IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜 作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛
埼玉高校野球、準々決勝。
新越谷vs.柳大川越の試合。
真夏の観客席は超満員だった。
元弱小校の柳大川越。そして、1年生9人だけの新越谷。
両校ともに部員の多くが埼玉出身の選手たち。地元の子たちが大舞台で戦うとあって、地元ファンからの注目度は高い。
先攻は新越谷。
「まさか、新越谷が梁幽館や熊谷実業を倒して私たちの前に立ち塞がるなんてね……」
柳大川越の先発、大野はマウンドでひとりごちる。
数ヶ月前、練習試合で戦った相手。あの時はまさか、自分たちの脅威になるとは思わなかった。
だが、今の新越谷はあの頃とは違う。選手ひとりひとりの能力が向上している。そして何より厄介なのが、予告先発もされているエースの武田詠深。一級品のストレートに魔球カーブ。柳大川越の打線では得点するどころか、まともにヒットを打つことすら難しいだろう。
「そしてもうひとつ意外なのは、相手の打順ね」
大野はバックスクリーンに映る相手のオーダーを眺める。
一番サード 川口息吹
二番センター 中村希
三番セカンド 藤田菫
四番キャッチャー 山﨑珠姫
五番ショート 川崎稜
六番ファースト 川口芳乃
七番ピッチャー 武田詠深
八番ライト 大村白菊
九番レフト 丹羽有希
これまでのオーダーとは大きく違う。
初心者組を後ろに回したのは分かる。しかし……
「まさか、川口息吹を先頭バッターに据えるなんてね……やられたわ」
常識的な指揮官なら、先頭打者には希を選ぶだろう。ホームランバッターである息吹を四番に置くのか、それとも近年メジャーで流行りの二番最強打者にするのか、はたまた間を取って三番か……それは指揮官の好みによりけりだろうが、希が出塁して息吹が返すという王道パターンは覆りようがないように思える。
だが、相手指揮官の芳乃はあえて息吹を先頭打者に抜擢した。
一見、デタラメに思える作戦――――しかし、これが柳大川越にとって最も厄介なオーダーだった。
なぜなら、大野はこの試合、とある奇策を敢行する予定だったのだ。
その作戦こそ、『川口息吹の全打席敬遠』である。
新越谷の弱点。
それはずばり、選手層の薄さである。
梁幽館戦で活躍した初心者組は選球眼の悪さが露呈し、戦力にならない。
そうなると、新越谷打線で怖いのは中村希と川口息吹くらいだ。
その中村希は先頭打者だろうから、川口息吹さえ敬遠すれば、後ろには大した打者はいない。そのはずだった。
だが、まさか川口息吹を先頭打者に置いてくるとは。
川口息吹を一番に置く最大のメリットは、彼女の後ろに上位打線を置けるということだろう。
つまり、守る側からすれば、敬遠のリスクが高くなる。
もし息吹を敬遠すれば、次の打者は希。長打力はないが、打率は化け物クラス。そして息吹の走塁技術を考えれば、内野の頭を越せば3塁まで到達できる可能性は十分ある。
高い確率で初回0アウト1・3塁のピンチが訪れるのだ。
そうなると、スクイズや犠牲フライでも1失点。三番・四番に小技が得意な藤田菫・山﨑珠姫を置いているのも非常にいやらしい。
柳大川越の打線では新越谷のエース詠深を打ち崩すのは難しい。
勝つためには1失点でも致命傷になりかねない。
敬遠しても地獄。勝負しても地獄。
柳大バッテリーは究極の2択を迫られていた。
「どうする? 先頭だが勝負するか?」
マウンドにやってきたキャッチャーの浅井が大野に訊ねる。
「馬鹿いうんじゃないわ。川口息吹はランナー無しでもホームランで失点するリスクがあるバッター。予定通り、全打席敬遠でいくわよ」
「……分かった。覚悟はできてるんだな」
「ええ」
浅井はキャッチャーボックスに戻り、息吹が打席で構える。
と、浅井は立ち上がり、キャッチャーボックスぎりぎり右に寄る。
球場がざわめく。そのざわめきは次第に大きくなり、怒号が混じるようになる。
大野が第一球を投じる。大きく外れボール。
プレイボール直後の敬遠。
『おいおい大野、勝負せんかい!』『初回先頭打者敬遠とか聞いたことないんだけど!』『せっかくの好カードなのに台無しじゃん!』『せっこい采配!』『全打席敬遠するつもりじゃないよね!?』『高校野球らしい爽やかな試合見せてよ!』『大野マウンド降りろ!』
非難の声はごく一部。
多くの観客は、この奇策に戸惑いこそすれ、地元の選手に罵声を飛ばすことはない。
しかし、割合としては少ない罵声であっても、この超満員の球場ではその数は何百にもなる。
結果、球場は大荒れになる。
罵倒の嵐を受けながらも、大野は淡々と敬遠球を投げる。
