IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜   作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛

38 / 43
29. それでも前を向く(柳大川越線part4)

芳乃によるまさかの敬遠球三振。

動揺抑えられない球場の中で試合は進む。

 

6回裏、柳大川越の攻撃は八番バッターから。

大野はベンチに座りながら、睨みつけるようにファーストの芳乃を見る。

 

(川口芳乃にはやられたわね。だけど逆に言えば、この回で得点さえできれば柳大川越(うち)の勝ちはほぼ100%確定。……まあ、あくまで得点できたらの話だけど)

 

詠深はここまで5回投げてノーヒットピッチング。出塁は四球で許した1人のみ。

まともにヒットも打てない。かといって四球で自滅してくれるようなピッチャーでもない。

まさに八方塞がり。

新越谷から得点するには、詠深の体力が尽きるのを待つしかなかった。

 

(とはいえ、武田詠深は明らかに省エネ投球してるのよね。いったいどれだけ粘れば、武田詠深の体力が尽きるのかしら)

 

そんな風に大野が考えている間に、詠深は快投乱麻のピッチングで早々に八番・九番と連続三振に取る。

2アウトランナー無しの打席には一番の大島。

 

大島はバントの構えを見せる。この試合なんどか見せている揺さぶり。せめて詠深にチャージさせて体力を削りたいところだが、代わりにファーストとサードの川口姉妹がチャージしてくるのでそれも上手くいかない。

 

(なにがなんでも武田詠深のスタミナを温存するつもりね。でも、内野手が二人も前のめりになって大丈夫かしら?)

 

詠深の3球目。大島はスリーバントの構えから押し出しプッシュバントを試みる。

 

ガキン!

 

打球はふらふらと上がり、平凡なサード後方のフライとなったが、サードの息吹は前に飛び出している。息吹は必死に追うが打球の勢いに追いつくことはできず、ショートの稜の反応も遅れ、さらにはレフトの有希に至ってはカバーを忘れてボーッと立っていた。

打球は誰もいないフェアグラウンドを点々と転がり、てんやわんやしている間にバッターランナーの大島は好走塁で2塁まで到達。

新越谷の守備力の低さがモロに現れた結果だった。

 

(みたか! 留々はあんな見た目でも強豪ガールズでレギュラー張ってた好打者よ! 甘くみるんじゃないわよ!)

 

大野は相手ファーストの芳乃に向かって心の中で吠える。

 

次の打席は二番サードの石川。

1年生ながらミート力と選球眼に光るものがあり、投手戦が予想されるこの試合で初めてスタメンに抜擢された。しかし、打力を期待されての起用にもかかわらず2打数2三振といいところを見せられていない。

 

先輩の期待に応えたい。大野の熱投に応えたい。

 

……そんな気持ちがあったのかどうかは定かではないが。

 

石川は自分の持ち味であるミート力で粘る。

そして、カウント2ボール2ストライクで迎えた詠深の6球目。

 

スローカーブに体勢を崩されながらも、上半身を残しながらボールを捉える。

手打ちで当てただけの打球。だが、二遊間の絶妙なところに転がり……

 

『ああ……っ!』

 

新越谷びいきの観客席からため息が漏れる。

 

ショート稜が打球に追いついたもののグラブで弾いてしまう。すぐにセンターの希がカバーし失点は免れたものの、バッターランナーの石川は余裕のセーフ。2塁ランナーの大島は好判断で3塁に進塁する。

2アウトながら1・3塁。千載一遇の大チャンス。そして、打順はエース・大野。

 

(延長も覚悟してたけど、ここで点を取れるならこんなに簡単な話はないわ。ここで私が打って、最終回を七・八・九番の3人でピシャリと抑える。さっきの敬遠球三振が仇となったわね、川口芳乃! 策士策に溺れるとはまさにこのことよ!)

 

大野は意気揚々と打席に向かう。

だが、打席に立ちマウンドの詠深と対峙すると、彼女から放たれるプレッシャーに思わず息をのむ。

 

(すごい雰囲気ね。1年生の存在感じゃないでしょ。まるで大学生を相手にしてるみたいだわ)

 

大野は額に汗を垂らしながらぎゅっとバットを握り込み、構える。

 

(大丈夫。これまでの2打席で武田詠深のストレートの軌道は覚えた。武田詠深のカーブはコントロールに難がある以上、必ずどこかでストレートを投げるはず。ストレートだけに的を絞って振り抜く……!)

 

詠深の1球目。

速いカーブを見逃しボール。

 

(やっぱりこの球は魔球ね。こんなの打てるわけない。でもゾーンに入らないなら怖くないわ。2ボールにはしたくないでしょうから、次はストレート。長打リスクが高いインコースは早いカウントのうちに投げておきたいのがバッテリー心理。なら狙うはインハイストレート……!)

 

大野が構え、詠深の2球目。

投げられたのは、大野の読み通りインハイストレート。

 

(ドンピシャ! 打つ!)

 

ガキャ……!

 

鈍い金属音が響く。

打球は三塁線へのぼてぼてのゴロとなる。サードの息吹がなんなく処理し、これで3アウト。

 

(狙い球が狙ったコースに来たのに差し込まれた……? それだけ武田詠深のストレートが私の想定を上回っていたってこと……? まさかまだこれほどの余力を残していたなんて)

 

千載一遇のチャンスを逃し、0対0のまま最終回へ。

 

ノーヒットピッチングこそ止まったものの、詠深のピッチングは今なお圧倒的。

少しでも希望が見えていただけに、それが力技でへし折られた時の絶望感はなおさらだ。

 

(こっちが必死に奇策を捏ねくり回して、なんとかギリギリのところで抑えてるのに、あっちはピンチになってもギアチェンジすれば力技で捻じ伏せられる。こんなのまともな勝負になるわけないじゃない)

 

弱気に支配されそうになる。

だが、すぐに大野は首を振る。

 

(それでもまだスコア上は同点。試合内容は圧倒的に新越谷(むこう)が上かもしれないけど、それでもなんとか渡り合えている。新越谷だって完璧じゃない。守備はエラーが多いし、なんとか食らいつけば奇跡が起きる可能性はある。絶対に諦めないわ……!)

 

6回を終え、未だスコアは0対0。

熱い夏はまだまだ終わらない。





めちゃくちゃ遅くなりました。すみません。
今回はちょっと短めですが、今までカットしてた柳大川越の攻撃シーンを。
次はできるだけ早く投稿できるよう頑張ります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。