IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜   作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛

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1. 魔球を信じ続けるかい?

今日は新越谷高校の入学式。

そこで、私は運命の出会いをすることになる。

隣の席の武田詠深ちゃん。

中学時代はピッチャーだったらしい。中学時代は一回戦負けだったらしいけど、手のひらは凄く固くなっていて、相当な努力を積んできたのだろうことは容易に分かった。

私は「一緒に野球部に入ろう」と誘ってみたけど、本人はもう野球をやるつもりはないらしい。まあ、仕方ないよね。本気で野球やりたい人が、今の新越谷に入学するとは思えないし。

息吹ちゃんと二人からでもちょっとずつ部員を集めて、三年の夏までには大会に出られるようになりたいなぁ……。

 

なんて思っていたら、放課後の廊下で美南ガールズの元正捕手、山﨑珠姫選手と遭遇した。最近は息吹ちゃんにかかりきりで、他の選手はあまり調査できていなかったけど、流石に元県代表の珠姫選手はチェックしている。でも、どうしてあの珠姫さんが新越谷に入学したんだろう? 珠姫さんならそれこそ、咲桜や梁幽館、翔栄レベルの強豪校からスカウトが来てもおかしくないはずだけど……。もしかして、ヨミちゃんみたいに野球を辞めちゃったのかな? う〜、もしそうなら、実にもったいない!

 

そんな私のモヤモヤとは裏腹に、なにやらヨミちゃんと珠姫さんがイチャコラし始める。

どうやらヨミちゃんと珠姫さんは幼馴染だったらしく、久しぶりにキャッチボールをすることになったみたい。

 

無断でグラウンドを使用する訳にはいかないので、私たちは使用許可を得るために職員室を訪ねる。

 

「あのー、キャッチボールしたいんですけど、グラウンドって使ってもいいですか?」

 

近くにいた教師にヨミちゃんが尋ねる。

 

「あら、野球部に入部するの?」

「いえ、そうじゃないんですけど……」

「じゃあ、体験入部ね。知ってるとは思うけど、うちの野球部は例の事件で部員が一人もいないの。今年新入生が誰も入らなかったら廃部になるところだったのよ。だから、今年は人数が揃わなくて大会とかに出られないかもしれないけど……」

「はあ」

「あ、これ更衣室と倉庫の鍵ね。顧問は新任の先生にやってもらうことになっているんだけど、まだ引継ぎが終わってなくてね。今日のところは、自分たちで練習してもらえるかしら?」

「はあ。失礼しました」

 

鍵を受けとり、ヨミちゃんは職員室を出る。

 

「あはは、なんか体験入部することになっちゃったね」

「まあ、私と芳乃はもともと野球部に入るつもりだったから、別に構わないわ。珠姫は?」

「私は……まだ考え中かな」

「そっか」

 

やっぱり、珠姫さんは野球を辞めるつもりでこの学校を選んだみたい。でも、ちょっと悩んでるみたいだし、これは私が押せば入ってくれるのでは?

キャッチャー経験者は貴重だし、ぜひ珠姫さんには野球部に入ってもらいたい。息吹ちゃんは一応キャッチャーもできるけど、全国レベルの珠姫さんがいるならそれに越したことはない。それに、息吹ちゃんをキャッチャーにしてしまうと、ピッチャーとして使えなくなっちゃうからね。息吹ちゃんの真骨頂はバッティングだけど、ピッチャーとしても結構いい感じだからできれば使いたい。

 

グラウンドに着くと、ヨミちゃんと珠姫さんは軽くキャッチボールをし、その後、投球練習に入る。ヨミちゃんのストレートの球速は息吹ちゃんより少し速いくらい……でも、ノビは息吹ちゃんのほうが断然上かな? 息吹ちゃんのストレートはノビのいいストレートで50歳まで現役で活躍したあの名選手を参考にしてるからね。

 

「どお? 私の直球は!」

「普通かな」

「あはは……厳しいねぇ、タマちゃんは」

 

二人はそう笑いあっているが、それでも、ヨミちゃんのストレートは1回戦負けはもったいないレベルだと思う。これとあとそれなりの変化球が1球種でもあれば、対戦校の組み合わせとかにもよるけど県3回戦くらいまでは行けるんじゃないかな?

