IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜 作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛
「いい? 次の新越谷で要注意のバッターは川口息吹よ! 影森戦では全打席ホームラン! 梁幽館戦でもエース中田からホームラン! でも攻略法を見つけたわ!」
馬宮高校のグラウンドで、主将の西田絵瑠奈が吠える。
「川口息吹はアウトコースに弱い! 中田から打ったホームランはアウトコースだったけど、コースは甘かったし風の向きも良かったわ! それ以外は抑えられている! 徹底してアウトコース攻めすれば恐るるに足らず!」
***
パッカーーーーン!
快音が響き、息吹ちゃんの打球はレフトスタンドに向かって綺麗なアーチを描く。
アウトコースの変化球を綺麗に捉えた一打。
馬宮高校との4回戦、一回裏。
息吹ちゃんの満塁ホームランで、スコアは2対4。表に取られた点を大きく取り返した一打となった。
先にホームベースを踏んでいた私は、戻ってきた息吹ちゃんを出迎える。
「息吹ちゃん、ないばっちー! 早速新フォームでホームランが打てたね!」
「配球を読むまでもなく明らかにアウトコースを攻められてるのが分かってたもの。丁度いい機会だし試させて貰ったわ」
息吹ちゃんと私は軽くハイタッチして、ベンチに戻る。
今日の先発ピッチャーは私。
といっても、私は体力に不安があるから、先発って言うより某北のプロ球団がやってたショートスターターみたいな感じだけど。
まずは私がいけるとこまで投げて、その後は息吹ちゃんに頑張って貰う感じだ。
私の投球は変則タイプの軟投派。
サイドスローからスライダー、カットボール、シンカーを投げる。
私の球速は遅く、変化球を駆使して打たせて取るタイプ。
コントロールはそこそこ自信がある。なんとか誤魔化し誤魔化しで初回を打者6人に対して投げ抜いた。
初回は2点取られたけど私の自責点はなし。
別にプロを目指してるわけじゃないし個人成績は気にしないけどね。
一方、新越谷の打順はこんな感じ。
一番レフト 丹羽有希
二番センター 中村希
三番ピッチャー 川口芳乃
四番ファースト 川口息吹
五番ライト 大村白菊
六番ショート 川崎稜
七番セカンド 藤田菫
八番サード 武田詠深
九番キャッチャー 山﨑珠姫
私が三番に入ったのは、梁幽館戦での反省を反映したものだ。
これからは私も選手として最前線で戦う。その決意表明として、クリーンアップに自分を置いたのだ。
……まあ、流石にこの試合だけだけどね。
初回の攻撃は一番の有希ちゃんと希ちゃんがヒットで出塁し、私が四球を選び、息吹ちゃんがホームラン。
まさに完璧な流れ。
うん、この試合は勝てそうだね。
一度負けたら終わりのトーナメント。決して油断することはできない。
だけど、全試合全力でやるというのも無理な話。
特に
だからこそ、序盤に流れが来てくれるのはありがたい。
緊迫した試合だと肉体だけじゃなくて、精神的な消耗もあるからね。
「さあ、まだまだノーアウトだよ! 流れがあるうちに畳みかけていこう!」
私はベンチに戻るとそう声をかけた。
***
新越谷vs.馬宮の試合。
5回裏、新越谷の攻撃。スコアは3-8。あと5点でコールドによるサヨナラ。
観客席には、梁幽館の元エースで四番の中田と、戦略担当マネージャーの高橋友里が並んで座っていた。
「馬宮高校は大村さんの選球眼の悪さに気づいているみたいですね。ストライクゾーンを殆ど投げずに抑えています」
「丹羽有希のほうは気づいてないみたいだがな」
「丹羽さんはボール球も打ってしまいますからね。三振しないので気付きづらいのかもしれません」
友里は秋以降の偵察のため、そして中田は気持ちの整理をつけるため。
自分たちを下した新越谷を観察していた。
「川口息吹はこの試合2ホーマー。アウトコースの弱点は克服したようですね」
「まだ未完成といった感じだがな」
「これ以上の脅威になるってことですか?」
「おそらくな。お前たちの代は大変だ。同じ地区にあんな化け物がいるのだからな」
中田の言葉に、友里は神妙な面持ちになる。
しばらく無言で試合を眺めた後、中田がぽつりと言葉を漏らす。
「なあ、友里。新越谷戦、どうすれば勝てたと思う?」
友里は一瞬の思考ののち、オタク特有の早口でまくしたてる。
「負け惜しみですけど。もし当たるのがもっと後ならデータも揃っていて対策できたと思います。初心者組2人の選球眼の悪ささえ事前にわかっていれば、あとは川口息吹を全打席敬遠でもしてしまえば新越谷の打線は怖くありません。まあ、そんなことしたら待球作戦なんて比じゃないくらいのバッシングでしょうけど。でも、
友里がひとしきり喋り終えるのを微笑ましく見守ったのち、中田はぽつりぽつりと話し始めた。
「栗田監督の指導や育成は確かだ。だが誰よりもチームを理解しているのは友里だと私は思った。友里が戦力の運用面で監督をサポートしてくれれば、梁幽館はもっと強くなれる。……つまりだ、次の主将には友里を推すことにした」
