IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜   作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛

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25. 熱い戦い(熊谷実業戦)

『おいおいエース温存か!?』『熊実舐めんなよ!』『コールドゲームしろ熊実!』『初球ホームランでいいぞ!』『エースを温存したこと後悔させてやれ!』

 

一塁側の応援席から、罵声と怒声のうねりが響く。

 

(あはは……予想はしてたけど凄い迫力だね)

 

芳乃はマウンド上で苦笑する。

本日の先発も芳乃。前回の馬宮戦と同様、行けるところまで投げて息吹にバトンタッチするショートスターターでの起用だ。

 

(今日の試合は乱打線になる。だったら、ヨミちゃんを使うのは勿体ない。それに……熊谷実業に打ち勝てる実力がないなら、どのみち全国なんて夢のまた夢)

 

熊谷実業は強豪といっていい実力校だが、それはあくまで県レベル。

一方で、これから先勝ち進んでいけば当たるであろう咲桜や美園学園は全国でも名の知れた名門。全国でも優勝の可能性のある超強豪校なのだ。いうなれば、全国大会の前にラスボスが控えているようなもの。

それらを相手に全国を目指すというのなら、熊谷実業にはエースを温存しても圧勝できるくらいになっておかなければならない。

そんな覚悟のもと、芳乃はこのオーダーを決めたのだった。

 

ふうっとため息をつき、芳乃は相手バッターを見据える。

 

熊谷実業の選手は皆、直球を打つのが得意だ。おそらく全球ストレートを待っている。だが、それは変化球を打てないという訳ではない。タイミングをずらされても強靭な足腰で粘り、強烈な打球を放ってくる。新越谷の守備の拙さを考えると、あまり相性のいい相手とは言えない。

 

芳乃は一番平下をショートゴロに抑えるが、二番上坂にはサード強襲のツーベースを放たれる。三番平沢のライトフライを白菊が落球し、1アウト1・3塁。そして四番久保田の一閃――――

 

久保田は悠々とベースを周り、一塁側の観客席は歓喜に包まれる。

『ないばっち久保田さーん!』『ほら見たか! エースを温存するからだ!』『コールドでいいぞ!』

 

熊谷実業の四番久保田による3ランホームラン。

さらに芳乃は五番豊村・六番今関に連打を浴び、七番早川にセンターへの犠牲フライを打たれさらに1失点。八番田中を三振に打ち取るも、初回いきなり4失点(自責点2)となった。

 

もとより乱打線は予定通りとはいえ、それにしても点を取られすぎだ。

 

(熊谷実業を舐めてた……? でも、今後勝ち進むことを考えたらこれが最善の選択だったはず。うぅ……悔しいっ)

 

芳乃は肩を落としながら、ベンチへと戻った。

 

 

***

 

 

「みんなごめん! 思ってたより点とられちゃって」

「わ、私こそ、あのフライさえ取っていれば、2失点で済んでいました」

 

芳乃が頭を下げると、外野から戻ってきた白菊も土下座せんとばかりの勢いで頭を下げる。

 

そんな2人を、ナインは励ます。

 

「よかよか。もともとこの試合はそういう試合やし。守りで取られたぶんは攻撃で取り返せばよかろーもん」

「うんうん。今日は先発しないぶんバッティングで活躍してみせるから!」

「ヨミちゃんにそれは期待できないけどね」

「あー、タマちゃん酷ーい!」

 

和気藹々とした雰囲気に、芳乃は気を取り直す。白菊も浮かない顔ながらも、安心したように胸を撫で下ろしている。

 

さて、気を取り直して反撃の時間だ。

本日の打順は以下の通り。

 

一番センター 中村希

二番ピッチャー 川口芳乃

三番セカンド 藤田菫

四番ファースト 川口息吹

五番ショート 川崎稜

六番キャッチャー 山﨑珠姫

七番ライト 大村白菊

八番サード 武田詠深

九番レフト 丹羽有希

 

馬宮戦との最も大きな違いは、初心者組の2人を下位打線に下ろしたことだろう。

馬宮戦では白菊の選球眼の悪さを暴かれてしまった。ビデオを見れば他校も白菊の弱点には気付くだろう。こうなると、もう白菊を上位打線で使うのは無理だ。

有希についてはまだバレてないような気もするが、これも時間の問題。これからは以前のような打棒は期待できない。

 

そういうわけで、破壊力が半減した新越谷の攻撃。

 

一番希がセンター前のクリーンヒットで出塁すると、芳乃はセーフティ気味の送りバントで三塁線に転がす。すると、相手サードの田中が暴投し、ノーアウト1・3塁。三番菫が四球を選び、ノーアウト満塁で四番の息吹の打席。

これ以上ないチャンス。しかし……

 

キィィン……!!

