IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜 作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛
梁幽館戦が終わって数日過ぎ、4回戦まであと1日。
新越谷の練習グラウンドでは、試合に向けて最後の調整をしている。
私はマシン打ちをしている息吹ちゃんの元に向かう。
「どう、息吹ちゃん。新フォームの調子は」
「マシンの球を打つぶんには問題ないわ。けど、実際に試合で打てるかって聞かれると、微妙かしら」
息吹ちゃんはそう言いながらも、
そう。
このフォームは苦手なアウトコースを改善するために覚えたものだ。
構え方は今までと全く同じ。だけど、バットの出し方が違う。
従来のフォームは腕を先に出してバットを遅らせるように振っていたため、バットのヘッドが返り切らず打球がフェード回転して右に曲がっていた。そのせいで打球に完全にパワーが伝わらず、インコースはホームランを打てるもののアウトコースは打球がひと伸び足りず外野フライになることも多かった。
一方、新しいフォームは腕よりもバットを先に出すイメージで振っている。そうすることでアウトコースの球にもパワーがしっかり伝わり、長打が打ちやすくなる。
こう聞けば、新しいフォームが完璧なように思えるけど、弱点がないわけじゃない。
まず、インコースが打てない。
新フォームは腕を畳むのが難しく、いくらインコースが得意な息吹ちゃんでも打球が詰まってしまいマトモに打てない。
それに、打球がドロー回転して左に曲がっちゃうから、引っ張った打球がファールになりやすくなる。これはプルヒッターの息吹ちゃんには地味に痛い。
そういうわけで、インコースは従来のスイングで、アウトコースは新しいフォームで……と使い分けることにした。
もちろん、投球を見てからフォームを切り替えるのは流石の息吹ちゃんでも無理なので、相手ピッチャーが投げる前にインコースかアウトコースか読んでヤマを張る……という感じ。
だから、飛ばす練習だけじゃなくて、読みを外された時にカットする練習もしている。
「それにしても、芳乃も大胆な提案をするわよね。大会中なのに新しいフォームを覚えて、しかも従来のフォームと使い分けろとか。流石の私でも難しいわよ」
「でも、無理じゃないんでしょ?」
「自信はないけど、やれるだけのことはやるつもりよ」
「さっすが息吹ちゃん!」
私がそう拍手をすると、息吹ちゃんは呆れたように小さくため息をついた後、バッティング練習に戻った。
確かに息吹ちゃんの不満も尤もだ。
新フォームの習得は私としても苦渋の決断だった。2つのスイングを使い分けるなんて、あまりにリスキーだ。いくら息吹ちゃんでも自分のスイングを見失い、調子を崩してしまう可能性がある。
でも、今年全国に行くためには、どうしてもそのリスクを背負う必要がある。
もともと、私の考えた息吹ちゃんの育成計画は、高校3年生の夏に理想的なホームランバッターに育てることを目標としていた。
だから息吹ちゃんのバッティングフォームも、その思想に基づいて考案したものだった。
あのフォームでアウトコースの球を確実にホームランにするには、よりパワーが必要になる。
逆にいえば、息吹ちゃんにもう少しパワーがあれば、アウトコースが飛ばないというあのフォームの欠点は無効化される。
だけど、息吹ちゃんはまだ骨に成長線が残っているからハードな筋トレは控えなくちゃいけない。現時点でこれ以上のパワー増加をしようとすれば、怪我をする可能性が高くなってしまう。
だから、息吹ちゃんの成長が完全に止まってから筋トレの負荷を増やしていき、3年の夏までにどのコースでも打てるホームランバッターとして完成させる。
それが本来の計画だった。
だから、今年の息吹ちゃんはバッターとして未完成だった。
当初の目標は3年までに全国に行くことだったからそれで良かった。
だけど、今年の夏に全国を目指すことになって事情が変わった。
息吹ちゃんのフィジカルの完成を待つ余裕がなくなったのだ。
それでもなんとか誤魔化せないかと思っていたけど、梁幽館戦で息吹ちゃんがアウトコースを苦手としていることが早々に暴かれ、とうとう息吹ちゃんの弱点にメスを入れる必要に迫られてしまった。
そういうわけで、一か八かの荒療治ではあるけど、息吹ちゃんにアウトコース専用の新フォームを習得してもらい、従来のフォームと使い分けるという無茶振りをしてみたのだ。
まあ、息吹ちゃんならなんとかやってくれるんじゃないかな。なんだかんだ言って、いつも期待以上の成果を出してくれるし。
***
続いて、私はヨミちゃんの投球練習を見るためにブルペンにやって来た。
パシーン!
