IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜 作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛
※原作では『不祥事による退学者はいない』とされてましたが、今作では退学者がいることになっており原作との差異があります。
私、福谷
今は帰宅部だが、もともとはあの――――悪名高い野球部に所属していた。
私が新越谷高校に入学したのは野球推薦で合格したからだった。といっても、学費免除などの待遇がある特待生ではなく、ただ筆記試験を免除されただけ。推薦の中では最底辺の待遇だったが。
まぁ学費云々については、私の家は金持ちってほどじゃないけどそこそこ裕福なので問題ない。
問題だったのは、推薦のランクが低いということで、部内での扱いも相当低かったことだ。
中学野球ではチームの絶対的エースで王様だった私も、強豪新越谷では味噌っカス以下。監督やコーチも私のことなんて殆ど見向きもせず、『まぁ放ったらかしておいて勝手に育ってくれたらラッキー』くらいの扱いだった。
しかし、それよりも酷かったのは、新越谷高校の厳し過ぎる上下関係だった。
1年生は奴隷。2年生は平民。3年生は神。
その比喩がしっくりくるような環境で、先輩たちからは指導という名の酷いイジメを受け、監督はそれを見て見ぬフリをするどころか「上下関係がなければ組織は成り立たない」とむしろイジメを奨励するような言動さえしていた。
朝から晩まで上級生の雑用をやるのは当たり前。少しでもミスをするとボロクソな罵詈雑言で人格まで否定され、上級生の機嫌が悪いと殴る蹴るの暴力も振るわれる。時にはカメムシを食わされそうになったり、泥水を飲まされそうになったりもした。
地獄のような環境に耐えきれず、私は1か月で野球部を辞めた。いや、よく1か月ももったほうだと思うよ、逆に。
そういえば、私が中学3年のとき、1年生に野球部を1か月でやめた双子の姉妹がいたなぁ、なんて思い出したりもした。その時は部員たちと「根性ないやつだな」だとか「足手まといが辞めてくれてせいせいする」だとか馬鹿にして笑っていたものだけど、私も他の先輩たちからそのように馬鹿にされているかもしれないと思うと(ただの被害妄想かもしれないが)プライドがズタズタに傷ついた。
野球推薦で入学した私が早々に野球部を辞めたことで、私の学校生活はかなり居心地の悪いものになった。学校を辞めさせられることはなかったが、一般入試組より勉強ができない私に「よくそれで
一時期はノイローゼぎみになり、学校も辞めようかと思った。しかし、このまま負け犬で終わるのは嫌だと思い一念発起し勉強を頑張ることにした。
だけど、これまでろくに勉強をしてこなかった私は本当にダメダメだった。自己流で頑張ってはみたものの1学期期末テストで現代文と現代社会以外の全教科で赤点を取ってしまい、とうとう私はプライドを全部捨てて中学2年の妹に教えを請うた。
妹は評定ほぼオール5の優等生で、生徒会の書記もしている。
そんな妹は私に対して小学校の算数からやり直すように言った。そして、具体的な勉強の内容よりも、勉強のやり方や、難しい問題に対するアプローチの仕方を重点的に教えてくれた。
さすが、妹の指導は的確だったらしく、私は夏休みの間に中学までの範囲を勉強し直し、基本的な問題ならすらすら解けるようになった。それからも私は毎日の授業の予習復習や宿題に加えて数時間の勉強を続け、2学期の中間テストでは全教科で赤点を回避した。
勉強漬けの毎日は辛かったが、あの野球部での地獄よりかは遥かにマシだった。私はそれからも毎日勉強を続け、次第に勉強の面白さに気づき始めた。3学期の期末テストでは全教科平均点以上を取り、2年生になると教師たちから真面目な優等生として一目置かれるようになった。
そんなある日である。
新越谷高校を揺るがす大事件が起きた。
なんと、野球部で暴力事件が起きたのだ!