 

ど真ん中のボールを打った当たりはひと伸び足りず、レフトフライ。

しかし、深いフライだったため三塁の希はタッチアップで余裕の生還。芳乃も三塁に進む。

 

(息吹ちゃんの当たりは悪く無かった。でも、久保田さんの球は回転量が少ないぶん重くて飛びづらい。息吹ちゃんのパワーじゃホームランは難しいかも)

 

三塁上で芳乃はそう分析する。

 

とはいえ、1点返し、まだまだ1アウト1・3塁のチャンス。

打席には五番稜。

稜は久保田の速球を弾き返し、鋭いゴロを放つ。しかし、惜しくもショート正面。ショートはセカンドに投げアウト。しかしセカンドがファーストに投げた球が暴投となる。相手守備がてんやわんやしている間に芳乃がホームインし、稜も進塁し2アウト2塁。

これでスコアは4-2。点差は2点に。

 

必死の走塁で息を荒くする芳乃に、アウトになってベンチに戻っていく途中だった菫が声をかける。

 

「ないらん、芳乃。すごい頑張って走ってたわね」

「あはは、ピッチングで迷惑かけたぶん走塁でも貢献しなくちゃって思って」

「でも、無理はしないでよね。1人でも欠けたらゲームセットなんだから」

「うん、それはもちろん!」

 

その後、六番の珠姫が四球を選び、2アウト1・2塁。

打席には白菊が向かう。

 

 

***

 

 

(大村か。データ班が言うには初心者らしいが……県下でも傑出したパワーヒッター)

 

熊谷実業のエース久保田は、マウンド上から目の前のバッターを見据える。

 

(アウトコースの選球眼が悪くボール球を投げておけば簡単に抑えられるって話だったが……それはつまり、ストライクの球には滅法強いということ。なら……)

 

久保田は第一、インハイぎりぎりに直球を投げる。

本当はど真ん中を狙ったがコントロールが狂い、結果的に凄くいいコースに決まっただけであったが。

 

打席の白菊は目を丸くして驚いている。

 

(全く振る気配が無かったな。私がボール球を投げるとでも思ったか? いいや、真っ向勝負だ。元より私にはアウトコースを出し入れするようなコントロールはない。それに……貴様には中田の代わりをしてもらう。川口息吹は中田の代わりをするにはパワー不足だからな。やつにぶつけるはずだった全力投球(ベストピッチ)。私の3年間を打てるものなら打ってみろ……!)

 

久保田の二球目も、ど真ん中を狙う。もちろん渾身のストレート!

対する白菊も、久保田の覚悟を受け取ったのか、全力のフルスイングで迎え撃つ!

 

久保田の投球は、埼玉大会で最速のストレートだった。

そして――――白菊の打球は、埼玉大会で最大のホームランとなった。

 

カキーン!

 

快音と共に、打球はレフトスタンドの奥、場外へと消えていく。

最高の投球を、最高の打球で返す。まさに、力と力の真っ向勝負に相応しい戦い。

制したのは、白菊だった。

 

その強く美しい打球に、それまで野次を飛ばしていた一塁側の観客たちも息を呑む。

そして割れんばかりの喝采が球場に響く。

 

『なに今の打球!?』『場外飛んだよね!?』『なに打たれとんじゃ久保田!』『いや今の球は打ったバッターが凄いだけだろ!』

 

久保田は打球を振り返ることもせずに、小さく微笑む。

 

(中田との勝負は叶わなかったが、それ以上の力勝負ができた。打たれてなお清々しい気持ちになるような打球。なるほど……梁幽館に勝つわけだ。だが……)

 

久保田は真っ直ぐと前を向く。

 

(まだ初回。試合はこれからだ。それに、大村との勝負の機会だって2〜3回はある。白旗をあげるつもりはないぞ)

