IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜   作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛

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32. 柳大川越の野球(柳大川越戦part7)

2アウト1・2塁。

打席に立つのは中村希。

 

キャッチャーの浅井が朝倉に尋ねる。

 

「どうする朝倉」

「勝負させてください。先輩たちの最後の夏を、私に託してください」

「分かった。任せるぞ」

 

浅井はそう朝倉の肩を軽く叩くと、キャッチャーボックスに戻っていく。

 

(私には大野さんみたいなコントロールはない。ていうか、最低限のコントロールもない。できることは、全力の球をストライクゾーンど真ん中を狙って投げるだけ)

 

朝倉は硬球をぎゅっと握る。

 

(中村希……。川口息吹の陰に隠れてはいるけど、県内トップクラスの打者であることに間違いない。練習試合では抑えたけど……正直あれはヒット性の当たりだった。あれから2か月。相手は成長してるはず。でも、それは私だって……!)

 

朝倉は渾身のストレートを投げ込む。

 

キン――――ッ!

 

打球は左に外れ、3塁側ファールスタンドに入る。

 

(差し込まれ気味だけど強い打球。やっぱ直球だけじゃ勝負できないかな……)

 

朝倉はボールを握る。

その握りは、実戦では一度も試したことがない。練習以外では初めて見せる球だ。

 

とはいえ、特別な球ではない。通常のスプリットより少しだけ浅く握っただけ。

球も特殊な変化をする訳じゃなく、ただ通常より小さく落ちるだけ。だが、変化が小さくなることにこそ意味がある。

空振りは取れない。その代わり、バットの芯をズラし、ゴロを打たせることができる。

 

(私は中学のとき味方のエラーで負けてから、とにかく三振を取れるピッチングを目指してきた。バッターを打ち取っても三振じゃなかったら負けだと思ってた。でも、大野さんに……柳大川越の野球に出会って考えが変わった。エースひとりじゃない、チーム一丸で守る野球。それを知って、それに憧れて私の野球は幅が広がった。柳大川越(うち)の守備なら、私は信じられる……!)

 

空振りはいらない。

守備を信じてゴロを打たせる。

 

そう思って投じた2球目は、強烈なピッチャー返しとなって弾き返される。朝倉は咄嗟にグラブを伸ばすが届かない。

 

二遊間への強いゴロ。

セカンドの亀平が飛びつき捕球すると、そのままセカンドベースにタッチしてフォースアウトとなる。

 

3アウト。

 

追加点はならず、2点差のまま9回裏、柳大川越の攻撃に移る。

 

(これが今の私のピッチング。柳大川越の野球だ)

 

 

***

 

 

「まだス。まだ2点差。私が打てばまだ……!」

 

延長9回裏、柳大川越の先頭打者は、一番打者の大島留々。

これまで詠深は完璧な投球を見せている。だが、流石に疲れが見えはじめている。2点差で上位打線ならまだ逆転の可能性もある。

 

だが、いくら強豪ガールズ出身とはいえ、まだ1年生の大島にこの緊迫した状況は荷が重かった。

 

大島のバットを持つ手にいつも以上の力が入る。その打ち気にはやる気持ちをキャッチャーの珠姫は見逃さなかった。緩いカーブを打たされファーストゴロに打ち取られてしまう。

 

二番の石川は直球を捕らえるが運悪くピッチャーライナー。

 

こうして、たった3球で簡単に2アウトになってしまった。

 

打席に立つのは朝倉。

朝倉はピッチャーだが、ベンチに控えている選手と比べても打力は劣らない。戦術的に言えば、ここで朝倉が打席に向かうことはそれほどおかしくない。

 

(だけど、これは3年生にとっては高校野球最後になるかもしれない打席……)

 

ベンチには3年生が残っている。最後の思い出に3年生を優先してもおかしくない場面だ。だが、先輩たちは誰一人文句を言うことなく朝倉を送り出した。

 

朝倉は、先輩たちから後輩(自分たち)へとバトンを渡されているような気がした。

 

(先輩方は私や一年の強豪ガールズ組にどこか遠慮しているふしがあった。だけど、今の私があるのは間違いなく先輩方の力があったから。せめて一太刀。せめて新越谷に一太刀入れて先輩達に恩返ししたい)

 

朝倉はすっとバットを構える。

 

(打撃はピッチングほど得意じゃないけど……でも、今は不思議と打てそうな気がする)

 

とにかく、バットに当てる。

新越谷の守備はそんなに上手くない。先輩たちの守備に比べたらザルだ。前に飛ばしさえすれば、何かが起きる可能性は十分ある。

 

そうすれば、四番の浅井に回る。

まだ希望は繋がる。

 

詠深の1球目はストレート。球速はそれほどでもなかったが、思ったよりもノビがある。ファウルチップとなり1ストライク。

 

2球目も続けてストレート。朝倉はそれを捉えるが、ややタイミングが遅れ一塁線際どいファウルとなる。

 

(ストレートの軌道は分かった。ストレートが来たら打つ。カーブなら見逃す)

 

詠深の3球目。

投じられたカーブに朝倉のバットを持つ手が止まる。

際どい球。判定はボール。

 

(危なかった……! なんとか見逃せたけど、あれはストライク取られてもおかしくないコースだった。でも、ついてる。球も見えるてるし、行ける。次は打てる)

 

そして、4球目。

 

(……え)

 

反応できなかった。

外角低めにズバッと決まるストレート。

今までの球よりも明らかに速く、鋭い。

 

(そっか。まだ全力投球があったんだ……)

 

無情にも、ゲームセットのコールが球場に響く。

 

2-0。

延長9回。白熱の投手戦を制したのは新越谷だった。

 

 

***

 

 