珠姫ちゃんのミットの音が響く。
「うん。なかなかいいよ。ノビは十分あるし」
「えー? ピッチャーとしては不安なんだけどなぁー」
珠姫ちゃんの言葉に、ヨミちゃんはやや不服げに呟く。
息吹ちゃんに魔改造を施したように、ヨミちゃんにも弱点を克服してもらうべく新しいスタイルを練習してもらっている。
それはずばり、手加減投法。
ヨミちゃんの不安要素は、やっぱりスタミナ。
もともとヨミちゃんはスタミナも根性もある先発完投タイプのピッチャーだったけど、全身のパワーをフルに使う新フォームの副作用で燃費が悪くなってしまった。
そのせいで梁幽館戦では途中でバテて、途中降板することになってしまった。
そういうワケで、ヨミちゃんにはランナー無しや下位打線相手の時に7〜8割くらいの力で投げて、スタミナを温存して貰おうと思ったのだ。
いつでも全力投球は見てて気持ちいいけど、ヨミちゃんはもっとクレバーな投球ができるはずだ。学校の成績だって部内では私の次に良いしね。
「じゃあヨミちゃん。次は
「うんっ!」
珠姫ちゃんの指示に従い、ヨミちゃんは球を投げる。
いつもの
これは、梁幽館戦の後半でヨミちゃんが投げていた
今までヨミちゃんはボールを指で切るような感覚で投げていたけど、あのときは指に力が入らず抜くような感覚で投げたらしい。
すると、従来の
梁幽館戦で待球作戦で消耗させられた末に生まれた怪我の功名みたいな球だけど、せっかくなので有効活用しない手はない。
そういうわけで、ヨミちゃんには従来の
すると、ヨミちゃんは特に苦労することなく2つの
これなら、『ストレートとあの球だけで抑える』っていうヨミちゃんの縛りにも引っかからないしね。一応『あの球』の一種って扱いになるから。
珠姫ちゃんはあの球2号に好感触を感じたらしく、声を弾ませながらヨミちゃんに返球する。
「うん。コントロールは悪いけど、凄くいいね、あの球2号。普通の
「そおかな? よーし、明日の試合もバリバリ抑えるぞー!」
やる気をたぎらせるヨミちゃんに、私は苦笑する。
「明日はヨミちゃんの登板予定はないよ。私と息吹ちゃんで投げる予定だから」
「そんなー、芳乃ちゃーん!」
分かりやすくショックを受けるヨミちゃん。
明日の馬宮戦は、こう言っちゃなんだけど、ヨミちゃんを使う必要のある相手じゃないからね。
一応調べてみたけど特筆すべき点はなく、4回戦まで上がってこれたのは組み合わせが良かったからって感じのチームだった。
梁幽館戦後に向こうのマネージャーの高橋友里さんから貰った有力校のデータをまとめたファイルにも、馬宮のデータはなかったしね。
もちろん、何があるか分からないから油断はできないけど、かといって目の前の一戦に集中し過ぎて消耗してしまったら意味がない。私たちの目標はあくまで全国だからね。
リアルの事情で少し投稿が遅くなりそうです
ちまちま書いていますので気長にお待ちいただけると幸いです