(ふん。もともと川口息吹は全打席敬遠する予定だったんだから。遅かれ早かれこうなってたわね。痛くも痒くもないわ)
そう。元よりブーイングは覚悟済み。
大野にとってはこれが最後の夏なのだから――――
***
「希ちゃん」
息吹が敬遠され、0アウト1塁。
希が打席に向かおうとすると、芳乃がベンチから呼び止める。その瞳は不安げに揺れていた。
(芳乃ちゃん、不安そう。息吹ちゃんを先頭バッターに置くこの作戦……成功するかどうかは私の打席次第。私が打つしかなか)
希は芳乃の言葉を待たずに言う。
「私の役目は分かっとーけん。ヒットを打って1・3塁にする。作戦通りに」
「……うん。お願いね」
希は決意のこもった表情で打席に向かう。
この試合、この作戦。要になるのは希だ。
希がヒットを打てばスクイズや犠牲フライなどの小技で得点が望める。逆を言えば、希がヒットを打たなければチャンスは訪れない。勝つためには、希だけはヒットを打たなければいけないのだ。
「……お願いします」
希がいつものルーティンで打席に入り、マウンドを見据える。と、思わず息をのむ。
侮っていたわけではない。
だが、大野が先発すると聞いて少しがっかりした自分もいた。
柳大川越で有名なのは2年の朝倉。
大野の中学時代は無名選手。今では中堅校相手にも安定した投球を見せる投手になっているが、朝倉ほどのインパクトはない。
本音を言えば、朝倉と戦いたかった。
そんな浅はかな希の考えは、今この瞬間消えた。
オーラが、見えた。
それは、3年最後の夏に賭ける気迫か。それともチームを背負う覚悟か。あるいは単純な闘争心か。
バットを握る手に力が入る。
サイドスローから投じられた大野の投球。
ぶつかる!……希は一瞬そう判断して、肩を強張らせた。
しかし、大野の投球はズドンとインコースぎりぎりに突き刺さる。
(ストライク……!? まるで背中から襲いかかるような球! 球筋が全然わからん!)
大野の2投目。
今度は外角へのストレート。あまりにもビタビタの制球に、希は手が出ない。
(簡単に追い込まれた。こうなったらくさいところも手を出すしかない)
大野の第3球。
外角低め、先程よりも内側の球。
(甘いストレート……! 内野の頭を越せる!)
しかし、希のバットは空を切る。
大野の投球は途中で外に曲がり逃げていった。
(高速スライダー……! キレが良すぎて変化球と分からんかった……)
空振り三振。
希は一球もバットに掠らせることすらなく三球三振に倒れた。
***
「芳乃ちゃん、ごめん……」
「ううん、気にすることないよ。まだ初回だし、チャンスはいくらでも回ってくるよ」
しょんぼりとベンチに戻ってくる希に、芳乃は慰めの言葉を送る。
(まさか、希ちゃんが三振するなんて。あれが大野さんの本気の投球……。映像で見るのとは全然違う!)
芳乃はこの試合、息吹がまともに勝負してもらえないだろうことは予想していた。
だからこそ、詠深の予告先発・一番息吹という奇策に打って出たのだ。
あえて詠深の先発を予告し、柳大川越に投手戦を意識させ、息吹の全打席敬遠を計画させる。
そこで息吹を先頭打者に置くという奇策を打ち、相手の出鼻を挫く。
もし相手が勝負するなら息吹にホームランを狙ってもらえばいいし、相手が敬遠すれば初回の先頭打者が出塁し、次のバッターは最強バッターの一人である希。
そうなれば、試合の流れは完全に新越谷のものだ。
ここまでが芳乃の策略だった。
しかし、相手はその策略にまんまとハマった後……実力で捻じ伏せた。
まさか、大野があれほどのピッチングで希を斬り捨てるとは。
(たぶん、大野さんと希ちゃんが普通に勝負したら5割近くはヒットを打てるはず。だけどあの打席だけは希ちゃんが打てるビジョンが見えなかった。ここ一番であの神がかった投球。柳大川越、強い……!)
その後、三番・菫のセカンドゴロの間に息吹が二塁に進み2アウト2塁、四番の珠姫がピッチャーフライに倒れチェンジとなった。
1回表、新越谷の攻撃は無得点。
まだ試合は動いていない。だが、最初の奇策勝負を制したのは柳大川越だった。
投稿遅くなりました!
言い訳をすると、柳大川越戦の展開を複数考えていて、どれにするか悩んでいました(もう方針は決めたので大丈夫です)。
あと、フォワード3月号掲載の原作67話で園川投手が出てきたのですが、筆者の想定していた性格・プレイスタイルと違っていて、これをどうしようかと悩んでいたり……。まあ出るとしてもだいぶ先の話なのでいいですが。
あと、これも67話でラビッツなるプロ野球球団らしき名称がちらっと出てきたのですが(たぶん巨人?)、今作では球団名をきらら繋がりで『私を球場に連れてって!』という漫画から借りているのですが、そこをどうしようかなーとか悩んでいたり……。