【柳大川越戦の打撃成績】

 

川口息吹 5打席1打数1安打4四球

中村希 5打席2打数0安打3四球

藤田菫 4打席4打数0安打

山﨑珠姫 4打席4打数0安打

川崎稜 4打席4打数2安打

川口芳乃 4打席4打数1安打

武田詠深 4打席4打数0安打

大村白菊 4打席4打数1安打1本塁打 打点2

丹羽有希 4打席2打数0安打2四死球

 

【柳大川越戦の投手成績】

武田詠深 9回0失点(自責点0)

 

【今大会の打撃成績】

武田詠深 17打席17打数1安打 打点0 打率.059

山﨑珠姫 17打席16打数5安打1四死球 打点0 打率.313

川口芳乃 18打席17打数6安打1四死球 打点2 打率.353

藤田菫 17打席14打数3安打3四死球 打点1 打率.214

川口息吹 19打席13打数10安打7本塁打5四死球 打点20 打率.769

川崎稜 17打席17打数7安打1本塁打 打点4 打率.412

丹羽有希 18打席12打数6安打2四死球 打率.500

中村希 21打席17打数12安打1本塁打4四死球 打点5 打率.706

大村白菊 18打席18打数8安打4本塁打 打点12 打率.444

 

【今大会の投手成績】

武田詠深 15回2/3 4失点(自責点3)

川口息吹 13回1/3 6失点(自責点4)

川口芳乃 4回 8失点(自責点4)

 

 

***

 

 

球場前にはミンミンゼミの鳴き声と、高校球女の泣き声が響いていた。

ていうか泣き声のほとんどは大島のものだった。

胸に縋りついて泣く大島の頭を、大野は苦笑しながら撫でる。

 

「馬鹿ね。なんであんたが泣いてんのよ。あんた達はまだ来年があるんだから、しゃんとしなさい」

「でも、先輩たちとはもう……」

「私はもう満足よ。ベスト8なんて、私にしては上出来よ。ま、もう少し楽しみたかったって言えば嘘になるけど……でも、あんた達とここまで戦えて、充実した夏だったわ」

 

大野がそう言うと、大島はさらに顔を押し付けて大泣きする。ちーん、と思いっきりユニフォームで鼻をかまれたような気がしたが――――見なかったことにしよう。うん。

 

と、そんな2人のもとに朝倉が近づいてきた。

 

「先輩」

「なによ朝倉」

 

大野がツンと顎をあげながら答えると、朝倉は頭を下げた。

 

「3年間、お疲れ様でした! 先輩達とはもう野球できないけど……先輩たちの野球は受け継ぎます。柳大川越の一丸野球で、来年こそは――――」

 

そう言おうとした朝倉の言葉を、大野の声が遮る。

 

「ダメよ」

「……え」

 

ぽかんとする朝倉に、大野は言う。

 

「あんた達はあんた達の野球を作るの。柳大川越の野球〜なんてありもしない幻想に囚われるな! 今年の一丸守備の野球だって、私たちが0から作りあげたものなのよ。受け継がなきゃいけないほど伝統のあるものじゃないわ」

 

そう言うと、大野はビシッと指を立てる。

 

「だ、い、た、い! 私たちの一丸守備は弱者がなんとしても勝ち上がるために築いたものよ。でも、あんた達は別に弱者なんかじゃないでしょ。世代最速クラスの速球派ピッチャーに、それを追って入部してきた強豪ガールズ組。そこらへんの強豪校よりよっぽどタレント揃いだわ。あんた達は強者なんだから強者らしく強者の野球をすればいいのよ」

 

大野の言葉に、朝倉はおちゃらけたように肩を竦める。

 

「いやー、大野さんにそこまで褒められると照れますね」

「誰が褒めるか! そういえば朝倉、今日のあの中村希への投球は何? どうしようもないノーコンのくせして、一丁前に打たせて取るピッチングなんて100年早いわよ。ノーコンはノーコンらしく全力で三振を取りにいきなさい!」

「引き出しは多いほうがいいですし。素晴らしい先輩から学べるところは学ばないと」

「……ふん。学ぶのはいいけど、くれぐれも自分を見失うんじゃないわよ。いいわね!」

 

他人を見過ぎると、自分を見失うことにも繋がる。

 

大野は去年の春を思い出す。

突如入部してきた朝倉という超新星。その輝きにあてられた大野は負けじと球速アップしようとしてバランスを崩しボロボロになり、エースの座を奪われた。冬からは自分を見つめ直し、左利きであることを活かした変則的なサイドスローを身につけ、打たせて取るピッチングでエースの座に返り咲いた。

 

(でも、あの頃は敵愾心しかなかった朝倉にアドバイスする日が来るなんてね。そっか、もう朝倉と争う必要もないんだものね……)

 

そう思うと、大野の胸に込み上げてくるものがあった。

 

(もう終わりなのね……)

 

柳大川越高校ベスト8敗退。

新越谷高校ベスト4進出。





柳大川越戦はかなり難産でした。
凝った頭脳戦みたいなのをやりたかったのですが、書けば書くほど筆者の野球知識の不足と、書きたいシーンを描写する筆力の不足を実感する日々でした。また、あえて主人公サイドよりも柳大川越サイドの描写を多めにする試みをしていたのですが、ここで筆者の柳大川越への理解度が低かったことが露わになりまして……何度も原作を読み返すことになりました。投稿頻度も遅くなりたびたび待たせてしまったことは申し訳なく思います。
さて、原作で敗れた柳大川越に勝利したことで、ここからは完全にifの世界になります。原作に頼れなくなったことは不安ですが……球詠の魅力を少しでも再現できるように頑張って執筆するつもりですので今後ともどうぞ宜しくお願いします。
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