IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜   作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛

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20. エースと四番 (梁幽館戦part7)

球場はざわざわと戸惑いのざわめきで埋め尽くすされていた。

梁幽館のエースで四番である中田の負傷により、試合は一時中断。

そのショックは梁幽館サイドはもちろん、新越谷サイドにも伝播していた。

 

芳乃はベンチの隅でぼーっと虚空を見つめている息吹の肩にそっと寄りそう。

 

「息吹ちゃん、大丈夫?」

「芳乃。……私、少し野球を舐めてたかもしれないわ。野球は楽しいだけのスポーツじゃない。まさか私の打球が人を傷つけるなんて」

「そうだね。でも、息吹ちゃんの責任じゃないよ。そう、誰のせいでもない。真剣勝負の末に起きてしまった事故」

「そうね。でも、改めて思ったわ。勝利への執念が身を破滅させることもあるって、ね。もしかしたら、あれは未来の――こんな話はやめとこうかしら」

「ううん。分かるよ、双子だもん。でも、約束して。私はなにより息吹ちゃんが大切だからね。自分を犠牲にするようなこと、しないでね」

「……分かってるわよ。その代わり、芳乃も無理するんじゃないわよ」

「もちろん」

 

芳乃は息吹に微笑む。

 

(息吹ちゃんはもう大丈夫かな。あとは……)

 

芳乃は新越谷のエースを見る。

詠深は珠姫と並んでなにやら話している。いつもと変わった様子はない。

 

(でも……)

 

今日の詠深の神がかった投球は、中田との投げ合いに触発された部分もあるだろう。ただでさえガス欠寸前のピンチ。これで緊張の糸が切れて崩れる可能性も十分ある。

 

(笑顔も見せてるし、大丈夫そうだけど……。でも、ヨミちゃんはたぶん、辛いときでも笑顔でごまかしちゃうタイプだから、安心はできないな……)

 

梁幽館側のブルペンでは吉川が投げ始めた。おそらく、次の回からは彼女が投げるのだろう。

新越谷・梁幽館、両軍ともに不安のある試合は、まもなく再開された。

 

 

***

 

 

5回の裏、打順は八番の小林から。

梁幽館打線は前回から引き続きカット打法でくるらしい。

だが、詠深にそれを気にする様子はない。

八番小林を5球、九番の西浦を11球で三振に打ち取る。

 

(ヨミちゃんの体力は限界に近い。ストレートの球威は落ちてるし、コントロールも乱れてる。球数自体は90球くらいだけど、全力投球を続けているせいで予想以上に体力消耗が大きい。そしてここで……一番陽さん!)

 

珠姫は打席にそびえ立つ選手を、キャッチャーボックスから見上げる。

 

陽はミート力に定評のある選手だが、長打もある。

この1点を争う試合。甘い球を投げればホームランを打たれる可能性もある。

 

(陽さんは早打ちで選球眼があまり良くない。ボール球でも手を出してくれる可能性はある。球数はあまり投げさせたくないけど……最悪フォアボールでもいい。厳しいコースを攻めよう)

 

珠姫は第1球、低めのボールゾーンにあの球(カーブ)を要求する。

陽はこれまでの打席、あの球(カーブ)に対して当たっている。ボール球でも手を出してくれる可能性は高い。

 

詠深は頷き――――投げる。しかし……

 

(しまった、高めに浮いた。これじゃあストライクゾーンど真ん中に入っちゃう!)

 

詠深の投じた球は要求よりも高いコースで、球速もいつもより遅い。

陽は待っていたとばかりに、バットをスイングし始める。

 

(私のリードミスだ。ただでさえヨミちゃんの制球は乱れていたのに、コントロールの難しいあの球(カーブ)を要求するなんて……)

 

だが、次の瞬間。

珠姫は別の意味で驚くことになる。

 

(え、いつもより曲がっ――――)

 

ど真ん中に入ると思われたあの球(カーブ)は、一度曲がってから更に二段回で曲がるような変化で、キャッチャーの手元の地面に突き刺さるように落ちる。

珠姫はそれを止めることができず、後ろに逸らす。

珠姫はもちろん、空振ったバッターの陽も、目を丸くして後ろに転がるボールを見つめる。

 

(完全に逸らした? この私が?)

