IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜 作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛
九人目の部員が揃って大会に出られるようになった新越谷高校野球部の元に、新たなメンバーがやって来た。
顧問の藤井杏夏先生だ。
先生は埼玉四強と呼ばれていた時代の新越谷高校野球部のOGで、つまり、幼い頃の私が憧れた選手の一人だ。
体力面に衰えはあるものの、野球の技術は流石の一言。ノッカーやバッティングピッチャーとして、あらゆる面で練習のサポートをしてくれる。
生徒の自主性に任せる方針らしく、練習の内容はある程度私たち決めさせてくれる。私の野球理論を否定することはなく、むしろ興味を持って、気になる部分は質問したり、元選手としての意見やアドバイスをくれたりする。
……正直、最初、埼玉四強時代のOGが顧問になるって聞いたときは、ちょっと不安だったんだよね。中学の時の顧問みたいに、上から押し付けてくるような指導をされるんじゃないかって。でも、蓋を開けてみたら、本当にいい先生でよかった。
さて、そんな先生が早速、一週間後に練習試合を取ってきてくれた。
柳川大附属川越高校。
以前は弱小だったけど、エースの朝倉投手を中心に去年の夏はベスト16、秋はベスト8の強豪校!
梁幽館や咲桜のような全国常連校には戦力的に若干劣るけど、流れ次第ではそれらの高校を破って全国に出場してもなんらおかしくない今年の夏イチオシのチームだよ!
そしてこの練習試合は、新越谷の最大の弱点である経験不足を補うのにこの上ない相手だった。
初心者二人に、公式戦未出場の私と息吹ちゃん。
これだけはどうしようもないかなぁ……と思っていたけど、まさか柳大みたいな強豪校との練習試合を組めるとは! 勝てるかどうかはわからないけど、この経験は夏大に絶対に生きてくるよ!
藤井先生の人脈しゅごい……! 藤井先生が顧問で良かった……!
そんな練習試合を前に、私は先生と相談して決めたオーダーを伝える。
一番レフト 丹羽有希
二番センター 中村希
三番ライト 大村白菊
四番サード 川口息吹
五番ショート 川崎稜
六番セカンド 藤田菫
七番ファースト 川口芳乃
八番ピッチャー 武田詠深
九番キャッチャー 山﨑珠姫
「え、ええーっ! 私が三番バッターですかー!?」
「私も一番バッターだし……」
驚く初心者組二名。
「あくまで練習試合だからね。初心者の二人にできるだけ経験を積んでもらうための打順だよ」
「ほ……。びっくりして死ぬかと思いましたー」
「ほんと、心臓に悪いし……」
二人はほっとため息をつく。
「でも、二人に期待してるのは本当だよ。うちのチームでバッティングがいいのは希ちゃんと息吹ちゃんくらいだからね。その点、有希ちゃんはボールに当てるのが上手いし、足も速い! 白菊ちゃんの打撃はパンチ力がある! 二人の打撃力が向上すれば、打線に厚みが出て強くなれると思うんだ!」
「しょ、精進しますっ!」
「が、頑張るし」
緊張した面持ちで言う白菊ちゃんと有希ちゃん。一方、ヨミちゃんは不満そうに唇をとがらせる。
「ちょっとー芳乃ちゃーん。初心者に経験を積ませるのはいいけどさー、どうして私が八番バッターなのー? クリーンナップでもいいのではー?」
「ヨミちゃんを下位打線にしたのは、エースだからだよ。エースにはピッチングに集中して貰いたいんだ。それに、珠姫ちゃんとくっつけておいたほうが、守備の打ち合わせとかもしやすいかなって思って」
「さっすが希ちゃん、分かってるー! よーし、エースのピッチングで柳大打線を抑えるぞー!」
ちょろい。
ほんとは、ヨミちゃんの打撃が酷いから下位打線に置いてるだけなんだけどね。
バッティングフォーム自体はそこまで悪くないぶん、改善も難しい。
それに、バッティングを練習する余力があるなら、ヨミちゃんにはピッチングを練習してほしい。
初心者二人を抱え、守備に穴がある新越谷が勝ち進むには、どうしてもエースの投球に頼らなくちゃいけない場面が多くなるだろう。
あと、珠姫ちゃんを九番バッターにしたのは、守りに集中してほしいという思惑もあるけど、2巡目以降の上位打線に繋げる『恐怖の九番打者』としての役割を期待しているのもある。
珠姫ちゃんは美南ガールズのような強豪チーム基準では打撃がイマイチだけど、うちでは希ちゃん、息吹ちゃんに次ぐ三番目の実力があるからね。
あとは……
「希ちゃんごめんね。私がファーストやるせいで、外野に移動して貰っちゃって……」
