IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜   作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛

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閑話 Classm8 Gurl

彼女は野球部で、私は吹奏楽部だった。

長くなるけど、もう少し詳しく説明してもいいかな?

 

 

***

 

 

私、数原佳苗がトランペットを始めたのは、小学4年生の頃だった。

きっかけはテレビで観た高校野球。私はプレイする選手はもちろんだけど、それ以上に、試合を盛り上げるブラスバンドの音に魅了された。

 

甲子園の熱気の中で、高校球女たちを必死に応援する彼女の姿はキラキラ輝いて見えた。私もいつかこのキラキラの中に加わりたいと思った。

 

私は高校受験の際、近くにあった野球強豪校の新越谷を受けることにした。だけど、受験勉強に必死になるあまり、とあるニュースを見逃した。新越谷高校野球部が暴力事件を起こして活動停止となったのだ。そのことを知ったのは、受験が終わった後だった。

 

しかし、そのときの私は楽観していた。

停部期間さえ明けたら、また活動を再開できるはずだ。野球応援に支障はない。

 

だけど、その私の目論見は甘かった。

野球部の上級生はみんな辞めて別の高校に転校してしまい、部員はゼロ。1年生の新入部員だけで活動を再開したという。

 

そんな野球部の状況に、最も影響を受けたのは私の入部した吹奏楽部だった。

 

もともと、新越谷高校の吹奏楽部は野球応援のための部活動で、真剣に大会の賞を目指すタイプの部活動ではなかった。

それなのに野球部がこんなことになって唯一の目標を失った新越谷高校吹奏楽部は、堕落の一途を辿っていたのだ。

 

練習はロクにせず、駄弁りあったりトランプに興じたりしてただただ無駄に青春を浪費している。

 

「あの……、野球部は9人集まって活動を再開したみたいですけど、応援の練習とかしないんですか?」

 

ある日、私は部長に尋ねてみた。すると、部長は肩をすくめた。

 

「活動再開って言っても1年だけでしょ。どうせ直ぐに負けるわよ。ブラバンだけ立派で肝心の野球部員がショボかったら逆に恥ずかしくない? だいたい、なんで私ら上級生が1年なんかの応援してやらなきゃいけないのさ。それに、野球部のせいで私たちまでガラ悪く思われたら嫌だし」

 

結局のところ、上級生たちの総意はそういうところらしかった。

それならそれで、目標を大会とかにシフトチェンジすればいいものを、完全にやる気を失って、停滞した日々を惰性で過ごしている。

 

そんな吹奏楽部に嫌気がさし、私は部活にあまり行かなくなった。

これならば、1人でトランペットを吹いているほうがよっぽど有意義だ。

 

私は通学路の河原でひとり、『狙いうち』や『サウスポー』、『ジョックロック』など、野球応援で定番の曲を練習する。

 

上級生がみんないなくなって、私が最上級生になったら、そのときに野球部の応援を必ず再開しよう。

野球部は強くないかもしれないけど……それでも、憧れの高校野球でトランペットを吹いてやるんだ。

 

そんなある日、クラスメイトの武田詠深さんが友達になにやら頼んでいた。私は武田さんとは何度か話したことがあるくらいであまり仲良くはなかったけど、野球部の話題ということで気になりついつい聞き耳を立てた。

どうやら武田さんは野球部のエースで、自分が投げるから今度の試合を観に来てほしいという。試合の相手は梁幽館らしい。

 

(相手が梁幽館じゃ勝てるわけないよね)

 

不祥事を起こす前のそこそこ強かった新越谷でさえ、近年では梁幽館に殆ど勝てていない。まして、今の新越谷が梁幽館に勝てるなんてみじんも思わなかった。

 

(でも、せっかく頑張るんだし観にいってあげてもいいかな。夏休みはまだだけど日曜だし)

 

現状の新越谷野球部がどれほどのものか、観ておくのもいいだろう。

トランペットを持っていこうかと一瞬だけ思ったけど、相手の梁幽館には立派なブラスバンド演奏があるだろうし、それなのに自分が1人だけでトランペットを吹くのは恥ずかしかったのでやめた。

 

試合当日。

私は1人で球場に向かった。一塁側の新越谷の応援席はあまり観客がいない。私以外には選手の家族らしき人と、武田さんを応援しにきたクラスメイトが何人かいる程度。あと、見覚えのない新越谷の制服を着た小柄な生徒が1人、入り口近くで立ちすくんでいたけどあれは誰だったのかな?