だったら変化球……たぶんカーブがイマイチなんだろうか? でも、指の固さ的に、ストレートよりもカーブが決め球だと思ったんだけどな……。

 

「二人の投球練習を見てたら、私も打ちたくなってきたわね。そうだ、ヨミ、私と一打席勝負しない?」

 

私が考え込んでいると、息吹ちゃんがそう提案した。

 

「勝負か。うん、いいね。やろう!」

「よーし、打つわよ!」

「顧問の先生もいないのに、勝手にやって大丈夫かな……」

 

不安そうにする珠姫さんに、息吹ちゃんは楽観して言う。

 

「体験入部してることになってるんだし、大丈夫でしょ。それに、顧問って言っても、どうせ厄介ごとを押し付けられた新任の先生よ。そんなに厳しくないと思うわ」

「うーん、それもそうだね。じゃあ、私は防具を取りに行くよ。息吹さんはちゃんとヘルメットかぶってね」

 

そう言うと、珠姫さんは倉庫に防具を取りに行く。

手持ち無沙汰になったヨミちゃんが息吹ちゃんに話しかける。

 

「息吹ちゃんは、中学時代どこのチームだったの?」

「私? 私はチームには入ってなかったわよ。主に芳乃と二人で練習してたわ。たまに近所の草野球チームに混ぜてもらったりはしたけどね」

「へえ……」

「でも、それなりに実力はあるつもりだから、手加減は無用よ」

「うん、分かった」

 

そう言いつつ、ヨミちゃんは微笑ましそうな目で息吹ちゃんを見ている。

おおかた、息吹ちゃんの実力を侮っているのだろう。運動不足のおばさまたちに可愛がられていい気になっている可愛い初心者、そう思っているのだ。

だけど、私は知っている。息吹ちゃんの実力は本物だ。

私たちが参加させて貰っていた草野球チームは甲子園経験者も何人か所属しているそこそこ強豪のチーム。そこで息吹ちゃんは周りに遜色ない活躍を見せた。元プロのピッチャーからホームランを打ったこともある。

油断して挑めば、食われるのはヨミちゃんのほうだろう。

 

そうしているうちに、防具をつけた珠姫さんが戻ってくる。

 

「ヨミちゃん、お待たせ。サインはどうする?」

「ああ、うん……。サインはコースだけでいいかな、私ストレートしか投げられないし」

「そっか。分かった」

 

そんな会話を挟んだ後、珠姫さんはキャッチャーボックスに座る。

 

あれ? おかしいな。

確かにヨミちゃんの指にはカーブを投げる選手特有の癖がついてたのに。この私が見間違えた? ううん、そんなはず……。

 

困惑する私をよそに、息吹ちゃんはバッターボックスに立つ。

息吹ちゃんの構えは相手に反対側の肩甲骨まで見せるくらいの大胆なクローズドスタンス。まるで、トルネード投法ならぬトルネード打法だ。

その構えに、ヨミちゃんは苦笑する。

 

「そんなにクローズドに構えて大丈夫? インコースとか打てないよ」

「心配無用よ」

 

ヨミちゃんは油断しているのか、緊張感もなく、振りかぶる。

息吹ちゃんはそれに合わせて、左足を大きく上げる。

 

「一本足!?」

 

珠姫さんが驚いて声を上げる。まあ、プロならともかく、高校生では珍しいよね。

一本足打法の利点は、タイミングが取りやすくなることと、長打を打ちやすくなること。

ただし、欠点としてバランスが崩れやすくなることが挙げられる。

繊細なバランス感覚と強靭な足腰が必要とされる、かなり上級者向けのフォームなのだ。

 

ヨミちゃんの第一投目は、アウトローのストレート。

もしかして、クローズドスタンスに構える息吹ちゃんに遠慮して、インコースを攻めなかったのかな?

でも、それは流石に息吹ちゃんを舐めすぎだよ!

 

キイィィィイイイン!!!!

