけん。白菊ちゃん、息吹ちゃん、信じとーよ)
***
(すごい観客の数です。うまく精神集中できません。心頭滅却しなければ)
白菊は珍しく緊張に震えながら打席に向かう。
白菊がこれまでやってきた剣道とは明らかに注目度が違う。関係者くらいしかいない剣道の大会とはちがい、無関係な一般人も多く入っている。慣れない大観衆の前に臆するのも無理からぬことであった。
だが、バッターボックスに立てば手の震えは自然ととまった。
マウンド上の中田から放たれる威圧感。それが幼少より白菊に刷り込まれた剣士としての本能を目覚めさせたのだ。
(そうでした。ここは戦場。斬るか斬られるかの世界。周囲の雑音に惑わされる余裕などありません……!)
白菊は剣道の上段に似た構えから殺気に似たオーラを放つ。
中田の威圧感と白菊の殺気。その波動は打席とマウンドの丁度中間でぶつかりあい、余波が荒れ狂う嵐がごとく球場を渦巻く。
一刻でもまばたきすればその瞬間にどちらかの首が落ちていそうな極度の緊張感。
いつしか、2人が作り出す空気にあてられ、観客たちはごくりと唾をのんだ。
『なにこの空気』『まだ何も始まってないのにヒリヒリするんだけど』『この大村って選手、何者?』
思わず声を殺したひそひそ声が観客席に伝播する。
しかし、そんなものは白菊の耳には入らない。
静寂の世界。ただ、目の前の中田だけに全神経を集中させる。
やがて、中田の一投目が放たれる。
(ストレート、速い!)
ブォンッ!!
白菊のフルスイングが空気を振動させる。
空振りだ。
(マシンの球と同じくらいの速度ですが、少々タイミングを掴むのが難しいですね)
白菊は軽く目をつぶり、暗闇の中で先程の中田の投球フォームのイメージを思い浮かべる。
「……よし」
バッティングのイメージを固めた白菊は、すっと美しい所作でバットを構え、中田に相対する。続く中田の投球。
(アウトロー! でもこれは……ボールです!)
中田の球は沈んでいき、ワンバウンドしたのちキャッチャーのもとに届く。
(ふぅ。なんとかバットが止まりました。チェンジアップ……?でしょうか。とにかく、変化球だったおかげで少しだけ見極める時間がありました。もしストレートが同じコースに来たら振ってしまっていたかもしれません)
白菊が安堵するのも束の間、今度はアウトローにストレート。
白菊はまったく反応できず見逃し。
これで1ボール2ストライク。追い込まれた。
(うう……マシンの球と違って球種が分からないのが厄介ですね。変化球を警戒してたらストレートにまで反応が遅れてしまいました)
白菊には希のような、ストレートにも変化球にも臨機応変に対応する技術はない。さっきチェンジアップに手が止まったのだってほとんどマグレだ。
(こうなったらヤマを張りましょう。次の球はストレート! ストレートが来たら打ちます!)
だが、梁幽館キャッチャーの小林のリードは白菊を翻弄する。
(カーブですか!……南無三!)
ガキメシャッ……!!!!
体勢を思いっきり崩されながらもなんとか当てた打球はレフト方向へとふらふらと上がっていく。
(ああ、レフトフライですね。打ち取られてしまいました……)
白菊はがっくりと肩を落とす。
しかし、徐々に球場がざわつきはじめる。
『おい、嘘だろ……!』『まだ伸びるのか……!』『流石に角度が高すぎだろ』『入るな! 入るな! 入るな!』
目線をあげた白菊が見たのは、高く高く放物線を描く打球。
そして……
(ええーっ? 入っちゃいましたー!?)
レフトスタンドぎりぎり。
打ち取られたかと思われた当たりからの先制アーチとなった。
梁幽館戦は全9話になる予定です。
梁幽館戦はまだ執筆の途中ですが、完結までの見通しがついたので、今書けている話から順次アップしていきます。
中田の球種については、原作だけでは全ての持ち球が分からなかったので、元モデル選手の高校時代の球種を参考にして、ストレート、スライダー、カーブ、チェンジアップとしています。