IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜   作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛

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18. 泥の栄冠 (梁幽館戦part5)

「これは……想定外ですね」

 

梁幽館高校戦略担当マネージャー、高橋友里はベンチの前柵をぎゅっと握りしめる。

 

新越谷高校。

確かに、要注意だと思っていた。

 

(ですが……)

 

それはあくまでも、『打撃特化のチーム』としてだった。

調べたかぎり練習試合の結果はその多くが大量得点・大量失点。

エースの武田詠深に関してはカーブが得意という噂はあったものの、データを見る限り被安打率はそこまで低くなく、強打者揃いの梁幽館打線の相手だとは思えなかった。

 

(それに……)

 

武田の中学3年時の成績は市総体の1回戦で2-12での大敗。彼女が負けた相手も3回戦で敗れており、特別強豪校というわけでもない。

それがたった1年で、梁幽館打線を凌駕するピッチャーに成長するとはとても思えなかった。

 

だから梁幽館の2番手ピッチャー、吉川が『対武田を想定して変化球打ちの練習相手になる』と言い出した時も、友里は半信半疑だった。

とても中学の市総体1回戦で炎上するレベルのピッチャーが吉川のスライダーと同レベルの変化球を投げられるとは思えなかったのだ。

結局、他に有効な武田対策もないうえに、中田ほか梁幽館メンバーが乗り気だったので友里も賛成したが。

 

(しかし、それが功を奏するとは……)

 

武田のカーブは、吉川のスライダーと比較しても決して見劣りしない。

それどころか、キレも変化量も武田のほうが圧倒的に上。まるで顔面に向けて投げられたボールが直前で急変化してアウトローに突き刺さるような反則じみた球。

欠点を強いてあげるとすれば、その変化量の大きさ故に制球が定まりづらいところだろう。

 

不幸中の幸いだったのは、武田のカーブと吉川のスライダーは球速と変化のタイミングがかなり似ていたことだ。

そのおかげで梁幽館の打者は対策が見事にハマり、武田のカーブにタイミングがあっている。とはいえ、それでもカットするのが精一杯。カーブをマトモに打ったのは今のところ陽だけだ。

 

(ていうかストレートですら、中田さん以外まともな当たりを打ててないんですよねぇ……)

 

これまでの出塁は、陽のヒットと中田のホームランを除けば、エラーによる出塁とバントによる内野安打のみ。強打者揃いの梁幽館打線は1年生ピッチャー武田に圧倒されていると言ってもいい。

 

(外野に大きな穴があると言っても、外野まで飛ばせないんじゃ関係ありませんね。それに……)

 

最後、中田を三振にとったストレート。

あれは球速も球威もこれまでとは段違いだった。

 

(ギアを上げた? いえ……むしろ、覚醒したと言ったほうがいいような……)

 

宗陣をノーヒットノーランにとった時の吉川を思い出させるような、圧倒的な覚悟と自信。それを、友里は武田から感じとった。

 

(あの投球があの打席限定のものなのか、或いは何かを掴んだのか……。もし後者なら、これ以降、1得点もできないかもしれないと覚悟したほうが良さそうですね)

 

幸いにも、現在1点リード。

マウンドに立つのはエースの中田。そうやすやすと点を取られるピッチャーではない。

このまま最終回まで抑えれば、勝つのは梁幽館だ。

 

ピッチャーの中田は三番打者の白菊を三振にとり、1アウト。

続いて四番の息吹が打席に立ち、その初球。

 

(……ああ。これはヤバいかもしれませんね)

 

甲高い打撃音を聞き、友里は頭を抱えた。

アウトローのスライダーを思いっきり引っ張ってのホームラン。なぜあの球をあのフォームで引っ張れるのか。無茶苦茶だ。

 

3-3。

ついに同点。

試合は振り出しに戻る。

 

(未だ有利なのは梁幽館(うち)のほう。そう信じたいのですが……)

 

試合前、99%以上勝てると思っていた新越谷戦。

エース中田が投げ、スタメン全員ベストメンバーで挑み、負けるはずがなかった。

 

(それなのに……)

 

中田は続く稜に初球をツーベースにされ、藤田菫に粘った末にシングルヒットを打たれる。どちらも決して甘い球ではなかった。中田から連打する新越谷打線が単純に強すぎるのだ。

 

1アウト1・3塁。

ここで打席に立つのは七番キャッチャーの山﨑珠姫。

彼女の第一打席はスライダーを引っ掛けてショートゴロ。打者として突出したものは感じられないが、新越谷には珍しい全ステータスが平均的に高いバランスタイプの選手。

 

(ランナーは脚力のある川崎。スクイズもあり得ますね。さて……)

 

栗田監督のサインは初球ストライク。

 

(相手バッターからすれば、初球からスクイズはなかなかやりづらい。チャンスであればこそ、外されて失敗するリスクを恐れますからね。スクイズを防ぐためにも、ストライクを先行させるのはありです。さて、相手はどうでてくるか……)

 

友里はグラウンドを注視する。

中田の初球に対し、山﨑はバントの構えを見せ……それと同時に、ランナーがスタートをきった。

 

(初球からいきなりスクイズですか……!? 外されるリスクもあるのに、相手指揮官は度胸がありますね……!)

 

真ん中高めのストレート。

 

ガキッと金属音がして、打球はふらりと宙に浮かぶ。

 

(ピッチャーの前、小フライ……!)

