IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜   作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛

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22. 夏は続くよどこまでも (梁幽館戦part9)

最終回、希のツーランホームランにより新越谷の逆転。

続いて打席に立つのは、本日先制のツーランを打っている白菊。この流れなら連打もあり得るかと思われたが、吉川は崩れなかった。アウトコースを広く使った投球で白菊を三振に打ち取り、これ以上傷口を広げなかった。

 

7回裏、攻守入れ替わり梁幽館の攻撃。

5-4。点差は僅か1点。

下位打線からとはいえ、他の高校ならクリーンアップでもおかしくないバッターばかり。更には打撃全振りの代打要員もまだ残っている。

一方、新越谷側はエースがノックアウトされ、二番手ピッチャーの息吹の登板。

試合がどう転ぶかはまだまだ分からない。

 

(緊迫した試合。けれど、不思議と緊張しないわね。球場の雰囲気に慣れたかしら)

 

息吹はそう心のなかでひとりごちる。

 

三塁側スタンドを見上げると、埋め尽くさんばかりの観客が梁幽館に必死の声援を送っている。

梁幽館が誇る吹奏楽部の演奏に、大勢のスタンド応援組。チアガールに一般生徒にOGの人々。選手の母親たち。

 

(梁幽館の選手は沢山の人の想いを背負ってグラウンドに立っているのね。でも、私たちだって……)

 

梁幽館への応援に混じって聞こえる、新越谷を応援する声。

バックネット裏の観客を中心に、梁幽館関係者ではない観客のうち少なくない人たちが新越谷に声援を送ってくれている。……とはいえ、ヤジのようなものが大半ではあったが。

 

(今はまだ、小さな芽。だけどいつか大輪の花を咲かせるために、ここで刈り取られるわけにはいかないわ……!)

 

息吹は深呼吸したあと、己と対峙するバッター――――七番打者の吉川を見据える。

吉川はピッチャーとはいえ、ガールズ時代には四番の経験もある。梁幽館打線の中では若干実力は落ちるが、油断できる相手ではない。

 

(梁幽館の上位打席を完璧に抑えるのは私には厳しい。勝つためにはこの回、七〜九番を三者凡退に抑えるのがベスト。……無理ゲーじゃないかしら)

 

弱音を吐きそうになるのを飲み込み、キャッチャーのサインに頷く。

息吹はモノマネが得意という特性上、見たことのあるあらゆる変化球を投げることができる。とはいえ、指の長さや骨格、筋肉の付き方、その日の体調などによって微妙に得意不得意がある。

この試合、息吹が梁幽館相手に自信を持って投げられる変化球は、スライダー、カーブ、スクリューの3球種。

そのうち、珠姫が要求したのは、インコースのスクリューだった。

左打者の吉川に対し、フロントドアで入ってくるボール。

 

(ただでさえ球速のないスクリューをインコースに投げるのは勇気がいるわね。でも、珠姫は吉川さんと中学時代バッテリーを組んでいたのよね。だったら弱点なんかも分かっているはず)

 

インコース好きの息吹からしたら、絶好球でしかない。なまじ自分が強打者なだけに、自分が打てる球を相手に投げるのは怖い。

だが、ここは珠姫を信じて、自分にできる最高の投球をしよう。

息吹は大きく振りかぶって投げる。

 

すると、吉川は仰け反り、よろめくように一歩後退する。

だが、息吹の投げたスクリューはボールゾーンからストライクに変化する。

パシン、という珠姫のミットの音ののち、審判のストライクコールが響く。

0ボール1ストライク。

 

(なるほど。フロントドアを投げるとのけぞっちゃうのね。ピッチャーとしての防衛本能みたいなものかしら)

 

続いて、珠姫が要求してきたのは真ん中からインコースに変化するカーブ。

息吹は頷き、投げる。

吉川は踏み込むようにして球を打ちにいくが、ボールはバットの根元に当たり、ピッチャーゴロとなる。

 

(吉川さん、スクリューだと思ったみたいね。どちらも山なりに変化球する球だから、見間違えやすいのよね)

 

吉川は一度仰け反らされたスクリューを意識していた。それ故に、今度こそはと踏み込んで打とうとしたのだが、その心理を珠姫は見透かしていたようだ。

 

(敵に回したくないキャッチャーよね、珠姫は)

 