 

長閑な空気を破壊するような金属音が響く。

白球は広いグラウンドの向こうにある高い防球ネットの上ぎりぎりに勢いよく突き刺さる。

 

「あら? ちょっと引っ張りすぎたかしら」

「嘘でしょ……。外角ギリギリのボールを、しかもあんなクローズドスタンスで、引っ張り方向に特大ファールを打つなんて」

 

珠姫さんが驚きの表情を浮かべる。

一般的に、クローズドスタンスは逆方向への打球が打ちやすい構えだ。反面、引っ張ることは不得意としている。だけど息吹ちゃんは上体を限界まで捻って身体の前で打つことで、思いっきり引っ張ることができる。さらに、その上体の捻りから生じたパワーのおかげで長打性の打球が出やすくなるおまけ付きだ。

 

これは、一本足のクローズドスタンスで有名な往年の名選手のフォームを参考にしたものだ。小さい身体から歴代通算3位の本塁打を量産したアーチストのフォームは、小柄な息吹ちゃんにピッタリだった。

もちろん、そのまま物真似をするんじゃなくて、私の考えた理論と息吹ちゃんの感覚を重ね合わせながらいろいろとアレンジして、試行錯誤の末に完成した殆どオリジナルのフォームなんだけどね。モデルが昔の選手すぎて映像もあんまり残ってなかったし、そもそも息吹ちゃんとは左右が逆だしね(息吹ちゃんは左でも打てるけどパワーは落ちる)。……まあ、アレンジし過ぎた結果、他の野球選手からしたら常識外れの無茶苦茶なフォームになっちゃったんだけど。でも、デタラメなように見えてちゃんと理には適っているのだ。

 

「さあ、来なさい。さっきみたいな甘い球が来たら、今度こそホームランにするわよ」

「…………」

 

珠姫さんは少し考えた後、インハイ胸元に構える。

流石、元県代表キャッチャーの珠姫さん。あの一振りを見ただけで、その選択を出来るとは。

 

普通、強打者にインハイを投げるのは相当ハイリスクな選択肢だ。なぜなら、インハイは打球に一番パワーが乗りやすいコース。

 

だけど、息吹ちゃんのようにクローズドスタンスに構えるバッターは往々にしてインコースが苦手だ。さらに、息吹ちゃんのスイングはゴルフのドライバーショットのような、下から上に掬い上げるようなアッパースイング。アッパースイングの選手は低めの球を遠くに打ちやすい代わりに、高めの球を苦手とする傾向がある。

だから、珠姫さんのリードは間違ってない。ただし、相手が息吹ちゃんじゃなければ……の話だけどね。

 

珠姫さんの要求通り投げられた、インハイぎりぎりのストレート。

それを息吹ちゃんはまたしても思いっきり引っ張り、ネットに突き刺さる。

 

「うーん、ぎりぎりファールかしら?」

「そうだね。もうちょっとグラウンドが広かったら、ホームランになったと思うけど」

 

息吹ちゃんの打球はフェード回転が掛かっていて右に曲がる。

新越谷高校のグラウンドは高校の施設としては十分広いけど、公式戦の球場に比べるとやや狭い。もし甲子園のような広い球場なら、さっきの打球はもうちょっと右に曲がり、ホームランになっていただろう。

 

「嘘でしょ。あの構えであのコースが打てるものなの?」

 

珠姫さんが愕然とする。

まあ、他の野球選手からすればその驚きは尤もだ。

一般的に、クローズドスタンスはある程度厳しいインコースを捨ててでも、アウトコースを拾いにいくフォーム。

だけど、息吹ちゃんは違う。息吹ちゃんは元々インコースが大の得意で、インコースならクローズドスタンスでも打てる自信があった。だから、苦手なアウトコースを打てるように、あの極端なクローズドスタンスを採用しているのだ。

あと、高めは普通に苦手だったけど、めっちゃ練習して克服した。息吹ちゃん曰く、「高めに来る」と思ったら踏み込みを小さくして、バットを振り下ろす位置を若干前方にしているらしい。側から見ているぶんには殆ど分からない微細な違いなんだけどね。

 

「インコースも駄目、アウトコースも駄目、高めも低めも駄目と来たら、他に何を投げればいいの……?」

 

珠姫さんは頭を抱える。

緩い変化球でもあれば、配球次第で息吹ちゃんを崩すこともできるけど……ストレート一本じゃ息吹ちゃんの打ち損じを祈る以外に方法はない。

 

そんなとき、マウンド上でヨミちゃんがおずおずと言った。

 