……いや、そんなのいつものことじゃん、なにを今更。と思ったが話を聞いてみると問題はかなり深刻で、上級生による下級生への暴力行為がエスカレートし、一生残るような大怪我を負わせてしまったことで生徒の親が激怒。マスコミを巻き込んだ騒動となり、これまでの下級生イジメも詳らかにされていったのだ。
学校側の初動対応が早かったため騒動は比較的早く鎮静したが、その爪痕は確実に深々と残った。
暴力事件の主犯格の生徒は退学。その他の2〜3年生の多くも停学処分となり、野球部は年度いっぱい活動停止となった。
それにより、本来なら被害者であるはずの1年生たちも野球を続けるために転校せざるを得なくなり、かつて名門と言われた野球部は跡形もなく消滅した。
正直、事件の話を聞いた時は「ざまぁみろ」と思った。だが、話の詳細を聞くうちに、どうにもやり切れない気持ちになった。
というのも、暴力事件の主犯格で退学になった中には当時私と仲の良かった同級生もいたのだ。あの頃は「私たちが上級生になったら新越谷野球部から下級生イジメを一掃しよう!」と誓った筈なのに。それなのにどうして同じことを繰り返してしまったのか。あんなに大嫌いだった先輩と同じような下衆に成り下がってしまったのか。
私は割り切れない気持ちを抱きながらも、それを考えないようにそれまで以上に勉強にのめり込んだ。その甲斐もあって、3年時のクラス替えでは1クラスしかない特別進学クラスに振り分けられることになった。
そんなある日、塾帰りに夜のコンビニに立ち寄ろうとすると、店先の灰皿の周りで不良みたいな派手な服を着た若者数人がタバコを吹かしながらたむろしているのが目に入った。
これでも私は元スポーツ少女。鈍っているとはいえ腕っぷしには自信がある。チンピラごときに喧嘩で負ける気はさらさらない。
だが、あくまで今の私は優等生。暴力事件を起こして問題になったら困る。
そういう訳で目をつけられないようにこそこそと店内に入ろうとする。と、
「……都華咲?」
名前を呼ばれて思わず見る。すると、不良の中に私の知っている顔があった。
「……サチ?」
私の元同級生で、元新越谷高校野球部で……そして暴力事件を起こして退学になったうちの1人。中ノ瀬サチだ。
サチはどこかぎこちない笑みで私に話しかける。
「久しぶり。懐かしいね。ちょっと話す?」
「う、うん……」
私が首肯すると、サチは不良仲間(?)たちになにか言ったあと、コンビニの裏に私を誘導する。
「タバコ。体に良くないよ」
私が言うと、サチは首を振った。
「いいよいいよ。どうせもう野球もしないし。あ、もしタバコ臭かったらごめんね、ハハハ」
「いや、それは別にいいけど……」
「いやー、でも懐かしいなぁ。都華咲、私と結構仲良かったのに急に何も言わず野球部辞めちゃうんだもん」
「ご、ごめん……」
「責めてるんじゃないよ。私も今なら都華咲が正しかったんだって思うし。あの頃は裏切られた〜って思ったけどさ」
サチは物悲しそうな顔をし、そんな自分に気づいたのかハッとした表情を見せ、誤魔化すように声を明るくして問いかけてきた。
「都華咲はいま何してるの?……て、普通に高校生してるよね。3年生? 大学受験するの?」
「うん、まぁ。サチは……」
「私は見ての通り。定職にも付かずに親の脛齧ってぷらぷらしてるよ。ハハハ」
サチは痛々しい笑い声をあげる。
私はそれを見てすごく悲しい気分になる。
私はとうとう、問いかけることにした。
「サチ、どうして? あの頃は下級生いじめ無くそうって言ったのに。どうしてあんなこと――――」
私が言いかけると、サチは私の胸ぐらを掴んで叫んだ。
「お前に何が分かる!? 途中で逃げた卑怯者のくせに! 都華咲には私たちの気持ちなんて分からないよ!」
サチの目から涙が溢れた。私の目からも溢れた。
サチは決壊したダムのように心情を吐露した。
「ねぇ、どうして私たちだけなの? 私たちが1年生のときの3年生は罰を受けることなく卒業した! 私のご飯を床に落として食べさせた先輩も、気を失う寸前まで私の顔を水に押し付けた先輩も、私を寮の廊下に一晩中正座させた先輩も、何事もなかったかのように卒業していった! それなのに、どうしてそれと同じことをしただけで、私たちだけ罰を受けなきゃいけないの? どうして私たちだけ悪者扱いされなきゃいけないの!?」
「…………」
「……ズルいよ。野球部から逃げた都華咲も、同じことをしておいて罰を受けなかった新越谷OGも、あの程度の事件を騒ぎたてて問題にした下級生たちも。みんなズルいよ」
「…………」
私はサチに答える言葉を持っていなかった。
長い、長い沈黙。暫くして、灰皿のほうから不良たちがサチを呼ぶ声がした。
「ごめんね、都華咲は悪くないのに八つ当たりしちゃって。迷惑だったよね、ハハハ。仲間が呼んでるから私もう行くわ。じゃ――勉強頑張って」
そう言うとサチはバイクに跨って仲間たちと夜闇に消えていった。
新越谷の暴力事件。
それは当時の学校の体制が起こさせたことだ。新越谷高校野球部に染まってしまったサチも悪いが、一番悪いのはそんな体制を知っていながら黙認した学校側だ。
だのに、学校は野球部員と監督コーチを早々に切り捨て、それで事件を収束させた。全ての責任を野球部に押し付けて、自分たちは少しの賠償金を払っただけでおしまいにした。
本当は学校側が痛い思いをしてでも、サチ達を救うべきだったんじゃないか……そんなふうに思うとやり切れなかった。
それから数日間はモヤモヤした気持ちで勉強が手につかなかった。
そんな私はふと思いついて、野球部のグラウンドに向かった。確か、野球部は新入生だけで活動を再開しているはずだ。
人数は9人ギリギリ。
だけど和気藹々とした楽しそうな雰囲気で、かつて私がいた頃の野球部とは全く違っていた。
その様子を見て、なんとなくサチが言っていたことの意味が分かった。
たった1か月しか野球部員に在籍していなかった私でさえ、楽しそうに野球をする野球部員たちを見ると得体の知れない理不尽さを感じた。
どうしてあの子たちだけ、楽しく野球ができるんだろう?