 

ホームランを打たれてなお、崩れるどころか調子を上げる久保田。

まだまだ試合は始まったばかり。観客席からは大きな声援が鳴り止まず、球場の熱気は増すばかりであった。

 

 

***

 

 

暑く、熱い試合も、終幕の時間が近づく。

選手たちは必死に戦い、観客も必死で声援を送った。どちらも負けない熱い戦い。

しかし、勝負である以上、どちらかが勝ち、どちらかが負ける。

 

芳乃はスコアボードを見上げる。

6回裏、2アウト1塁。打席に立つのは詠深。

 

スコアは8-11で新越谷の3点リード。

 

本塁打こそ初回の白菊の1本しか無かったものの、四球や連打で得点を重ね二桁得点。

 

(久保田さん相手にこの打棒。課題も残る試合だったけど、次の試合に向けて自信の持てる結果。あとは最終回、息吹ちゃんが抑えてくれれば……)

 

そんなことを考えていると、芳乃の肩がとんとん、と叩かれる。

見ると、いつの間にかアウトになってベンチに戻ってきていた詠深がなにやら物言いたげな顔をしていた。

 

「ん?……どうしたのー、ヨミちゃん?」

「いやぁ、芳乃ちゃん。今日の試合はとっても楽しいよねー」

 

奥歯に物が挟まったような詠深の言葉に、芳乃は首をかしげる。

 

「? えっと、うん、そうだね。力と力の真っ向勝負って感じで」

「そうそう! 私、打撃では活躍できなかったけど、守備ではなんか空気に乗せられてファインプレーしちゃったし! それで……あの……お願いがあるんだけどさ……」

 

ここまで来て漸く、詠深の言いたいことを芳乃は察知した。

即ち――――

 

「最終回、投げる?」

「……いいの?」

「うん。でも、あの球2号はまだ隠しておきたいから温存してね! その代わり、残り1イニング、体力を気にせず全力投球していいよ!」

「うん! よーし、投げるぞー!」

 

詠深は意気揚々とマウンドに向かう。

 

(今日は完全に休ませるつもりだったんだけど。でも、仕方ないよね。野球大好きなヨミちゃんが、こんな楽しい試合で投げられないなんて可哀想だし)

 

それに、詠深は試合の中で進化するピッチャー。この登板からも何か得るものがきっとあるはずだ。

 

果たして、詠深は熊谷実業の二番、三番を連続三振に打ち取り、四番久保田をピッチャーフライに打ち取る。

クローザーとしての仕事を完璧に果たし、ゲームセットとなった。

 

8-11。

新越谷高校、県ベスト8進出決定。

 

 

***

 

 

【熊谷実業戦の打撃成績】

 

中村希 4打席3打数2安打1四球

川口芳乃 4打席4打数1安打

藤田菫 4打席2打数0安打2四球

川口息吹 4打席3打数2安打1犠飛 打点3

川崎稜 4打席4打数2安打 打点3

山﨑珠姫 4打席3打数1安打1四球

大村白菊 4打席4打数3安打1本塁打 打点5

武田詠深 4打席4打数0安打

丹羽有希 3打席3打数1安打

 

【熊谷実業戦の投手成績】

 

川口芳乃 2回5失点(自責点3)

川口息吹 4回3失点(自責点3)

武田詠深 1回0失点(自責点0)

 

【今大会の打撃成績】

武田詠深 13打席13打数1安打 打点0 打率.077

山﨑珠姫 13打席12打数5安打1四球 打点0 打率.417

川口芳乃 14打席13打数5安打1四球 打点2 打率.385

藤田菫 13打席10打数3安打3四球 打点1 打率.300

川口息吹 14打席12打数9安打7本塁打1四球 打点20 打率.750

川崎稜 13打席13打数5安打1本塁打 打点4 打率.385

丹羽有希 14打席14打数6安打 打点0 打率.429

中村希 16打席15打数12安打1本塁打1四球 打点5 打率.800

大村白菊 14打席14打数7安打3本塁打 打点10 打率.500

 

【今大会の投手成績】

武田詠深 6回2/3 4失点(自責点3)

川口息吹 13回1/3 6失点(自責点4)

川口芳乃 4回 8失点(自責点4)

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