「本気ですか? 今は選手ですらないんですよ」
中田の言葉に、友里は目を丸くする。
「お前はマネージャーとして今でも十分
中田にそう言われ、友里は左膝をさすりながら言う。
「……1年以上マネージャーに専念して身体を休めたおかげか膝の調子は悪くないですし、ゆっくりですがやれるだけのことはやってみますよ。ガールズ時代の怪我のせいで誰からも見向きもされなかった私に唯一声をかけてくれた栗田監督。結局、入学後すぐにまた怪我してしまい、まだ恩返しできてませんから」
友里が言い終えると同時に、大きな歓声があがった。
2アウト1・2塁から、中村のクリーンヒットで2塁ランナーの藤田がホームに帰り、尚も2アウト1・3塁のチャンス。
この回でコールドになるだろう。中田は確信に近い予感があった。
中田は静かに席を立つ。と、友里が声をかける。
「最後まで見ていかないんですか?」
「ああ。用は済んだ」
中田の短い言葉に何かを察したのか、友里はそれ以上なにも追求することなく見送る。
中田はそんな友里の心遣いに心の中で礼を言った。
(新越谷の勝利の瞬間は、まだまともに見られそうにない)
***
中田が球場を去ろうとすると、中田は出入り口の近くに熊谷実業のエース久保田が立っているのを見つけた。
「久保田か。勝ったのか?」
中田が話しかけると、久保田はぶっきらぼうに言った。
「15-5だ。お前との力勝負楽しみにしてたのに負けやがって」
「勝負? ストライクは入るようになったのか?」
「ほざけ。それよりその腕、大丈夫なのか」
「お前に心配されるほどじゃないさ。必ず復活してみせる」
「誰が心配なんかするか」
「そうか」
「無理はするなよ」
「ああ。心配ありがとう」
軽く言葉を交わして、中田は球場を去ろうとした。
しかし、少しすれ違った後で中田はあることを思い出し、踵を返した。
「熊谷実業のデータを新越谷に渡した」
中田がそう言うと、久保田はゆっくりと振り返って演技っぽく肩をすくめる。
「おいおい、私の元ライバルはぽっと出のダークホースの味方かよ?」
中田はふっと笑みをこぼす。
「そう言うな。自分たちが負けた相手に少しでも勝ち進んでほしいというチームの意志だ。……だが、私個人としては、3年間この埼玉で争ってきたお前に勝ってほしい。だから私はお前に味方したい」
「造反か?」
「チームメイトにはそう取られるかもな。だが、新越谷は強い敵に当たれば当たるほど強くなるチームだ。だから新越谷のためにも、お前に新越谷の弱点を教えたい」
「必要ないな」
久保田はそう斬り捨てる。
「なぜだ?」
「お前たちは勘違いしているかもしれないがな。
「意外だな。そんなふうに感じたことはなかったが」
「お前たちとは違って、相手の弱点を突くような戦い方はしないからな。
「相手がそれに乗ってくれるとは限らんぞ?」
「それならそれでいい。勝負から逃げるようなやつならはなから怖くない。本来ならお前たち梁幽館にぶつける筈だったこの3年間の想い、代わりに新越谷の連中にぶつけてやる」
久保田は視線をグラウンドの向こうにいる新越谷ナインに向けた。
「健闘を祈る」
「ああ」
そうして、今度こそ中田は久保田と別れた。
その背後から割れんばかりの歓声が聞こえてきたが、中田は立ち止まることはなかった。
***
埼玉大会4回戦
馬宮vs.新越谷 3-13(5回コールド)
【馬宮戦の打撃成績】
丹羽有希 4打席4打数2安打 打点0
中村希 4打席4打数4安打 打点1
川口芳乃 4打席3打数2安打1四球 打点2
川口息吹 4打席3打数3安打3本塁打1四球 打点10
大村白菊 3打席3打数0安打 打点0
川崎稜 3打席3打数1安打 打点0
藤田菫 3打席2打数1安打1四球1併殺 打点0
武田詠深 3打席3打数0安打 打点0
山﨑珠姫 3打席3打数2安打 打点0
【馬宮戦の投手成績】
川口芳乃 2回 失点3自責点1
川口息吹 3回 失点0自責点0
【今大会の打撃成績】
武田詠深 9打席9打数1安打 打点0 打率0.111
山﨑珠姫 9打席9打数4安打 打点0 打率0.444
川口芳乃 10打席9打数4安打1四球 打点2 打率0.444
藤田菫 9打席8打数3安打1四球 打点1 打率0.375
川口息吹 10打席9打数7安打7本塁打1四球 打点17 打率0.778
川崎稜 9打席9打数3安打1本塁打 打点1 打率0.333
丹羽有希 11打席11打数5安打 打点0 打率0.455
中村希 12打席12打数10安打1本塁打 打点5 打率0.833
大村白菊 10打席10打数4安打2本塁打 打点5 打率0.400
【今大会の投手成績】
武田詠深 5回2/3 4失点自責点3
川口息吹 9回1/3 3失点自責点1
川口芳乃 2回 3失点自責点1
息吹と希の成績が異次元すぎて自操作したパワプロマイライフみたいになってます。他の選手も全員3割以上打ってますし(詠深から視線を逸らしながら)。
正直やり過ぎかなぁ……と思ったりもしますが。まあ、これから強敵に苦戦して成績を落とす可能性もありますし。