私もサチも、理由はどうであれ野球をできなくなった。
それなのに、たった2年遅く生まれてきただけの後輩たちが、なんの不自由もなく野球を楽しめる。
それは――すごく不公平じゃないか。
(きっと、こういう気持ちが新越谷の悪しき伝統を作ってたんだろうな)
私は自分の負の感情を客観的にそう捉える。
自分たちがいじめに苦しんだのに、下級生たちがそれを受けないのはズルい。
同じだけ苦しまないと不公平だ。だから私たちが受けた苦しみを、下級生たちにも味わわせてやろう。
それが、下級生いじめに苦しんだはずのサチ達が同じことを下級生たちにしてしまった理由のひとつだろう。
(私のことをイジメていた上級生たちも、自分たちが1年生のときは同じようにイジメられてた筈なんだよな)
毎年毎年エスカレートしていく下級生イジメの連鎖。
そんなことを繰り返していたら、いつか破綻するに決まってる。
新越谷高校野球部の破滅はとっくの昔から決まっていた運命だったのだ。
(私は運が良かった。辛い思いをしてまで野球部にしがみつくほど野球が好きじゃなくて。もし野球部に残っていたら――――私も下級生いじめに加担していたかもしれない)
私は自分の根性の無さに感謝しつつ、家に帰ろうと踵を返そうとした。
しかし、視界のふちに野球部員の中に見覚えのある顔を見つけて思わず二度見してしまった。
名前は覚えていない。だけど彼女のことはなんとなく印象に残っている。
私が中学3年生のとき、野球部に入部してきて1か月で辞めた双子の妹だ。
彼女はツーサイドアップの髪をぴょこぴょこ揺らしながら、心の底から野球を楽しんでいた。
彼女は生まれつき体が弱いらしく、(今思えば)ヌルかった中学の練習にさえ付いてこれなかった。監督にもいろいろ意見していたらしいが、練習もまともにこなせない1年生の意見が採用される筈もなく、彼女とその姉は部内で孤立していき、そして1か月ほどで辞めた。いや――――辞めさせられた。
(彼女は野球部を辞めさせられて、きっと凄く辛い思いをした。それなのに野球を続けて……しかも、楽しんでいる。それはたぶん、凄く心が強くないとできないことだ)
普通、彼女のような目にあえば野球を憎むだろう。だけど彼女はそうじゃなかった。
彼女は野球に突き放されても、野球を愛し続けた。そんな彼女の一途な想いがあったから、彼女は今も野球を楽しめているのだろう。
私には――――きっと無理だ。
勉強という新たな道を見つけた今でさえ、私は野球に対して割り切れないでいるのに。
胸のモヤモヤが晴れていく。
私も彼女みたいに強くなりたい。
(今は勉強に集中しよう。でも、大学生になったら野球に復帰しようかな。本格的なやつじゃなくても、準硬式とか軟式の草野球とかでもいい。野球で嫌な思いをしたからって、野球を嫌いになるのは勿体ない。いつかあの子のように――――野球を楽しめたらいいな)
そんな風に思い、私は帰路についた。
***
それからというもの、野球部の動向を確認するようになった。
もちろん、勉強を疎かにするわけにはいかないから試合を観にいったりなんかはできないけど、帰りぎわに少しだけグラウンドの前を通って練習しているのを見たり、勉強の休憩に週刊ペナントなどの雑誌やネット記事などで新越谷の情報を見たりするようになった。
もちろん、1年生9人だけのチームに結果を期待しているわけじゃない。ただ、野球を頑張っている彼女たちの姿を見て自分を発奮させていただけだ。――――そのはずだった。
だけどそんな私の予想に反して、新越谷高校野球部は快進撃を見せた。
夏の3回戦で優勝候補筆頭とされていた梁幽館に対してジャイアントキリングを演じると、そのまま4回戦馬宮高校、5回戦の熊谷実業に勝利し、準々決勝の柳大川越戦では全国ニュースになるほどの奇策合戦を制してベスト4までのぼりつめた。
こうなると、学校内の野球部に対する目も変わってきた。
今まで野球部は腫れ物扱いされ良い印象は持たれてなかった。私も特進クラスに入ってからはかなり減ったものの、それでも元野球部ということで避けられたり、嫌がらせをされたりすることはあった。