「そげなん気にせんでよか。芳乃ちゃんは体力的にファーストやるんが一番いいって分かっとーけん」
そう言って、希ちゃんは微笑む。希ちゃんはいい子だなぁ。本当は守備に負担がかかるセンターより、ファーストで打撃に集中したかっただろうに。
一応、私は内野ならどこでもそれなりに守れるから、私がサードをやって、息吹ちゃんにセンターを守ってもらうというのも考えたんだけどね……。
でも、息吹ちゃんフライを捕るの苦手なんだよね。こればっかりは経験不足。庭でやるノックじゃ大きいフライの練習はできないし、草野球に参加するときはピッチャーをやらせて貰うことが多かったからね。
息吹ちゃんは野球選手の物真似である程度のことは簡単にこなしちゃうけど、フライの目測は技術よりも感覚が物をいうからこればっかりは仕方ない。
外野の守備全員がザルなのは流石に心許ない。夏までにある程度練習するにしても、本職レベルには遠く及ばないだろう。それに、すでに打撃が完成しつつある息吹ちゃんはともかく、初心者二人は守備より打撃練習に力を入れたい。二人とも、打撃センスに光るものがあるからね。ここを伸ばさない手はない。
そこで、外野守備も本職レベルで上手い希ちゃんにセンターに入って貰って、初心者二人を引っ張ってもらうことにしたのだ。
そういうわけで、私たちはこのオーダーで柳大との練習試合に挑むこととなった。
さて、この采配が吉と出るか凶と出るか。
***
新越谷vs柳大の練習試合が始まった。
先攻は新越谷。
先発のマウンドには、ふんわりとウェーブのかかった髪をした、どこか気の強そうな選手が立っていた。
大野彩優美。左のサイドスローピッチャーだ。
朝倉が有名な柳大だが、春は彼女が中心に投げて28イニングを5失点。
現時点でのエースは彼女といってもいいだろう。
「新越谷ねぇ……。去年までは格上だったけど、今は一年生九人ぎりぎりの弱小校じゃない。なんでこんなチームと試合を……」
マウンド上で大野はそう嘆息する。
彼女の不満も仕方ない。練習試合は互角以上の相手とやらなければ殆ど意味がない。大会前に圧勝して勢いを付ける目的であえて格下と練習試合を組む場合もあるが、流石にまだそんな時期でもない。
(まあいいわ。格下相手だろうと完璧にねじ伏せて、私が柳大のエースであることを証明するだけよ)
大野はそう腹を決め、左打席に立つ小柄な少女を見据える。
丹羽有希の構えは極端なオープンスタンス。
まるでピッチャーに正対するような構えだ。
下半身をじっと固定したまま、ノーステップで上半身を回転させてスイングする――まるで、ラケット競技のフォアハンドのようなフォームだ。
(デタラメなフォームね。初心者かしら? どちらにせよ、左打者に初見で打たれるつもりはないわ)
有希の素振りを見て、大野はそう微笑む。
試合開始。
大野はセットポジションから第一球を投げる。
内から外に逃げていくスライダー。
『埼玉一右から放たれる』と自称する大野のサイドスローは、左打者にとっては当てられるんじゃないかと錯覚するような鋭さ。さらに、そこからアウトコースいっぱいに逃げるスライダーは、対策なしではバットに当てることすらできない。
――カコンッ!
普通のバッターなら。
「えっ!」
大野が思わず驚きの声をあげる。
有希の打球はボテボテのピッチャーゴロ。だが、大野の反応が遅れている。さらに、有希は部内でも稜に次ぐ俊足。
大野は一瞬遅れつつも捕球し、一塁に送球。タイミングはぎりぎり。ジャッジは――
「アウト!」
審判のコールがグラウンドに響く。
僅かの差で大野に軍配が上がった。
「ごめん、アウトになっちゃった……」
有希はしょんぼりとベンチに戻る。
「んーん! バットに当てただけで凄いよー! よく逃げずに打てたね、怖くなかったの?」
「卓球部時代に遊びでピン球野球とかやったりしてたから、変化球打つのは得意なんだ。ピン球って、めちゃくちゃ曲がるからねー」
「ピン球野球……。意外と練習メニューに組み込めるかも」
雨の日とか、練習場所が限られる時はいいかもしれない。ピン球ならボールへの恐怖もないだろうし。
それはともかく、二番打者の中村希がバッターボックスに立つ。
「……よろしくお願いします」
「左打者の次にまた左打者。さっきはちょっと危なかったけど、私にとってはボーナスステージだわ」
マウンド上で大野が舌舐めずりする。
(大野さん、左打者だからって油断してるみたいだね? だけど、あんまり希ちゃんを舐めないほうがいいよ! うちの希ちゃんはそこらの左打者とは違うんだから!)