一方、三塁側、梁幽館の応援席は八割以上埋まっている。ユニフォームを着たスタンド組の野球部員たちがズラッと並び、チアガールや吹奏楽部の応援も勢揃いしている。学校の生徒たちも大勢応援に来ているみたいだ。

 

雲泥の差。

梁幽館と新越谷の現状が如実に現れている光景だ。

 

(やっぱ新越谷に入学したのは間違いだったかなぁ)

 

梁幽館側の応援席を見ると、どうしても羨ましく感じてしまう。梁幽館は今年、埼玉代表の有力候補らしい。もし全国の舞台でトランペットを吹けたなら――それはどんなに幸せだろう。

 

私が憧れた吹奏楽部。グラウンドを挟んだ向こう側にそれを見てしまい、ガラガラの観客席に座る自分が虚しく思えた。

 

だけど、試合が始まるとそんな感情は霧散した。

 

私は圧倒されたのだ。

梁幽館相手に一歩も引かない、新越谷のエース武田さんの投球に。

チーム一丸となって戦う新越谷野球部の激闘に。

 

そして、私は後悔した。

この場にトランペットを持ってこなかったことを。

梁幽館を羨ましく思ってしまったことを。

 

「私はバカだ……」

 

たった1人でトランペットを吹くことを、どうして恥ずかしがっていたんだ。新越谷の野球部員たちは1年生たった9人で、どんなにバカにされてもヤジられても必死に戦っているのに。

私はなんのために吹奏楽部に入ったんだ? グラウンドで頑張る彼女たちを応援するためじゃないか? 決して、野球部のキラキラのお零れに預かるためなんかじゃないだろう?

それなのに、相手を羨ましがるばかりで、自分は梁幽館の吹奏楽部と比較されるのが怖くてトランペットを持ってくることすらしなかった。

私はそんな自分が恥ずかしかった。吹奏楽部失格だ。

 

(でも――――)

 

私は必死に大声を出して応援した。楽器がないぶん、声でこの想いを届けたくて。少しでも彼女たちの力になりたくて。

周りのクラスメイトたちはそんな私を見て若干引いていたと思う。だけど、もう周りの目は気にしない。

どんな目で見られようと、グラウンドで頑張る野球部員たちを全力で応援する。それが私の一番やりたいことだから。そのために、私はトランペットを始めたのだから。

 

白熱した試合。

いつしか、私のことを奇異の目で見ていたクラスメイトたちも、私と一緒になって声を枯らした。

そして――――新越谷が勝利した瞬間。

私たちは大粒の涙を流しながら、観客席で抱き合った。

 

 

***

 

 

翌日。

 

「あ、あのっ! 武田さんっ!」

 

教室で私は新越谷のエースを呼んだ。

 

「あ、数原ちゃん。昨日は応援に来てくれてたよね。ありがとお!」

「ごめんなさい! 私、昨日の試合、新越谷は負けると思ってた!」

「あはは……正直だねぇ」

 

武田さんはそう苦笑する。私はそんな武田さんの手を両手で握った。

 

「私、吹奏楽部なの! 昨日は私ひとりでトランペットを吹くのが恥ずかしくて持っていけなくて……でも、武田さんたちの試合を見て間違いだったって気づいた! 私、野球部を応援したい! だから、次の試合から、私、応援の演奏してもいいかな?」

「もちろん! 梁幽館との試合のとき、うちにも吹奏楽部の応援があったらいいなって思ってたんだー」

「あっ! でも期待しないでね。他の子にも声かけてみるつもりだけど、もしかしたら私ひとりになるかもしれないし……」

「全然いいよ! ひとりでも応援してもらえるって分かると、頑張ろうって気分になるし!」

 

武田さんの了承も得たところで、私は他の吹奏楽部の1年生にも声をかけることにした。

 

吹奏楽部の1年生の多くは、上級生に毒されて怠惰な日々を送っている。

でも、何人か吹奏楽への情熱を燻らせている人たちもいた。そんな人たちを誘って、小規模ながら応援楽団を結成したのだ。

 

おかげで上級生からは目をつけられたり馬鹿にされたり笑われたりしたけど、そんなこと知ったことか。

この夏、新越谷高校野球部は他のどの高校よりも輝く。そんな予感がする。そしてその野球部の支えに少しでもなれるなら……なんだってやってやる。

 

私は野球部員ひとりひとりから好きな曲を聞き取り、それぞれの応援歌として練習した。次の試合までの数日間で仕上げるのは大変だったけど、幸いにも野球部員の多くが野球応援の定番曲をリクエストしてくれたのもあり、必死に練習してなんとか聞けるレベルのものには仕上げることができた。

 

強豪校と比べるとショボい応援かもしれない。だけど、私たちにできる精一杯の応援をするんだ。そして一緒に見てみたい。彼女たちと、全国の夢を。

 

そのために、私はトランペットを吹く。





吹奏楽部のエピソードを。
原作では柳大川越戦にて1年生メインの吹奏楽部の応援が来てくれる描写がありましたが、それについていろいろ裏事情とか妄想してたらこの話を書きたくなりました。
オリキャラ数原さんの影響で原作より早めに吹奏楽部の応援が来てくれるようになりました。
各キャラの応援歌をどの曲にするかとかも妄想しましたが、流石に脇道すぎるし解釈違いとかも起こりそうだなーと思い泣く泣くカットしました。
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