息吹はくすりと笑う。

詠深との対戦形式での練習では、珠姫のリードとなんども勝負している。だが、試合本番での珠姫の配球の冴えはまた別物のように感じる。

 

ともかく、これで1アウト。

ここで、梁幽館ベンチが動く。

八番小林に代えて、代打近藤。

 

(大杉みたいな打撃全振りの代打要員ということね。もしこのバッターを出せば、ダブルプレーでもない限り陽さんに回る。そうなったら1点は覚悟しなくちゃいけないわ。つまり……)

 

息吹は左打席に立つ、正体不明の強打者を見据える。

 

(意地でもこの打者を抑える。勝つにはそれしかない)

 

息吹の第1球。

インコースへのストレート。

バッターはそれを見送ると、少し驚いたような表情を見せる。

 

(思ったより球筋が見づらかったって顔ね。一般的に、左打者は右投手に対して有利。なぜなら球筋が見やすいから。でも、私は右打者用と左打者用で投球フォームを使い分けていて、どちらにも見づらいように工夫している)

 

息吹の第2球。

インハイへのストレート。

バッターのスイングはボールの下を通過し、空振り。

 

(私のストレートはバックスピン量全振り。普通に打とうとしたらボールの下を空振る。相手はこのストレートを意識したはず。なら……)

 

続けて、投げるのはインハイのストレート。先程と同じコースに同じ球種。

しかしそのストレートは、先程まで息吹が投げていたストレートとは違う。

中田を三振にとったときの、詠深のストレート。

それを得意のモノマネで、トレースする。

 

キィィィィン……!

 

金属音が鳴り、打球は三塁方向のゴロとなる。

詠深は疲れからかチャージが鈍く捕球が遅れたものの、一塁に鋭い送球でアウトにする。

これで2アウト。

 

(ヨミの渾身の球をトレースしたのに、三振はとれなかったわね。本家には敵わないということかしら。それにしても、モノマネしたら改めてヨミの凄さが分かったわ。あんな投球を、ずっと続けていたなんて)

 

たった1球トレースしただけで、全身がずしんと重く感じる。それほどの疲労。

もし息吹が全球詠深のモノマネをしていれば、1イニングともたないだろう。

 

(でも、これであと1人ね)

 

打席に立つのは、九番の西浦。

 

(代打は出さないのね。もう代打要員がいないのか、あるいはこの打者を信頼しているのか。でも、どちらにせよ好都合かもしれないわね)

 

打席に立つ西浦がバットを持つ手には、若干ではあるがいつもより力が入っている。

西浦はまだ2年生。先輩たちの夏を終わらせるかもしれない打席に、緊張しないわけがなかった。

なら――――その緊張を最大限利用する。

 

息吹の初球。

甘く入ったストレート――――打ち気にはやっていた西浦はそう思ったに違いない。だが、それはスライダー。

 

ガキッ!

 

インコースに入ってきたスライダーに詰まらされた西浦の打球は、セカンド正面へのゴロとなる。

菫はそれを冷静に捌き、一塁に送球。

 

ゲームセット。

 

チームメイトたちが一斉にマウンドに駆け寄ってくる。

打者の西浦は一塁まで駆け抜けた先のファールゾーンで膝から崩れ落ち、他の梁幽館メンバーも呆然とグラウンドを見つめる。

観客席は先ほどの熱気が嘘のように鎮まりかえり、感嘆とも落胆ともつかないため息が満ちる。

 

5対4。お互いに死力を尽くした熱闘は、大方の予想を裏切り、新越谷高校の勝利という結末を迎えた。

 

 

***

 

 

【梁幽館戦の打撃成績】

丹羽有希 4打席4打数1安打 打点0

中村希 4打席4打数3安打1本塁打 打点2

大村白菊 4打席4打数2安打1本塁打 打点2

川口息吹 3打席3打数1安打1本塁打 打点1

川崎稜 3打席3打数1安打 打点0

藤田菫 3打席3打数1安打 打点0

山﨑珠姫 3打席3打数0安打 打点0

川口芳乃 3打席3打数1安打 打点0

武田詠深 3打席3打数0安打 打点0

 

【梁幽館戦の投手成績】

武田詠深 5回2/3 4失点自責点3

川口息吹 1回1/3 0失点自責点0

 

【今大会の打席成績】

 