 

珠姫は驚きと同時に、先程の詠深の球を分析する。

 

(スローカーブに近いのかな? 球速はいつものあの球(カーブ)より遅いけど、変化量はこっちのほうが遥かに大きい。奥行きのあるピッチングができるぶん、今までのあの球(カーブ)より使えるかも)

 

この土壇場に至って、予想外の投球。

これなら――――

 

(この球なら、陽さん相手にも抑えられるかもしれない)

 

珠姫はボールを拾って詠深に返すと、子供の頃に戻ったような表情でミットを構えた。

あの頃は、詠深のあの球(カーブ)を捕ることができなかった。

自分の予想を上回る詠深の投球に、あの頃を思い出したのだ。

 

サインは勿論、あの球(カーブ)

珠姫と詠深を繋ぐ、絆の球だ。

 

(今度こそ、ちゃんと捕ってみせる!)

 

詠深が頷き、投げる。

陽は詠深があの球(カーブ)を投げることを読んでいたのか、完璧なタイミングで踏み込む。

 

キィン!

 

陽はなんとかバットに当てたものの、ボテボテのサードゴロ。

息吹が危なげなく捌き、アウト。

 

(ヨミちゃんのあの球(カーブ)、捕ってみたかったけどバットに当てられちゃったか。さすが陽さん。でも、球数が少なく済んだからこっちのほうがよかったかな)

 

兎にも角にも、これで3アウト。チェンジ。

5回が終わって、スコアは3-3。

延長までいかなかったとしても、最低でもあと2イニングは守らなければならない。

 

(ヨミちゃんの好投のおかげでこの回はなんとかなった。でも、やっぱり完投までいけるとは思えない。ヨミちゃんが限界を超えないようにだけは気をつけないと)

 

 

***

 

 

6回の表、マウンドには吉川が立っていた。

ファーストは2年の大杉に入れ替わっている。

 

中田・谷口と吉川・大杉のダブルスイッチで、これにより吉川は七番ピッチャー、大杉は四番ファーストとしてプレイする。

 

『吉川。あとはお前に任せたぞ……!』

 

負傷交代となった中田が残した言葉が、吉川の脳裏でリフレインしていた。

 

(キャプテンは馬鹿だ)

 

あの場面、仮に1点2点取られたとしても、中田さえ居れば逆転の可能性は十分あった。

それよりも、投打の柱である中田が抜けてしまったダメージのほうが遥かに痛い。

 

梁幽館はベンチ入りメンバー全員が高校トップレベルの野球エリートたち。

だが、そんな彼女たちでさえ、中田の負傷交代に動揺している。

 

理屈のうえでは、未だ梁幽館のほうが圧倒的に有利。

 

だが、理屈じゃないのだ。

エースで四番。その存在が梁幽館にとってどれほど大きかったのか。チームメイトの反応を見て、それを痛感する。

 

それと同時に、吉川には苛立ちがあった。

それはピッチャーとして……エースとしての本能(エゴ)

 

まだ自分がいるのに、どうしてそんなに不安そうな顔をしている?

自分では梁幽館のマウンドを任せるに不足だとでも?

 

だったら――――だったら、証明してやる。

自分がこのマウンドに立つにふさわしいピッチャーだと。

梁幽館の柱となるにふさわしいエースだと。

 

「キャプテンが抜けたから負けたなんて言わせない。私がキャプテンの代わりに――いや、キャプテン以上のエースになる……!」

 

吉川はすぅーっと深呼吸し、前を向く。

マウンドから見下ろす景色がいつもと違って見えた。

 

相手バッターの表情も。味方キャッチャーの表情も。観客の表情も。よく見える。

相手ベンチの声も。味方野手の声も。観客の声も。よく聞こえる。

 

視界が広い。

ああ、これがエースの景色か。

エースが見る世界なのか。

 

打たれる気がしない。

どう投げたら抑えられるのかが感覚的に分かる。

 

吉川は夢中で投げた。

気がついたら、歓声が自分を包んでいた。

 

五番、川崎稜を三球三振。

六番、藤田菫を三球三振。

 

そして――七番バッター。山﨑珠姫。

 

(珠姫め。真剣な目で私のこと見つめてくれちゃって。バッテリー組んでた(味方だった)時はそんな表情見せてくれなかったのにさ。でも……その顔が見れたなら、敵になった甲斐があったかな)

 

アウトローいっぱいのストレート。

珠姫は手が出ず、見逃しの三振。

 

中田からエースを引き継いだ吉川は、たった9球で己の価値をここにいる全員に見せつけた。

 

「私が、本物(エース)だ……!」

 

 

***

 

 

梁幽館の2番手ピッチャー、吉川和美の投球は凄まじかった。

球威のあるストレートを中心にたった9球で6回を抑える好投。

 

