IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜   作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛

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27. 詠深の進化 (柳大川越戦part2)

(うん。手加減投法、いい感じ)

 

詠深はマウンド上で手応えを感じる。

梁幽館戦で露呈したスタミナ不足。それを補うために導入した手加減投法だったが、スタミナ温存以外にも恩恵があった。

 

それは、詠深のピッチングに対する意識の変化である。

 

手加減して投げても、相手に打たれてしまっては意味がない。

体力の消費を抑えつつも、打ち取れる球を投げなければならない。

 

そうして詠深は、『どこの力を抜くべきか』『どうやったら少ない力でより強い球を投げられるか』を考えるようになった。

 

そういった試行錯誤の末に、詠深の投球はより研ぎ澄まされた。

 

ズパーン!!!!

 

その圧倒的なピッチングに観客たちは驚く。

梁幽館戦とはまるで別人。

100%の全力投球ではなく、70〜80%の力で的確に抑えていく。

威力こそ落ちているものの、迫力は増している気さえする。

力感のないフォームから放たれる、浮き上がるような直球と2種類の魔球カーブに、柳大川越の打者はきりきり舞いになる。

 

結局、詠深は柳大川越のバッターを三連続三振に打ち取った。

 

 

***

 

 

「武田詠深……やはり強敵ね」

 

空振り三振でアウトになった大野は、ベンチに戻りながら歯噛みする。

本日、大野は三番ピッチャーでの出場。

普段、大野が先発する際はリリーフの可能性も考えて九番打者を務めることが多い。だが、この試合は完投する予定だ。

守りのチームである柳大川越の中で大野は打てるほうなので、途中交代しないなら中軸で使わない手はない。

……とはいえ、その大野でさえ手も足も出なかったわけだが。

 

「ストレートの安定度が増してる。それに、あの遅いカーブ……梁幽館戦の最後のほうに投げていたやつね。あれは待球作戦にへばって球速が落ちただけの副産物だと思ってたけど、まさか普通のカーブと投げ分けれるなんて。こうなったら事前の対策は殆ど無意味だわ」

 

大野がぶつぶつ言いながらベンチに戻ると、ベンチで待ち構えていた大島留々が肩をすくめる。

 

「直球とカーブだけでも厄介スのに、カーブの中でも緩急つけられたらお手上げスねー。いやー、まいったス」

 

大島は強豪ガールズ出身の選手で、1年の中で唯一柳大川越の背番号一桁(レギュラー)を勝ち取り、主に一番打者を任されている。初回の打席は直球2球をファールにして追い込まれた後、遅いカーブを空振り三振した。

 

「あんたはなに呑気なこと言ってるのよ! あのピッチャーから最低でも1点は取らなきゃ勝てないのよ! なんとかしろー!」

「はいス〜」

 

大野は悔しさをぶつけるように大島を怒鳴る。自分も凡退したのに。八つ当たりである。

 

そんなこんなあって、攻守交代。

 

2回表。

大野はマウンドに向かう。

 

(これはいよいよ投手戦しかなさそうね……。柳大川越(うち)の打線は武田詠深レベルのピッチャー相手じゃ待球作戦すらできない。こうなったら体力比べね。向こうの体力が尽きるまで、1点もやらない。延長戦だって覚悟のうえよ)

 

五番打者の稜は、大野の2投目を打つが、セカンドゴロ。

 

続いて、六番打者の川口芳乃が打席に立つ。

 

(川口芳乃……。選手としてはパッとしないけど、新越谷をここまで強くしたのは彼女なのよね)

 

先日の、新越谷vs.熊谷実業戦のあとのインタビュー。

そこで、芳乃は自らの過去と、新越谷の強さの秘密の一部を語った。

なんでも、彼女は生まれつき体が弱く、中学の野球部からは拒絶された。それでも野球を諦めなかった彼女は独学で野球を研究し、その成果を息吹やほかの新越谷高校の野球部員に伝えることで強くしたのだという。

 

はっきり言って、不気味。

 

まともに野球の指導を受けてこなかった人間が、独学で野球を極める?

そんなのは現実的ではない。

だが、彼女はそれを実現している。

 

選手としては大したことない。そのはずなのに。

彼女のつぶらな瞳の奥には、野球の全てが詰まっているかのような深淵さえ感じる。

一挙手一投足。まるで、自分の全てを見透かされるような……。

 

(いいえ。相手は同じ高校生よ。警戒は必要だけど、必要以上に怯える必要はない。データ通りにやれば問題なく打ち取れるはず)

 

大野のピッチャーとしてのポテンシャルは朝倉に大きく劣る。

それでも、大野を柳大川越のエースたらしめているのは、データを活用した守備シフトが要因である。

大野はその変則フォームと緩急自在の変化球でゴロを打たせるのが得意なピッチャー。コントロールも良いので、コースや球種によって相手の打球方向もある程度操ることができる。

柳大川越の守備とは相性がいいピッチャーである。

 

大野が構えると、キャッチャーの浅井が内角のクロスファイヤーを要求する。

 

川口芳乃の打球傾向としては、圧倒的に流し方向が多く、長打性の当たりは殆どない。

外角の球を上手く拾ってヒットにするのが得意で、逆に内角の球は詰まらせてアウトになることが多い。

 

大野はサインに頷き、鋭いクロスファイヤーを投げる。

芳乃はそれに手を出し――――

 

ガチャッ!

 

鈍い打音が響き、打球はふらふらと上がる。

打ち取ったかと思われた打球はしかし、内野前進守備の逆をつくポテンヒットとなる。

 

(……やられた。打順調整(、、、、)を考えれば、この回1人のランナーも出したくなかったのに。扇風機の武田詠深からゲッツーを取るのは難しい。スイングだけは悪くないから、下手に打たせて長打にされても意味ないもの。ここは三振で妥協するしかないわね)

 

大野は詠深を簡単に三振に取ると、続く白菊もアウトコースのボール球で三振。チェンジとなった。

 

(武田詠深のバッティングは相変わらずね。それに、大村白菊。本当にアウトコースのボール球はなんでも振ってくれるのね。1点もあげられないギリギリの試合で、息をつける時間があるのは助かるわ)

 

 

***

 

 

「あの……芳乃さん、本当にこれでよかったのでしょうか?」

「うん、完璧だよ」

 

三振してベンチに帰ってきた白菊が問いかけると、芳乃はにこやかに頷く。

白菊はそれでも納得いかなかったが、攻守交代のため守備につかなくてはならず、それ以上質問することはできなかった。

白菊はグローブをはめ、ライトに向かいながらひとりごちる。

 

「……それにしても。アウトコースの球はどんなに外れていても空振りしろ、インコースは手を出すなって……一体どういう作戦なのでしょうか?」

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