「ねぇ、タマちゃん……。私、本当は変化球投げれるんだけど、捕れる?」

「え? うん、いいよ。スライダー? フォーク?」

 

渡りに船とばかりに珠姫さんが食いつく。

ヨミちゃんは不安げに瞳を揺らしながら言う。

 

「カーブ、かな、たぶん。昔、タマちゃんとキャッチボールしてたときに投げてたでしょ。あの球」

「え? もしかして、あの球、投げられるの? このボールで?」

「うん。あの球に似たような球なら……」

「投げて! あの頃は捕れなかったけど、今ならきっと捕るから!」

 

珠姫さんが力強く構える。

その構えには、先程までの悩みは一切ない。

 

「カーブを投げるって分かっちゃったけど、いいのかしら?」

「うん、大丈夫。打たれないよ」

「大した自信ね。でも、私だって、相手の投げる球種が分かってて打てないほど、半端な鍛え方はしてないつもりよ」

 

そう言って、息吹ちゃんは構える。

そして投じられる、ヨミちゃんの三球目。

 

(ストレートのすっぽ抜け……!?)

 

私はその球を見て、そう思った。

球速は先ほどまでのストレートとほぼ同じ。

しかも、その投球は息吹ちゃんの頭に目掛けて飛んでいる。

 

危ない……!

私がそう声をあげそうになった瞬間、ボールはぐぐっと急激に曲がり始めた。

 

(なに、このキレ……!? それに、変化量!!)

 

こんな変化球、プロの試合でも見たことない。

まさに、魔球……!!

 

息吹ちゃんは打とうとするが、完全に上体が引けている。

これじゃあ逃げるように落ちるあのカーブには届かない。

 

パシンと乾いた音が響き、ミットにボールが包み込まれる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……か、空振り三振! あの息吹ちゃんが!」

「あ、あはは……。なにがカーブよ。カーブって言うより魔球だわ。あんなの初見で打てるわけないじゃない」

 

息吹ちゃんが苦笑する。

確かに、カーブを投げると言われてあの球を想像するバッターはいないだろう。

 

「てか、珠姫もよくあんな球捕ったわね。初見でしょ?」

「ううん。私は昔、ヨミちゃんのあの球見たことあるから。あの頃は硬球じゃなくてゴムボールだったけどね」

 

珠姫さんはそう苦笑する。

そんな珠姫さんに、ヨミちゃんは問いかける。

 

「ねぇ、タマちゃん。あの約束、覚えてる?」

「うん。硬球でもあの球が投げられたら、大人になっても一緒に野球やろうって約束したよね」

「うん。私、野球を辞めようと思ってた。でも、タマちゃんが捕ってくれるなら、やりたい」

「私も同じだよ。私も野球を辞めようと思ってた。でも、ヨミちゃんと一緒なら、もう一度真剣に野球をやれる気がする。一緒にやろ!」

 

そう言うと、二人は握手を交わす。

その後、珠姫さんは私を見て言う。

 

「……そういうわけで、私たちも野球部に入りたいんだけど、いいかな?」

「もちろんだよー! 二人ならきっといいバッテリーになれるよ! ささ、気が変わらないうちに早く入部届書いてー!」

「ちょっと芳乃! どうして入部届なんて持ってるの!? それも人数分!」

 

こうして。

私たちは新越谷高校野球部として最初の一歩を踏み出した。

 

 




息吹ちゃんのバッティングフォームの元ネタは、もちろんあの歴代本塁打3位のレジェンドです。
他のレジェンド達と比べると少しだけ知名度が低い方ですが、そのフォームとホームランは他のどのレジェンドよりも美しいと個人的に思います。
小さい身体で(それでも筆者より大きいですが)ホームランを量産したというのも良いですね。

ピッチングフォームのほうは、50歳まで現役〜の部分ですでに察した人も多いと思います。某ラジコンレーサーです。ちなみに、この方も左利きで息吹ちゃんと逆ですね。贔屓球団ではありませんが、個人的に好きな投手です。
いずれ、息吹ちゃんのピッチングも見せたいですが、本作のエースはあくまでヨミちゃんなので、どうなるか。でも、藤原先輩も光先輩もいないので、活躍の機会は十分あるはず。

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