武田詠深 6打席6打数1安打 打点0 打率0.167

山﨑珠姫 6打席6打数2安打 打点0 打率0.333

川口芳乃 6打席6打数2安打 打点0 打率0.333

藤田菫 6打数6打席2安打 打点1 打率0.333

川口息吹 6打席6打数4安打4本塁打 打点7 打率0.667

川崎稜 6打席6打席2安打1本塁打 打点1 打率0.333

丹羽有希 7打席7打数3安打 打点0 打率0.429

中村希 8打席8打数6安打1本塁打 打点4 打率0.750

大村白菊 7打席7打数4安打2本塁打 打点5 打率0.571

 

【今大会の投手成績】

武田詠深 5回2/3 4失点自責点3

川口息吹 6回1/3 3失点自責点1

 

 

***

 

 

吉川は泣き腫らしたまぶたを擦りながら、球場を出る。他のチームメイトはまだロッカールームで泣いていたが、吉川は一刻も早くグラウンドから離れたかった。まだ2年生の吉川にとって、他の3年生たちと一緒に泣くのは居た堪れなかったのだ。先輩たちの夏を終わらせたのは、他でもない自分なのだから……。

 

しかし、球場の外にはギプスをつけた中田が待っていた。

 

「キャ、キャプテン! あの、その……右手は大丈夫なんですか?」

「ああ。先ほど検査が終わってな。なに、心配するほどじゃない」

「嘘つかないでください。それならそんなぎっちりギプスつけるわけないじゃないですか」

 

吉川がそう指摘すると、中田は小さく俯き、自嘲するように微笑む。

 

「……そうか。なかなか嘘はつけないな。やはり、骨折してしまったらしい。幸い損傷はそこまで酷くないらしいが、握力が低下する可能性は忠告されたよ。練習も最低2か月は禁止らしい」

「2か月……」

 

中田にとって、2か月の練習禁止は大きいはずだ。ドラフトの順位にも関わってくるだろう。中田の華々しいものになるはずだったプロ野球人生に、始まる前からケチがついてしまった。

 

それに、2か月練習できないということは……8月末に行われるU18国際野球大会にも参加できない。中田なら、世界で活躍して実力をアピールできていたはずだったのに。

 

「そんな顔をするな、吉川。私のこれからの人生は私次第でどうとでもなるが、お前たちとの夏はこれで最後だったんだ。私はお前たちとこの夏を全力で戦ったことを誇りに思っているよ」

「でも……その夏だって。私のせいで終わっちゃいました」

「お前のせいじゃない。もちろん他の誰のせいでもない。私たちは全力で戦い、ベストを尽くして負けた。相手のほうが一枚上手だった、それだけのことだ。だが……それでも自分の責任を感じるなら。お前はもう、立派なエースだ」

「……キャプテン」

「お前は梁幽館の(エース)になれ。そして来年の夏、新越谷を倒して私たちの代の無念を晴らしてくれ」

「はい。必ず……!」

 

吉川は決意を固める。

梁幽館の夏は終わった。だが、吉川たち下級生には長い長い残暑が待っている。夏の大会で勝ち残ったチームが上の舞台で戦っている間、吉川たちは秋に向けて新チームを強くしていかなければならない。

今日負けた悔しさを明日に生かすため。落ち込んでいる時間などないのだ。

 

「良い顔だ。これなら私たち3年がいなくなっても野球部は安泰だな」

 

そう言うと、中田は吉川に背を向ける。

 

「すまない。いろいろ話したいのは山々だが、少し催してしまってな。トイレに行ってくる」

「キャプテン、トイレはそっちじゃなくて……あ」

 

吉川は間違えた方向に進もうとする中田を引き留めようとして、彼女の頬に伝う雫を見つけて言葉を失った。

 

「すまない。しばらくこっちを見ないでくれ」

「…………」

「少し泣く」

「キャプテン……」

 

中田と吉川のすすり泣く声は呼応するように大きくなっていき、最終的には人目を憚らず大粒の涙を流す。

中田と吉川は2人寄り添いながら、思いっきり泣いた。

 

高等学校野球選手権大会埼玉予選。

新越谷高校4回戦進出。そして――――梁幽館高校3回戦敗退。

 

埼玉代表候補筆頭と言われていた強豪校が、1年生9人だけのダークホースに敗れ去った。

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