しかし、新越谷のエース、武田詠深も負けてはいなかった。

彼女の能力の限界に迫る投球。

梁幽館打線がどれだけカットで粘ろうが、お構いなしに全力投球を続ける。

体力も限界だろうに、顔には笑顔を浮かべたまま。

6回の裏、梁幽館の二番白井、三番高代を連続三振に抑える。

 

(う〜、胃が痛くなってきたのです……)

 

梁幽館高校2年、大杉かすみは緊張の面持ちで打席に向かった。

負傷交代の中田に代わり、四番ファーストでの出場。

その重圧は今まで体験したことがないものだった。

 

大杉が梁幽館に入学したのは、中田に憧れたからだった。

まだ1年生にも関わらず強豪校で背番号を勝ち取り、全国で活躍した中田。その年の梁幽館は全国3回戦で敗退したものの、中田の活躍はひときわ輝いて見えた。大杉はその姿をテレビで見て憧れた。自分もあんな選手になりたいと思い、中田を追いかけるように梁幽館に入学した。

しかし、厳しい現実に直面した。

周りにいるのは自分より実績があり、上手い選手ばかり。絶対に敵わないと思うような先輩がうようよいて、ベンチ入りすらできないような激しい競争。挫けそうになることは何度もあった。

 

それでも練習だけは人一倍やった。

ある夜、居残りでティーバッティングをしていると、後ろから声をかけられた。

声の主は他ならぬ中田だった。

 

『やあ、大杉。今日も自主練しているのか』

『は、はいっ! 中田先輩みたいなホームランバッターになりたいのですっ!』

『それでそんなアッパースイングで高い打球を打っているのか。だが、そのスイングではなかなかバットにボールが当たらないのではないか?』

『う、うぐ……そうなのです。先輩は、どうすればいいと思うですか?』

 

大杉が尋ねると、中田は遠くの低い山際にうっすらと輝く月を指さした。

 

『大杉、あの月に向かって打て。必要以上に高いアーチを打つ必要はない。強く低い打球で貫くんだ。お前のパワーならそれができる』

 

中田の教えに従い、打撃フォームをアッパースイングからレベルスイングに修正した。すると、打撃でめきめきと頭角を表し1年の秋からベンチ入りを勝ち取った。守備が未熟なため代打での起用が主となるが、打撃だけなら中田・陽に次ぐ実力がある。次世代のクリーンアップ候補だ。

 

(新越谷の武田……。あなたがどんなに凄いピッチャーだろうと、負けるわけにはいかないのです。中田先輩のため、チームのため……そして何より自分自身のため。私の打球であなたのストレートを貫くのです!)

 

栗田監督からはカット打ちをせず打ちに行っていいと言われた。

陽や中田にかけるものと同等の信頼。それに応えたい。

 

詠深の1球目。

あの球(カーブ)を見逃しボール。

1ボール0ストライク。

 

大杉は詠深のカーブを捨てていた。

なぜなら、吉川のスライダーで事前に詠深対策をしたのはスタメンだけ。控えの大杉はまだ一度も打席で詠深のカーブを見ていなかった。それなのにいきなりカーブを打てると思うほど大杉は自惚れていなかったのだ。

 

どうせ、あのカーブは半分以上ボール球になる。

だったら、追い込まれるまでは無理に手を出す必要はない。

 

大杉はバットを構え、詠深と相対する。そのとき、不思議な感覚に包まれた。緊張で乱れる自分の呼吸と、疲労で乱れる詠深の呼吸。この2つの呼吸が同調しているように感じたのだ。

 

打てる。

 

詠深が2投目を投げた瞬間、なぜか大杉はそう確信した。

果たして、その通りになった。

弾丸ライナーがバックスクリーンに突き刺さる。

高めに投じられたストレートを完璧に捉えてホームラン。

3-4。

均衡した試合を揺るがす一撃となった。





梁幽館側にオリジナルキャラを追加しました。
原作でいう『打撃全振りの選手』を出してみたかったのです。当初は原作との矛盾を減らすため3年にするつもりでしたが、中田との絡みを書きたかったため後輩にしました。ま、(元よりif作品だし)多少はね。
モデル選手は梁幽館ということで、日ハムに縁のあるファーストで大杉さんを。柏原さんとも迷いましたが、『月に向かって打て』のエピソードを入れたかったので大杉さんにしました。
しかし、原作では比較的最近の選手がモデルになることが多い印象なので(高代や白井みたいな例外はちょくちょくいますが)、今後の被りを防ぐためオリキャラでは昔の選手を多めに採用していくつもりですが、中田選手が大杉選手の先輩とか時系列が狂っちゃう……。
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