 

捕れるかどうか微妙な打球だ。

中田はボールに飛びつく。

 

判定は……アウト。

中田はすぐに立ち上がり周囲を見渡すが、ランナーは共に帰塁していた。

 

(サードランナーは打球が浮いたのを見て突っ込まずにすぐ戻りましたか。冷静というべきか、消極的というべきか。結果的には突っ込まなくて正解でしたが、あのアウトになるかどうかの打球で諦めるのは、積極的な指揮官の方針と比べてどこかチグハグな感じがしますね)

 

結局、八番川口芳乃をサードゴロに打ち取りチェンジ。中田はピンチを凌ぎきった。

 

とはいえ、4回裏3-3の同点。

内容的には新越谷のほうが圧倒的にいい。

このままでは梁幽館は勝てない。

 

(なにか策が必要。ですが、具体的な打開策は思いつきません)

 

戦略担当マネージャーとして、友里は自分の無力さに歯噛みした。

この状況、名将と呼ばれる栗田監督ならどう打開するだろうか?

友里は試すような眼差しで隣に立つ監督を見る。

 

4回の攻撃前、栗田監督は選手を集めた。

 

「しばらく点を取るのを諦めましょう」

 

栗田監督の言葉に、選手たちは一瞬だけ意外そうな表情を見せた。

 

「陽さん中田さん以外の選手は全ての球をカットしてください。前に飛ばすことは考えないで構いません。四球を狙えたらそれがベストですが、三振で構いません。その代わりできるだけ球を投げさせて、相手エースの武田さんを疲れさせてください」

「「「はい!」」」

 

(待球作戦ですか……。あまり梁幽館(うち)らしい作戦とは思えませんが)

 

友里がそう思って栗田監督を見ると、若干ではあるが苦々しい表情をしていた。監督としても苦渋の決断なのだろう。

栗田監督が名将と言われる所以は、ただ試合に勝つからではなく、教育者として生徒を正しく導くからだ。そういう意味で、待球作戦は栗田監督らしくない作戦だった。

 

カット自体は悪い技術ではない。難しい球をカットで凌ぎ、甘い球を捉えてヒットにする。

打撃の基本にして王道である"好球必打"。

それは、ミート力・対応力・選球眼……打者に必要な能力をフルに使う総合芸術であり、そこにはカット打ちの技術は必要不可欠だ。

 

ただし、最初からヒットを狙わず、猫も杓子もカット打ちをするのでは少し話が変わってくる。

バットに当てるだけのバッティングを続け、相手投手が潰れるまでひたすら粘る。

こんなことをしていては、打者は本来のバッティングを見失いかねないし、投手は故障のリスクを負いかねない。

結果が全てのプロならともかく、教育の一環である学生野球では褒められた作戦とは言えない。

 

(もっとも、他の強豪校では割と頻繁に使われている作戦でもあるんですけどね……)

 

一度負けたら終わりのトーナメント。だからこそ、勝つためならなんでもやる。そういったチームが多いのも事実だ。

1人のエースを壊れるまで酷使したり、相手のピッチャーを潰すために待球作戦をとったり、サイン盗みなどの反則行為に手を染めたり……。

これは、高校野球の負の側面として問題視されている。

 

そんな中で、栗田監督は両チームの選手が健全に成長することを重視し、クリーンな野球で勝つことを心がけてきた。

その教育者として学生のことを第一に考える姿勢が、学生野球の監督としてはまだ実績も経験も控えめな栗田監督が、全国的に『名将』と称えられるまでに至った所以だった。

 

(待球作戦で勝てたとしても、栗田監督の名には泥がつくことになるでしょうね。今まで名将と讃えられてきたぶん、その反動は大きくなるかもしれません。……ですが、おそらくそれを承知で、この代の選手たちを勝たせたいのでしょう)

 

陽と中田、ドラフト1位クラスの2人が揃い、さらに吉川の台頭で懸念だった投手層の薄さも解消した今年の梁幽館は歴代で言っても最強クラス。全国出場どころか、全国優勝さえ狙える戦力だ。

 

全国出場経験こそ豊富な栗田監督だが、優勝経験はなし。最高成績である準優勝の年は優勝候補筆頭と言われながらも決勝戦で白熱の投手戦の末に0-1で敗北。

あの年に掴み損なった栄冠を再び得られるチャンスは今年を逃すと次にいつ現れるか分からない。だからこそ、栗田監督はいつも以上に勝利にこだわるのだろう。

 

友里は口をぎゅっと瞑り、自らの左膝を見つめる。

 

(私が選手として出場できていれば、こんな作戦を取らなくてよかったでしょうか……)

 

そう考えたあと、ぶんぶんと首を振る。

 

(なんて、何を自惚れたことを。私が選手として稼働できていたとして、活躍できていたかどうかなんて分からないのに……)

 

友里は真っ直ぐとグラウンドを見つめる。

 

(私が今やるべきことは、後悔することではなく、戦略担当マネージャーとして監督を支えること。監督が腹を括った以上、それに従うのみです。武田さえ降ろしてしまえば、次に出てくるのはおそらく川口息吹……。彼女は彼女で厄介そうですが、梁幽館(うち)の打線なら問題ないでしょう)

 

こうして、新越谷・梁幽館戦は新たな展開を迎えることとなった。

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