だけど最近ではだいぶ風向きが変わった。
野球部への否定的な声はだんだん減っていき、野球部への好意的な声がぽつぽつ聞こえるようになった。
今まであんまり話したこともなかった同級生に「ねー、都華咲って野球部だったんでしょ? 今、凄いよね」とか声をかけられることも増えた。
明日の咲桜戦は急遽、観戦希望者に学校から球場までバス送迎が行われることになったそうだ。
ちょうど夏休み初日ということもあり、観戦希望者は結構多いらしい。私は特進クラスの補習を優先させるから行けないけど。
あと、吹奏楽部は側から見てもかなり険悪なムードになっている。
これまで吹奏楽部は野球応援をボイコットしていたのだけど、一部の1年生たちが反旗を翻し野球応援を再開。この身勝手な1年生たちに対して上級生たちは部長主導のもと無視や嫌がらせなどの制裁をしていたのだが、野球部が勝ち上がるにつれて「やっぱり野球部の応援をしたい」という意見が上級生の間でも出始めたのだ。
今は「1年生に頭を下げてでも野球応援に加えてもらう」副部長派と、「意地でも野球部の応援はしない」部長派で毎日言い争っているらしい。
……まぁ、言い争いしているだけで行動は起こさないのを見るに、結局最後まで野球応援することはなさそうだけど。放課後も練習している音はいつもの1年生のものしか聞こえてこないし。
とまあ、今では新越谷高校野球部は『学校の汚点』から『学校の希望』へと変わりつつあった。
これに対して、思うところがないでもない。
「今まで散々悪口とか嫌味とか言ったり嫌がらせしたりしてきたくせに急に手のひら返しやがって!」とか、「まずそのことについて謝れよ!」とか。
でも、野球部の活躍を盾に私が偉そうにするのも違う。野球部が褒められるようになったのはあくまであの子たちのおかげ。私は何もしてないのだから。
咲桜戦。本当に厳しい戦いになると思う。
確かに新越谷の1年生は良い選手たちが揃っている。そこに関して言えば、咲桜高校にも負けないと思う。
だけど9人ぎりぎりで交代要員もないなかでここまで戦ってきて必ず疲労は残っているはずだ。みっちり体力作りしてきた3年生ならまだしも、まだ未熟な1年生の彼女たちは相当厳しいはずだ。
でも、もしかしたら……と思う気持ちもある。
自分の勉強優先でろくに応援にもいかない。
ただの『元』野球部員がこんなことを思うのは筋違いかもしれないけど。
頑張って。
私はそう胸の中で呟きながら、数学の問題集を開きシャーペンを手に取った。
この話はおそらく読者からあまり求められめない話だろうし書くか迷いましたが(書いてからも投稿するか数日迷いましたが)、この作品を書き始めたときに掘り下げたいなと思った内容の一つでもあるのでお目汚しかもしれませんがご容赦ください。
野球部の上下関係についてはPLや亜細亜大を始めとする強豪出身のプロ野球関係者なんかが『地獄のようだった』と語ることも多いですが、そのどれもが(当然といえば当然ですが)被害者目線であり、加害者目線のものは殆どないんですよね。
1年生で辞めた人は別として、その野球部出身であれば当然上級生の立場にもなったことはあるはずなのですが、その時自分がどのように下級生に対して接していたかなどのエピソードが殆ど語られないのは……『もしかしてこの人も自分が上級生になったときには下級生いじめをしていたんじゃないか?』『いじめに直接加担していなかったとしても環境を改善しようなどの行動は一切しなかったんじゃないか?』などと疑ってしまうこともあります。まぁ、中には桑田さんのように高校時代の聖人エピソードが語られる人もいますが。
筆者自身は野球エアプ勢で、学生時代所属していた卓球部は運動部にしては上下関係ゆるゆるな環境だったので、強豪野球部の厳しい上下関係というのは未知の部分も多く、実際にこういった環境に身を置いた人からすれば「この作者分かってねーな」と思われるかもしれませんが、原作ではあまり触れられていない部分を掘り下げるのも二次創作の楽しみかな〜と思ったりしまして。