大野の第一球、希の一打はアウトコースのストレートをセンター前にクリーンヒット。
ワンナウト一塁となる。
次のバッターは大村白菊。
第一球目は低めの球を空振り。ボールの20センチくらい上を振ってしまっている。
「なんて無茶苦茶なスイング……。川越まで飛ばすつもり?」
こういうバッターはピッチャーとしても怖い。ついついボール球で逃げたくなってしまう。
だが、この程度のことで崩れる大野ではない。
白菊のフルスイングの圧にも自分のピッチングを乱されることなく、ゾーンを広く使って三球三振に抑える。
ツーアウト一塁。
迎えるバッターは――
(かっとばせ! 我らが四番、息吹ちゃん!)
バッターボックスに立った息吹を見て、大野はニヤリと笑う。
(アウトコース狙いがバレバレね……。そんな構えでこのクロスファイヤーが打てるかしら!)
大野の初球、インロー膝元に抉り込むようなストレート。
完璧なボールだ。並のバッターなら手が出ないだろう。
だが……
(インローは息吹ちゃんが一番得意なコースだよ!)
金属音が高々と鳴り響く。
白球は綺麗なアーチを描き……ホームラン。
「嘘……でしょ?」
大野が呆然とその軌跡を見送る。
あの構えから、無理矢理上半身を捻ってホームラン。そんなこと、高校生に――いや、人間に可能なの?
動揺した大野のストレートは、続く稜にもクリーンヒットを打たれる。
(おせおせだなっ。初球盗塁決めてやる)
稜は盗塁を企画するが、キャッチャー浅井の肩の前に捕殺される。
3アウト。攻守交代。
新越谷の守備。
先発・武田詠深のカーブは柳大打線の度肝を抜き、珠姫のリードもあって三振の山を築く。
だが、対する柳大の大野も調子を取り戻す。
試合は暫く投手戦の様相を見せるが、2巡目以降に柳大打線がカーブを捨ててストレートに的を絞ると、徐々に自力の差が出始め、新越谷高校は五回までに7失点。
さらに、六回に柳大川越の朝倉が登板すると、息吹がソロホームランを放ったものの他は続かず、新越谷は柳大に3対7で敗北した。
***
「いやー、なかなか手強い相手でしたね。大野さん」
新越谷の選手が帰った後、朝倉が私に話しかけてきた。
「まあ……思ってたよりは楽しめたわ。あれで一年だって言うんだから末恐ろしいわね。来年以降はうちの脅威になるんじゃないかしら。まあ、三年の私には関係ないけど」
「本当に関係ないですかね?」
「……は? まさかあんた、新越谷が今年の夏の脅威になるとでも思ってるの?」
たしかに、いい選手はいる。
だが、現時点ではあまりに層が薄すぎる。
打線で脅威と言えそうなのは中村希と川口息吹だけ。丹羽有希と川口芳乃はミート力に非凡なものはあるが非力だ。逆に大村白菊はパワーこそありそうだが扇風機。
それこそ川口息吹を全打席敬遠でもすれば、完封することだって可能だろう。(今回は練習試合だから全打席勝負したが)
それよりも粗があるのは守備面だ。
外野はセンターの中村希以外は初心者。ピッチャーが可哀想になるくらい何度もエラーをしていた。
サードの川口息吹はゴロやライナーの処理はそこそこ上手いが、簡単なファールフライを2回も落球した。ショートやセカンドも一年生にしてはなかなか上手だが、守備範囲は狭く、強豪校のレギュラークラスには遠く及ばない。
山﨑珠姫だけは全国レベルの守備力があるが、他がああもダメだといくらキャッチャーが良くてもどうしようもない。
エースの武田詠深は恐ろしいカーブを持っているが、それだけだ。ストレートだけに狙いを絞れば、打てないピッチャーじゃない。周りの守備の悪さに付け込めば、今日以上の大量得点だって可能だろう。
現時点では、2回戦負けが順当だろう。ここから一人二人急成長したとしても、今年の夏までにうちの脅威になるとは思えない。
「はあ……くだらないこと話してないで、練習するわよ。私たちが倒さなきゃいけないのは、梁幽館や咲桜なんだから」
***
vs.柳大戦 新越谷ナインの打撃成績
丹羽有希 投ゴロ 投併打 一ゴロ
中村希 中安 遊直 中飛
大村白菊 三振 三振 三振
川口息吹 左本② 三ゴロ 左本①
川崎稜 中安(盗塁死) 三振 三振
藤田菫 二ゴロ 投ゴロ 三振
川口芳乃 遊飛 四球 左安
武田詠深 三振 捕飛 三振
山﨑珠姫 右安 投ゴロ
投手成績
武田詠深 6回7失点(自責点4)/四死球2/奪三振9
前後編に分けてもっと丁寧に試合展開を書こうかとも思ったのですが、早く夏大まで行きたいのでこんな感じで。
柳大川越の攻撃は大体原作と似たような感じですが、新越谷側の守備がザルなぶん点数が取られてるイメージです。
打線の厚み的にも、守備の固さ的にも、二年生組がいないのは厳しい。部員達の急成長が望まれます。